『Natalis dies』






サワサワと風が吹き抜けて足元で揺れてる草と俺の髪を揺らしていく。
前々から一度は訪れたいと思っていた。
誰かがよく手入れをしているらしいその白い墓標は今し方自分が手向けた小さな花束を脇に添えてまだ厳しい日差しの下で何だかとても美しくて。
祈りを終えた後も立ち去り難くて…じりじりと背を焼く日差しの元で黙ったまま見下ろしている。

(あんた…幸せだったのか?)

心の中で問い掛けても勿論答えは返る筈も無く。
以前一度だけ見た面影を思い出してみる。

確かにあの時のあんたは笑っていた。
でもそれはラグナが居たからだ。
エルおねぇちゃんが掠われて。
ラグナはその姿を探す為に旅立ち。



…一人残されたあんたは寂しくは無かったんだろうか?
悲しくなりはしなかったんだろうか…。



時々駆け抜ける風に揺れる花束。
ぼんやりと眺めながら立ち尽くす俺の髪を風ではない何かが掠めて行った。

『ラグナ…?』

それはあの時ラグナの意識を通じて聞いた声。
振り返った先で小さく首を傾けてくすっと笑った姿が音も無く近づいて来る。

(レイン…?)

声も出せず、指一本動かす事も出来ないでいる俺の前に立った何もかも悟っている様な綺麗な瞳が微笑みの形に細められた。

『…逢いに来てくれたの?』

頭の中に直接響く優しい声は…初めて聞く音で俺に問い掛けて。
白くて細い指が顔に掛かる髪を静かに払うとそのまま頬に触れて来た。
初めて触れられたその感覚は…不思議な事に嫌悪でも有り得ない現実への恐怖でもなく、覚えている筈のない…懐かしさ。
覚えている訳が無かった。
覚えて居られる年でも無かった。
…なのに、何故か胸が締め付けられる程に懐かしい。

『大きくなったのね…あんなに小さかったのに』

くすくす笑ってる姿が語る過去形の俺は…ほんの少し前までの俺だったら訳も無く拒絶していた筈なのに。
今はただ、その姿を焼き付けようとしている。



全てが終わった後にラグナと共に訪ねたウィンヒル。
…そこに有ったのはレインとラグナの思い出だけで…俺は居なかった。

(…あんたはラグナもエルオーネも居なくなった後…寂しく無かったのか?)

その事実に訳も無く寂しさを覚えた。
そうして…残されたレインの気持ちを考えて尚に沈んだ気持ちのままでガーデンに戻った俺。



『何故?どうしてそう思うの?』
(…ひとりぼっちは…苦しいから…)

唇を噛んだのは…エルおねぇちゃんが居なくなった孤児院に一人取り残された時の気持ちを思い出したから。

『…私はね…寂しくなんか無かったわ』

“寂しかった”
“心細かった”
きっとそう返って来るだろうと思っていた。
驚きに“何故?!”と言う問いが透けてしまったのか…それともこの人の前では肉体さえ透けて気持ちというものが直に見えてしまうのか…。

『ラグナが行ってしまった後…私は一人じゃないって解ったから』

サワサワと風が俺とレインの髪を揺らしていく。

『私のお腹には私のものではない新しい命が居たの。だから寂しくなんて無かった。ラグナも“きっとエルオーネを連れて返って来る”そう言ってくれたから…だから悲しくも無かったわ』

その言葉に俺は目の前に佇み微笑むこの人の強さを感じた。

『…でもきっと一人だったらあなたみたいに苦しんでたわね…』

少し俯いた顔が次に俺を見た時にはさっきまで綺麗に澄んでいた瞳がゆらゆらと盛り上がる透明な涙で滲んでいた。

『傍に居て上げられなくて…寂しい想いを味合わせてゴメンなさい…私の元に生まれてくれてありがとう…あなたは私に最後まで諦めずに生きる力をくれたのよ、スコール』

初めて呼ばれた名前。
それは涙に揺れて、それでも優しくて。
今まで体を縛り付けていた様な何かが解けた様に。
涙が勝手に零れ落ちていく。
まるで幼い子供に戻った様に訳も無く泣き続けた。

『あなたが感じてた寂しさを全部持って行くわ。だからもう俯かないでスコール』



あなたは私の希望だった。
あなたは私の勇気だった。
だから…
もう一人で我慢しないで。
…苦しまないで。



泣き続けて、泣き疲れて。
子供みたいにその場で眠っていたらしい事実に気付いたのは頬を撫でる風がいつの間にか冷たくなっていたから。
ぼんやり開いた視界の先で俺が手向けた花が夕暮れの中で揺れていた。
地面の上で眠っていた割には痛む事のない体に少しだけ首を捻りながら顔を上げた目に飛び込んで来た夕日。
闇に包まれかけてなお輝くその紅が何故かさっき見たレインの瞳の色に似ていると…そう思った。

「スコール!こんな所に居たのかよ!探しちまったじゃねーか!」

声に振り返るとゼルがちょうど背を向けて後から来る者に声を掛けている姿が有る。
ふらりと立ち上がり、唖然と立ち尽くす俺の背中を優しく押す様に風が吹いて。

『誕生日おめでとう、スコール』

そっと囁く様な声が歩き出した背中を追い掛けてきて…思わず振り返った夕日。
丘の向こうに消えて行こうとする光の中に笑ってるレインの姿を見た気がした。



誕生日なんか要らない。
俺には必要ない。
祝う必要も無い。



そう思っていた…今までは。
もうそんな風には思わない。
たった一人でも俺が必要だったと言ってくれたレインの為にも。

ありがとう、かあさん。





† Fin †





---あとがき---

私自身が実際に母に言われた事の有る言葉から生まれました。
母という存在は同性の私が傍に居ても尚大きいのなら、早くに失ってしまったスコールの中でその存在はどのくらいなのだろう…と、まぁあくまでも想像なのですが(笑)

Happy birthday Squall-Leonhart☆



writing:H15.08.23





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