誰が何と言おうと、俺はそれが好きなのだ。
どうしようもなく。















『フェチ』



─── 12:00を少しだけ回った食堂はうんざりするほどに人でごった返していた。
普段は俺が “この時間に昼食を取る” という自体、有り得ない話なのだが…今日はどういう事か
午前中に手元に舞い込んできた任務の依頼書だとか報告書は普段よりも格段に少なかった。
だからなのだろうが…はっきり言ってこの光景には言葉を失った。
一体これだけの人数がどこから湧き出してきたのかと問いたくなるほど、どこを見ても人、人、人。
普段ならなかなか口にする事が出来ない “今日のおすすめ” が乗ったトレーを手にして、ざっと見渡したテーブルにはもれなく人が座っていて…空いてる席など1つもない。

そうして俺はさっきから立ち尽くしている。

俺よりも後に来た生徒は首尾よく友人らしき人物が座ってるテーブルから声がかかったり、自分が声をかけたりして…いつの間にかどこからともなく持ってきた椅子に腰掛けてテーブルを囲んでる。
あちこちから話し声や笑い声が響いてきて、食堂の中は和やかなムードで…。
俺一人が確実に浮いていた。

(…こういう時に “伝説のSeeD” とか “指揮官” とか言う肩書きが邪魔なんだ…)

別に俺は話しかけられるような元クラスメートとか友人が居ない訳じゃない。
だがこういう時には大体他に知らないヤツ、所謂友人の友人というヤツが一緒のテーブルを囲んでいたりして…そんな中に俺が混ざろうとすると、浮く。
誰も何も言わないが、自分で解るんだ。
その場にある空気に俺だけが馴染んでない。

(隣のテーブルの女子がどうだとか…そんな話をされてもな…)

はっきり言ってそんな事どうでもいい。
隣のテーブルに座ってる女子達が可愛かろうが、そうじゃなかろうが…どうでも良いんだ、俺には。
どうせ雑談をするなら武器とかカードとか…そういう類の話ならまだ混ざれるんだが。
そんな事を思いながら、いつもの癖で “はぁ…” と盛大な溜息が零れた時だった。

「珍しいな?お前がこの時間に飯食いに来てるとは」
「サイファー…」

ぽんっと肩に手をかけられて。
見上げた先で “よぉ” とばかりに空いてる方の左手を軽く上げたサイファーが俯きかけてた俺を
斜め上の位置から見下ろしつつ、そう声をかけてきた。

サイファーの声というものは心臓に悪い。
ついでに言うならその屈託のない笑顔も心臓に悪い。

(すぐ傍で話しかけるな。その笑顔を俺に向けるな)
「何で睨む」
(アンタが話しかけるからだろ…だから覗き込むな、楽しそうに笑うな)
「相変わらず人が聞いてる事に対して答えねぇヤツだな…」
「…別に」
「またそれか」
(また、で悪かったな…これしか言葉が出なくなるんだからしょうがないだろ)

言いたい言葉はいつも頭の中だけで空回りして口には上らない。
だがサイファーは対して気にしてるような様子もなく、俺が言葉少なく返す事でさえも楽しそうだ。
そんなサイファーの様子を視界の端で見るだけでも、心臓が口から出そうになる。
安易に口を開けたら、それが本当に零れだしてくるような…もしくはそれが刻んでいる、耳の中で
煩く響くこの音が食堂中に響いてしまうような気がする。

「それ食うんだろ?」

意地になるように俯いて、トレーの上で冷たくなってるだろう昼食を見詰めていた俺の横で笑って
いるらしい気配がふと止んで、唐突にそう切り出された。
思わずまた見上げてしまった姿。
綺麗で優しいグリーンの瞳が見下ろしてる。
途端に少しだけ収まりかけていた鼓動がまた煩く騒ぎ出す。
慌てて視線を逸らして、取り合えず返答に一つ頷いて。

(ウルサイ…!)
「こっちこい」

自分の心臓というものに罵声を浴びせている間に腕を掴まれて、グイッと引っ張られて。
反射的にトレーの上のものを落とさないように庇いながらヨロヨロと付いていく破目になる俺。
全く、格好悪い事この上ない姿じゃないだろうか…今の俺は。

