腕を触られて、意識が浮き上がる感覚を覚えた。
ぼんやりと開けた視界でゼルが何かを言っている。

(聞こえない…何なんだ…?)

寝かされたままどこかへ移動させられてるらしいが…ココがどこなのか解らない。
酷く眠かった。
その眠りを妨げる様に揺すられて、またぼんやりと目を開けると俺から引き離されていくゼルの姿。
何かを言いながら遠ざけられていくその姿を見つめて、また目を閉じる───


















































───目覚めはいつだって苦手だ。
頭が耐えられない程に痛んで眩暈もする。

(ココはどこだ?)

無機質で圧倒的なまでに真っ白な部屋。
天上に付けられてる照明が間接的な灯りをぼんやりと供給している。
ズキズキする頭を抱えて身体を起こすと腕に付けられていたチューブとの接点が ちりっと痛んだ。
腕から伸びるそれを視線で辿るとベットサイドに有ったのは点滴を吊るす器具とそれに吊るされて俺の体と繋がってる点滴。
そのぽたりぽたりと落ちていく様をぼんやりと眺めていた。

(病院…俺はまた死ねなかったのか…)

溜息を吐くとまだだるい身体を再び横にする。
元から体調が可笑しかったのは自覚していたから今回の検査でそれはもう既にガーデンにも伝わってるんだろう。
もしかしたらこのまま体調が整うまでは退院出来ないかもしれないな…なんて事を考えている時。
こっちに近付いてくる足音が耳に入ってもう一度だるい身体を起こす。

(2人…いや、3人か)

すぐに開かれるだろう扉は見つめている間にほぼ無音で横にスライドしてその前に立つ4人を中に招き入れた。

「目が覚めたのね。心配してたのよ?」
「ったく、無理するんじゃねぇよ!」

入ってきていきなりそう声をかけてきたのはキスティスとゼル。
予測していた人数を間違えた事に少し悔しい思いをしながら後から入ってきて黙って立ってるキロスに軽く頭を下げると彼は無表情のままで一つ頷いた。

「…で、何の用だ?」
「今回の任務の報告よ。追加要員を併せて任務に当たったのは5名。負傷者5名。内、軽傷者3名…これはもう既にみんな治療も済ませて元気」

俺に一番近い位置に立っていたキスティスに声をかけるとそんな言葉が返ってきて少し安心した。
その横にゼルが立ってるという事は3名の内の1人はゼルだと言う事だ。

「そして重傷者が2名。一人は勿論あなたよ、スコール」
「解ってる…もう一人は?」

咎めるような言い方に溜息を吐いて頷いて…もう一人の様子を聞こうとしたら…キスティスとゼルは言い難いように押し黙って目を逸らして。
奇妙な沈黙の後だった。
一番最後に入ってきて、今まで何一つ口を利かずに入口の近くのパーテーションの影に居た風神が静かに…俺に良く見える位置に移動して。

「後一人、サイファー。現在、集中治療中、面会謝絶」
「?!何でサイファーなんだ?!雷神じゃ無いのか!?」

サイファーと風神は俺が最後に見た時には立っていた。
だから雷神が思っていたよりも負傷してたんだと…そう思っていた…。
風神は小さく首を横に振って。

「重傷者、サイファー」
「…事情を話してくれ。何が起きた」

それ以上は口にする気が無いらしい風神は俺の問い掛けに黙って俯き、また首を小さく横に振って病室を出て行ってしまった。
何がどうなってるのか解らない。
俺の疑問に満足に答えられないらしいキスティスとゼルは視線を向けた途端に申し訳無いと言いたげな顔で俺から目を逸らした。

「誰も知らないのか?何が起きたんだ」
「それは私から話そう」
「あんたが?」
「聞きたくは無いかな?」
「いや…」
「ならば私が見ていた事を包み隠さず話そう」





キロスが話してくれたのは俺が連続攻撃を受け始めた頃からの俺達の事。
攻撃に耐えていた俺が膝を地面に突いて2回目を甘んじて受ける時だった。
サイファーが俺を庇って攻撃を受け、間接的な衝撃に情けなく気を失ってその場に崩れた俺を戦線から離脱させるようにわざと敵に背を向けて囮のような行動を取り。
背後に迫ってきたガルバディア兵を振り返り様に一撃。
…戦いはそれで終わる筈だった。

