天妃
小さな観音像に手を合わせる五嶺様の横顔が、凄く綺麗だと思った。
入院している間、寝る前に毎日お前の無事を祈ってたのが、習慣になっちまった。と五嶺様は照れたように仰った。
白い絹の寝巻きを身に付け、髪を下ろした五嶺様は、昼間とはまた違うお顔をしている。
ぴんと張り詰めた糸のような顔をされている昼間と違って、くつろいだ五嶺様のお顔に女らしさを感じている。
こんな遅い時間に五嶺様のお部屋に来たのは久しぶりで、俺はおずおずと部屋の隅に控えた。
そんな俺を、五嶺様が手招きする。
「もそっと近くに、エビス」
数十センチ前に出た俺を見て、五嶺様が噴出す。
「もっと近くに」
五嶺様は、もっと、もっとと仰り、ついに俺は五嶺様と膝が付く位近くで向かい合った。
「エビス、手を」と仰るので、おそるおそる手を差し出すと、俺の手を五嶺様がぎゅっと握った。俺がそこにいるのを確かめるかのように。
「お前に、きちんと謝っておきたかった」
俺の手を握りながら、俯いて五嶺様は仰った。顔をあげ、俺の目をじっと見る。
「本当に、すまなかったねぃ」
なんと五嶺様は、俺に向かって深々と頭を下げたのだ。
「いえそんな、おやめ下さい。お願いですから!」
俺は悲鳴をあげ、慌てて思わず五嶺様のお体に触れた、お顔を上げてください。と必死になって言う。でも……と仰る五嶺様のお体を、無理やり元の姿勢に戻した。
二人の間に、沈黙がおりる。
目を伏せる五嶺様のお顔。俺が今まで見たことの無いお顔。
五嶺様は変わってしまわれた。今までの五嶺様なら、どんな事が会っても俺に頭を下げるなんて事なさるまい。
俺と五嶺様が変わる。
永久普遍だと思っていた。完璧だと思っていた。二人の関係。
だが、薄い皮膚一枚の下で、怒涛のような熱いものがうねり、石を一つ投げ込めばあっという間に二人の間は決壊するということを、五嶺様も俺もうすうす判っていたはずだ。
判っていたけれど、判らないふりをしていた十年。
歪に均衡を保っていた二人の関係がついに崩れたのだ。
ここから先は、セオリーなど無い。
俺も五嶺様も、この先何が起こるのか、不安と、期待で手探りをしながら恐る恐る進んでいる。
「いつでも、お前の前では素直になれなかったねぃ」
沈黙をやぶり、ポツリと五嶺様が仰った。
俺だって、五嶺様の前では素直になれなかった。この綺麗な人、この高貴な人、このかけがえの無い人の前で、俺はいつでも、卑屈で、ずるかった。
その笑顔を、些細な仕草を、盗み見ては、俺には与えられぬ物とはなから諦めていただけ。
「お前が、アタシに手を差し伸べた時、どんなに、お前の胸に飛び込んでしまいたかったか」
あのときの事を思い出したのか、五嶺様の目に涙が浮かんだ。
霊化虫に侵され、ほんの一瞬意識を取り戻した五嶺様に、俺は必死で手を差し伸べていた。
五嶺様がいなくなるかもしれないというところで、俺は初めて五嶺様に精一杯手を伸ばした、見得もなく、卑屈になる事もなく、ただ己の気持ちが命ずるままに。
貴女が欲しいと、全身で叫んでいた。
俺はその時、五嶺様の全てを求めながら、五嶺様に全てを捧げていたのだ。
五嶺様も、俺を欲しいと思ってくださっていた。
完璧な一瞬。あのときの俺と五嶺様は完璧だった。あのまま、時が止まってしまえばよかったと思うほどに。
俺ひとりのわがままを承知で言うなら、俺はあの時死んでもよかった。
もちろん、五嶺様のご命令以外で、五嶺様を残して死ぬなんて事、考えた事も無いし絶対にそんな事はしないが。
「今度こそ、素直になろうと思った矢先に、アタシはお前を……」
ぽろぽろと大粒の涙が五嶺様の目から流れた。
溢れる涙を拭いもせず、涙声で仰る五嶺様の手を、俺はぎゅっと握った。
止めてください五嶺様。そんな顔をされると、俺が辛い。
俺は五嶺様を泣かせたくないんです。
俺は慌ててそうまくし立て、ちょっと迷ったが俺のハンカチで五嶺様の涙を拭う。
五嶺様は嫌がりもせず、まるで子供のような目で、涙を拭う俺をじっと見つめる。
