「───ああ、やっと終わったな」
「疲れた…」

運び込んだサイファーの荷物を部屋に運び込んで、それらを使い易いようにあちこちにしまって。
どうにか生活出来るレベルの引越しが完了したのは23:00を回った頃だった。
二人して疲れた顔を並べて、俺は腰を下ろした椅子の上で俯いたままぐったりしていたのだが。

「まぁそう言うなって。バレンタインデー前後にお試し同棲で互いを改めて良く知り合って、ホワイトデーには思い実って堂々と同棲開始。忘れようも無い記念日になっただろ?」

疲れは有っても楽しそうなサイファーのその言葉で漸く気付いた事がある。

(…まさか、アンタ…)
「そうそう、この日の為に準備しておいた物があるんだぜ?」
(俺まで騙してたのか…?)
「ジャーン!見ろよ、このお揃いのパジャマ!色違いって所に俺からの配慮ってやつが見え隠れするだろ?つーかやっぱり同棲=ペアだしな。その内食器とかも揃えようぜ!」

…ロマンティックを体現する男、サイファー・アルマシー。
目の前で広げられて押し付けられた色違いのパジャマよりも、この計画の早急さの理由が多分それだと言う事に眩暈と疲労感を覚える。

(…俺は選択を誤ったのか?)
「ああ、腹減ったなぁ。お前は?」
(いや、そうじゃない。あの時の状況と雰囲気に流されたのか…)
「聞いちゃいねぇ。まぁ今に始まった事じゃねぇか」
(だがサイファーと居るのは嫌じゃない。むしろ居心地が良い)

そうして今も。
サイファーは俺を理解したらしく、それ以上は何も言わずにその場を離れていった。
そんな風にサイファーが俺を気遣うのが心地よくて。
つい調子に乗ってしまう、と表現しても強ち誤りではない程だ。
仕事の面でも彼は十二分に俺の右腕として手際と器量の良さを見せ付けてくれる。
何より黙っていても分かり合える良さは他の誰とも分かち合えない。

(他の誰かじゃサイファーの代わりにはならないか)

だったら俺の選択はきっと間違いじゃない。
…そんな風に自分の中で結論が付いた所で、キッチンから良い香りが漂い始めている事に気付く。

(そう言えば “腹減った” って言ってたな)

考え事の最中に聞こえていたサイファーの言葉を思い出して、彼が隣に居ない状況とこの香りに納得した時。
俺の腹も空腹を訴えるように間の抜けた音を立てたのだ。
今までの生活では考えられなかった事に驚きを覚えながら苦笑いを浮かべ。

「サイファー、俺も何か食べたい」
「言うと思ったから2人前だ。そこの皿取ってくれ」
「ああ」

キッチンに立つ真剣な横顔にそう声を掛ければ、そんな答えが当たり前のように返ってくる。
煽られるフライパンの上で踊るチャーハンはやがて俺が取り出した皿の上に取り分けられ。
添えられた福神漬けは俺好みの無着色のもので。

「よし、食おう。いただきます」
「いただきます」

二人でテーブルを挟んで向かい合わせに腰を下ろして、手を合わせるサイファーに習って小さな声でそう呟けば後は無言。
二人して黙々と食べ続け…。

「ああ、漸く落ち着けるな」
「…そうだな。ごちそうさま」

口を開いたのは互いの皿が空になってからだった。
“どういたしまして” と笑いながら答えたサイファーが俺の皿も一緒に下げてキッチンに戻っていく。
その背中を何となく追ったのは…少しだけ聞きたい事が出来たからだ。

「なぁ」
「ん?どうした?」
「続けてていい」

慣れた手つきで皿を洗い始めていた横顔にそっと声を掛ければ、一瞬だけ止まる手元。
それを続けるように促せば頷きが返されて、俺は少しだけ呼吸を整えた。

「アンタはこれから俺との同棲で何か良い事あるのか?」
「どうしてそう思う?」
「普段の仕事量は大差ないのに、部屋に帰ってからの仕事量が違いすぎる」

篭城生活の間にもそれは思っていた事だ。
確かに俺にも出来ない事はないが、手馴れているサイファーにすればそれは余りにも危ういらしい。
掃除、洗濯は俺にも分担が回ってはくるが…炊事だけはサイファー任せ。
よってそれに伴う買い出しもサイファーが担っているのだ。
はっきり言って俺の部屋でもある筈のこのキッチンにどんな食料がどれだけあるのかすら把握してない。
毎回好みを知り尽くした美味しい食事に有りつける俺は有難い事この上なかったが、果たしてサイファーがそれを良しとしているのか。
それがどうしても知りたかった。

