空には朝から鈍重な雲が幾重にも重なって垂れ込めていた。 それだけでも既に寒いというのに自分はこんな寒空の下で、こんな風に空など見上げて…そこからはらはらと舞い落ちる雪を見ている。 これが任務じゃなかったらこんな場所なんか居なかったのに…と溜息を零しても仕方のない話。 どれだけ寒かろうが、幾ら俺が寒いのが苦手であろうが。 任務であればその場に行かなければならないのだ。 例えその場所が暖かいバラムから離れた…トラビアガーデンよりも更に北のヴィンター島であったとしても。 『 彼の温度 』 「ほら」 そんな風に気力の湧かない、虚ろな眼差しでぼんやりと見詰めていた寒そうな空模様から声がした方に視線を移せば…呆れてるようなサイファーの顔とその手に握られたマグカップ。 俺が見た事によって再度 “受け取れ” とばかりに差し出されるそれを受け取ると…ぶ厚い陶器越しに伝わる熱が冷たくなった手にじんわりと染みてくる。 ほかほかと暖かな湯気が立つそのカップの中に満たされていた琥珀色の液体を眺めていた。 そうしている間にも冷えた指先に温められた陶器越しの熱が少しずつ伝わり、感覚が痛みを伴って少しずつ蘇る。 「おい。見てねぇでイイから、冷めない内に飲め」 「解ってる」 確かにこの寒空の下で冷え切った体を温めるにはこうして握っているよりも飲んだ方が建設的だ。 一つ頷いて、湯気が立ち昇るそれを軽く吹いて…一口啜る…。 が。 いやに熱い。 用心に用心を重ねて、吹いて表面だけでも軽く冷まして啜ったというのに…この熱さは一体、何の 嫌がらせだと言うのか。 (…飲めない) この寒空の下で手の中には温かい飲み物。 体は確かにその熱を求めている。 だがそれはこのぶ厚い陶器のお陰で格段に和らげられていたのだ。 思わず零した溜息はカップから立ち昇る湯気と相俟って尚更に白く俺の前に漂った。 …しかしこういう事は俺にしては往々にしてよくある事で、その場に居たのが俺一人なら。 いや、この紅茶を淹れたのが自分自身だったなら良かったのだが。 何の因果か、それとも実は狙われていたのか…。 …俺が今日の任務で向かう先をトラビアガーデンより更に北のヴィンター島だと言った時。 『じゃあ温かい飲み物とか持ってった方が良さそうだな』 あれこれと緊急時に備えた防寒の手段を考えながら慌しく準備していた俺に、先に準備を終えて しまったらしいサイファーが笑いながらそう言った。 あの時は確かにその通りだと思った。 更に珍しい事ながらサイファーは自らそれを準備しておいてくれる事を約束して、現にこうして用意してくれた訳だが。 とにかく、熱い。 体を温めるというよりもむしろ、俺の舌を火傷させる為の温度じゃないだろうかと疑いたくなるほどに熱いのだ…この手の中で暖かな湯気を立てている液体は。 百歩譲って、俺が猫舌だという事実も併せてみてもこの熱さはとにかく尋常じゃない。 ぐらぐら煮えたぎったやかんの中にティーバックを浸して、更にたぎらせ続けたんじゃないだろうかと思うくらいに熱い。 現にいつの間にかやけに大粒になっていた雪でさえ、このカップから立ち昇る湯気に負けて紅茶に辿り着く前に溶けて消えてる。 (飲めないような物を用意してどうするんだよ…積もった雪でも入れろって言うのか?) 取り合えず指先の体温を取り戻すには十分すぎるほどに効力を発揮しただけマシだったが、震えの止まらない体に向かって冷えた空から容赦なく落ちてくる白い悪魔に対抗するにはどうあってもこれを飲んでおきたい所だというのに。 思わず横目で恨みがましく睨みつけた…その先で、俺は更に尋常じゃない光景を目にした。 「…何だよ」 (今、飲んだ?飲んだ、よな?