「心を鬼にしてお前をおん出したのに、未練がましく想い続けてた罰が当たったのだと思った」
ため息をつきながらそう仰り、落ち込んだ顔で俯く。
五嶺様が俺をグループから追い出したのは、俺を信頼してくれていたからこそ。
禁魔法律家との戦いで自分に万が一のことがあれば、恵比寿を頼れ。
五嶺様は、ご自分の身に何かあったときのためにわざと俺を追い出したのだ。
五嶺様がそう仰っていたと左近裁判官補佐から聞かされたときの俺の歓喜がどれほどのものだったか。
俺を追い出すのではなく、どこまでもついて来いと仰って頂ければ、俺は喜んで五嶺様のために死んだだろう。
きっと今ここには居ない。
死ぬほど辛い思いをしたが、五嶺様の判断は、やはり正しかったのだと今にして思う。
俺は、どうすれば五嶺様に俺はそんなことを全く気にしていないのだと判ってもらえるか、一生懸命頭をめぐらせていた。
「大丈夫ですよ。傷も痛みませんし、平気です」
明るい声でそう言うと、ふと五嶺様が顔を上げた。
「傷を、見せて」
五嶺様がそう仰るので、俺はシャツをズボンから引っ張り出し、ボタンを外した。
シャツをはだけ、むき出しになった俺の体に、すっかりふさがった引きつりがある。
「痛かったろぅ? 苦しかったろぅ? アタシのせいで」
五嶺様はまた涙を浮かべ、俺の傷後を指で優しく撫でた。何度も何度も。醜い傷跡を嫌がりもせず。
「いえ、これしきの傷。なんともありません」
皮膚が薄い箇所を、五嶺様の細い指先で優しく撫でられるのはとても心地よかった。五嶺様の指先から、五嶺様の優しさと体温が俺の中にしみこむ。
「もうこれ以上アタシを甘やかすな、エビス」
俺は本気で言ったのだが、五嶺様はいやいやと頭をふった。
「優しくしないで、いい。お前はアタシへもう十分恩を返してくれた、お前は自由だ。だからもういいんだよ」
身を切るように切ない顔で、五嶺様はそう仰った。
それが五嶺様の本心だとは思いたくない。
ああどうして、側にいてくれと仰ってくださらないのだろう?
俺は即座に口を開く。
「それはできません。俺の好きなようにして欲しいと五嶺様が仰るならなおさら」
俺は、俺の傷跡に触れている五嶺様のお手をぎゅっと握った。
「俺は五嶺様をお守りするし、俺は五嶺様を甘やかすし、俺は五嶺様に俺の全てを捧げます」
そう言って、恭しく五嶺様の手にキスし、敬うように額にくっつける。
「この傷だって、俺は嬉しく思ってるんです。他の誰でもない、五嶺様から頂いたものなんだから。五嶺様をお守りするために付いた名誉の勲章って奴です、キシシッ」
俺はわざと冗談めかして言ったが、まごう事なき俺の本心だ。
この傷を見るたび、俺は五嶺様を思い出す。俺の体に刻み付けられた、五嶺様から貰った傷跡。愛しい人から貰ったものを憎む男がこの世のどこにいるだろうか?
「もし、五嶺様が俺を傷つけたことで引け目を感じてらっしゃると言うのなら、ま、そんな必要はないんですけど。もし俺に悪いと感じてらっしゃると言うのなら、何時も通りにお振る舞い下さい」
俺は、五嶺様が好きだ。本当に、心から。
もうこれ以上、俺に悪いなどと思って欲しくない。顔を伏せるなど、俺に謝るなど、五嶺様らしくない。
「俺を怒鳴りつけて、わがままを言って困らせてください。それが、俺は嬉しいんだから」
いつだって自信に溢れ、恐怖と喜びで俺達を導いてくれる貴女が好きだ。
「改めて聞くとアタシはヤな女だねぃ」
ほうとため息をつく五嶺様に俺は至極まじめな顔で言う。
「いえ、俺にとっては最高のひとです」
「酒も入ってないのによく言う」
五嶺様の拗ねたような口調がかわいらしい。どれだけ好きだと囁けば五嶺様は信じてくださるのだろう? 信じてくださるまで、ずうーっとお側で囁けると言うのなら、それはそれで幸せだ。
「いえ、ほんとですから」
俺が言うと、五嶺様はじっと俺を見た。
「エビス、アタシはお前にどう報いてやったら良いだろうねぃ?」
判らない。と言うように、ゆっくりを頭を振って五嶺様が仰る。そんな事考えてもみなかった俺は、一瞬言葉を失った。
報いる? 五嶺様が俺に?