「今日はコイツも一緒だ。良いよな?」
「良いもんよ?皆で食った方が楽しいもんな」
「問題、無」
「って事だ。ゆっくり食えよ?」

グイグイと引っ張られて連れて来られたのは…入口から一番遠い、少しだけ物陰になるような位置にあるテーブル。
そこには先に食事をしていた風神と雷神が居て。
グイッと強制的に座らされた椅子の上で唖然としていた俺の頭にポンポン、と大きくて温かいサイ
ファーの手の感触がして。
二人に対して勝手に了承を得たサイファーはまたからかうような…でも優しい瞳で俺を覗き込んだ。

(だから、覗き込むなって…)

どうやら俺がテーブルを確保出来ずに立ち尽くしていた事はとっくの昔にバレていたようだった。
そうして俺がまだ煩くてしょうがない心臓を宥めている間にサイファーは俺の横に腰を据えて、さっさと食事を取り始めてる。
その姿はまるで横に俺が居ても居なくても変わらないような横顔をしていて…時々雷神と風神の
やり取りに笑ったりしながらの和やかな昼食風景を醸し出していて。

(また俺は浮いてるんだろうな…)

こっそりと溜息を零して、それでも漸く座れた現状に感謝しながら俺は…すっかり冷え切ってしまっていた昼食を取り始めた。



それにしてもこんな風に誰かと食事を取るのはどのくらいぶりだろうか?



いつも仕事に追われて、俺が昼食を取る時間と言ったら普通はもうじき夕食と呼ばれるような時間。
指揮官室のデスクで書類を睨みながらキスティスが差し入れてくれたサンドイッチを齧ってる…
なんて事は度々。
最悪、昼食抜きで夕食は01:00を回ってから…なんて事もある。
だからだろうか?
横にいるサイファーの気配が何だかくすぐったい。
そこに人が居て…更にそれがサイファーだと思うだけでも、食事は上手く喉を通らない。
彼の声が横でして、彼の手が時々目の前を通過してテーブルの端に置いてある備え付けの醤油や塩コショウ、果てはナプキンを1枚…なんて事でさえも。
その度に得も言えない気持ちになる。

(変態か、俺は…)
「スコール」
「っぐ…げほっ」
「大丈夫か?」
「っ…何だ」
「お前って何フェチだ?」
「は?」

唐突に呼びかけられたタイミングが悪い。
自分の奇妙な感情を払おうとしてまとめて放り込んだポテトサラダの中の何かが、呼ばれた名前に反応するかのように危うく喉に詰まりかけたせいで…不自然に咽た。
そんな俺をサイファーは笑う気配と共に、それとは裏腹な言葉を投げかけてきて。
体面を繕おうとして憮然となってしまった声を気にしない問いかけ。
お陰でまた俺は格好の悪い姿を晒す破目になった。



…だが、フェチとは何なんだろうか…?



「…何だ、それは」
「フェチだよ、フェチ。俺はうなじから肩にかけてのラインってのがたまんねぇな。そいつの肌の色が白けりゃ尚更いい。見てると無性に噛み付き たくなってゾクゾクするぜ」

伸ばした手で掴んだグラスの中の水をガブガブと飲んで一息吐いて、そうして漸く疑問を解決すべく問いかけた訳だが、どうにもサイファーには俺の質問の意図が伝わってないらしい。
だがそうやってその “フェチ” について語り始めたらしいサイファーは目を眇め、その首筋を想像でもしたのか、不敵な印象が残る笑みを浮かべた薄い唇を赤い舌がペロリと舐めていく。



…それはこの上なく色っぽい表情に見えた。



(色っぽい?!馬鹿な…俺は何考えてるんだ)
「サイファー、ドラキュラみたいだもんよ」
「ウルセェな。好きなもんは好きだし、正直そういう気持ちになるんだからしょうがねぇだろ?そういうテメェは何フェチだ?」
「俺は別にないけどな。強いて言うならつむじが見えるくらいのちっちゃいのが好きだもんよ」
「おいおい、お前、そりゃ告白か?」
「サイファー!」
「何の告白だもんよ?」

またドキドキと足早な律動を刻み始めた事を悟られないように無理矢理に食事の方へ意識を逸らそうとしたが、意識してしまったものは容易く逸らす事が出来そうにない。
質問のターゲットが雷神に代わった後も、サイファーの声がやけに耳について離れないのだ。
お陰でこれだけ耳の中で煩く鳴り響く鼓動の中でも、彼らの会話の内容を聞き逃す事がなくて有難い事だったりもするが。
茶化したサイファーに風神が慌てたような声を上げ。
解ってないらしい雷神が不思議そうに問いかけて、風神に椅子毎蹴り飛ばされる…。
なんてやり取りをぼんやりと見てるような振りをしながら、横で笑ってるサイファーを盗み見ている。

