『 大人の関係 』





旅行公司の部屋に入った途端にジェクトは疲れた様子を隠しもせず、大きな溜息と共に倒れこむようにベッドに体を投げ出した。
程良くスプリングの利いたベットは軽く沈み込んで彼の体を受け止める。
私はその様子を眺めながら…どうしても震えてきてしまう手でどうにか烏帽子を脱ぎ。
もう一つあるベッドの脇に設えられている小間使い用の机の上に、湧き上がってくる動悸もそこへ置き去りにするつもりで置いて。

「疲れましたか?」

こっそりと気付かれぬように溜息を零したら、平静を装いながらベッドの上で仰向けになったまま動かないジェクトに声を掛けた。
突然の事に少し驚いたらしい表情をそのままに起こされた首だけがこちらを見て、くしゃっと笑う。

「おうっ。あんだけの数こなせば疲れもするわな!」
「そうですね。汗もかいている事ですし、良ければ先にシャワーをお使いなさい」

その笑顔に私の平静が崩されそうになるのを理性で殺し、穏やかな笑みを面に貼り付けたままでそう促せば “そうすっかな” と、誰に言うでもなく呟いてジェクトは部屋を出て行った。
私は穏やかな笑顔でその背中を見送った…つもりだ。
…彼の笑顔に私の鼓動はまるでその辺りを全力疾走でもしたかのように跳ね上がる事を彼は知らない。
私の胸の中に渦巻く黒い欲望を彼は知らないのだ。
バタンッと勢いよくドアが閉められる音が私の笑顔を消す合図になり、いつの間にか詰めていたらしい呼吸が漸く出来た気がする。

(今日こそは、言わなければ)

ゆっくりと深呼吸するように呼吸を繰り返し、耐えられない程に張り詰めてしまった自分の心も緩めてしまえばもう止められないようにすら思える。
日も傾き始めた頃に渋る思いで今夜泊まる宿を決め、当たり前のように自分を一人部屋にしてくれたアーロンに無理を言って代わって貰った。
私の我侭に苦虫を噛んだような顔で了解してくれたアーロンは今頃、隣の部屋で気を揉んでいる事だろう。

(こんな事は今日限りだから、済まないね…)

心の中でそうアーロンに謝って、バスルームからジェクトが出てくるのを待つ事にした。
覚悟はこの数日間で決めたつもりだった。
結果は良くて気まずい旅になる。
最悪…彼は私の傍を離れていってしまうだろう。
それでも私は、もうこれ以上自分の心を偽り続ける事が出来なくなってしまったのだ───





───それから10分程だっただろうか。

「ふーさっぱりしたぜ。やっぱり風呂ってのはいいな」

ガチャリとドアノブが回る音と共に頭を拭きながら戻ってきたジェクトがそんな事を言いながら近付いてくる。
その気配に覚悟を決めていた筈の心がぐらぐらと揺らぎ始めて…それが表情に出てしまったらしい。

「おい、どうした?」

こちらを見た彼の表情が俄かに曇ったかと思うと、手にしたタオルを首に掛けた遠慮の無い歩幅がその距離を縮めてくる。
つい泳いでしまった視線一杯ににジェクトの顔が広がった時には声を上げそうにすらなった。

(頼むから、ジェクト。そんな風に私に…)

“構わないでくれ”
そう思った所で自分の思考に苦笑してしまった。
覚悟は決めたつもりだった…のに、いざとなるとこんなに動揺している自分が居る。
こんな男がスピラを救おうだなんて、全く笑ってしまうね。

「おいっ!大丈夫かよっ!? 熱でもあるんじゃねぇのか?」

大丈夫だよ。
熱は確かにあるかも知れないけれど、体調が悪い訳ではないんだよ。
目の前で慌てふためいているジェクトの姿を見て、そんな風に心の中で答えている内に私の中の何かがパラパラと崩れ落ちていく音を聞いた。
代わりに酷く冷静になっていく自分を感じながら、私の体調が悪いと信じて疑わないジェクトが私の額に手を当てて、それを今度は自分の額に当てるのを見ていたのだが。
首を捻って “判らねぇな” と呟いたジェクトの額と私の額が不意に重なった…。