逆だ!
「アタシが持ってた、富も、権力も、お前の手助けがあってこそだって事に今更気がついたよ」
しみじみと五嶺様が仰る。
違います五嶺様。五嶺さまから沢山のものを貰ったのは俺だ。最初に受けた恩を返しきれぬまま、俺は五嶺様から貰いっぱなしなんだ。
「アタシがアタシだけの力で得たものなんて、ほんのちょっと、数えるしかない」
五嶺様は、そう仰って自嘲気味にお笑いになった。
俺は言いたい事が多すぎて、逆に何も言えなくなってしまった。ちゃんと言わなくちゃ。と焦る。
「アタシはお前にこんなものしかあげられない」
そう仰りながら、五嶺様のお顔が、俺に近づく。
耳元で小さく囁かれるお言葉。
初めて聞いた、美しい名前。
「陀羅尼丸は五嶺の頭首としての表の男名。そしてこれはアタシの女の名だよ」
五嶺様は、仰いながら俺の手を取った。
俺の手のひらに、一文字ずつゆっくりと字を書く。
「アタシと、親の他には、アタシの夫となる男しか知らない名前だ」
俺の顔をじっと見て、五嶺様が仰る。
大昔、深窓の姫君はその夫にしか名前を教えなかった。
五嶺様ははにかんだように笑い、俺の返事を待っている。
アタシの言いたいこと、判るだろぅ、エビス?
その目がそう仰っている。
なんてもったいない!
俺は感動に胸を詰まらせた。思わず涙ぐみ、がばっと平伏する。感動で震えて言葉が出ない。
ああ、本当に、俺なんかがとんでもないものを頂いてしまった。
絶対に、絶対に幸せにして差し上げますから。辛い思いなど何一つさせませんから、俺が命かけて絶対にお守りいたしますから!
「朝になれば、ちゃんと五嶺の頭首に戻るから」
五嶺様のお言葉に、畳に頭を擦り付けていた俺が顔を上げると、五嶺様はかすかに涙ぐんでいた。
申し訳ないと思っているのだ。
「グループが大変なこんな時に、アタシ一人幸せになるのは不謹慎だけど、だけど」
五嶺様は、俺にいろいろなわがままを言ったけれど、グループより私情を優先する事など無かった。
これは、五嶺様の初めての我侭
「今だけアタシをお前の妻にしておくれ」
ああ!
俺は全身を稲妻に貫かれたようなショックを受けた。
「だからエビス、今だけその名で呼んで」
五嶺様のお言葉に、俺は感動で涙をぼろぼろ流しながら、震える声を出した。
この世でもっとも尊く、大切な言葉。
「天妃子様」
あいこさま。
なんと優しい響きだろう? 名を呼ばれ、五嶺様が、いや、今は俺の妻である天妃子様がかすかに頷いた。
感極まったのか、目から一筋涙がこぼれる。
お名を口にするたび、口の中が甘い。その言葉は甘い蜜。何度も口の中で転がし、その優しい響きを楽しむ。まるで馬鹿のように、何度も何度もその言葉を繰り返す。
「馬鹿お前、自分の妻に様付けするやつがあるかぃ?」
俺の姿があまりにも滑稽だったのか、涙を拭いながらそう仰ってころころと笑った。ようやく何時もの口調で俺をからかう。
「天妃子でいいよ」
「いえでも」
俺は真剣だ。からかわれてもかわす余裕などない。
「ホラ、も一回アタシの名を呼んでみろぃ」
意地の悪い顔をして仰る。俺が出来ないと知っていながら。
「天妃子…………様」
恐る恐る言ってみた。判っていたが言えなかった。
頑張ってはみたが、出来ないものは出来ない。
「ダメです。呼び捨てなんて無理です!」
真剣に苦しんで、じたばたと悶えながら俺が言っても、かの人は笑っているだけ。
「残念だねぃ。じゃ、さっきの話は無かった事に」
「えええ!?」
おっそろしい意地悪を眉一つ動かさず平気で言う。俺は死にそうになって飛び上がる。
全身の血がさーっと引いていく。胃が痛くなってきた。
いやだいやだ、そんなこと仰らないで下さい。意地悪しないで下さいお願いだから!!