確かに飲んだよな?) 未だにカップの中の紅茶を一度啜ったっきり、一口も飲めずに居る俺の横。 彼が持参したマグマ級の熱量を持つ液体が入ってるポットから、俺の分と一緒に最初にカップに 移しただろう自分の分を既に飲んでしまったらしいサイファーが。 今、正に俺の目の前でそのポットから灼熱の紅茶を再度カップに移して2、3度…それもほんの気休め程度に吹いたかと思うと。 一気に飲んだ。 ごくごくごく…と確かに酷く近い位置に肩を寄せ合って座ってるという事も原因なのだろうが、彼は まるで喉が渇ききっているかのように喉を鳴らして一気に飲み干したのだ。 (嘘だろ…何でこんな熱いものそんな勢いで飲めるんだ?アンタの口の中はどうなってる…?!) 「スコール?」 (信じられない…まさかこの寒さで舌までやられて温度が解らなくなってるとか、そういう事じゃないよな…?) 思わず、その舌で感じる熱の凄まじさを想像してしまい…ブルッと戦慄が走る。 「おい?!」 「気持ち悪い…や、止めろ!揺するな!!」 しかしそんな俺をどう思ったのか、サイファーは酷く怪訝な顔をして人の顔を覗き込んだかと思うと、いきなり肩を痛いくらいに掴んで気分が悪くなるほどに揺すってきた。 思わず叩き倒しそうな勢いでその手を振り解いたが、まだ頭がぐらぐらする。 「お前が虚ろな目してたからだろうが!大丈夫か?起きてるな?」 「ウルサイ!俺は生きてるし、起きてる!」 「なら良いんだが…」 そのぐらぐらする意識に追い討ちをかけるようにサイファーの大声。 はっきり言って気持ち悪さに輪をかけられた感じだ。 だがサイファーの方は俺の答えに安心したらしく、ほぅ…と真っ白な息を吐いて何故かそのまま俺の前に座り込んでしまった。 “心配させんなよ、コンチクショウ” とか何とか呻きながら ガシガシとかき回される金髪の頭が目の前にある。 それがふと顔を上げて、未だに飲まれる事無く放置されてる俺のカップをじっと見たかと思うと。 「何で飲まねぇんだよ」 酷く不満が有るかのような声色で、そう。 余り正面切って見る事のない翠色の鋭い眼差しが今は彼が俺の前でしゃがんでるせいで目の前にあって、更にそれが殊更不満そうにしているのだ。 珍しい光景にふと目を奪われかけていたが…その言葉で我に返った。 (これを飲めって?それは一体何の拷問なんだ…?) 確かにだいぶ時間も経つし、この寒さに幾分か冷えてるだろうこの液体だが…元が元だけにその “幾分か” が一体どのくらいの数値になるのか解らない。 思わず眉間に皺が寄るのも止められない。 だが幾ら俺がこれを “熱い” と主張しても…信じられない事にポットから注ぎ出したばかりのとんでもない熱さの紅茶を一気飲みするこの男の事だ。 理解してくれる筈がない。 「コラ、何でそこで人の顔見て溜息吐くんだ?!」 「アンタには解らない」 「テメェ、話の脈略が全然繋がってねぇだろうが!」 「繋がってても結局アンタには理解出来ない。俺だって理解出来ない」 「ああ、テメェが理解出来ねぇんじゃ仕方ねぇよな?俺が理解出来なくてもな!」 「解れば良いんだ…」 「チクショウ…全然解らねぇ…」 そう呻いてまた頭をガシガシと掻いて蹲るサイファーのキラキラと光を受けて輝く金髪を見ていたら…何か思い当たる事が有ったのか突然跳ねるように顔を上げたかと思うと、俺と俺の手の中の カップを見比べて、自分の脇においてあるポットを眺めてる横顔。 それが ピクッと眉を動かしてこっちを向いたかと思うと。 「そうか、確かにお前には飲めねぇな!」 唐突にそう言い放って後はひたすら笑っている。 妙に腹立たしい。 「くくくくく…忘れてたぜ。そういやぁテメェは周りが驚くほどの猫舌だったな!」 