「多分最後に残っていた相手は他の兵よりも一枚上手だったんだろうな…倒れる間際にアルテマを唱えてね」

それに気付いたサイファーは風神にシェルを放っておいて、自分は構える暇もなく直撃を受けたのだという。

「背後から受けるような形になっていたからダメージは通常より大きかったようだ。至急、医療班向かわせたがその時既に呼吸をしていなかった…」
「今は」
「医療チームが頑張ってくれたお陰で一命は取り留めたようだが、まだ危険な状態だ」
「……」
「…責めはしないのか?」

いつの間にかキスティスとゼルは室内から居なくなっていた。
シーツを握って俯いた時にふとキロスがそう切り出して。
質問の意図を図りかねて見つめると読めない表情でもう一度 “私を責めはしないのか?” と。
俺は静かに首を振った。

「SeeDは何故と問う勿れ」

これだけ詳しく現状を説明出来るという事はエスタは見ていたのだろう。
俺達が戦い、傷付き、そして倒れていく様を…最後まで。
…俺が重傷を負ったのは俺の責任だ。
サイファーもまた然り。
そして今、サイファーが命を取り留めてるのはエスタがその持ち得る医療の限りを尽くしてくれたというのが事実で。
ふと “そうか” と小さく呟いたキロスの左袖が不自然な皺を作っているのに気付いた。

「あんた、O型なのか?」
「そうだが」
「…済まない」

確認の意味を込めて尋ねた事で確信する。
サイファーの血液型もO型。
この世界にO型の人間は数が少ない。
だからこそ緊急に輸血用の血液を必要とする大手術は命取りになる。
そしてこの世界には魔女が居るという現実が輸血という行為を遠ざけていた。

『もし魔女の資質を持った者の血液を与えられてしまった場合、その血は与えられた者の肉体を蝕み、そしてやがてその者も魔女となる。
もし魔女の資質を持った者に己の血液を与えてしまった場合、魔女の血はその血を辿り、その者を己が僕として従わせる』

…そういう古い言い伝えが有る限り、これからも輸血という行為は増えはしないだろう。
そしてそれはあながち嘘でもない事実が有るからこそ言い伝えとして残っている。



“魔女の騎士” だったサイファーに己の血液を与える。



それは例えサイファーが仕えていた魔女を俺達が倒していたとしても、元に資質が有るから魔女の騎士として操られたというのが現実で。
恐れ、避けられて当然の行為を彼は何もなかった様な顔で…恩に着せる訳でもなく、それどころか “責めないのか” と尋ねる。
感謝こそすれど、責められる訳がなかった。

「…ラグナ君曰く、

“スコール達が頑張ってくれたから呑気にばあちゃん達が言ってる事思いだせるんだろ?!こっちの依頼でわざわざ来てくれたのにサイファーが魔女の騎士だって事だけで恩を足で返すようなマネすんのかよ、卑怯だろ!”

…だそうだ。相変わらずメチャクチャな理論だが的は得てる。第一、言い伝えは全てにおいて人の想像が混じる…だからこそ揺ぎ無い真実とは言い切れないという訳だ」

そんな風に口を開いたキロスはまだ残ってる仕事が有るとその場を去っていった。
入れ替わりに戻ってきたキスティスがサイファーの容態を報告して。

「あなたの検査結果も聞いてきたわ。いい機会だからゆっくり治して万全な状態で戻ってきて頂戴」
「ガーデンはどうするんだ」
「私が指揮官代行にされた。まぁせいぜいあなたが戻ってくるまで女王気取りで居るわよ。どうしても相談したい事が出来たら端末で連絡するわ」
「病室で使える訳ないだろ」
「その辺りは特別に許可を貰ってる。でも使わなくて済むように祈っててくれると助かるかな」
「…了解」
「さてと…それじゃ、私もガーデンに戻るわね?ゆっくりするのよ?」

殆ど命令のように残して帰っていくキスティスを見送って…そうしてまた俺は独りになる。
夜になって消灯時間を過ぎても何故か眠れずに窓の外で細く輝く月を見ていた。
夜は嫌いじゃ無い。
闇も静寂も嫌いじゃ無い。
だが、今は冷たさを孕んで ぞわりと俺を威嚇しているようにさえ思える。
キロスの説明も、キスティスの声も酷く遠くに有ったような昼のやり取りを思い出しながら…それでも冷静に返答を返していた自分が何故か可笑しかった。
指揮官という仮面を被ったこの寒空よりも冷たい俺が、確かにこの身体の中に居る。
不安に揺れる心とは裏腹に。

(…廊下が騒がしいな…?)

