窓の外から年少の生徒や女子達の甲高い笑い声が響いてくる。 この世に悲しい事など一切無いとでも思っているかのような純粋な笑い声。 世の中は新年を迎え、人々の顔には新しい年を迎えた事への希望と喜びに満ちていた。 傭兵という平和からは殊更縁遠い肩書きを持つ俺達だったとしても、新年というものに対しては理由なき希望を持つ事が出来るのだろうか…。 この世のどこかで戦いは常に繰り返されている。 その事実は傭兵である俺達にとって何よりも重要な事であり、その事実が傭兵という職業を可能にしている。 依頼されればその目的が何であれ、遂行するのがSeeDで。 学園長であるシドが掲げた “何故と問う莫れ” と言うその言葉は文字通りに理由も目的も知る事なく、内容と依頼人の意向によって多少のブレはあれども依頼された任務だけを忠実に遂行せよと言うものだ。 そうしてその言葉に従って俺達は何人もの人達の命を奪ってきた。 目の前に立ちはだかる人影がこちらに敵意を向けてくれば、それが男でも女でも年寄りでも子供でも…。 依頼と言う目的を遂行する為に。 その目的を遂行して己が生きていく為に。 自分が生きると言う事自体が、何かを殺しながら生きると言う事を嫌と言うほど知っている俺達が。 (そんな俺達が新年だからと言って希望と喜びに満ちるなんて…可笑しいだろ) 「オイ、何を新年早々辛気臭ぇ顔してるんだ。年中眉間に皺寄せてるんだから新年くらいは笑ってみる、とか…そう言う前向きな発想にはなれねぇのかよ」 つい、一人の時の癖でそんな暗い思考に陥っていた俺の横から不満気な声。 殺伐とした感情を乗せて横目で睨めば、威圧的な態度で見返してくるこの不遜極まりない男はまるでそうして睨んだ俺の真似でもするようにギュッと眉間に皺を寄せた。 「新年っつーのは険しい顔で人を睨む日だったか?」 (煩いな) 「それとも何だ?新年早々、俺様と手合わせでもしたかったか」 「バカな事を」 “言わないでくれ” そう繋ぐつもりだった言葉を飲み込んだのは、ふとこの男が過去に仕出かした様々な問題や罪とも言えるレベルのそれをどうやって消化させてきたのか、と言う事が気になったからだった。 だからと言って正面切って問うのもまた気が引ける。 第一、基本的な思考と言うものが違い過ぎて参考になるのかすら検討が付かない。 だがこのままでは答えどころかそれを解決する糸口すら見つけられずに…ただ胃がキリキリする思いを抱えながら一人悶々とする状態に陥る事は火を見るよりも明らかで悔しくなる。 「埒が明かねぇな。新年くらいは正直になってみようとか思わねぇのかよ、オマエは」 「思わない」 「けっ。年が変わってもオマエは随分とオマエ様だな」 ( “オレサマ” なアンタに言われたくない言葉だ) 「で、そのオマエ様は何を年の初めからそんなに悩んでるんだ?」 「─── ハッ、新年早々にテメェはそんなくだらねぇ事でぐだぐだ悩んでたのかよ」 俺にすればかなり正直に胸の内を打ち明けたつもりだった。 そうして息苦しさすら感じるような一時の後にサイファーが返してきた答えがそれだ。 (ぐだぐだ悩んでて悪かったな。…くそっこんな事打ち明けるんじゃなかった) 「いいか、平和ってものが “何とも戦わずに殺さないのが正しい” なんてどこの誰が言ってるんだ?そもそも何が正しいなんて解ったフリしてるだけで誰にも解りゃしねぇのに、その答えなんて誰も持ってねぇだろ」 だが、頭を抱えるような思いで俯けた頭に終わりになる筈だった答えの続きが降ってきて。 思ってもみなかった展開に少しだけ顔を上げれば、視界の端に映ったサイファーの足が彼が何かに苛立っている事を知らせるように忙しなく貧乏揺すりを繰り返している。 