「あ、天妃子さん!」
小さな声で、全身の気力を振り絞って精一杯の力を込めて清水の舞台から飛び降りる気で一世一代の覚悟で俺は言った。
「これが精一杯です!!」
たった五文字を言うために、髪を振り乱し目を血走らせ、ぜーぜーと荒い息をつく俺。
俺の必死さが伝わったのか、ようやく満足そうに頷いた。
「ま、それでいいかねぃ。なんだぃ、エビス?」
「俺の名前は呼んでくれないんですか?」
「アタシはエビスって名前が好きだから、そう呼ぶからねぃ」
「あ、じゃぁ、それでいいです……」
……ちぇっ。
自分は、しれっと何時もどおり。ちょっとズルイよな。
「天妃子さん、天妃子さん」
俺は嬉しくなって、何度も何度もお名を口にする。まるで子供のようなはしゃぎっぷりだ。
「用も無いのに呼ぶやつがあるか、馬鹿」
一人で夢中になっている俺に呆れてそう仰っても、俺の気持ちは治まらない。
「すいません。嬉しくて、つい」
嬉しい。嬉しい。世界中がばら色だ。目の前にいるこの人が、今だけ俺のものになってくださるのだ。なんという幸せだろう。
「天妃子さん……」
「なんだぃ」
俺のはしゃぎっぷりを、脇息に肘をつき、頬杖ついて呆れたように見ている。
かなり冷たい目をされているが、構うものか。ああ、この人が、このお方が、俺のものだなんて。
「もうその名前は禁止。他人に聞かれたら困るんだからねぃ」
五嶺様のお言葉に俺はあからさまにガッカリして、がっくりと肩を落とした。あまりにもガッカリしているので、アタシの名前には、親がかけてくれた呪いがあるからねぃと仰った。よからぬ人間や悪霊にそのお名が知られれば、五嶺様の身に危害が及ぶ。俺は泣く泣く諦めた。
「お前にあの名を教えたのは、アタシの魂を預けたのと同じ」
五嶺様のお言葉に、俺はまた平伏した。
「名前を呼ばれるは、魂に触れられるのと同じぞ」
ありがたくて、俺はぼろぼろと泣いた。
「一生大事にいたします! 命かけて生涯かけてお守りいたします」
俺が言うと、あまりにも気張りすぎていた俺を見て五嶺様がふっと優しい笑みを浮かべた。
「そんなにかしこまるな。お前はアタシの夫だろぃ?」
「あの、じゃぁキスしてもいいですか」
調子に乗って俺が言う。いい、もう怒られても良い、蹴られても良い。死ねとか豚とか言われてもにやける自信がある。だって豚だけど死なないからね俺。世界一幸せですから。
「いちいち聞くな、馬鹿」
かすかに頬を染めて、そっぽを向く。死ぬほど可愛い。
「じゃ、聞きません」
にじにじとにじりより、両肩に手をかけた。何事かと俺を見た五嶺様の唇に、ちゅ。と軽く口付ける。まさか俺がそんなことをするとは夢にも思ってなかったのだろう。吃驚した顔をした五嶺様を、夜具に押し倒す。
今夜の俺は、最強だ。
「あっ……」
五嶺様は俺に押し倒されると思わず小さな声をあげられた。何時もは余裕たっぷりの顔がほんの一瞬怯えた表情をしたのを俺は見逃さなかった。
白い夜具に、黒い髪がぱっと広がる。
「やっとその気になったのかぃ?」
俺の下から、五嶺様がそう仰って、手を伸ばした。
先ほどの怯えた様子など微塵も見せず。俺の唇に細い指先で触れながら、挑発するように俺の目を見る。
挑発にのって、あんな事やこんな事をしてしまったら、このお方はきっと泣いてしまうだろうから。
強がるこの方が好きだけど、今は大事にしたいと思う気持ちのほうがはるかに強い。
「嫌なら言って下さいね」
挑発に乗らず俺は優しくそう言った。
「大丈夫ですから。五嶺様の嫌がることなんて、何一つしません。だから、安心してください」
「……ぅん」
俺の言葉に、挑発的な目の色が消え、素直になって小さく頷く。
俺に抱かれるのを待っている一人の女になって俺を見る。