ふと耳に飛び込んできた数人の足音がどこかへ向けて足早に駆けて行く。
医療用語が切羽詰ったように交わされるのが気になって腕に繋がれた点滴を押しながら病室を出た時。

「スコールっ!サイファー、容態悪化!!早く来て!!」

ぶつかってきた人物が誰かと認識する前にその人物が発した言葉に耳の奥でした ざぁっという音を伴って血の気が引いていく。
頭の整理がつかない内に走り出した人物が廊下の微かな灯りに照らされて…それが風神だったという事を漸く理解した。
俺をサイファーの病室に案内するように先行する小さな背中を見失わないようにしながらガラガラと耳障りなほどに五月蝿い点滴を腕から引き抜いて放り出して。
まだあちらこちらが痛む身体を叱咤しながら辿り着いた病室には白い服の医者と看護婦が慌しく動いていた。

「サイファー!」
「静かにして下さい!スコールさん?!あなた、点滴はどうしたの!?」

泣きそうな声で叫んだ風神に近くに居た看護婦がヒステリックに返してくる。

「サイファーの容態は?」
「ああ…先程、急に容態が悪化したのですが今はまたどうにか持ち直してます。ですからあなたは病室に。サイファーさんの付き添いの方は外に出て下さい」
「…風神、出よう」
「否!待機!見守!」
「ココに居ても俺達は何も出来ない…悔しいが、何も出来ない…。表に居ます。何か有ったらすぐに呼んで下さい」

風神に声をかけて看護婦にもそう告げてシンと静まり返ってる廊下に出た。
別に見放した訳じゃ無い。
だがあそこに居たら俺まで取り乱しそうで…怖かった。
見回した先に有ったベンチまで移動して静かに腰を下ろすと首のライオンを象ったアクセサリのチェーンが チャリ…と微かな音を立てる。
重く感じる手を持ち上げてそれを手に取ると…廊下の灯りに鈍色の輝きを放って。
思わず祈りを込めて握り締めた。

(大丈夫だ。サイファーは…魔女の騎士だった男はこんな事で居なくなる訳がない…)

いつの間に出てきたのか…音も無く横に来た風神が黙ったまま俺の横に腰を下ろす。
交わす言葉も無く、互いに俯いて黙ったままで。
何よりもこの状況では言葉を交わしてる余裕さえなく。
その場にはただ祈りだけが満ち、少し離れた病室からは未だに只ならぬ雰囲気が立ち込めていて辺りを支配している。
静まり返った廊下がその雰囲気を更に増長して俺達に圧し掛かっていた。

「…私、飲料購入。要?」
「いや…」
「了解。…サイファーをお願い」

圧迫に耐えられないとでも言うように風神が立ち上がって…小さな呟きで願うように言葉を残し、小走りでエレベーターと書かれた矢印が示す方向へ姿を消していくのを黙って見送る。

(…サイファー。まだ逝くな…あんたを待ってる奴が居るんだ…逝くな…!)

手の中のライオンを強く握り締めて強く願った時…辺りに立ち込めていた緊迫感が消えた。
顔を跳ね上げてサイファーが居る病室を見つめる。
静かに開いた扉から看護婦が顔を出した。

「サイファーさんの付き添いの方は…?」
「今外してます。代わりに俺が」
「いらしてください」

嫌な雰囲気だった。
看護婦の変に冷静な声。
そしてその姿が漂わせる失意と焦躁の空気。
身体の痛みは全部飛んでいたのに足が上手く前に進まない。
漸く辿り着いた開かれた扉の内側では看護婦がサイファーを着衣を整え、傍らに立っている医師が沈痛な面持ちで俺を見ていた。
今まで付けられていた大量の器具は一部を残して取り払われ…傷に当てられた大量のガーゼに包まれるようにして呼吸を維持するマスクの向こう。
サイファーが穏やかな顔で眠っている。