その事に少し気を取られていた俺をどう思ったのか…それから続けられた言葉には俺が知っているようで知らなかったサイファーの心の中が窺えるもので。 人間は常に何かと戦っていなければ生きてはいけないダメな生き物だ、とか。 その戦いの理由や規模には違いは有れども戦う事に変わりは無い、とか。 そもそも生き物が生きていく為に何かの命を奪うのは当たり前の事だ、とか。 …そんな風に戦いを知らない人達が聞けば正当化しているだけだと批判されるような言葉がつらつらと連ねられる中で、俺は自分がどう “戦闘” というものに関わっているのかを考える。 しかし考えれば考えるほどにそれは解らなくなり。 その間にも続く言葉の中からその答えを探す作業が延々と続くようにも思えた。 「元々傭兵なんて馬鹿げてる職業だと思うぜ?…ただ、な。自分が背負う罪から目を背けて忘れちまうのは唯のバカだ。SeeD教訓にある “何故と問う莫れ” 俺はあの言葉には裏があると思ってる」 (裏?) 「確かに傭兵として生きるには必要な考えだとは思う。 “人を殺す” そんな事に理由を問えば任務なんて遂行出来る訳がねぇ。胸糞悪ィ依頼理由かもしれねぇしな」 (…だから何故と問う莫れ、なんだろ) 「だが、それは自分の価値観だ。相手の価値観で見ればそれはとんでもなく重要な場所を占めているかも知れねぇ。そして生まれも育ちも考え方も違うような相手の価値観なんてものを知る由もねぇ。だからあのタヌキは自分のものさしだけで物事を計るなっつー意味を込めて “何故と問う莫れ” って言ってるんじゃねぇか?」 その言葉がごちゃごちゃと絡まった思考の糸をするすると解いてくれたような気がした。 見上げた瞳は自嘲するような表情で、それでも強い光を湛えている。 それは傭兵として、人として。 それぞれの立場で揺れていた俺の心を見透かすような強さで俺を見ていた。 “オマエなら解るだろ?” しかしそう問いかけてくるようなその瞳が不意に揺れたのは何故なのか。 「理由を問わずに事を進める俺達だからこそ、起こる事実から目を逸らさずに、起きた事実を忘れずに生きる。 …そんな償いは必要なんだろ」 さっきまで熱弁を奮っていた言葉を不意にそう締めくくったサイファーは、視線を伏せて何かを思うような表情を浮かべた。 懺悔をしているかのような、神聖な横顔。 そして室内には静寂が戻り…また外の喧騒が耳に付く。 年少の生徒だろう、幸せに満ち溢れているかのような甲高い笑い声が響いた。 平和、と言える一時の影にある拭えない血生臭さ。 それでも平和だと感じられるこの幸福感は、俺の価値観から来るもので…他の誰かから見れば偽りのそれに思えるのかもしれない。 それでもイイ、と…俺の横で静寂を作り出している彼は言った。 忘れてしまわなければ、と。 (…そうだな。その通りだ) 漸く俺なりの理由を作り出す事が出来て、そこで始めの自分の姿を思えば…なるほど、確かにくだらない理由で悩んでいたと思う。 どこまでも堂々巡りしかしない、答えなど誰にも答えられない悩みに嵌まり込んでいたのだから。 「ああ、折角の新年なのにガラにもなくしんみりしちまったな」 ふっと肩の力が抜けた所にそんな言葉が転がってきて、つい視線を投げると…少しだけ泣き出しそうな表情を刷いた横顔がこの平和な空気を眺めるように仰のいていた。 同じように中空を眺めて…ふと、ある事実に漸く気付く。 「アンタはその新年早々に何で俺の部屋に来てるんだ。他にする事ないのか」 「うっせ。それこそ “何故と問う莫れ” ってもんだろうが、このバカが」 明けましておめでとうございます! 本年もどうぞよろしくお願い致します! 本年1発目から相変わらず良く解らない感じが醸し出されてますが、もうこれはエロと合わせて私の持ち味だと言い張ります。 …言い張らせてください(号泣) |