『北極星』






(…苦しい)

何か重いものに押さえ付けられている様な感覚だった。
息苦しさに喘ぎながら体の上に有るその “何か” を押し退けようと足掻く。
…だがそれは押し退けようとする俺の腕力よりも更に強く俺を押さえ付け、足掻けば足掻くほど尚更に身動きが取れなくなって行くばかり。

(一体何だって言うんだ…)

眉を顰めたまま閉じていたやけに重い瞼をゆっくりと持ち上げる。
フィルターのかかった様な遠く、暈けた視界。
その視界に飛び込んできた風景は俺の部屋でも無ければ、ガーデンでも無い…見慣れない風景。



目の奥を射るような目映い青空。
天頂で輝いている太陽。
白い雲が風に弄ばれるようにゆっくりと形を変えながら流れて行く。
草がさざめく音だけが弱まっては不意に強まり、また遠ざかるように弱くなる。



(ココは…ドコだ…?)
「スコール」

どうやら屋外に居るらしい俺は現状も理解出来ないまま…何故か大地に横たわっていた。
視界の端に有った白い物が耳慣れた声で俺の名を呼び、横にずれてサイファーになる。

「…重い。退け、よ」

呻きの音程で苦情を呟いたら…何故かサイファーが微笑った。
それは余りにも晴れやかで、穏やかで。
優しさを含んだ微笑みが瞳を覗き込むような距離に有る。

「イイじゃねぇか…もう少しこうされてろ」

俺からの苦情をそう笑いながら、より強く抱き込む腕に込められた力に溜息を吐く。

「外でこんな事するな」
「今は良いんだよ」
「何言ってるんだ…良いから退け」
「イヤだ」
「退け!」
「退かねぇ」

埒の明かない押し問答の間も微笑みの形のままの唇と瞳が俺を見ている。

(…どうして…あんたの瞳、そんなに綺麗なんだよ…)



癒しの色で有る緑。
それが俺だけしか映らない距離で俺を見ている。
…俺を包んでる。
それは嫌悪を感じるでも、恐怖に恐退くでも無く…安らぎに満ちていて。



「誰にも渡さねぇ」

低く苦しげに呻く様な声。
それでも顔は微笑んだままで…その不思議な空間に飲み込まれていく。

「サイファー」

狂おしい様な気持ちになって抱き返す為に脇から伸ばそうとした腕を拒まれた。

「お前は大人しく俺に抱かれてりゃイイ。俺だけ、見てろ」

耳元で囁かれた筈の声が不意に遠く聞こえた。

「サイファー…?」

サイファーはココに居て、俺を抱き締めてる。
全身で感じる彼の重さも、温もりも。
抱きしめられている腕の強さも、その微笑みも。
俺を封じ込めるような緑の瞳の色さえもありありと解るほどに近くに居るのに。

(…この胸騒ぎは何だ…?)

それは自分でも良く解らない感覚だった。

「このまま…二人で寝てようぜ?」

低く優しい囁きがまた少し遠く聞こえた。
グッとより強く抱きしめてくる腕の強さは痛いほど。
重ねられた体は温かい。
ゆっくりと俺の上に落ちてきた頭が耳元で囁く。

「俺がお前の事見ててやる…ずっとな…」

なのに声だけが酷く遠い。
さっきから感じてる胸騒ぎが悪い予感になる。
喉の奥からせり上げて来る様な訳も無い不安に白いコートの胸に縋り付いた。
大きく吸い込んだ香り。

(……血の臭いがする…?)



気付いたそれに顔を上げると…そこには見慣れた白と今まで解らなかった赤のコントラスト。
鮮烈なまでのそれは目の奥を焼く様で。



「サイファー!」
「…んだよ…」

すぐ近くの…体温を分け合う程近くに居るサイファーの声が、消え入るような遠さで耳に届いた。

(イヤだ!嫌だ、こんなの…嫌だ!!)

赤い警告のランプが点灯し始めたように、白に刻まれた赤が目に焼きついてはなれない。






「逝くな、サイファー!逝くんじゃない!俺を…俺を置いていくなぁっ!!」




































「スコール!」
「っあ!?」

不意に強く、ぐんっと揺すられて深く落ちていた意識が浮き上がる。
霞のかかった様な視界と頭で怒っている様な、驚いている様な…不思議な表情のサイファーを見つけて…詰めていた息を恐る恐る吐き出した。
その振動に額に滲んだ汗が玉となって、冷たく流れ落ちて行く。

「サイファー…」
「スゲェうなされてた…大丈夫か?」

ギシッとベッドが傾いて、心配そうな表情を隠さないサイファーの大きな手が額に貼り付いた髪を
掻き分けていく。
嫌な汗を大量にかいているらしい額から冷たい汗が流れ落ち、サイファーはそれを指先で静かに
拭いながら俺の返事を待っているようだった。

「…大丈夫だ…」

見慣れた自室。
見慣れた光景とそこに有るサイファーの手の感触が俺を落ち着かせた。

(…何だってあんな夢…)

