バラムガーデンは今月に入った途端に騒がしくなった。 12月。 それは今年という時が終わる月。 イエス・キリストが生まれた月。 …そうして俺が生まれた月でも有る。 物心付いた頃から孤児だった俺の誕生日はいつだってキリストの野郎の誕生日…所謂クリスマスとゴチャ混ぜにされて俺個人だけでと言う状態ではまともに祝って貰った例がない。 それでも嬉しかった。 石の家でのキリストと俺の誕生を祝うパーティは豪勢な食事が有る訳じゃなかったが…まま先生が作ってくれた料理とケーキを前にした奴らが殊更楽しそうな顔をしてるのを見てるのはそれだけでも楽しかった。 クリスマスプレゼントと誕生日プレゼントが一緒になってしまうのは幼心には確かに悔しくは有ったがそれでも貰えると言う事が嬉しかった。 サンタはきっと居ると信じて必死で起きていたクリスマス。 それが俺の誕生日の思い出。 今年もクリスマスが後2日でやってくる。 「よぉ。大詰めみたいだな」 「あ、元班ちょいい所来てくれたわ〜!ちょっとこれ、あそこに引っ掛けてくれへん?うちの背やと届かんねん」 のんびりと散歩気分で通りかかった中庭に何気無く足を向けるとそこでは案の定、お祭好きなセルフィが忙しなくクリスマスの飾り付けをしていた。 そう言えばクリスマスパーティをやるとか言ってたな…と思いながら声をかけるとそう返されて。 示された場所にあるフックの位置は確かにセルフィの背だとまずどうやても届きそうに無い。 「…ったく…誰があんな所にフック作ったんだ…?」 「ホンマはこの飾りはアービンがやる筈やったんやけどね〜任務が入ってもうてクリスマスまで戻って来れへん言うてたからどうにか一人でもやってしまおう思うたんや…せやけど流石にあそこは届かへんからどないしよう思うてた所やねん」 「なるほどな…手伝ってやっても良いぜ?」 「ホンマ?!助かるわ〜ツリーの上の方の飾り付けもどないしようって思ってた所やの〜!」 どうしてそういう気になったかは…多分この飾り付けを見て、石の家で見たあの嬉しそうな笑顔を思い出したからだろう。 段ボール箱に納められたツリーの飾りをアレコレと手渡されて脇に退けて有った三脚を使って上の方の枝に手を伸ばす。 「良くこんなデケェモミの木見つけてきたもんだな?」 「あ、コレ班ちょが見つけてくれたんよ〜」 「アイツが?…雪でも降るんじゃねぇだろうな…」 「あはは、せやけどホワイトクリスマスになってええやん」 「まぁな」 それからは何となく黙々と作業を続け、結局辺りが真っ暗になってから漸く終わりを告げた飾り付けは二人でやった割にはそれなりの仕上がりを見せていた。 「ありがとね〜助かったわ〜」 「夕飯奢るとかそういう言葉はねぇのか?」 「それが目的やったん?!元班ちょ意外とせこいんやね」 「ウルセェ」 「あ!せや!うちまだ他にやる事あんねん!今日は助かったわ〜またね〜!!」 「おぅ、またな」 辺りがすっかり暗くなった頃に俺に割り振られた飾りを終えて、何となく離れた場所で全体の仕上がりを見ていた俺の所に最後の仕上げを終えたセルフィがやってきて。 冗談交じりで言葉を交わすと慌てたように ポンと手を打ったセルフィが手を振りながら走っていくのに手を上げて返しながら小気味良く遠ざかっていく背中を見送った。 「!…あの女、さり気なく流しやがった…」 その背中が階段を上って木の陰に隠れていった時にその事実に気付いて。 思わず笑いが零れた。 それから何となくその場を離れ難かった俺は近くのベンチに腰を下ろすと、おもむろに懐のタバコを取り出して先に小さな火を灯す。 そのまま暗闇の中でぼんやりと眺めたツリーは飾りがガーデンの灯りに小さく輝いて何とも言えない穏やかな雰囲気を醸し出している。 そうしてふとツリーの向こうに見上げたガーデンは寮の明かりが所々消えていて、正に今目の前に有るツリーのように見えた。 その姿は静かに来る聖夜を祝っているようで。 (静かだな…) こうしてぼんやりする時間が無い訳じゃない。 だが、こんな風に本当に静かに穏やかな時間が有ったかと聞かれるとそれは無かった様に思えた。 人の気配の無い、本当に静かな夜。 ゆっくりと意識して息を吐き出すと煙と共に白く漂って、薄くなって消えていく。 冷たい北風が不意に強く吹き付けてきて、頬にその冷たさが伴う痛みを感じる。 …それに気付いたのは何の拍子だったのか。 言葉は無かった。 声を上げたら消えてしまうような気さえする奇跡的な光景。 新月の今夜は闇しかない筈の夜空。 まるでそこにもクリスマスの飾り付けが有るように見えて、知らずと笑いが零れた。 まったく馬鹿な事を考えてる。 ゆっくりとその色と形を変えて揺れる天のカーテン、オーロラ。 (いつか本物を見てぇと思ってたが…まさかココでも見れるとはな…) 初めて見たのは何年も前の丁度クリスマス。 ベットの脇に下げていた靴下に入りきれないせいで枕元に添えられていた本の表紙に描かれていたそれが幼心に強烈に焼きついて。 未だ離れていなかっただけに思いがけず本物を見れた感動は例えようも無い。 なのに “クリスマスの飾りみてぇだ” なんてガキでももうちょっとまともな感想が有りそうなものだと思うが…正直にそう思った。 ガーデンがツリーのように見える分、尚更だったのかも知れない。 もうすぐ来る聖夜を一足先に祝っているようだ、と。 