『Love emotion』






「49、50…51…」

まるで子供が数を数えるように声に出しながら段ボール箱に納まっていた物を一つずつ取り出してはテーブルの上に無造作に乗せていく。
毎年この時期限定でよく見かけるようになる個性的な包装を施され、色とりどりのリボンを掛けられた大小様々な包みが箱の中からテーブルの上へ場所を変えられる事によってまるで居場所を無くしている様に見えた。
大体どれにももれなく添えられているメッセージカードや手紙の内容は大体同じ事が書かれてる事を俺は知ってる。
見るのもうんざりだ。
どうして皆そんなにも俺に対して自分の気持ちを押し付けていくのか。
溜息を溢してそれでもまだ手元に存在する包み達の数を数える理由は俺自身には無い。
理由が有るとしたら…目の前に居るこの男のせいだ。
箱の中に視線を落としてるフリをしながら上目で伺った顔はテーブルの上を凝視しながらも明らかに不機嫌になってるのが解る。

(…だから嫌だって言ってるんだ…)

箱の中にまた溜息を落として代わりに取り出した最後の一つを軽く掲げて。

「これで最後。82」

そう言ってポンと投げ遣りにテーブルの上に放り出すと先に乗せて有った幾つかを巻き添えにして床の上に転がり落ちた。
その様子を視線で追って…一瞬騒がしかった室内に再び静寂が訪れるのを待つ。

「…で?」

暫くはそのまま黙って待っていたが眉間に皺を寄せたままのサイファーは視線をテーブルの上の包みに置いたままこっちを見ようともしない。
先に持ちかけてきたのはサイファーだった。
毎年繰り返されるようになった消灯時間一時間前の習慣は消灯時間など関係なくなった今でも変わる事無く繰り返される。
今年もまた同じ繰り返し。

(馬鹿馬鹿しい…)

2年連続して負けた時点で3年目は無いだろうと高を括っていたのに3年目も4年目も…もう何回こうして同じ事を繰り返したか解らなくなった今でも繰り返されている。

「アンタは幾つだったんだ?」
「…67」

俺の質問に憮然とした低い呟きが床に転がるように落とされた。

「良かったな。大量だ」
「ウルセェ、何が “良かった” だ。心にも思ってもねぇ様な事言うんじゃねぇ!」

八つ当たりのようにぶつけられる言葉が胸に小さな棘を残していく。

「用は終わっただろ。さっさと部屋に戻ったらどうだ」



こんな風に冷たく突き放したい訳じゃ無い。
サイファーと居るのは嫌じゃ無い。
サイファーと話すのも嫌じゃ無い。
だが…毎年繰り返される今日のこの時だけは イ ヤ だ。
こんな風にただ互いに嫌な気分になるだけの意味の無いイベント。
どうしてこんなものにサイファーが拘るのか…俺には解らない。



「まだ用は終わってねぇ」

まるで唸る様な声でそう呟いたっきり…またサイファーは何も言わなくなった。

(またこれだ…)

息が詰まりそうな時間。
黙ったままのサイファーと何を話したら良いか解らない俺がただ黙ったまま妙に明るい蛍光灯の下で無意味に時間を過ごす。
これもまた毎年繰り返される事だ。

“言いたい事が有るなら言ってくれた方が良い”

…そう思ってるのに言い出せない。
そんな事を言ったら何かが変わってしまうような気がしてた。
正体の見えないそれが俺の口を噤ませる。
こっそりと視界の端で伺うサイファーはまだ黙ったままテーブルの上の包みを見てる。
眉間に刻まれた深い皺が影を作ってその表情を更に険しく見せていた。
その顔は嫌いじゃない。



同性の俺から見ても男らしい表情。
顰めた眉の影から少しだけ覗える睫毛は意外と長い。
通った鼻梁が少し間違えば厳つく見える顔を涼しげに見せている。



(むしろ好きだな…)

そんな風に思った時。
不意にサイファーが顔を上げて何か言いたげに口を開いて…くるりと背を向ける。

「サイファー」

いきなり何の前振りも無く、らしくも無く言いたい言葉を飲み込んで背中を向けるのも毎年の事で…俺が声をかけるのも毎年の事。

「…今年は言おうと思ったんだが…やっぱ止めとく。邪魔したな」

だがそんな答えが帰って来たのは今年が初めてだった。
今年も同じ繰り返しだと思っていた俺はその答えに驚き…気付いたらそのまま振り返りもせずに部屋を出て行こうとしたサイファーの腕を咄嗟に掴んでいた。
驚いたように掴まれた腕を振り返った顔がその腕を掴んでる俺の腕を辿って…。
視線がぶつかる。

「スコール」
「あ…」

軽く責める様な色を乗せた声が俺の名前を呟いて。
力が抜け落ちるようにその手を離した。

(何してるんだ?!サイファーを引き止めてどうするんだ!)

