毎年繰り返される俗物的なイベント。 バレンタインデー。 それがただのチョコレート会社の戦略で世の中の男女は漏れなくその戦略に嵌ってるだけだと言うのは言われなくたって解ってる。 だが俺は別にバレンタインデーが嫌いという訳じゃねぇ。 むしろ普段想ってる相手に対してその思いを告げるきっかけになっているこの風習はロマンティックだと思うし、思わぬ相手にチョコを貰ったり想いを告げられたりするのは悪かねぇ。 例えそれが別にどうも思ってない相手からだったとしても嬉しくないと言ったら嘘になる。 「あの…サイファー先輩!」 通路をぼんやりと歩いていた俺の背後から駆け寄ってくる足音。 今日何回聞いたのか数え切れないほどに繰り返された出来事。 声に足を止めて見えない内に少しだけ苦笑いを溢して振り返ると案の定頬を赤くした下級の女子が友達と一緒にもじもじしながら立っていた。 「何だ?」 「あ、あのっ!…コレ、貰ってください!」 一緒に来てる友人にせっつかれて搾り出すような勢いでそう切り出した彼女は手に大事そうに抱えていた包みを差し出してくる。 誰かに想われるのは嬉しい事だ。 自分の好きなように、生きたいように生きてる俺をそれでも思い慕ってくれると言うその事実は純粋に有難い。 …が、俺がそれに答えられるか否かはまた別の話だ。 「ああ、貰っとく」 「あの、それで…私、ガーデンに入ってからずっとサイファー先輩の事が…」 「ちょい待て。想ってくれるのは有難てぇし、チョコも嬉しい。だが俺は他に好きなヤツが居る。悪ィがチョコ受け取る以外に俺が答えられるものはねぇ。それ以外に答える気もねぇ。それが嫌だったら、他当たってくれ」 「ぇ…あ…」 「じゃあな。チョコサンキュ」 「待って…待ってください!あの、その人からもし振られたら…私の事、考えてくれませんか?!」 俺の事を真剣に想っているならその分だけ、惨めだろうが何だろうが必死に食らい付いてくるこの獰猛さはきっとモンスターも凌ぐほどだろう。 一度背を向けかけた足を止めて少しだけ振り返ると目に涙を溜めて必死に俺を見上げてるその様を俺は今日だけで何度目撃したのか。 その度に俺は何度こうして同じ事を相手に説明したのか。 「悪ィが俺は保険作って置けるほど器用じゃねぇ。第一相手に振られたからってすぐに違う奴と付き合える訳ねぇのはテメェも解ってんだろ?俺だって同じだ。俺の心は俺が思う相手にしか向かねぇし、向けようとも思わねぇ。…それでも構わねぇって言うならいつまででも想っててくれ。じゃあな」 背後に投げかけられる “酷い” とか言う言葉はもう気にしなくなった。 むしろ好きだとも想われて無い相手にお情けで付き合われる方がきっと惨めだ。 「想われても無い相手にお情け…か…」 俺が想い焦がれてるアイツはどうなんだろうと考えると酷く惨めな気分になる俺が居る。 いつも勢いで押して、流して…。 その場の勢いなんかを無くした上で、アイツの気持ちを乗せた “愛してる” だの “好き” だのという心躍る言葉を聴けた例の無い俺は女子に向けて自分が言う言葉を口にする度にその矛盾をいつも感じていた。 そして毎年恒例になったその時の為に俺はいつもの様にスコールの部屋に押しかけている。 不機嫌そうな顔で箱に詰められて押し付けられた包みを数えてるその姿は見慣れたもの。 毎年繰り返してるそれは…俺に俺自身の気持ちを確かめた上でコイツにどう想われてるかを聞き出すタイミングを図るものになっていた。 「用は終わっただろ。さっさと部屋に戻ったらどうだ」 そうして毎年同じ様に不機嫌を隠さない声が告げるタイムリミット。 たった一言で良い。 