「アタシは男を識らない」
ふうと小さくため息をつき、正直な言葉を口にした。
「お前の好きにしていいよ」
優しい微笑み。
喜びと、期待と、ほんの少しの怯え。そして女性らしいしなやかな強さ。俺に抱かれるはずのこの人が、俺の心を抱きしめてくれる。
「……愛してます」
心から。
きっと、欲望にかられてだったら、俺はこの人をこんなに上手く抱く事が出来なかっただろうと思う。
こんな日が来れば、きっと俺は理性を失ってしまうのではないかと思っていた。男として役に立たないか、もしひと時の欲望に負けてこの人を抱いても、俺の汚い欲望で、大切な人を汚したと、後悔と自己嫌悪で駄目になってしまったに違いない。
しゅっと音を立て、腰の紐を解く。
安心させるように、何度も何度もキスをする。
一つキスをするたびに、愛していますと囁く。
深いのも、浅いのも。唇にも、瞼にも、頬にも髪の毛にも。
かすかに体を固くしていた五嶺様から力が抜け、俺に心も体も預けてくださるまで。
もう今夜だけで何度口付けただろう? 敏感な唇のふちを舌でなぞり、俺はそっと五嶺様の唇の隙間から俺の舌を差し入れた。嫌がるのではないと危惧したが、五嶺様はすぐに俺の舌にご自分の舌で答えてくださった。
舌を絡ませながら、寝巻きの胸元から手を差し入れる。
柔らかな乳房の感触。いつか貴女が嫌いだと言ったこの体を、俺が愛してさし上げる。
大切に慈しみ、存分に女としての快楽を味あわせて差し上げるのだ。貴女が、この体を少しでも好きになってくださるように。
「くふぅ」
乳房に触れながら首筋にキスを落とすと、鼻にかかった甘い声をあげられ、五嶺様は慌てて自分の手でお口を塞いだ。
べろりと大きく舐め上げると、「ん〜〜〜」っと堪えきれず手の下から声が漏れる。声を出すのが恥かしいと思っていらっしゃるのだ。
「五嶺様、いけません。お声を聞かせてください」
「いや。恥かしいよぅ」
涙目で嫌々と首を振り、顔が真っ赤になった。
なんて可愛いのだろうこの人は。
「すごく綺麗です」
俺は、五嶺様の裸体を見てうっとりと言った。寝巻きを乱され、合わせ目から白い女体が露になる。
布地をそっと左右へ寄せると、五嶺様の白い乳房と優しい桜色の乳首の美しさに息を呑んだ。まぶしいほどに美しい。目がつぶれてしまいそうだ。
豊かな乳房に形のよいへそ。なまめかしい腹にくびれた腰。むっちりとしたふともも、そしてしっとりとした肌。豊かな腰に食い込む小さな下着。この体が俺に愛されるのを待っているのだ。
「声を出して、気持ちよくなってください」
俺はそう言って、五嶺様の手を解けた髪紐で優しく頭の上で縛った。
不安そうな五嶺様のお顔。もう一度優しくキスをする。
わき腹をそっと撫でると、腰をくねらせる。唇と手で全身をくまなく触れるか触れないかの距離で愛撫すると、五嶺様のお口から喘ぎ声が絶え間なく漏れる。
丁寧に丁寧に愛撫する。俺の囁きだけでイってしまうようになるまで。
「はっ! あっ! んっつ」
涙目で五嶺様が喘ぐ。俺は五嶺様のお顔を覗き込み、囁いた。
「五嶺様、息を止めてはいけません。快感を上手く逃がすんです」
言葉と共に、五嶺様の乳首をやさしく摘む。
「んんっ、やぁぁぁっ!」
びくびくっと五嶺様の体が痙攣する。
「そう、ここの快感を、上手く全身に逃がすんです」
「はぁっ、あん、あああっ!」
激しい快感の後も、ぞくぞくと何度も身を振るわせ、まるで反芻するみたいに快楽を長く味わう。
「そう、上手ですよ。五嶺様、感じるの上手いです」
俺はそう言って、わき腹に軽く触れながら乳首を口に含んだ。
太腿を優しく撫で、足の間に手を差し入れようとすると、感じているくせに「いや」ときつく足を閉じられた。