自分達は傭兵で…互いにどこで命を落とすのかなんて分からない事だった。
もしかしたら明日…いや今日かも知れない。
それはもう理解している事で…十分納得している事で…。

(それでもあれは…)

俺が一番見たくない光景。
一番体験したくない状況。
額を拭っていた手がつ…と頬に触れて目尻を辿った。

「お前が泣くほどの悪夢ってどんなだ?」

からかう様な口調と気配に頭に カッと血が昇って、思わず手を振り解いた。

(っ、マズイ…)

自分の行動に後悔してももう遅い。
暗闇でも輝くようなサイファーの瞳が驚きから少し怒りを滲ませて。

「悪かったな。もう聞かねぇよ…じゃあな」

立ち上がった顔が背けられて、白い背中が手を上げてドアの向こうに消えようとする。

「……くな」

その光景に胸が痛みを覚えて、さっきの悪夢が蘇る。

(怖い)

初めて意識した恐怖。
サイファーを失うと言う事。
瞬間的に意識したそれは、心を蝕んでいく。



「サイファー、行くな…俺を置いて逝くな。一人にしないでくれ…」



ベッドの上、苦しさで溺れそうな体を抱えながら…漸く搾り出すように言葉にしてももう遅い。
何の音もしない室内。
その事実に増徴された恐怖と苦しさと悲しみが震えを伴って俺を支配していく。

「…っ…ぅ…」

噛み殺した嗚咽が闇の中で嫌に大きく響いた。
それでも涙が止まらない。
顔を上げてサイファーがそこに居ないのを確認するのさえ、もう出来ない。















ただ一人、暗闇に置き去りにされた子供のように泣きじゃくりながら…
もう二度と彼の気配を感じる事が出来ないような気がしていた。
もう二度と彼の声を聞く事が出来ないような気分になっていた。
自分以外は皆居なくなってしまったかのような、大げさなほどの孤独感が…ただ闇の中で子供の
ように自分を抱きしめながら震える事しか出来ない俺をあざ笑うかのようだ。















そうしたまま…酷く長い時間が経ったような気分だった。
辺りを支配しているのが絶望しかないようなその感覚に、自分を抱きしめて必死に守っていたつもりの心が折れかけた時。

「…ふぅ…」

突如響いた誰かの息遣いに体を震わせて、襲ってくる恐怖と不安でより強く己を抱き込む。
近付く足音と気配。
それが怖くてきつく目を閉じた。
不意に ポンと頭に乗せられた、重い何か。

「ガキかテメェは…泣くな」

掠れた呟きが降ってきて、その耳慣れた声に驚いて顔を上げた。
視界に飛び込んできたのは薄明かりに照らされたサイファーの困った様な顔。
グシャグシャと髪を撫でた手が両脇から伸びて俺を捕らえた。

「どこにも行かねぇから。俺はココに居るだろうが?」

すぐ近くにあるサイファーの真剣な眼差しと優しい囁き。
その言葉は瞬く間にかさかさに乾いたような心に暖かく染み入って、俺を素直に頷かせた。

「んなに不安なら満足するまで居てやる。…だからもう泣くな」

囁きと共に回された腕が、声に熱が篭ると共に強くなる。
近くにサイファーを感じる。
腕の強さも、包む熱も、近くの声も…息遣いさえ伝わる距離。
漸く訪れた気がする安堵に…また涙が零れた。










温もりと肌の臭いに顔を埋めながら深く息をする。
耳から伝わる熱と鼓動が俺のそれと同じ速さで嬉しさが込み上げた。

「サイファー」
「ん?」
「俺を、置いて逝くなよ?」
「…俺がそんな奴に見えるのかよ…」
「そうじゃない…ただ、言ってくれ。 “置いて逝かない” と。ただ “一人にしない” って言うだけで良いんだ…それだけで良いから」

頭の上で微かに笑う声がして前髪を掻き上げた所に唇が落ちた。
少し顔を上げると視線が絡む。

「言ってやってもイイが…お前も誓え。俺だけ見てろ」

口調と表情はからかうそれなのに瞳の奥に有る熱を見つけた俺は小さく答えを返した。

「あんただけ、見てる。…誓う」
「俺もお前を一人なんかにしやしねぇよ。例え一時離れたとしても必ずお前が見える所に居てやる。
…見失いそうな時は俺に言え。絶対に一人で抱えるんじゃねぇぞ?誰でもなく、俺に言え」

言いながら段々近付いてくる唇を意識したら体の芯が熱くなって。
逆らう気力もなく、ただ目を閉じる。
触れ合いそうな距離で名前を呼んだ唇が、触れ合ったままの距離で “愛してる” と囁いた───









Fin.





---あとがき---


コラボレーション第2弾という事で既存の作品の方へ有難くも挿絵を頂いてしまいました(照

こういう風に誰かを失う夢というものを何故か良く見るので、その悪夢を見た後の何とも言えない
苦しさとか後味の悪さとか…そんなものが伝われば良いな(?)と思って書き上げた代物。
かなり意味不明です。



Manuscript change:H16.11.27

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