(何でこんなにサイファーの近くに居ると落ち着かないんだろうな…)

その気配だけで体が熱くなる。
バトルの前のようなその感覚は…気付いたら、顔を見る度に剣を交えていた頃が嘘のようになった今でも続いてる。
そんな事を考えながら今一度盗み見ようと視線を動かした時、サイファーの視線がちらりとこっちに移って、目が合ってしまい…更に微かに微笑まれてしまった。
途端にまた心臓が暴れだす。

「なぁ、バトルマニアとは違うのか?」
「違うな。マニアは物事に熱中してるヤツの事だ。カードマニアとかバトルとかな。フェチの方は特定の種類のものとか、場所に対して異常な執着とか偏愛を示すってヤツだ」

(特定の種類のものとか場所…俺が執着するものって何だ?
ガンブレード…ああ、そうかもしれない。
だが別にガンブレードに対して “愛してる” とか囁きたい気分にはならないな…)

「雷神のはただの好き、らしいが俺のはもう殆どフェチだな。綺麗な首筋だったら、顔がどんなのだろうが…例えば相手が男だろうが構わねぇくらいには興奮するぜ?」

(興奮?
執着して興奮するもの…やっぱりバトルか。
いや、モンスターか?
そう言えば確かに時々箍が外れて無性に何もなくなるくらい切り刻みたくなる時があるな。

…そう言えばコイツと対峙してる時も興奮してるみたいになるよな…)

「サイファー目がやらしいもんよ」
「丁度、すぐ横に美味しそうなのがあるんだからしょうがねぇだろ?」

(やらしい…やましい気持ちになるって事だろうか?
美味しそう…って言うのはやっぱり興奮するって事だろうか。
サイファーは俺の首筋にも興奮するのか…。
だからアノ時にあんなに噛み付いてくるのか?
でも俺もそうされて興奮するというか、感じるというか…何考えてるんだ、俺は…。

もしかして…でも、いや…ああ、間違いないのかもしれない…)

「指揮官、危険。逃亡推奨」
「コイツは今それどころじゃねぇってよ」

ぐるぐると考えている間に外から入ってくる情報が混じって、思考があらぬ方向へと曲がって行き
そうになるのを抑えられない。
第一、そう思う要因を考えているのだから収まる筈がなかった。
その時ふと髪に触れられたような気がした。
まだ思考の海から抜け出せずにいる俺はそれが何の予兆なのか、解らない。
ファーを除けるようにして曝け出された首筋に冷たい外気を感じて、反射的に首を竦めようとしたが
…時、既に遅し。

「っあ!」

ガブッとやられた瞬間、痛みと共に ゾクン、と快感が走ってしまい…自分でも思ってもなかったほど甘ったるい喘ぎのような声が出て、顔と頭に血が昇る。
いつの間にかしっかり抱き寄せられるような状況になっていた事にも驚いたが、今はそんな事よりも何よりも。

「何考えてるんだ、アンタは!」

突き飛ばすのが先決。
噛み付かれた首が ジンジンと熱を持ってそこから変な気持ちになるのも一緒に、サイファー毎吹っ飛ばすつもりで。
…だがサイファーはあっさりとそれを避けて ニヤニヤとやに下がったような顔して笑ってる。

「俺もやるつもりだったが…本当にやられるとは、また随分と隙だらけな指揮官だな」
「くそっ、普通本気で噛み付いてくると思う訳ないだろ!」
「俺はフェチなんだぜ?美味しそうなのが横でぼんやりしてたら噛みてぇっての」
「折角、自分が何フェチなのかって事に気付いたのに…最悪だ」

こんな公衆面前で噛み付かれた上に、突然の事とは言えども喘いでしまった事への恥ずかしさで顔が赤くなってるような気がする。
それを誤魔化すように睨みながらそう言うと、サイファーは少し驚いたように目を見張って。