静かにゆっくりと落ちていた筈の欠片が、一気に弾け飛んでいく。
その衝動は声にもならない勢いで私を支配し。
求めて止まない存在に向けて腕を伸ばし、絡め取り、奪った。



衝動のままに口付ければ後から後から湧き出して止まらない思いが私を後押しして。
だが、触れ合わせるだけのそれを深いものに変えてもジェクトは抵抗しない。
それを良い事に良いだけ貪って貪って貪って…。
そうしている内に何だか同情されているような気がして悲しくなった。
まだ触れていたい感触を無理に剥がすようにして、改めて向き合う形になる。
ぼうっとしたまま立ち尽くすジェクトは私を問い詰めない。
それがまた苦しい。

「…抵抗、しないんだね」
「あ、あぁ…突然の事でつい忘れてた」

室内を埋め尽くす重苦しい空気の中で、どうにか搾り出すように呟けばそんな答えが返ってきた。
思わず見たジェクトは珍しく視線を泳がせながら頭を掻いて。

「そう言うお前は何でキスなんかすんだよ…」

動揺を押し隠すようにそう続けた。
その答えはこれからの私の運命を左右する。
…そう解っていてもこの出来すぎた状況で思い人からその先を促されると言う、罠に逆らえるほど私はまだ悟りきっては居なかったのだ。

「好きだからですよ、ジェクト。私は君が好きなんです」

口にした言葉はあれこれと思い悩んで考え抜いて、選り抜いたそれらよりも単純なものになり。
その “好き” の意味を履き違えはしなかったジェクトは私を前にして明らかに動揺しているのが解る。
ザナルカンドでは花形のブリッツのエースでスーパースターだった。
常々そう豪語していた ジェクトの事だ…告白されるなどと言う事は山ほどだっただろう。
だがしかし、それが痛みを共にしながら連れ立っていた人物では無かったに違いない。
スフィアプールの中を泳ぎ回る彼の華やかな姿を見て、その姿に熱を上げる女性…。
その中に彼の妻となった人物も居たのだろうか?
そう考えると胸がズキンと痛む。
彼の眼差しの中に映るそれらを全て壊してしまいたい衝動に駆られる。

「…熱が、下がらないんです」
「は?何だ突然」
「だから今のは忘れてください。明日も早い。もう寝ましょうか」
「オイ!?ちょい待て!」

報われる筈の無いこの思いを告げられただけで良かったのだ。
不意を突いた形になりはしたものの、一時でも触れられた…それで終わりにするべきだ。
立ち尽くしたまま私が動く度に妙な反応を見せるジェクトを見る度にズキンズキンと胸が痛む。
…そう自分の気持ちに蓋をして二度と開かないつもりで封を施して言葉を無理に繋いだ。
酷い顔をしているに違いない私の表情を見られないように背中を向け、一人でさっさと寝支度を始めた私の肩を引き止めた手は私の手よりも大きい。

「人がせっせと足りねぇ頭捻って考えてる間に言い逃げとかあんまりじゃねぇか?」

もう許してほしい。
何も無かった事にしてしまいたいのにジェクトはそれを許さないと言う。
捲りかけたシーツと潜り込んでしまうつもりだったその隙間を見つめたまま、それ以上動かなくなった私を彼はどう思ったのか…肩を強く掴んでいた手がそっと離れていく。
それから暫くはただ沈黙が続き、背後でジェクトがらしくもなく溜息を繰り返している息遣いが時々それを遮るだけの何の進展もない、平行線のままの状況だった。

「本当は私の中だけで殺しておくつもりだったんだ」

その状況に耐えられなくなったのは私。
背後で何も答えないジェクトがどんな表情をしているかなんて考えたくも無かった。
だが、この思いを全てぶちまけてしまえば…この平行線の終わりが見えるきがしたのだ。

「始めは私自身すら驚いたんだよ。互いに妻も子も居る身で、私は召喚士と言う立場もあった。そして君は私のガード。それ以上でもそれ以下でもない筈だったのに…気付けば貴方が私の視界から離れてくれない…」

