街はどこもかしこもイベントに沸いている。 それに釣られるようにして人々の心もまた沸いているように見える。 だがこの時期の俺の気持ちは、と言うと周囲の熱気に逆らうように冷え切っていた。 「キスティス、頼みがある」 それでも静かに日々は過ぎ行き、着々と近付くXdayに熱気は殺気すら帯びて。 生きたまま丸呑みにされてしまうような気さえして居たからこんな事を頼む羽目になったのだ。 「11日から18日まで不在という事にして、俺はここに篭城する」 何もそんなに追い込まれなくても良いでしょう、などと言うキスティスの言葉は彼女が所謂 “女子” だからだ。 顔見知りならまだしも、顔を見た事すら記憶に無い相手が持ってきた物と共に気持ちを押し付けてくる。 更にその気持ちに対する俺が “相手が納得する答え” を持ち合わせてないと泣かれるとか…至極迷惑極まりないじゃないか。 だから俺は来るXdayに向けてあれこれと対策を練った結果がこれだ。 そこに至る経緯は簡単だった。 当日前後に依頼が入っていて俺が不在だった時、帰還して部屋の前にダンボールで積まれたそれを見た時は流石に絶句したが…それ以上のものは無かった。 そう、物が置かれているだけでそこに気持ちや延々と泣きながら立ち尽くすような面倒なものは付いてこない。 最悪の事態が避けられるのなら山積みのそれだって受け入れない事はないんだ。 姿、形の見えないものの方を受け取りたくないのだから。 「…まさかそこまで思い詰めてるとは思わなかった。解ったわ」 それからも俺をどうにか説得しようとしていたキスティスだったが、視線を逸らしたまま床しか見なかった俺の気持ちを最後には汲んでくれた。 一度協力体制に入ると決めた彼女の手際の良さと言ったらない。 まずは俺に予期せぬ任務が入った時の対処方法。 これは当日ではない限り通常通りに任務に就き、もし期日が当日内に終わりそうであれば任務直後から丸1日の個人休に入ってどこかのホテルで篭城する手筈だ。 次にライフラインの確認、確保。 幸いこの部屋には給湯室と仮眠室が隣接されているので、後は食料品の確保だけになる。 「貴方って自炊はするわよね?」 「食べられるものにはなると思う」 「搬入する食料を無駄にされるのは困るんだけど…」 「何か知らねぇが、そいつに自炊させるくらいなら俺が作りに行った方が早いぜ?」 俺のあやふやな回答に眉根を寄せて頬に手を当てたキスティスと共に、どうしたものかと考えを巡らせていた時にこの大問題の救世主が表れた。 「あら、こんな時間に出勤って珍しいわね」 「任務だったんだよ。よりにもよって俺が家出人探しだぜ?面倒くせぇから家出したガキが行きそうな場所を手当たり次第回ったらすぐ近くに居やがった。アレで見つけられねぇってのに呆れたくらいだ」 (もう戻ってきたのか…もっと面倒な任務を押し付けるんだった) 否、今回の篭城のネックになっている奴が戻ってきた。 確かにこの計画に至る前に真っ先に相談したのはサイファーだ。 男同士でXdayには似た境遇に陥るだろうからいい解決策を持っているんじゃないかと思ったんだが…。 『はぁ?そんなのズバッと断りゃ良いじゃねぇか』 (だから断ると泣いて無駄な時間取る事になるだろ) 『後は野となれ山となれだ。放っておけばその内そいつも別のヤツを見つけるぜ?』 (その内、じゃなくてその場でそう言う解決策がないか知りたいんだがな…) 『これでご不満ならもういっそ “俺(サイファー)の恋人だから” って宣言しちまえ』 『(人選を誤ったな)…解った。もういい』 結果は何の解決にもならない答えしか出てこなかった。 今回の作戦に踏み切る原因になった一因でもあるが、その当人がそう言う考えなら俺のここまでしたい気持ちは理解して貰えないに違いない。 そう踏んでわざと妙に手間がかかりそうな事を選んで行かせたのだが。 「で、何がどうなってコイツに自炊なんて勧めてるんだ?」 「協力者は多い方が良いし…スコール、言うわよ?」 空気を読まないサイファーが俯いたまま黙っている俺ではなく、キスティスにそう話を繋いだのは彼女の方が要領を得た説明をしてくれるだろうと踏んだからだろう。 何より俺にその質問を投げかけられても答えない。 そしてキスティスはそんな俺達を良く理解しているが故にそう訊ね、俺はしょうがなく一つ頷いて了承の合図を送ったのだった─── 「───と、言う事で良いかしら?」 面倒な介入者が割り込んできたお陰で無駄な10分が有ったのはもうどうしようも無かったとして。 