『 X-Day 』





何で俺はこんな所に居るのだろうか…と。
ふとした瞬間に現実を見てしまうと何だか居た堪れなくなるから止めようと思ったのはついさっき。
それでも何度となく思ってしまうのは俺が置かれたこの現状のせいだ。

(本当に俺は何をしてるんだろうな…)

年末年始の買出しに忙しい人の波。
強烈な勢いで突進してきては俺を押し退けていくご婦人方の形相はこの世の物とは思えないほどに強烈だ。

「はい、兄ちゃんお待たせ!1500ギルね」

こんな事になるのだったらキスティスのアドバイスに従って素直にガーデンから注文するんだった、と今更ながらに後悔しながら手渡された物と引き換えに金を渡す。
そうして溜息を何度も零しながらも次なる目的のものを入手する為に見た売り場は正に地獄。

『年末決算大謝恩セール』

そんな垂れ幕が店内のあちこちに飾られ、いつもは静かだった筈の店内は人々でごった返している。
とにかくタイミングが悪い。
そうとしか言いようの無いこの状況。
だからと言って先送りする訳にも行かなくなった現状にはまた訳があったが、それを理由にすれば何も出来なくなるのもまた事実で。
そうして俺はまた足の踏み場も無いほど人で埋まった床に溜息を転がすのだった。





結局30分程度で終わる筈だった買出しを2時間かけてどうにか終わらせて。
両手を埋めていた買い物袋をキッチンに放り出して…それで終わりにしたい気分だったがそうにも行かない。
何しろこれは誰でもない俺が思いついて始めた事で。
他に代用する物を何も用意などしていなくて。
どんなに疲れていようが、どんなに面倒になろうがこれを遣り通さなければならない状況にしたのも勿論俺だ。
そうして俺は溜息をまた一つ床に転がし、疲れきった体をのろのろと動かしながら今しがた放り出した買い物袋の中身を漁る作業に入ったのだが…一つ失念していた事があった。

(…包丁自体ないかも知れないんだったな)

100%キッチンなど使う事がない、とは言い切れないが…自慢ではないがこのキッチンで湯を沸かす以外に俺がした事などない。
食事に関して言えば学食があるし、学食が終わっている時間でも誰かがどうにかしてくれる事が殆どで自力で何かを作って食べる事すらない。
そもそもそんな気力が沸かない。
そんな俺がどうしてこんな無謀な事をする気になったのかと言えば…。



サイファーがここで色々作った事があった。



別に作っている所を見た事がある訳じゃない。
だがたったそれだけの事でそれなりの調理器具がここにはあるかも知れない、と言う淡い期待を抱いて確認もせずに出掛けたのだ。
意外かも知れないがサイファーは料理が好きだ。
どこかに食事に出かけた時に食べたものを後日再現してみせると言う芸当すら持ってる。
1週間ほど前にも忙しさにかまけて夕飯を摂り損ねた事をなんとなく電話口で零したら、真夜中に出来立てらしくまだ湯気が立つ手料理を持ってきてくれた事もある。
そのまま泊まっていったサイファーに貴重な睡眠を妨害されたのは思い出しても腹が立つ。
翌朝、疲労感を抱えたまま目覚めた俺を待っていたのはエプロン姿のサイファーというなんとも言えない光景だったのだが…その手に持っていたトレーの上の物をベッドの上で受け取ったら朝食で。
それがまた妙に手が込んでいるように見えるから、トレーの向こうにいるサイファーの姿が如何に妙なものであったとしてもそれを忘れられるくらいだ。

…まぁそんな事が度々あったものだから、つい確認もせずに “この部屋にも調理器具を置いているだろう” と判断した訳だ。
買ってきた食糧をそこらに並べ立てた後でさて、とキッチン内を捜索した所出てくるわ出てくるわ。
本当にここが俺の部屋なのかと思うほどに調理器具がぞろぞろと。

(いつの間にこんなに持ち込んだんだか…)

驚きを通り越して何だか呆れてくる。
そしてつい、あのエプロン姿でこの場所に立って料理をしているサイファーの姿を思い浮かべてしまった。

(サイファーの事だから鼻歌とか歌ってたりするんだろうな)

次々と連想されるものはまるでサイファー自身が今、俺の目の前でそうしているかのように在り在りとその姿を思い浮かべられる事に気付いて笑いが零れた。
件のサイファー自身は今頃この寒空の下で任務に当たっている事だろう。
きっと冷え切った体は温かいものを求める筈だ。

(いつもさりげなくやってくれるからな…たまには俺が肩代わりしても悪くはないだろ?)