そこは潔く諦めて、乳房を優しく持ち上げると、「んっ」と声を上げられる。キスしながら、本当に優しく、優しく、やわやわともみしだく。手に柔らかさと弾力を感じ、その重さを楽しむ。
「あっ、あっ、や……、エビス……」
こんな優しい刺激にも、五嶺様の唇から喘ぎが漏れる。両手でもちあげむにむにと指を食い込ませ、円を描くように揉むと、五嶺様の背が反る。
「あっ、エビス。ああああんっ。いやぁあっ!」
五嶺様が一層高い声を上げられた。俺が、ぴんと乳首を指で弾いたのだ。
びくんと一瞬体を痙攣させ、背を反らせてぶるぶると震える。イってしまったのだ。
「今の、なんだか、凄いよぅ、エビス」
がくがくと体を震わせて、五嶺様が仰った。その目は快楽と怯えが無い交じり、俺を興奮させる。
「イっちゃったんですね。もっときもちよくしてあげますから」
俺は、真っ赤に充血した五嶺様の乳首を口に含んだ。
「ああんっ、エビス、や、あああっ!」
甲高い五嶺様の声。俺はわざとちゅばちゅばと音を立てて、五嶺様の乳首を吸った。反対側の乳房を揉みながら、人差し指と中指で乳首を挟んでこりこりと愛撫する。
俺は両方の乳房を、ぐっと中央に寄せた。豊かな五嶺様の乳房がぐっと盛り上がり、そのいやらしさに血が上る。
ぴちゃぴちゃと俺は両方の乳首を口に含んだ。れろれろと舐め、くにくにといじり、ちゅうちゅうと吸う。俺に苛められて、五嶺様の乳房が桜色に染まった。
「あはぁっ、あっつ、んあっ!」
再び五嶺様が乳首だけでイってしまい、びくんびくんと体をふるわせる。
「きもちいいよぅ、エビス」
五嶺様のお言葉を俺は凄く嬉しく思った。
大好きな乳を、しかも五嶺様の美乳を、俺は思う様撫執拗に愛撫する。五嶺様の乳なら、何時間でも苛めてやれる。
そろそろ頃合か? そう思い俺は再びふとももの内側を優しく撫でる。むっちりした太腿はなまめかしく真っ白で、手に吸いくようだ。俺はごくんと息を呑んだ。
そっと、足の間に手を差し入れると、今度は抵抗しなかった。
「あっ! あっ、ああっ、や……」
俺の手が下着の上からそこに触れると、びくっと体をふるわせる。ゆっくりと布越しにスジを撫でると、それだけで感じてしまうらしく、小さな声を上げる。
指で固くなっている部分をぐっと押したり、優しく撫でたりと嬲り、しつこく上下にスジをなぞる。
「ああっ、くっ、はぁっ、んんっ、あああっ!」
五嶺様の嬌声が一層高くなり、ぎゅうっとシーツを握り締め、シーツが皺になる。
指先にしっとりと水気を感じる。見れば、下着はぐっしょりと濡れそぼり、黒い茂みが透けて見える。
「五嶺様、脱がせますよ」
俺は、両手で下着に手をかけ、ゆっくりと下ろした。つ……と足の間と下着の間に透明な糸が引く。
「ここ、凄いです」
しとどに濡れた五嶺様のそこを見て、俺の声が興奮する。甘酸っぱい女の香りが俺を高ぶらせる。むしゃぶりつきたい。
「こんなに、濡れてる……」
言いながらそっと指で触れると、つうと透明な糸が引いた。
「そんな事言うんじゃないよ……っ!」
五嶺様が悲鳴のように仰って足を閉じようとするが、俺は両足の間にすばやく自分の体を割り込ませてそうさせない。
「こんなに感じて下さってたんですね。嬉しいです」
「お前がいやらしいことばっかりするからっ!」
真っ赤になって、五嶺様がそっぽを向く。
「はい、すいません」
俺は素直に言い、五嶺様の感じる場所へ指を潜らせる。
クチュクチュといやらしい音をたてそこをいじると、五嶺様が身を思いっきり反らせる。五嶺様が夢中になっている隙に、おれはそこへ口をつけた。
「いやだよぅエビスそんな所!」
俺は五嶺様のお声を無視して、ぴちゃぴちゃと舌を使う。