咄嗟に視線を逸らして自分が取った行動の意味を探すように己に問いかける。
無意味にバクバク言い始めていた鼓動が五月蝿くてサイファーを引き止めてしまった理由を上手く見つけられない。
訳も解らず行き場を無くした様に感じる右腕を左手で強く掴んで唇を噛んで。
俯いた視線の中にテーブルから零れ落ちた包みの一つが映った。
丁寧に施された深紅の包装にかけられた白いリボン。
上品に映るそれに一瞬気を取られて…迫ってきた影から逃れる隙を失う。

「スコール」

腕の中に抱き留められたまま頭の上から囁きで呼ばれた名前はさっきとは打って変わってやけに熱っぽくて苦しい。

「離せ」
「嫌だ」
「離せっ!」
「…スコール」
「嫌だ!は、離せ!」

身の内に走った動揺を悟られたくなくて捕らわれた獲物が最後の抵抗をするように、必死になってその腕から逃れようと喚き、足掻いて。

「スコール」
「サイファー、離せ!離してくれ!!」
「無理だ」

俺の動きを封じるように強くなった腕よりもそうキッパリと告げられた声のせいで動けなくなる。





…沈黙が続いていた。
その間にもドクドクと鼓動だけが五月蝿く響き続ける。



サイファーは何も言わない。
俺は何も言えない。

サイファーは俺を抱き締めたまま動かない。
俺はサイファーに抱き締められたまま動けない。

やけに長い時間。



「…お前の気持ちだって受け取って良いんだよな?」

沈黙を破ったのはまるで別人のようなサイファーの震える声だった。
咄嗟に何を言われたのかが理解出来なかった。
思わず上げた視界一杯に映るサイファーの酷く熱っぽい視線が問い返す言葉を飲み込ませる。
近付いてくるそれから逃れる術は…もう、俺には無かった。










訳が解らなくなるほど濃密な時間の後。

「…アンタ、何を言うつもりだったんだ…?」
「あん?」

全身を襲う倦怠感にシーツに埋もれたままの顔を上げる気にさえなれなくてそのまま呟いた問いかけにはいつもの調子の声と共に覗き込んでくる気配。
それに伴ってギシ…とベッドが軋む音がしてやけに恥ずかしい思いをする。

「さっきの事か?」
「…そうだ」
「アレ、な…」

こそこそとまるで秘密の話でもするように囁きかける声がシーツに埋もれたままの耳元をくすぐっていくのが酷く気になってしょうがないのを押し隠して、不自然に途切れた言葉の続きを待つ。
沈黙。
だがさっきと違って嫌じゃ無い。

(…何で違うように思えるんだ?)

今とさっきの違いなんて大して無い様に思える。
何かを言いかけたまま止まってるサイファーと。
それを待つ俺。
さっきだけじゃ無い。
しょっちゅうではないがよくある方の事だ。

「大した事じゃねぇ、気にすんな」

それはまるで俺の考えていた事を読んでるかのように響いて思考が停止した。

「何で…」
「口で説明すると長ぇんだよ」
「…ああ…」

俺の問い掛けをどう取ったのか…微かに照れてるような気配が言葉に滲んだまま返されて、少しの失意と少しの興味が入り混じった返事を溜息のように漏らした。

「これについてはホワイトデーまでには短く纏めておいてやるから…今はもっと解り易い方を…」

またベッドが軋んでゆっくりと触れてきた手がぐいっと肩を返してくる。
薄闇の中に浮かぶサイファーの少しだけ照れてるような顔がほんの一瞬だけ映っただけで…後はまた温かい闇の中。





言葉の足りない俺達が選んだ方法はテーブルの上の包み達だけが知っていた。





† Fin †





---あとがき---


どうしてこういう事になってしまったのかはホワイトデーまでには解りやすく纏めて…(泳目



writing:H16.01.23




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