「……」
「…手は尽くしましたが残念な事にこれ以上回復する兆しが見えません。現在、呼吸維持の装置とそれに連動した外部から与える刺激で心臓を機械的に動かしている状態です」

遠くで聞こえているような感覚の中で淡々と主治医が説明する現状。
それはサイファー自身が生きる事を既に放棄しているという事だった。
見つめたサイファーは今までに見た事も無い様な安心し切った様に穏やかな顔をして、いつだって鋭く輝いていた瞳を瞼の裏に押し隠している。
少しの沈黙が部屋を重く包み…医師が “どうしますか?” と。
このまま維持装置を使用して生き長らえさせる事は出来る。
だがそれは生きているとは言えない状態。
それでも、もしかしたらこのまま身体を維持し続けたら…いつか目を醒ますんじゃないだろうかという思いが過ぎって決断を鈍らせる。

「…少し考えさせてください。それからでは駄目ですか」
「どうぞ。私達はナースセンターに居ますので決断されましたら、ナースコールを」
「解りました」

ぞろぞろと器具を押して出ていく背中を見送って、静かに閉じられた扉に溜息を零した。
感覚を失ってる様な足を動かして、眠ってるサイファーの横に立ってみる。

(サイファー…戻らないつもりなのか?)

背後でしている機械的に繰り返される呼吸音。
ふと視線を移した横に有るモニターに映し出されてる波形は規則正しく同じ形を描いていた。
酷く穏やかな空間が逆に気色悪い肌触りで俺の神経を逆撫でしてくる。
それは鋭利な刃物で斬り付けられるよりも更に鋭利に俺の心を切り裂いていく。

(何をそんなに悟り切ってるみたいな顔して寝てるんだ、アンタ)

そんな事を思ったら詰めていた呼吸が溜息を生み出して。
思い出したように ズキッ…と痛んだ胸の奥がじわじわと熱を吐き出して、それは毒のように次第に体中に回って…やがて一所に集まっていくのを感じている。

「何なんだ、アンタ」

どうにか搾り出した声に迫り出される様に盛り上がった熱が形を成して零れ出し、それは つぅ…と音もなく頬を滑り落ちてシーツの上で不意に ポタッと音を立てた。

「何なんだ、アンタは…。勝手に人の事振り回して人の心の中を引っ掻き回して…いきなり姿を消したと思ったら今度は魔女の騎士なんかになってのこのこ現れて!やっと終わったらまた姿消して、漸く戻ってきたら記憶喪失?!ふざけるな!!」

一度口にした言葉はもう自分でも何を言ってるのか整理が付かず。
とにかくこの胸でもやもやし続けてる感情をこの悟り切った顔で暢気に寝てる奴にぶつけないと気が済まない。

「どうして俺なんか庇った!?俺を庇わなかったらアルテマくらい耐えられただろ!どうしてSeeDでもないアンタが助けに来たんだ!!どうして!っ…どうしてアンタなんだ…」

止め方を忘れた涙が次々に流れ落ちて次々と着衣に、シーツに染みを作っていく。

「自分勝手で傲慢で!偉そうで、人の心に勝手に踏み込んでおいて!勝手に忘れて!アンタはまた勝手に俺を置いて逝くのか?!…くそっ!!目を開けろサイファー!!!」

これだけ耳元で騒いでる俺を綺麗に無視してまだ穏やかな顔をして眠ってる大馬鹿野郎の胸倉を掴んで右手をめいっぱい振り上げて、渾身の力を込めて1発。
それでも目を覚まそうとしない事に尚更に腹が立って目を覚ますまで、俺の事をその穏やかに閉じられた瞳を開いて見るまで殴り続けてやろうともう一度腕を振り上げた時。

「スコール、中止!サイファー、重体!!」
「五月蝿い!そんなの関係有るか!俺だって重体だ!!」
「何をしてるんですか!離れなさい!」
「ゲホッ!」

タイミング悪く戻ってきた風神と俺の声が届いてしまったのか看護婦が駆けつけてきて、二人掛かりで俺をサイファーから引き剥がして抑えようとする。
このくらいじゃ許せない。
勝手に格好つけて、勝手に人を庇って、勝手に逝ってしまう自分勝手なこの男を許せる訳がない。