「まぁその返答は食後のコーヒー飲みながらで良いか?」
「構わない」
「じゃあこれ持って向こうな」

そんな俺の質問にさっさと後片付けを済ませて、コーヒーを淹れる背中が質問で返してくる。
了承の返答を返した俺に振り返ったやけに真面目な表情のサイファーは、コーヒーの入ったカップを手渡してきてそう続け、自分もカップを手にして俺をソファまで追い立てた。
並んで腰を下ろしたソファで少しの間、手にしたカップのコーヒーを啜る音が続く。
そうして。

「お前と違って元々俺は気が向いたら自炊してたんだよ。作る量が2人前に増える、それだけの事だ」
「それで良いのか?」
「そもそも俺が言い出したんだぞ?悪いと思えば最初から言わねぇ」
(確かにそうなんだが…)

確かにサイファーの言う通りなのだが、それでも何かもやもやした気分になる。
そのまま黙って俯いたままぐるぐると同じ質問を心の中で繰り返していた俺をどう思ったのか、彼は笑う気配を滲ませた声で。

「この部屋でもお前はお前の仕事があるだろ?」

俺の肩を抱き寄せながら耳元に囁き、俺の手から取り上げられたそれの行方を視線で追っていると…不意に首筋に口付けが落ちた。
途端にそこから腰までぞわりと走るのは予感。

「俺の、仕事?」
「ああ…お前にしか出来ねぇ重大な事だ。これでイーブンだろ?」

あちこちに悪戯を広げ始めるサイファーの手を拒めないのは解っているから。
それでも口にしてしまったのは、簡単に認めてしまうのが歯痒かったから。



サイファーは俺に “食事” を提供する。
俺はサイファーに “俺” を提供する。



…そんな取引方法をあの時から提示されているのをどこかで知りながらも。

「あっ…やだ」
「本当に嫌か?」
「や、だ。サイファー、ココは…ココでは、嫌だ…」

馴染んだ掌が生み出していく快感に流されながら、せめてもの反抗とばかりにそんな言い訳を口にする。
乱れた着衣を簡単に手直ししたその手に導かれて薄闇が支配する寝室に連れ込まれてしまえば…後は流れに沿って流されていくだけ。
初めて二人で選んだ家具は十分な広さで縺れ合う俺達を受け止め。
そうして俺達は改めてこの同棲生活のルールを確かめ合った───





───翌朝の目覚めは久しぶりに最悪で最高だった。
体はだるいし、寝不足で頭も重い。
しかし目覚めのコーヒーが提供され、どうにか起き上がって向かったテーブルには既に朝食が用意されている。
そして満たされたような穏やかな表情で俺を見たサイファーが “おはよう” と言う。
…こんな生活がこれからは続くのか、と思うと “悪くはない” と言う気分になれるから不思議だ。
どうやら俺は自分でも驚いてしまうが…これからサイファーの作戦にハマりっぱなしの人生を送る事を受け入れてしまったらしい。

「元栓は締めたし…お前も忘れ物はねぇよな?」
「ない」
「よし、じゃあ行くか」
「ああ」

人目を気にする事もなく二人で部屋を出て、並んで通路を歩いて、一緒に指揮官室へ足を踏み入れる。
この先も二人で肩を並べていけるなら…これから先の人生も悪くない気がした。





† Fin †




---あとがき---

02/11〜03/31にかけて行われたWebイベント『CeremoniA』のホワイトデー企画に投稿させて頂いた作品の全体像でした。
前企画であるバレンタインデー企画に投稿させて頂いた作品『One week』の続編の上に、イベントでは大幅に前半をカットして投稿したのがお分かりになるかと。
全体像は余りにも個人設定剥き出しなので、説明の多い前の方をカットする事で和らげてみました。

しかし本当に設定が凄い事になってますね(他人事か)

既にロマンティックで済ませたらダメな規模のような気がしますが、そこはそれ。
首謀者がサイファーなので何でも有りかな、と(最悪)



writing:09'.Feb.02



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