『トリック オア トリート!』 外に面した扉の隙間から廊下でそんな声を上げてる年少生達の声がしていた。 「なぁ、知ってるか?ハロウィンの始まりってのは宗教からなんだぜ?」 廊下の声が忍び込んでくる、薄い扉の向こうはまだ年少生さえ起きているような早い時刻。 そんな時間にこの薄暗い室内に潜んでいた俺達は、互いの肌とその下の熱をを直に感じながら、 遠くにあるようなその声をぼんやりとしたまま聞いていた。 そうして俺はその声に纏わる話を不意に思い出し、そんな風に問いかけた事に対してスコールは 短く “へぇ…” と興味なさそうな声を上げた。 それをいつもの事だと軽く流して、思い出した事を語ってやる。 古代の人々の話を。 「こう寒くなると日照時間が短くなるだろ?今の時代じゃそれがこの惑星の軸の傾きのせいだとか、太陽の周りを回ってるこの惑星の軌道のせいだとか解ってる訳だ」 「そうだな」 「が…古代の人々はそれを闇の力が増したからだと考えた。闇の力が増すと “月の涙” も起こり やすくなる上に地上に生息していたモンスターの力も増し、更には死者の霊があの世からやってくるようになる…と信じてた」 「…馬鹿馬鹿しい」 「テメェには馬鹿馬鹿しくても、古代に生きてた奴等にしたら真剣だったんだぜ?」 俺が背後から抱き寄せる形で腕の中に収まっている少し体温の低い身体。 腕枕の上で大人しく髪を弄らせてる頭に何となく鼻を埋めながら、その柔らかさを堪能する。 スコールは拒まない。 吸い込んだ空気の中にこいつが使ってるシャンプーの匂いと汗の匂いが混じっていた。 そんな穏やかな時間に睦言のように俺が語り始めた今回の話は、どうやらスコールのお気に召さなかったらしい。 静かに聴いていたその後頭部が突然、短く話の終わりを付けようとした。 思わず くっくっく…と笑いが零れる。 腕の中でスコールが身じろいで、横顔で睨んでくる。 「現に今だって科学的には説明出来ねぇ事なんて腐るほどある。魔女の起源だって解ってねぇし、 “月の涙” だってそうだ。予測は出来ても止める事なんて出来ねぇ。魔女には騎士が必要だって いう、その直接的な原因も理由も全然解ってねぇ。俺達が解ってるのは結局、目に見えてる事 だけだ。…違うか?」 「…いや」 「目に見えてない所に本当の真実がある。だが見えない。だったらそれは想像するしかねぇし、どうにか防ごうと必死だったんだよ昔の奴等だってな」 「…」 そうやって話の腰を折るように…一度は口を挟んだスコールだったが、俺がこいつにも納得出来るように現実的な引き合いを出してやったら黙ってしまった。 後はいつものように完全に聞く体勢に入ってしまったらしく、腕の中で大人しくしている。 スコールは酷く現実的な考え方しか出来ない割には、基本的に俺が話すこんな古代ロマンの話は嫌いではないらしい。 「で、古代の奴等も目に見えるモンスターの退治方法は解っても、目に見えない死者の霊には てこずった。その霊を静める為に供物を差し出してたんだが…差し出さなかった者達には悪い事が起こった。だが時代が移り変わるにつれて次第に個人で供物を捧げたくても、捧げる事が出来ない奴等が出るようになった訳だ」 「どうしたんだ?」 「一人で出来なければ、二人。二人が無理なら全員だ」 そしてそういうモードに入ってしまった時のスコールは、まるで何も知らない子供のようにあれこれと俺に質問を投げかけてくるようになる。 そしてそれは今回も例外ではなかった。 「誰でも満遍なく供物を捧げられるようにな、村ごとに祭りを行ったって話だぜ?その祭りには死者の霊の役のヤツが何人も居て、そいつらがさっきの… 『 Trick or treat 』 って掛け声をかけながら家々を渡り歩いて少しずつの供物を集める。