「暴力中止!スコール、沈静!!」
「スコールさん、傷が開きますから!」
「五月蝿い!1発殴った位じゃ足りないんだ!離せ!!」



「ウルセェ!!」



いきなり部屋に響いた怒号が耳に届いて沈黙が走った。
続いて咳込んではあちこちに走るらしい痛みを噛み殺すような呻きが響く。

「……覚醒?」
「痛…テメェらが人が寝てる足元でわぁわぁやってたら嫌でも目くらい覚ますだろうが…くそ…あちこち痛ェ…」
「何て事…ぁ…先生を呼んで来ます!静かにしていて下さいね?!」
「私、ガーデン連絡!」

信じられなくて眉根を寄せて苦しんでるサイファーを見つめたまま固まってる俺を放り出して看護婦と風神は喜びと驚きを隠さないままで病室を飛び出して行った。
とにかく、信じられない。

(嘘だろ…?)

もう還らない。
そう思ったら酷く苛立って冷静さを失って暴れて。
暴れたせいなのか、それとも別の何かのせいか…全身が心臓になったかの様に早く脈打って振動になり、視界をブレさせる。
その間にも程なく駆け込んで来た医師は “信じられん” と呻いてその場でサイファーを診断して。
その声さえまだうわの空で…。










「おい、テメェはいつまでそこに立ってる気だ?」

声とかけられて我に返るといつの間にか俺達の他は誰も居なくなっていた病室で少し背を起こす体勢になっていたサイファーが俺を見ていた。

「…悪運だけは強いんだな…」
「ちっ…相変わらず冷てぇ奴だな。テメェに殴られた所が一番痛ェんだぞ?!」
「悪かったな」

何気無い様に口から零れた返答は皮肉に満ちたもので…本当に言いたい言葉にはならない。
だがサイファーは意に介してないように軽く皮肉を返し…俺はいつもの様に呟いて、何故だか訳もない違和感を覚えた。

(何だ、この違和感…)
「どうした、身体痛ェのか?」

問われて漸く自分も重体だから安静にしろと言われていた事を思い出して。
自覚した途端に蘇ってきた痛みに眉を顰める。

「テメェもボロボロなんだろうが。大人しく自分の病室で寝てりゃいいものをよ…」
(…誰のせいで俺がココに居ると思ってるんだ、アンタ)

俯いて溜息を吐いて…さっきまでの沈痛な空気も嘘みたいに大丈夫そうなサイファーの姿に背を向けて自分の病室に戻ろうと足を1歩踏み出した。

「どこ行くんだ?」
「…自分の病室に戻る」
「ココに居ろよ」
「ふざけるな誰が…」

“誰が好き好んで抵抗出来ないような時に野獣の傍にいると思うんだ”
皮肉を込めてそう言いかけて、違和感の原因に漸く気付いた。

「…サイファー?」
「あ?」
「アンタ、記憶が…」
「記憶?何の事だ」
「何もかも忘れてて、俺に向かって “誰だ” って言ったのはアンタだろ?!」
「ああ、確かそんな事言った気がするな」
「っ……そうか…」
「その時は確かに忘れてた気がするが今の俺はさすがにお前が何者かは解ってるぜ?バラムガーデンのSeeD兼指揮官、スコール・レオンハート。一人になっての考え事が大好きで人に厳しく自分にはもっと厳しくが信条のかなりマゾなイカレたバトル野郎。こんな事聞かれたら周りからしっかり “趣味悪ィ” とか言う陰口叩かれそうだが、そういう所が気に入ってる俺のモノってな」
「な…」
「間違ってねぇだろ」

そう言ってからかうようにニヤリと笑う。
…それはいつだって俺の周りに居たサイファーの姿そのもので。

「…何言ってるんだ。俺はアンタのモノじゃ無い」
「テメェこそ何言ってるんだよ。ヨがってしがみ付く癖に」
「くっ…俺は自分の病室に戻る。夜中に俺の所に来たりしたらもう一回あの世に送ってやるからな」
「へいへい…照れ隠しに殺されちゃ堪らねぇから大人しくしててやるよ」
「言ってろバカ!」