「いや、エビスッ、ああっ、い、や。ひぁあっ!」
一匹の犬と化し、五嶺様の足の間でひたすら舌を使う。五嶺様のお手が俺の後頭部をぎゅっと掴み、感じるごとに押し付けたり引っ張ったりする。
指、舌、唇。時には鼻を突っ込んでそこを愛撫する。
五嶺様の荒い息、甲高い嬌声、ぴちゃぴちゃという水音がいやらしく交じり合う。
つん。と五嶺様の愛液で濡れた指先で、充血して顔を出した肉の芽に触れた。
「ひゃうっ!」
びくんと体が震える。やはりここは感じすぎるほど感じてしまっている。
ちろ……と先を固くした舌でほんの少しだけ触れる。
「やぁぁっ!」
五嶺様が腰をくねらせる。
俺は、舌と唇でそこの皮を器用にむき、大きく舐め上げる。
五嶺様が快楽に眉をひそめ、唇から漏れる喘ぎが抑えきれず、声を漏らす。
不意に俺は、そこを思いっきり吸い上げた。
「ああぁぁああぁぁあっ!!!」
ぎゅううっと五嶺様の手が、俺の頭をご自分の足の間に押し付けて大きく悶える。
「ひゃっ、あっつ、ん、ん、ん、い、や、あああぁぁっぁっつ!」
何度も何度も体をびくつかせ、はぁはぁと切ない息をついていたかと思ったら、またイきまくる。
ちゃんと、乳首でイくのと、そこでイくのと、中でイくのは違うと教えてさしあげないと。たっぷり、時間をかけて。
俺は悶える五嶺様の首筋をなぞり、イきまくって敏感になり、どこ触ったって、なにされたって感じてしまう五嶺様に存分に快楽を教えてやる。
「イヤッ! エビス、いやぁっ!」
五嶺様が思わず叫んだ。
あまりに感じすぎて怖くなったのだろう。五嶺様の目から涙がこぼれてそう仰ったが俺は容赦しない。
快楽に逃げようとする体を捉え、我を忘れるほど乱れさせる。
息も絶え絶えになり、死んだようにぐったりするまで。
体中に俺のつけた赤いキスマークを散らせ、夜具に横たわる姿は捨てられた白い花のようで、俺の胸はちょっとだけ痛んだ。
他のどんな女を抱いた時よりも、全く違う。
なんて気持ちよくて、なんて満たされるのだろう。
本当に自然に、心から愛している人を欲しいと思い、欲望よりも、気遣う気持ちが勝った。
できるだけ優しく口付け、優しく体に触れて、緊張と恐怖を溶かす。
眉を寄せ、声を上げるお顔のなんと色っぽい事か。
頬を上気させ、額に光る汗のなんとお美しい事か。
「五嶺様、もしお嫌でなければ、俺に触ってください」
俺は言いながら、五嶺様のお手を取った。五嶺様は頷いて起き上がって座り、俺はそっと五嶺様の手を俺自身へ導く。
五嶺様の白いお手が、俺のものを握るのは凄く扇情的な光景だった。
「あったかいねぃ」
五嶺様は嫌悪感も示さず、ぽつりとそう仰った。
「最初見たときはびっくりして怖かったけど、これがお前だと思うと、愛しいねぃ」
五嶺様のお言葉に、胸がいっぱいになった。
五嶺様はにっこりと笑って、俺を握った手を上下に動かす。
「う……」
「気持ちいいかぃ、エビス?」
「は、はい……」
俺は、真っ赤になってうめき、声を荒げた。五嶺様のお顔が、面白い! というようにキラキラ輝き始める。
「ええ? アタシにこうされて気持ち良いか、どうなんだ、この豚!」
やべぇ、だんだんサド入ってきた。
俺は慌てて、俺をさする五嶺様の手を押しとどめた。さすが五嶺様だ。一瞬たりとも油断ならない。
「五嶺様のなかに、いれたいです」
ここで見栄を張っても仕方あるまい。俺が正直に言うと、五嶺様がとたんに真っ赤になり、小さな声で「いぃよ」と仰った。
俺の体は愛する人の体に入りたいと素直に反応し、俺を受け入れるために柔らかく濡れそぼった女体へ己をあてがう。
「いいですか?」
俺が小声で囁くように言うと、汗だくになった五嶺様が頷いた。