更にそんな風に言われては尚更に腹立たしい。 しかし俺が睨んでるのも何処吹く風でサイファーは笑ってる。 確かに俺は猫舌だ。 熱いものは苦手だし、出来立てで湯気が上がってるような料理や飲み物は必ずといっていいほどに手を付けられずにいるのは事実だ。 だがそれと今回のこれとは訳が違う。 度が過ぎてる。 こんなもの、俺がもし猫舌じゃなかったとしても飲める訳がない。 (くそ…どうして俺が笑われなきゃならないんだ?!) そもそもこんな熱すぎるものをサイファーが用意するのが悪いのであって、更にこれをサイファーが飲めてしまうのが悪いのだ。 俺が笑われる所以などない筈なのに、現実は笑われている。 そうしてひたすらに馬鹿笑いを続けていた筈のサイファーは、気付けば ニヤニヤと何か嫌な予感のする笑いを俺に向けていた。 (言いたい事が有るなら言えよ…) 「それ、冷ましてやろうか?」 「は?何言ってるんだ、そのくらい自分で出来る」 「テメェが必死で フーフーやってるよりは効率いいぜ?どうだ、やってやろうか子猫ちゃん?」 「五月蝿い、誰が子猫だと?!」 「超猫舌のお前」 「変態」 「変態で結構。で?どうする?」 “ん?” と答えを促すように ニヤニヤした笑いのままで俺の返事を待ってるサイファー。 そんなサイファーを睨みながら、彼が言う方法というものを考えあぐねていたのだが…その内、 “サイファーが言う方法とは何か” を考えるよりも “サイファーが言う方法と自分が飲める温度まで吹き冷ますのにかかる労力と時間の効率” の方を考えてしまって。 …結局、俺は首を縦に振ったのだった。 「それよこせ」 そんな俺にサイファーは ニヤッと笑って、俺からカップを奪い。 それを手に俺の横へと移動したかと思うと…こっちを向くなり抱き寄せられて、口付けられた。 俺が驚いて跳ね除けるよりも先に唇の中に流し込まれた生暖かい液体にまた驚いて。 次々に流れ込むそれを飲み込むのが精一杯な俺は…結局そのまま散々好きなだけ貪られるのも 正にされるがままで…。 「っ…は、はぁ…」 「どうだ、すぐ飲めただろ?」 どうにか開放された時には酸欠状態になった時のように頭の芯がぼやけていた。 頭がぼんやりしているから、すぐ返答出来ない。 しかしサイファーはそれをも計算の上だったのか “まだ足りねぇよな?” とか何とか言ったかと思うと、再びカップの中の液体を口に含んでは俺に飲ませて…そのままキスを貪り続けるという事を 繰り返した…。 …そうしてどのくらいの時間が経ったというのだろうか。 散々酸欠状態を味合わされて、ぐらぐらする頭を抱える俺の横。 サイファーは嬉しそうに俺を抱き寄せたまま、鼻歌なんか歌いつつ降り続く雪を眺めている。 「アンタ、狙ってただろう…」 襲い来る頭痛の中でどうにか搾り出した唯一の言葉はそれで。 それに対してサイファーはからかうような声で “さぁな、何の事だ?” とかわして。 「体は暖まった訳だし、お前はこれが飲めた。一石二鳥、ってな」 と、そんな勝手な事をほざいて、また鼻歌を歌い続ける。 辺りは真っ白になるほど降り積もった雪の中。 そんな風に抱き寄せられて触れ合った肩先や腰に回された腕はとても温かかった。 イベントに出そうかどうか迷いながら書き進めたものだったのですが。 結局 間 に 合 わ ず …!! 更にテーマを思いっきり無視してる事から投稿を断念しました。 雪、何処に出て来るんだよ…orz(冒頭と終わりだけ/最悪 ちなみにうちのサイファーは恐ろしい犬舌(熱いもの平気)だったりします。 なのであの紅茶の熱さは本当に誰も飲めない熱さ…。。。 スコール、可哀想に…(笑 |