脳ミソが沸騰しそうな程異常な会話を早く終了させる為に切り捨てて、ドアの前まで進んで…



「おかえり、サイファー」



どうにか絞り出した声で小さくそれだけを呟くと横目で見たサイファーは苦笑いするような顔で小さく手を上げた───








































「───スコールもサイファーも悪運強いよね〜」

見舞いに来たのか茶化しに来たのか解らないアーヴァインが笑いながらさらりとそんな事を言ってくれるお陰でずっと眉間の皺が寄ったままだ。

「せやけど二人とも基本的に運は悪いんやね〜」

一緒に来たセルフィは持ってきた花をサイドテーブルに飾りながらそんな風に俺達を括った。

「ま、入院した日も仲良う一緒なら退院する日も一緒や先生が言うてたから帰ったらみんなで二人の退院祝いパーティやったるさかい元気出してな〜?」
「そうそう、ばっちり盛り上げるからさ〜元気そうよ〜」

…この状況でどうやって元気を出せば良いのかをまず聞きたいと思ったが…この二人にそんな事を言うのは焼け石に水だろう。

(俺は先にガーデンに戻れる筈だったんだがな…)
「子供じゃねぇんだ。クリスマスの1回や2回出来なかったからって落ち込む訳ねぇだろ」

…誰の差し金か…一週間もしないうちに俺の安息は破られた。
因りにもよってサイファーと同室だなんて誰かの陰謀だとしか思えない。
横のベッドの上で1ヶ月前は死にかけてた男は偉そうに胡坐をかいて何故かアーヴァインが剥いたリンゴを口に放り込んでいる。
サイファーは今すぐ退院させてもいいくらいに元気だ。
むしろ今すぐ退院させてやって欲しいと心の中で腐りながら溜息を溢したら。

「班ちょ、実はクリスマス楽しみにしてたんやね〜」
(…何がどうなったらそうなるんだ…誰でもいいせめてこいつらをどこかにやってくれ…)





…その後も散々言いたい放題言って騒がしく帰っていった二人を見送るとまた溜息が漏れてきた。
見舞い客が居るなら居るで疲れて、居ないなら尚更に疲れるなんて拷問だ。

「…いい加減機嫌直せよ。もしかしてマジでクリスマスパーティ楽しみにしてたのか?」
「まさか」
「だろうな…ま、静かなクリスマスで良いじゃねぇか」
(アンタが居なかったらもっと静かだった)
「やっとゆっくり出来るな」

その言葉が何の意味を含んでるのか警戒しながら横のベットの上でどこか遠くを見てるような横顔を盗み見てる。
その顔が少しだけ驚きに眼を見張った。
サイファーの視線の先を追って行き当たった窓の外…ちらちらと小さな光の粒が落ちていく。
星とは違うその静かな白い輝きは風に乗ってふわりふわりと自由に宙を舞っていた。

「どうやらホワイトクリスマスになりそうだな」
「…ああ」

その光景をぼんやり見ながら “寒そうだ” と思っただけで体に震えが走る。
思わずシーツを体に寄せて体温を維持しようと身体を丸めた。

「寒いか?」
「…少しな」
「こっち来い」

膝に顎を乗せたまま横目で睨みつけたら苦笑して “何もしねぇから安心しろ” と自分の横を空けて。
少し考えて “何かしたら退院日を伸ばしてやる” と忠告した俺が自分の毛布を抱えたまま横に滑り込むと肩に回された手が落ちそうになった毛布を掴んで俺をしっかりと包み込んだ。





二人並んでただ窓の外を落ちていく小さな光を眺めながら寄り添い、毛布越しの体温を分け合う。
それはとても穏やかな時間。
視線を移した先に有る時計が後3秒ほどで今日の日付が25日になる事を告げていた。
そっとその俺よりも2回りほど厚い肩に頭を預けるとふっと息を吐き出して。

「「メリークリスマス」」

呟いた声が揃って思わず顔を見合わせて苦笑する。

「何だよ、やっぱり楽しみだったんじゃねぇか」
「少しだけな」
「俺もだ」

窓の外は雪が穢れを覆うように黒い大地を白く染め上げていく。
白いシーツの上の俺達は瞳を閉じて、穏やかに微笑みながら誓いの様に静かな口付けをただ繰り返していた。
何度も、何度も。



こうして傍に居られる奇跡に感謝せずには居られない俺達の上にも。
Merry Christmas.





† Fin †




writing:H14.10.31



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