アタシも欲しい。とかすれた声で小さくつぶやく。
額の汗で張り付いた髪の毛を整え、大丈夫ですよともう一度軽くキスをする。
ゆっくりと腰を使い、狭い入り口から中へ侵入する。
俺の肉が入り口を押し開きながら進むと、女体が強張った。
「あっ……!」
圧迫感と痛みに顔をゆがめる。
俺はすぐに動くのを止めた。
五嶺様を気遣い、顔を覗き込む。
「いいから、おいで」
うっすら目を開け、ぐったりとしながら、でもはっきりした意思の有る声で五嶺様はそう言った。
俺のために痛みに耐えるその姿がけなげで、愛おしさが溢れてくる。
俺みたいなクズが、どうして他人をここまで愛する事が出来るのだろう? それは本当に奇跡のように思えた。
俺達は一つになり。いまだかつて味わった事の無い快楽と、喜びを共有した。
今まで俺は、これ以上人を愛する事を出来ないと思っていた。だが、それは間違いだったんだ。
これまでの何倍も俺の腕に抱かれているこのお方を愛しいと思い、これからももっとこの方を深く愛するのだろうと俺は思った。
一生忘れられぬ、幸せに気が遠くなりそうな一夜をすごしたのだ。
一夜。そう、一夜だ。
このお方が俺の妻になって下さるのは、一夜だけ。
朝が来れば、お返ししないといけない。
次の約束など頂けない辛さに、俺の胸は激しく痛んだ。
朝など来なければ良い。
俺は、隣で眠る五嶺様の顔をじっと見ながら何度も心の中で呟いた。朝など来なければ良いと。
次はいつあのお名を呼ぶ事が許されるのだろう。
しののめの別れを惜しみ我ぞ先づ鳥より先になきはじめつる
小さくそう呟く。
朝が来る前に別れなければならない、忍ぶ恋の歌。
夜の闇は薄れ、健やかな寝息をたてる五嶺様の白いお顔がはっきり見え始める頃、俺はようやく口を開いた。
「五嶺様」
俺はそう思いながら声をかけ、体を小さく揺すった。
「もう、朝かぃ?」
うっすらと目を開けた五嶺様に、俺は頷いて言葉を続ける。
「はい。俺、もう行きます。五嶺様はもう少しお時間があるのでお休み下さい」
平気な顔をしているつもりだった。
「馬鹿だねぃ、何泣いてる」
五嶺様はそう仰って、起き上がって俺の涙を細い指で拭った。
東雲の鳥より先に、俺が泣く。
「すいません。でも、辛くて」
「後悔してるのかぃ?」
「いえ、まさか!」
ぶんぶんと大きく首を振る。
「時々でいいので、天妃子さんと呼ばせてください」
「エビスには、苦労ばかりかけるねぃ」
「いえ。グループを建て直し、晴れて堂々と五嶺様を妻と呼べる日が来るための苦労など、苦労と呼べません。そんなの楽しみの一つですよ」
「ありがとう」
五嶺様は小さく呟き、ご自分から口付けてくださった。
我慢できずに、俺からも求める。
空はかなり白んできた。部屋も明るい。
名残惜しく唇を離し、俺は迷いを振り払ってにっこりと笑った。
「頑張りましょうね」
明るく言って笑顔を作り、俺は五嶺様の手を強く握った。
「もう、行けぃ」
俺の言葉に、急に顔を背け、五嶺様は仰った。
「はい、五嶺様」
気持ちが駄目になりそうなのを必死に奮い立たせ、俺は部屋を出る。
部屋を出るなり、崩れ落ちそうになる自分を必死で叱咤する。
「三千世界の鴉を殺し……って奴だねぃ」
背を向けてそう仰った五嶺様も、きっと泣いてる。
俺が強くならなくてどうする?
目をぎゅっと閉じて、俺は強くそう思った。
次に目を開けた時は、五嶺様の側近へと戻らなくてはならない。
一刻も早くグループの再建を。
五嶺様のために、グループのために、そして俺のために。
目を開け、朝日の中を俺は迷い無く歩き出した。
誰に憚ることなく五嶺様を妻と呼ぶために。
終
20091107 UP
初出 20060812発行 世に五嶺の花が咲くなり