脳裏に思い描いたエプロン姿のサイファーにそう告げ、手にした食料と共に改めてキッチンと言う戦場に立ち向かう事にしたのだが。
いつも切り刻んでる気がする肉塊は得物を変えただけで肩が凝るほどに手強い相手に摩り替わり。
扱い慣れてない小さな得物は思うようにその刃を滑らせてはくれそうにもない。
気を許せば手元から飛び出して逃げてしまいそうなソレを必死の思いで握り締めながらゴトゴトと切っていくけれど、見慣れた姿に変わる筈だったそれはどう見ても2周りほど小さくなっていて我ながら溜息が出る。
それでもどうにか記憶していた手順通りに事を運んでいけば…何だか思っていたよりも上手く行きそうな気がしてくるから恐ろしい。

(油断大敵だ。いつどうなるかなんて予測は出来ない。用量・用法・時間厳守)

心の中でそう呟きながらひたすらに記憶の中のそれを何度も確認しながら作業を続ける事3時間。
孤軍奮闘とも言える結果は漸くそこに現れた。

「出来た…?」

己が仕出かした成果を確かめるべく、お玉と小皿を手に焦げ茶色のその液体を掬って…まずは匂いを確かめて食べられる香りである事を確認。
次いで小皿に取り分けて恐る恐る口に運んで食べられる事も確認した。
ついでに自分の周りに放り出したままの器具を眺めて溜息も一つ。
だが今はそんな事で落ち込んでいる暇はない。
時刻は既に20:00を回り、下手をすればサイファーは任務どころか既に学食に居る可能性すら出てきた。

(まずいな。片付けている暇もだが盛り付けるような時間すらなさそうだ)

とにかく身柄を確保する事を最優先に上げて、最悪その場でトレーを押し退けて据えるつもりで鍋掴みを利用して鍋ごと部屋を出て行こうとした時だ。
シュ…と軽快に開いた扉の外に何かがあった。

「うわ!?」
「おぁっちい!!」

今し方まで火にかけていた鍋付きの体当たりをする羽目になったそれは奇声を上げて飛び退き、バランスを崩した俺はとにかく鍋の存在しか見てなかった。
スローモーションで俺の手から離れたそれは多少中身をぶちまけながらもどうにか床に着地。
着地の衝撃で更に撒き散らされた煮え湯よりも性質の悪い液体は近くを通りかかった生徒までをも襲い、その場はちょっとした惨事で。
熱い熱いと喚きながら保健室に駆け込んでいくだろう生徒達の後姿を横目で眺めながら鍋の中身を確認してみれば…残念な事に鍋一杯在った筈がせいぜい2人前あれば良い程度にしか残っていない。

(それもこれも扉の前にあったアレのせいだ)

人の半日掛りの苦労をどうしてくれるんだ…と言う思いを溜息と共に零して首を振っても鍋の中身は戻らない。
そしてこの惨状も戻らない。

「テメェ…部屋の中から鍋持って突進してくる馬鹿がどこに居るんだよ!」

軽く落ち込みかけた俺の背後から伸びた影が頭上からそんな事を言ってきたのも無視して、今日一番の盛大な溜息を吐いた所で気付いた。

「サイファー?」
「んだよ…お前の顔見に来たら熱々の鍋と共に出迎えとか、お前は俺に何か恨みでもあんのか!?それにこの鍋、俺のじゃねーかよ!」

それからもサイファーはあれこれ言っていた気がするが “間に合った” と言う事実がやけに俺を安堵させてしまったらしく、それらの言葉は生憎右から左へとすり抜けていく。
決死の思いで人の波を掻い潜って、必死の思いで半日費やした結果は床に大サービスする羽目になってしまったが…とにかく間に合った。
何が間に合ったのかと言えばサイファーの夕食に、だろう。
何かが違っている気がしないでもないがとにかく間に合ったのだ。
もうこれで満足してしまいそうだが、それでは俺の半日はなんだったのかと言う事になる。
それでは本末転倒だ。

(そうだ、サイファー…はどこに行ったんだ?)
「スコール」
「ああ、そこに居たのか。取り合えずそのまま居てくれ。今行く」
「解った。事の顛末はしっかり聞かせてもらうからな?」
「勿論だ」

そうして俺は鍋を手に再び室内へと立ち戻った訳だが…いつもならソファか椅子かベッドのどれかに腰掛けているサイファーが仁王立ちしている。

(何で立ってるんだ?可笑しなヤツだな)