「それが最善だろ?」 「まぁそうね。じゃあ早速準備に取り掛かるわ」 (何でこうなるんだ…) 結局、サイファーまで一緒に篭城する事になったのは何故か。 そうして決定が下された任務の下準備に取り掛かってしまったキスティスは、もう取り付く島も無さそうな勢いであちこちに電話をかけ始めてしまい。 巻き込む事になったと言うよりも自ら巻き込まれに飛び込んできたサイファーは、自らに割り振られたデスクで離れていた間に溜まっていた書類を捌き始めている。 そんな風に取り残された形になった俺は二人を交互に眺めて溜息を吐くしかもう出来る術はなかった。 篭城開始初日、二日目…と穏やかに日々は過ぎ行き。 俺が任務に出て現在はサイファーが指揮官代行中、と言う情報はキスティスから幼馴染達に伝わり。 その話は背びれや尾ひれを付けた多少の変化は見せたが、まことしやかに女子達の間に伝わったらしくそこかしこから肩を落とした女子の溜息が聞こえると言うのはキスティス伝。 このまま穏やかに事は過ぎ去り、任務完了の折に俺に宛てられたチョコの山がダンボール一杯になって入り口を占拠しているだろう事以外は何も問題なさそうに思えた。 だが、Xday当日に事は起きたのだ。 『ビーッ!ビーッ!ビーッ!』 仮眠室のシングルベッドで、大の男二人が鮨詰めになって寝ていた明け方。 連日寝不足を計上しているまだ寝足りない体を叩き起こす勢いの騒音は、三階への不法侵入者を知らせる警報機からの警告音だ。 しかしとにかく寝不足の上に疲れが溜まっているお陰で体が動かない。 同じように寝不足の上に無駄な運動を重ねているサイファーの方は、と言うと呻きながらもぞもぞするのが精一杯の俺とは違った。 さっと体を起こして下だけを手早く穿いて。 「お前はここに居ろ」 抑えた声でそれだけ手短に告げると近くに剥き出しのままで立て掛けて置いてあったハイペリオンを手に暗闇の中へと躍り出ていく。 同じ男なのにここまで体力の差を見せ付けられると、悔しさを感じる前に腹立たしい。 そんな腹立たしさを覚えながらももぞもぞと芋虫のように蠢いていると。 「バカかテメェは!」 パッと灯された明かりと共に、開いたままの扉の向こうからサイファーの怒号が聞こえた。 何がどうなって、その言葉に繋がるのかがさっぱりだが…耳を澄ませているとどうも侵入者は女子らしく、更には啜り泣くような声さえ聞こえる。 プロの諜報員が発見された相手に一喝されたくらいで泣く訳がない。 自分を発見した人物がサイファーだろうがそれは変わりないだろう。 その状況からどうやら侵入者はどこかの機関等が遣したような類では無さそうだ。 しかし幾ら扉が開いているからと言ってもそれ以上の情報が得られそうな程には声が通ってこない。 時折聞こえるのはどうやら侵入者に説教をしているらしいサイファーの声。 それから突然ワァーッと大声で泣き出した女子の声。 指揮官室に呼び出されたらしいてきぱきとした風神の声と、無駄にでかい雷神の声がして…また静寂が戻ってきた。 「侵入者はどうしたんだ?」 「ああ、1ヶ月間懲罰房行きのSeeDランク剥奪」 やがて灯されていた明かりが落ち、暗闇の中からハイペリオンを片手にサイファーが戻ってきた。 らしくもなく溜息を吐きながら俺が横たわっているベッドに腰掛けると、元のようにハイペリオンを壁に立て掛けて…俺の問いかけに疲れたような横顔をしてそう答えた。 一番考えたくは無かった答えだったが…やはり侵入者は内部犯の上にSeeDだった。 「随分と重くしたんだな。アンタらしくない」 「俺らしくねぇ、か。個人的なふざけた理由で侵入した上に反省する意志も無かったんでな」 「ふざけた理由?」 ここ数日の条件反射的にサイファーの居場所を空けた俺の行動に釣られるようにして、冷たくなった体でシーツに潜り込んできた男に抱き込まれながら言葉を続ける。 まだ冷たい腕を裸のままの腰に回されて、普段よりも少しだけ早い脈を響かせる肩口に頭を預ければ元通り。 漸く落ち着いたと言う証拠のような大きな溜息を吐いた後で続けられた、侵入者のふざけた理由は本当に馬鹿気ていた。 だって副指揮官に直接渡して告白したかったんだもん。 キスティス教官が居ると門前払いされちゃうし。 それに明け方ならまだ寝てる時間でしょ? もしかしたら寝顔とか見れるかなぁって、それで上手く行ったらそのまま…。 翌日の事情聴取で得られた今回の事件の動機がそれで、流石のキスティスも “処分は妥当” と呆れていた。 常軌を逸した恋する乙女の短絡思考。 