「…こんな所に居たら風邪引くぞ」 声をかけられるまでその気配に気付かなかったのは初めての事だった。 コイツが気配を消して歩くのは無意識の産物だったとしても、今まで一度だってその存在を気付かなかった事なんては無かったのだが。 声に驚いて顔を向けるとこの暗闇でも表情が解るくらいの距離にスコールが呆れた様に腕を組んで立っている。 いつもなら偉そうに見えるのに今日のそれは少し情けない。 良く見るとどうやら震えてるようで。 「テメェの方が風邪引きそうじゃねぇか。俺は寒いのは強いんでな…もう少しココに居る。お前は寮に戻ったらどうだ?」 「…出来るなら是非ともそうしたい所だが、あんたが寮に戻らないと俺も戻れない」 寒さに声さえも震えてる癖にそんな事を言うのは誰かにそう言われたからだろう。 こういう所だけはやけに律儀で笑えてくる。 「俺は後5分は動かねぇぞ?だからテメェは先に中入ってろ。ココで待つのも中でも待つのも一緒なんだからよ」 「 」 「あ?」 「…何でもない…」 「しょうがねぇな…おい、中で待つ気ねぇならこっち座って付き合え」 正直、俺は一晩中でもココに居たい気分だったが…余りにも寒そうなスコールを見てるとそうも行かないようで。 しょうがなしに妥協案を提案したにも拘らずスコールは首を縦に振る事もせず代わりに俯いて何かを呟いた。 こんなに近くに居ても聞こえないほどの小さな呟き。 (相変わらずだよな、テメェは…) 思わず零れそうになる笑いを喉の奥で噛み殺しながらもその反応を待つと黙ったまま横に腰を下ろしてくる。 近くに来たら尚更に震えてるのが見えて。 「凍え死にそうな感じだな」 「寒いのは嫌いなんだ」 その答えにまた笑いが零れた。 戯言のように “だったら中に入ってればいいだろ” とまた繰り返す。 スコールは何も言わなかった。 後は沈黙。 そのまま俺は黙って空で揺れてる幻想的な光景を見詰め、その間スコールは震えながら時々時計を見てる。 「ぁ…」 その小さな驚きの声が上がったのは暫く経ってからだった。 その余りの反応の遅さにまた笑いが零れる。 「やっと気付いたか。どうだ、綺麗だろ?」 「…こんな南で見れるなんて有得ない…ホログラフか何かだろ」 「ちっ…夢のねぇヤツだな…?何で純粋に綺麗だとか思えねぇんだよ」 「いつまでも夢見がちなあんたと一緒にするな」 「可愛くねぇヤツ…」 「それで結構だ」 顔も見ずにそんなやり取りを返して。 先に笑い始めたのはどっちからだったか…。 そんな事は結局どうでも良かった。 気付いたら二人で肩を揺すって笑っていたという事実が何よりも重要で。 なかなか味わう事が出来ない…こんな風に穏やかな夜は幾ら寒かったとしてもココに居座った甲斐が有ったという事だ。 天にはオーロラ。 地上に聳える巨大な白いツリーはその飾りを消して静かに佇み。 目の前にある緑は飾られたモールが風に吹かれてちらちらと輝いている。 そして俺の横には風から避けるように身体を小さくして未だ笑いを噛み殺してるスコールが居る。 一足先にクリスマスプレゼントを貰ったような気分だった。 「…ああ…もう23:30なんだな…」 「もうそんな時間か…約束の時間よりもオーバしたな」 「…」 「戻るか」 漸く笑いが収まったのか、ふと時計を見てそんな風に切り出してきた事に苦笑いして。 立ち上がろうとした俺のコートの端をスコールが引っ張った。 「もう少し居てもいい」 小さな声だった。 それからまたベンチに腰を下ろした俺は寒さに震えるスコールを包むようにコートを広げて。 二人で黙って空を見上げている。 「…後5分で今日が終わる」 暫くしてそう呟いた真意が掴めずにその横顔を覗き込むようにして尋ねた。 「それがなんだ?まさかコレから任務だとか言うんじゃねぇだろうな…」 「これからじゃ無い、終わるんだ」 「雪が降るな」 「…サイファー、アンタもしかして忘れてるのか?」 「何がだ?」 「今日が何の日だったかって事を」 すぐ近くにスコールの真剣な眼差しがある。 それはこの闇の中で鈍色に輝いて。 「さぁな…今日は俺の誕生日だったって事以外は他に何の日かなんて考えた事もねぇ」 「後3分だ。流石にアンタは生まれてるだろ?」 それはこいつにしては意外な言葉だった。 一応照れてるらしく伏せた眼差しがしきりに辺りを気にするように泳いでる。 「…誕生日おめでとう」 意を決するようにそう呟かれて、笑いが零れた。 思わず抱き寄せた身体はまだ震えていて。 寒いと言いながらも俺の横から動かなかったのは。 「そういう魂胆だったとはな…寒い思いさせて悪かった」 「…自分でも相当馬鹿げてるとは思ってる」 また笑いが零れていた。 「で、俺がいい加減生まれてるってのは何か重要だったのか?」 腕の中で寒さから逃れるように擦り寄ってくるスコールを包むように抱き込みながら囁く。 「…あんたが生まれてもないのにおめでとうなんて可笑しいだろ」 腕の中で篭るような呟きはまた笑いを誘った。 「なるほどな…さすが現実主義者らしい回答だ」 「…アンタとは違う」 「いい勝負なんじゃねぇか?」 「五月蝿い」 小さな笑いは止まる事を知らずに時折吹き付けてくる北風に浚われていった。 何という強引な終わり方だと言うツッコミはこの際無しで。 あなたが生まれた事に “おめでとう” を。 あなたと出会えた事に “ありがとう” を。 |