目の前をそのまま通り抜けてキッチンに向かえば目を背けたくなるような現実が待ち受けていた。

「で、お前の言い分を聞こうか。何でこうなったんだ」
「それは後にしてくれ。少なくなったから冷める」
「はぁ!?」

が、今の俺はそんな事を気にしていられる状況ではない。
これ以上どうにかなるのはもう御免だ、と会話もそこそこに手にした鍋を適当な場所に据えて中身を零さないように慎重に皿に取り分ける。
一緒に買っておいたバケットも切り分ける暇などないから丸ごと別の皿に載せ、それらをトレーに乗せて慎重に歩を進めながらサイファーの前を横切り、テーブルの上へ置いた所で漸く俺の中での完成に近付いてくれた。
後はサイファーがこれを食べたら俺の計画は完了する。
…だがサイファーは依然、妙な場所で立ち尽くしたままで唖然と俺を見ているだけで。
暫く互いに見つめ合っては見たが、流石に視線で会話など出来る筈もなく無駄に時間を浪費するだけだった。
その間にも皿に取り分けられたものはどんどん冷えているだろう。
発展のしようが無い状況だけにしょうがないので手招きしてみた。
憮然とした表情で近寄ってきたサイファーに椅子を勧めて、腰を下ろした所にすかさず皿とスプーンを差し出すと…ムッとした顔で奪い取るようにスプーンを手にして。
ごろごろと点在している大きさの揃わなかったジャガイモを掬って一口食べたその表情が少し緩んだ。

「どうだ…?」
「旨い」
「そうか」

それまではサイファーの一挙一動をつぶさに観察しながら反応を見てばかりだったのだが、望んでいた言葉が貰えて満足したら今度は自分も朝から殆ど何も口にしていなかった事を思い出す。
思い出してしまえばもう咎めるものがある筈も無く、横で食べ続けているサイファーと共に黙々と食事を摂る事に専念する。
そうしてそれぞれの皿の中身も丸ごとだったバケットも殆ど姿を消して空腹が満たされた頃、不意に手を止めたサイファーがこっちを見ている気配がして視線を上げれば…やはりやけにニヤついた顔でこっちを見ていた。

(何を人の顔を見てニヤニヤ笑ってるんだ、気持ち悪い…)
「食いながらで良いんだが、一つ俺の推理を聞いてくれ」

その表情につい眉根を寄せて心の中で苦情申し立てしていた所にそんな事を言われても訳が解らない。
だが、食べてていい上に聞くだけでいいなら俺には何も問題がなく、我ながら初挑戦の割にはよく出来た残り僅かになったものを名残惜しみながらも頷きで了承の合図を出してみた。

「俺はドアから飛び出してきて以来のお前の脈略のない行動をこれ食いながら考えてみた。そうして1つの結論に辿り着いたんだが…今まで料理なんて興味も持たなかったお前がこうして手料理なんてものを俺に食わせようとしたのかが思い当たらねぇんだよ。何かあったか?」

何かあったのか、と問われたら何もない。
だから首を横に振るとサイファーは途端に難しい顔をしてあれこれ考え始めたらしいが、どうにも思い当たらないらしくブツブツと何かを呟いては首を傾げている。
確かに何もなかったが、何も理由が無くて作った訳でもない。
そこで気付いた。

(俺がこんな事をした理由が知りたいのか)

一度気付いてしまうと珍しく先に答えに辿り着けないサイファーが面白いような…何とも表現し難い気持ちになり、その不思議な感覚を暫く味わいたいと言う気持ちになった。
そうして今度は答えを容易く教えてしまう事を惜しくも思い始めた。

(変な感じだ…こんな気持ち初めてだな)

ふわりと胸の辺りが暖かくなる、この感覚は一体何と言うのだろうか。
空になった自分の皿の上にスプーンをそっと乗せて見れば、楕円に浮かぶ緩んだ表情の俺が映っていた。

「くそ、解らねぇ。すげぇモヤモヤして気持ち悪ぃぜ」
「そうか」
「テメェはやけに満足そうだな?悩んでる俺を見て満足か」
「まぁそうだな」
「クソ…ムカつく」
「たまにはこう言うのもいいだろ」
「後で見てやがれ。ヒーヒー泣かせて答えも吐かせてやるからな!」

自分にもそんな表情が出来る、と言う事実に少し驚いてる最中にギブアップを告げる声がして。
見れば険しい表情のサイファーが俺を見ていて。
短いやり取りの締め括りをハイペリオンに見立てたスプーンを俺に突き付けてそう宣言したかと思えば、残りをがつがつとかき込んで “美味かった、ご馳走さん” と呟いてキッチンに消える見慣れた背中。

(お粗末様。そして誕生日おめでとう、サイファー)

それを見送りながら心の中で答える俺の顔はあの楕円に浮かんだものに違いない。




† Fin †





---あとがき---

はい、相変わらず何が言いたいのかさっぱりな感じです。
この後の事はたぶんお約束通りの現状が広がる事請け合い。
何はともあれHappy Birthdayサイファー!



writing:H08'.12.22



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