俺を本当はどう想ってるのか、それだけ聞けば良い話だ。 普段は冗談の様に軽く言えるその質問はどうしてだかこの山を成す包みを前にすると言えなくなる。 俺の気持ちはこの包みを遣した誰か達よりも勝っているのか? 受け取る側のスコールはどうだ? もしかするとスコールは俺ではなく別の誰かを想ってるかも知れない。 だとしたら俺はコイツに対して何をしてる? コイツは俺に対して何をしてる…? 結論を出せないまま、自問自答を繰り返すだけで過ぎていく時間。 意識して逸らしていた視線を上げて俺を見てるその顔を見るとほんの一瞬前に決めた決意が音を立てて崩れていく。 「サイファー」 「…今年は言おうと思ったんだが…やっぱ止めとく。邪魔したな」 未練がましくそう口にして背を向けた右腕に触れられた衝撃は言葉に出来なかった。 この腕に込められた気持ちの行方を探りたくて瞳を覗き込むように見つめ合う。 ブルーグレイの瞳の中に隠せない動揺と言葉にしないそれでも求められている様なそんな色を探してる俺が居る。 強く掴まれた腕は何を意味してるのか。 覗き込んだ瞳に滲んでいたそれはどういう意味なのか。 それは俺が望んでいる言葉そのものだと…そう都合よく受け止めて良いのか…。 言葉よりも感情よりも身体が動いていた。 男にしては細い、しかししっかりと鍛えられている身体を腕の中に捕らえて…まるで縋るように抱き締め、閉じ込めると丁度目の前にくるその髪に鼻を埋めて…愛しくてたまらない存在を感覚からも、感情からも捕らえようと目を閉じる。 俺を突き飛ばして…そう、コイツがいざ本気を出したらこのくらいの力で捕らえてる俺の腕など簡単に振り解ける筈だ。 それを解けずに居るのは同情からか? それとも俺が望むその形に当てはまるものをお前が持っているからなのか? 心の中だけで問いかけながらその返答を待っている。 最初は足掻いていた腕が次第に大人しくなる。 諦めたのは俺への抵抗なのか、それとも自分の気持ちへなのか。 何も言わないのは言っても聞かないと思っているからなのか、それとも言葉が見つからないのか。 鼓動と互いの呼吸音だけが響いてるような室内。 消灯を告げる放送がどこか遠くで聞こえてるようなそんなあやふやさで耳に届く。 やけに長く感じる時間。 終わらせたくない…終わりなどこのままずっと、一生でも来て欲しくなど無いと願う気持ちだけが明確な意味を持たずにただ膨らんでいく。 「…お前の気持ちだって受け取って良いんだよな?」 確かめるつもりで問いかけた言葉は自分らしくもなく…まるで母親に泣き縋る子供の様な情けなさでやけに明るい室内に奇妙な音色で響いた。 腕の中で小さく震えた身体がゆっくりと顔を上げて、俺の気持ちを確かめる様に覗き込んでくる。 その瞳に浮かぶ色が褪せない内に。 消えてしまわない内に…願いを込めて口付けを交わす。 それは俺の独りよがりな感情。 お前は知らない。 お前の気持ちを知らない俺がこんなにも戸惑っている事を。 お前の言葉を聞けない俺がこんなにも不安だと言う事を。 チョコに例えるなら Bitter sweet 。 ほろ苦い味のするキスは年に一度だけ。 自分の気持ちを確かめる様に今年もまた繰り返してしまうのは俺にとって “お前” と言う存在がそれだけ重要な場所を占めていると言う事。 そしてそれだけ俺が “お前” と言う存在を失う事を恐れていると言う事。 今の俺が言えるのは…それが色褪せない気持ちと言う話だって事だ。 えっと…何が言いたいんですかね、この話(ぇ 『Love emotion』 と対になってるのですが、勢いだけで結局何が言いたいのか解らない所までを対にしてしまってもしょうがないって話です。 |