淡々と語るように告げるつもりがそこまで言って少し声が上ずってしまっている事に気付いて溜息を零した。

「いや、違う。離れないのではなくて私が君の姿を追っていたんだ。何度も止めようと意識してもそれでは止められない程にね。それから私は自分を責めたのかもしれない。これは不自然な事で、この感情は在りえない。可笑しい事だと何度も自分に言い聞かせた」

そう、何度も何度も呪文のように繰り返した。
それでも彼の姿を追ってしまう自分に苦しんだ。
こんな思いを抱えている私の前で無防備に笑うジェクトを憎んでみたりもした。
こんな思いで私が苦しんでいる事も知らずに彼の横に並ぶアーロンを羨んだりもした。

「けれど、もうそんな言葉では抑えきれないくらいになってしまっていた。自分の感情すら儘ならない、これがスピラの未来を変えようとしている男だとは情けない話だね」

立ち寄った公司や村々で酒の勢いに任せて女性に声をかける彼を見ていた。
何度その光景を見て、何度手にしたロッドを振り回してその間に割り込んでしまいたくなったか解らない。
一人寝の夜には抱えた思いを持て余し、いけないとは思いながらもその姿を思い浮かべながら…そうして後悔の朝を迎える事も度々だった。
だが、それも今日までの話。

「…これで解りましたか?私は君に不埒な思いさえ抱いている。さっきも…あわよくばこのまま思いを遂げようと思ったくらいに切羽詰っているんですよ。…だから、このまま黙ってこの部屋を出て行ってくれないだろうか…」

何かを言われたらきっと私は情けなく泣いてしまう。
死すら覚悟した私が、彼を失うだろう事を思うとこんなにも苦しい。
そして私のこの思いがジェクトさえも傷付けているだろう事を考えると、また苦しさが重なっていくのに。
ジェクトは動かない。
そうして室内には動けないままの私達がどうする事も出来ずに立っていたのだが…。

「あー…1こだけ聞きたい事がある」
「…何ですか」
「お前の気持ちは良く解った。んでまぁ俺も男だ。勿論お前も男なんだよ。で、だ…その、な?」

背中を向けてしまっているせいで表情は見えないが、ジェクトが何を言わんとするかが解った気はした。
だが、正直私はまだ信じられないでいる。
何よりも私自身がこの展開を想像した事がなかったからだ。

(私のこの思いを受け入れて、更にそういう行為まで至る事を許容した…?)

思いも寄らなかった展開に今度はこっちがパニックに陥りそうになる。
状況を整理して、彼の言動を改めて反芻して…。
そうして一度傾いてしまった振り子はそのまま私の中の理性と共に振り切れてしまったらしい。

「私は貴方が好きなんですよ?」
「それはもう解ったって言っただろうが。何度も言わせんな」
「…男同士なんですよ?」
「だから、解ってるって言ってるだろうが」
「ジェクト。それを解っててここに居てそんな風に聞くのは、反則です…」
「反則上等。そんなの怖がってちゃザナルカンドエイブスのエースの名が廃るぜ。で…どうすりゃ良いんだ」

冗談に聞こえるような言葉は、彼らしくもなく語尾が微かに震えていた。
改めて受け入れられた実感が沸いた私はゆっくりと振り返り…少し困った表情を浮かべているジェクトをそっと抱き寄せ、口付けを交わしながらベッドへと促す。
互いに経験がある分、最初のキスよりも積極的なそれに本能を揺さぶられるような眩暈を覚えながら、脳裏に思い描いた事があるそれと同じように彼を愛撫する。
彼もまた、まだ戸惑いながらも私の肌に触れてくる。
次第に高ぶっていくそこにも愛撫の手は伸び、同じ性を持つが故に知り尽くした手による終わりは早かった。





…互いの荒くなった呼吸と慣れた臭いが満たしているような室内で、折り重なったまま暫くそうして。
どうやら感情に素直な分、そういう類の快楽にも弱かったらしいジェクトはまだ回復の兆しが見えない。
だから私は先に体を起こしてこの惨状の後始末でもしようか、と名残惜しい温もりから離れようとした時。