「へぇ、で?お前は何フェチなんだ?」

至極楽しそうに笑いながら聞いてきた。

「アンタだ」
「は?!」
「俺はどうやら “サイファーフェチ” だったようだ。それも結構重度の、な。色々考えてみて解った。間違いない」

言い切った俺に対して…サイファーは鳩が豆鉄砲食らったかのような間抜けな顔をしている。
その表情も不思議と嫌悪も軽蔑も感じない。
むしろ愛しいほどに思えてしまうんだから間違いないだろう。
さっき噛まれた事だってそうだ。
サイファーを突き飛ばしたのは俺が恥ずかしい声を上げてしまった事への照れ隠しというか、体面的なものに対してというか…兎に角そんな事で突き飛ばしただけであって。
“サイファーに噛まれた” という事自体への嫌悪ではない。



サイファーにだったら何をされても良い、とまで思える俺が “サイファーフェチ” じゃなかったら、
一体他に何だと言えば良いというのだろうか。



「…お前、自分がどういう事言ってるのか解ってるのか…?」
「ああ」

目の前でへなへなとしゃがみこんだサイファーが頭を抱えるようにして蹲った。
辺りがやけに静かになってるのはそんなサイファーが珍しいからだろう。

「スコール、貴方的思考、伝達希望」
「俺も知りたいもんよ。何でサイファーだもんよ?!」
「…サイファーと居ると興奮するんだ。顔合わせる度にバトルしてた時の癖みたいに、やけに胸が
高鳴って落ち着かない」
「…」
「姿を見ても、声を聞いても、むしろ気配だけでも興奮する。これが正しくフェチなんじゃないかと思ってな。そうやって考えてみると全部納得出来る。サイファーがする事に対して嫌悪とか失望とかそういうのはない。むしろ知らなかった事を知る事が出来た喜びさえ感じる時がある。これがフェチって言わないんだったら他になんだって言うんだ?」

咄嗟の事に少しだけ唖然としてたらしい風神と雷神が慌てたようにそう畳み掛けてきて。
俺は “面倒くさいな…” と思いながらも説明しない事にはこの “フェチ” を理解して貰えない上に散々付きまとわれるだろう事を予感して、口を開いた。
辺りはやけに無言だった。
いや、一部はこそこそと何かを言い合っているようだったが…別にどうだっていい。
フェチというのは多分、マニアと一緒で…そうは思わないヤツにしたら “異常だ” としか思われないのだろうから。

「スコール…」

水を打ったような静けさが少しずつざわめきに支配されようとしていた時。
それに紛れるような、らしくない小さな声でサイファーが俺を呼んだ。
声の方に視線をやれば、がしがしと髪を何度か掻いたのだろうか…短いながらもいつも整えられてる髪がまるで鳥の巣。

(メチャクチャだな…でもサイファーの使ってる整髪剤と太陽の匂いが混じると良い匂いになるって事を知らない奴って多いんだろうな。それにちくちくするあの手触り、好きだ…)
「愛してるぜ、スコール」
「!」

大股で近付いてくるサイファーの乱れた髪を眺めながらそんな事を考えていた時だった。
酷く近い距離までやってきたサイファーは公衆面前で有るにも拘らず、俺を抱すくめながら…のう
のうとそんな事をほざいた。
突き飛ばしたのは言うまでもない。

「こんな公衆面前で男を抱すくめて言うセリフか、それは!」
「お前が言うか?!」
「煩い。アンタが何考えてるか全然解らない」
「公衆面前で大告白やらかすヤツの思考の方が解らねぇよ」
「誰が告白なんかしたって言うんだ」
「テメェだろうが!」
「俺は告白なんてしてない」
「した」
「してない」
「…そうやって “してない” って断言出来る、テメェの思考回路がどうなってるか知りてぇ…」
「訳の解らない事を言うな」
「…」

そうして互いに睨み合うような距離で言い合って。
フン、と鼻先であしらった俺の態度に奇妙な表情をして立ち尽くすサイファー。
また一つ新しいサイファーの一面を見つけて、俺は心の中で細く笑んだ。





誰が何と言おうと、俺はそれが好きなのだ。
どうしようもなく。





† Fin †






---あとがき---


はい、スコールが可笑しいです(事後報告
書いた本人が自覚してるので間違いなく可笑しいと指摘されるでしょうが、好きなものに対しては
少なからず可笑しくなるんじゃなかろうかと…。

まぁアレですよ、割れ鍋に閉じ蓋(妙な結論



writing:H16.10.19




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