そして村中の家から少しずつの供物を集めて、後は村人総出で祭り上げるって訳だ」 「…確かに効率的だな。だが、どうしてあの… 『 Trick or treat 』 って掛け声になったんだ?普通に徴収したら良いだろう?」 「バーカ、死者の霊を祭るんだぞ?祭らないと良くない事が起こるぞ、って事を戒めのように掛け声に込めたんじゃねぇか」 「じゃあ、いつから子供がその死者の霊の役をやるようになったんだ?」 どうやら自分の頭の中では考え付かない疑問はこうして、全て俺に投げかけたら解決するとでも 思ってる節がある。 俺にだって知らない事くらいはあるのだが。 例えば今、こんな風に酷く素直に疑問を投げかけてくるスコールの頭の中だとか、その感情の 色・形だとか。 今、スコールはどんな表情で俺の腕の中に納まっているのだろうかとか…。 「死者の霊ってのはどうも “子供の純粋さ” ってのが苦手らしい、とか何かの本で読んだ事がある。その辺じゃねぇか?」 「そうか。だったら供物が菓子に摩り替わったのは何でだ?」 「子供がああやってモンスターが出るかも知れない夜道を何の理由もなく歩き回る訳ねぇだろ? どれだけ重要な事か、なんて説明したって怖さで忘れてるだろうしな」 まるで子供のように俺の言葉一つ一つに頷く頭。 さらさらしたそれが胸元や顎をくすぐっていく度に、俺は少しずつやましい気持ちを覚えるという事をコイツは知らない。 「ガキには説明したって解らねぇ。外はモンスターがうようよ。だが大人はどうあってもその祭りを しなきゃらなねぇ。…さて、ココで問題だ。お前だったらどうやってガキどもを使いに出す?」 「…ヒントは?」 「供物はコレって決まってる訳じゃねぇ。そしてガキってのは大体、菓子が好きだ。それは今も昔も変わらねぇんじゃねぇのか?」 「…ああ、そういう事か」 その時、不意に腹の底で悪戯心が顔を出した。 突然出されたクイズにスコールは酷く真剣な声で問い返し、俺が笑いを噛み殺しながらヒントを出してやると、流石に指揮官という地位を築いてるだけはあってすぐに解ったらしい。 「そういう事だ。…で、この任務の期限は?」 「…明日の朝まで」 「了解。ならまだ余裕だな…お前の部屋にガキどもは来るのか?」 「来ないだろうな。俺が居たとしても声をかけてくるとは思えない…アンタは?」 「俺の部屋に踏み込めるヤツはお前と風神、雷神くらいだ」 微かに笑う気配だけが暗闇に満ちている。 廊下では遠ざかっていくガキどもの声がまだしている。 「スコール」 「ん?」 「Trick or treat」 「…菓子なんて用意してない」 「じゃあ悪戯だな」 「っ?!バカ、止めろっ」 「大きな声出すなよ?外に聞こえるぜ?」 「ぅ…」 巻き付けたシーツの下で強く抱き寄せながら耳元に囁いた。 少しだけ憮然とした声が答えるのを聞きながら空いた手で悪戯を始めると、腕の中から逃れようと もがくスコールに、今一度俺達が置かれてる現状を意識させようと低く囁く。 もうそれだけでスコールは逃げられない。 「俺は性質の悪い悪霊なんでな。ガキどもが徘徊してようが、美味しいものを貰おうが…悪戯は 止められねぇんだよ」 さっき抱き寄せていた時よりも熱くなった身体を抱き寄せて、1つになりながら… 熱を込めて囁いた言葉に返答はなかった。 “お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ!” という事でハロウィンネタでありました。 まぁどんなネタであろうと、結局どこかでヤってしまうって辺りが自分の作風なんだろうかと思わずに居られない今日この頃。 もう1発はヤっとかないと落ち着かないんですよ…(変態&異常 |