「俺はそういうのは初めてだから、その…優しくしろよ?」

またも私は先手を打たれてしまったのだ。
こんな幸せ者、これから先どこを探しても私以外に居る事は無いだろうと思ってしまうと表情が緩むのを止められない。

「スケベ笑いすんじゃねぇよ!こっちが恥ずかしいだろうが」
「申し訳ない。つい、ね」
「つい、じゃねぇよ。俺が相当の覚悟決めて言ったんだ、しっかり優しくしろや」
「では、しっかりヤらせて戴きましょう。ジェクトからまたねだって貰えるようにね」

その後はもう言葉も不要で、ただ互いの体を感じて。
手探りで求める行為への入り口を探れば肩が震えた。
ゆっくりと探りながら、じっくりと馴染ませるように。
私を受け入れてくれる彼を傷付けないように、彼が望んだように。
どのくらいそうしていたのかは解らないが、繰り返す内にジェクトの反応が少し違うものに変わっていく事を感じて、私自身も触れられては居ないのに今にも暴発しそうなほどに育ってしまった。

「そろそろ、良いだろうか…?」
「良いも悪いもねぇだろ。来いよ」

汗なのか冷や汗なのか解らないものでしっとりと濡れたジェクトの背に一つ静かに口付けを落として…押し付けた欲望を埋めれば、その後どうするかなど解り切っている事。
辛そうな息を繋ぐ背中に労わりの言葉は今更野暮だろう。
そんな言葉を幾ら繋いでも…私が彼に苦しみを与えている事実は変わりはしない。

「愛してます。このまま貴方を殺してしまいたい程に愛しています」

だから私は慰めの代わりに恨み言にも似た感情を吐露しながらジェクトを犯す。
こんな苦しい思いを抱えていた事を彼に思い知らせる為に。
それにも勝る思いを抱えている事を彼に伝える為に。
これから先も彼を蝕むだけの存在である私を感じさせる為に。
体を襲う快楽が強まる分だけ胸が詰まる思いに駆られながらも、絶え間なく律動を刻み続けた。
擦れ合うその場所から溶け出して一つになってしまえればいいと願いながら。
しかしいつまでもそうして居たいと願っても叶う筈はない。
私達はそれぞれ別々の体と意識を持っているからこそ、私は彼に惹かれたのだから。

「ジェクト、好き、なんですよ、ジェクト。君が、君だから…っ!」
「ううっ…」

…そうして全てを彼に吐き出した後はまるで抜け殻になってしまったようにすら感じられる。
ジェクトの体を下敷きにしたままですっかり上がりきった呼吸を整えながら、自分とは違う熱の在り処を探るように触れれば、脱力しきった体が微かに震えた。

「ブラスカ」
「ん?」
「まさかとは思うがお前まだヤリ足りねぇとか言わねぇよな…?」
「いや、幾ら溜まっていたからとは言えども流石に第3ラウンドは勘弁してほしいね。明日の旅に支障が出るよ。君の方は…大丈夫かい?」
「すげぇダルイ。んでお前重いからいい加減退け」

そこに至るまでの重苦しい思いも、それまでの熱い一時も…まるで嘘のようにそんな軽口を叩ける。
それが何よりも嬉しい事だと、今漸く気付けた私はどこまでも愚か者なのだろうか。

「どうか…最後の時まで私の傍に居てください」
「おう。お前が最高の召喚士になる瞬間を最高のガードな俺様が見ててやらぁ」
「改めて宜しく、ジェクト」



† Fin †





---あとがき---

携帯HPの方での初リクエスト作品だったジェクト受モノ。
当時は欲望の在るがままに、己の思うがままに突っ走って書いていたのがよく分かる文章で…改稿しながらツッコミ三昧でした。
持ったばかりの携帯HPでどこまでエロを表現していいものかを余り理解していなかった所もあり、結構露骨な表現も使っていたのですが、改稿時にその表現を極力薄めてみたところ…全く別の文章になってしまったのはここだけの話。
ちなみにまだ携帯HP自体は完全閉鎖してなかったりします(オイ



First writing:H14.01.21
Manuscript change:H20.12.19




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