『 Don't be afraid 』



「オマエ、なんていうナマエなんだ?」
「ぼく…」

初めて出会ったあの日の事はもう既に朧で…それはまるで融けかかった雪のように希薄で危うい状態になっていた。
しかしそれでもその時の彼の言葉と表情だけは覚えている。

「ぼく、スコール…」
「スコール、いいか?ここではオレがイチバンなんだ!オレのいうこときくんだぞ!」
「ぅ、うん…」
「よし、じゃあオマエはこっちこいよ。オレがいろいろおしえてやる!」
「あ…」

いきなり掴まれてぐいぐいと引っ張ろうとする手。
それが俺を責めていた大人達のものに重なって、怖くなって振りほどいた。
驚いた顔が振り返って…それから少し悲しそうな顔になって。
そして笑った。

「オレはサイファー。もうダイジョウブだからしんぱいすんな」

彼が何を思ってそう言ったのかは解らない。
だが、あの時俺はその言葉が意味する事よりも、自分に向けられたその笑顔が眩しくて。
再び握られた手の暖かさに何故だか泣いた事だけを覚えている…───










─── いつものように書類に埋もれて追い込まれていた俺を助け出す為なのか、それともただ単に彼が暇でその暇を潰す為なのかは解らない。
だがサイファーが来てくれたお陰で俺は時刻が昼をとっくに過ぎて、もう既に夕刻になろうとしているのだという事に気付けた。
それだけでも有難かったのだが彼はその事実に気付いた俺を笑って “仕事馬鹿のテメェの事だから飯も食ってねぇんだろ?” と言いながら持ってきた紙袋の中から学食のパンを一つ放り投げて。

「それでも食え。足りなきゃテメェで買ってくるんだな」

と笑った。
眩しいその笑顔は朧になった記憶の底のあの笑顔と何も変わらない鮮やかさで笑う。


どうしてアンタはそんな風に変わらないんだ?
どうして?


受け取ったパンを手に戸惑ってる俺を尻目に行儀悪く近場にあったデスクに腰掛けたサイファーはそこに積んであった書類の上に持ってきた紙袋を置いて。
中から幾つかのパンと飲み物を取り出すとそれに齧り付きながら、自分が下敷きにしていた書類を眺めては “くだらない” とでも言うようにそこらに放り捨てている。
この部屋にある書類というのはどれもSeeD派遣に関する書類ばかりで…SeeDである彼にすればただの依頼書に過ぎないだろうが…その手の情報が欲しい輩には宝の山と言っても過言ではないような情報さえある。
彼が今、俺の隙を見計らってその書類の中から1枚適当に選んで懐に忍ばせて…相対する機関に引き渡せば…ものによっては巨万の富を得る事だって出来るだろう。

「おい、何見てる?早く食っちまえ。それとも何か?指揮官殿はガーデンの学食のパンなんて口に合わねぇってか?」
「…別に」
「おーお、出た出た。お前お得意の “別に” だ。何が別なんだよ、コラ」
「…」
「…聞いてんのかよ、オイ?!」

だがサイファーにすればこの重要書類の山さえもただの紙屑にしか見えないのか…それともそんな富など興味すらないのか…意にも介さない姿勢で俺をからかう。

「ったく…仕事仕事。テメェの頭は仕事の為だけに付いてるのかよ…面白くねぇな」
『オマエのあたまにはおねぇちゃんしかいないのかよ?!つまんねぇヤツ!』
(あ…)

サイファーの言葉に被るようにして不意に過ったのは…随分昔に言われた幼かった頃の彼の言葉。
あの時から、今でも。
彼はこうして俺に絡んでくる…。





「なぁ…」
「あん?」

ずっと疑問だった。
どうしてサイファーはそんなに俺に構うのか、と。

「アンタは昔の事、覚えてるか?」
「昔、ってのは石の家の時の事か?」
「ああ」
「テメェよりは覚えてるだろうな」

初めて出会ったあの時からずっと…俺が忘れている間さえも。
その時々に併せて形を変えたサイファーとの交流はこうして今も続いてる。

「じゃあ…覚えてるか?俺達が初めて会った日の事…」
「…まぁな。テメェはエルねぇちゃんの後ろに隠れてずっとうじうじしてたっけか」
「っ…その後、アンタがいきなり近付いてきて」
「俺を」「お前を」
「「皆に紹介した」」

わざと狙って重ねられた笑うような声は穏やかな目で俺を見ていた。
その目は間違いなくあの日見た、あの笑顔が見せた瞳の色そのもの。

「…アンタは変わらないな」
「何だよいきなり。…そういうテメェは随分と変わったもんだな。昔はエルねぇちゃんの姿が見えないとすぐめそめそ泣いてたクセによ」

今なら、ずっと聞いてみたかった事を素直に言えるような…そんな気がした。



「何でアンタは…そうやって俺に構うんだ?」



くっと笑いを噛む様な気配がして。

「ぷっ…くくく、ははははは!!」

真剣な空気を乱暴にかき回すかのような笑い声が室内に響き渡った。

「何だよ、いきなり神妙な顔して言うからビビっちまったじゃねぇか!」

そんな風に鮮やかに笑われて、むくれた俺をも笑い飛ばして。

「そんなの決まってるだろ。お前が気に入った、それだけだ」
「気に、入った…?」
「言っとくが他に訳なんかねぇぞ?俺は取って付けたような理由とかは嫌いだからな」

そういって笑ってるサイファーを見ていると俺がずっと悩んでいた事はとてもちっぽけで些細な事だと言う事に気付く。
“気に入った” と言う簡単な理由でこんな風にずっと傍に居られるのなら、多分それで他に何も問題などないのだ。
これまでも、これからも。
約束も何も無い…そんな関係は時に離れて、時に寄り添い。
約束が無いからこそ続くようなそんな気がした。





† Fin †


Ars Manga 4th anniversary free novel @ Kuzira Okino


---あとがき---

何が言いたいのか激しく不明なサイスコを事も有ろうかフリーで放出してしまった訳ですが。
どうやらお持ち帰りされた方はいらっしゃらないようで少し安心しました。
こんなもの押し付けられても困るって話ですね(真顔
我が発祥の地である携帯サイトがめでたくも4周年という事で少なからず浮かれていたのではないかと思われます。

何はともあれ、4周年有難うございます。
そしてこれからもこちら共々どうぞ宜しくお願いします。



writing:05'.Jan.22



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