それがサイファーの個室だったらまだ個人同士の問題で終わっただろうに、事が重要書類の溢れる指揮官室。 これだから女子は苦手だ。 しかし件の事件が起こったお陰で、三階に上がってくる者達のボディーチェックを堂々と行える事になったのは不幸中の幸い。 そうして怒涛のXdayを含めた三日間も恙無く終了し、篭城六日目の今日も21:00を回った頃に有り付けた夕食を二人向き合って摂っている。 「篭城同棲生活もとうとう明日でおしまいだな」 「そうだな…これ旨い」 「昨日から煮込んであるからな」 篭城生活の間におさんどんとして活躍してるサイファーが、仕事の間にちょこちょこと席を立って給湯室に入っていくのは見ていたから知っている。 そしてそれがその日の夕食か、翌日の昼に出されるものの内のどれかだと言う事もこの数日の間に理解した。 この篭城生活で何だかサイファーが喜ぶツボみたいなものを心得てしまった気がする。 そのツボを押さえた言葉や態度を取れば、子供のような明け透けに喜びを浮かべた笑顔が見れると言う事も。 今もまたそんな笑顔を浮かべたまま上機嫌で食べ進めている彼をチラチラと盗み見してしまう俺が居る事も。 (何なんだ?この…表現し難い感じ) 面映いような、俺まで嬉しいような、照れくさいような…。 (息苦しいと言うか。まさか俺はドキドキしてるのか?) 「オイ、何を人の顔見てボーッとしてるんだ?惚れ直したって言うなら大歓迎だが、さっさと食っちまえよ」 「え、ああ」 いつの間にかさっさと食事を終えたらしい…と言うよりも最後の一口まで食べてしまうのも終始しっかり見ていたが、何だかそれがガラスの向こう側にあるように見えていた。 そしてその事実を声を掛けられて気付く始末。 冷えてしまっても美味しさが変わらないサイファーの手料理を食べてしまう間も彼が給湯室から出て来ないのは、俺が食器を下げて来るのを食後のコーヒーを淹れながら待っていたからだった。 「遅ぇ。バツとしてそれ洗えよ?」 「ああ」 狭い流しに持ってきた食器を置いて、蛇口を捻る事でザァッと流れ出した温水に浸し。 まだ水気の残るスポンジに台所用の洗剤を垂らした時だ。 「なぁ」 「ん?」 「洗いながら聞き流せ」 そっと囁くような声で不意に声を掛けてきたサイファー。 俺は手にしたスポンジをくしゅくしゅと数回握って泡立てながら一つ頷く。 「お前、この篭城生活で辛い事とか嫌な事有ったか?」 「…毎晩の時間外勤務で腰が辛い。それから寝不足」 「そりゃまぁ、多少は自粛するがそれ以外だ」 (それ以外?) 泡立てたスポンジでくるくると皿を洗いながらあれこれ考えてみたが、別段取り上げるような不満はない。 むしろ楽しかったのかも知れない。 それを伝えるのは流石に何だかヘンな感じがしたから “別にない” と口にすれば、突然背後から太い腕が腰に回されて心臓が飛び出るかと思った。 「このままずっと同棲しちまうか」 “何をするんだ” と叫びそうになった頭の上から髪に顔を埋めるような体勢で。 熱っぽく囁かれたその言葉の力と、背中越しに伝わる体の熱を感じて奇妙な感じで言葉を飲み込んだ。 背後から抱きすくめられた体勢で訪れた沈黙を流水音が埋めていく。 (このままずっと同棲?サイファーと俺が?) 「嫌か?」 篭城生活でサイファーと平凡な毎日を四六時中一緒にいて過ごすと言う感覚は覚えた。 それはとても穏やかで、それでいて不思議な喜びと楽しみに満ちていた。 サイファーはそんな生活をこれからも続けようと言う。 そしてそれが嫌なのかどうかを問いかけてきている。 「嫌、ではない。けど」 「けど、世間体か?」 「ああ」 「それは俺にいい作戦がある。聞きたいか?」 「俺の意見を挟みこむ余地は有るんだろうな」 「当たり前だろ?二人の生活が掛かってるんだから、二人で決めるんだ」 重大な分岐点をその言葉に浮かされて曲がった俺達は、まるで悪戯を目論む子供のようだろう。 コピーしたガーデンの見取り図とスケジュールを前にして練られた作戦は夜明けに及んだ。 次なるXdayは1ヶ月後。 02/11〜03/31にかけて行われたWebイベント『CeremoniA』のバレンタインデー企画に投稿させて頂いた作品でした。 Webイベントをご覧になった方はもう既に解っておられると思いますが、がっつり伏線引いてホワイトデーの方に繋いでしまうと言う強行作戦。 1つだったプロットを2分割して引っ張っちゃった…!(卑怯) 彼らが企てた作戦は同イベントに投稿したホワイトデー作品『 史上最大の作戦 』をご覧頂ければ幸い。 |