祭囃子が風に乗って聞こえて来ていた。 初めて君を誘った夏。 日が傾いて、夕闇が辺りを包み始める。 ガーデンを抜けだして待ち合わせの場所にいた僕は約束の時間が近付くにつれ、君が来る道と 腕時計を交互に見つめてはそわそわしていた。 『今度の休みは僕とお祭り、なんてどうかな〜?』 冗談ぽく、そして自然に何気ない振りを装いながら君を誘った午後。 君は子供みたいに笑ってはしゃいでいた。 指折り数えた毎日。 日を追う事に期待と緊張が増していく。 君は擦れ違う度に “今度の休みが楽しみやね〜!” と笑っていた。 祭囃子が早くおいでと呼んでいる。 これから祭りに向かう流れの中のカップルや家族連れの人達の顔には笑顔が溢れていた。 「おまたせ〜!」 そんな風に壁に寄り掛かって流れる人達の姿を追っていた時。 僕が待ち侘びていた人の声がして、顔を上げるとこっちに手を振って駆け寄って来る姿。 空色の生地に大きな黄色の向日葵が揺れている。 手にした濃紺の巾着と赤い鼻緒の下駄を履いて。 軽く結われた髪と唇に淡く掃かれた紅がまるで彼女を別人のように見せていた。 「遅くなってもうてゴメンな。待った?」 「ぁ…ううん、僕も今来た所だから大丈夫だよ〜」 駆け寄って来る姿に見取れていた…という事実に気付いたのはそんな風に声を掛けられたから。 思わずじっと見つめてしまっていた僕を彼女はどう思ったのか。 「ずーっと前に衝動買いしてもうてん。せやけどなかなか着る機会あらへんやろ?折角やからキスティに手伝って貰ろうて着てみたんやけど…似合わへん?」 そんな風に説明しながら少しだけ不安そうに尋ねてきた。 「そんな事ないよ〜凄く似合ってる!」 「ホンマ?」 「うん」 「ありがと〜!」 「じゃあ…行こうか」 普段の姿とは違う君が眩しくて。 ドキドキしながら…そっと手を差し出した。 「うん!」 笑顔で頷いた君が僕の手を握る。 そうして僕等は目の前を流れていく人達の中に紛れるようにして、祭囃子に誘われるがままに歩き始めた。 祭の会場に近づくにつれて提灯や路肩に並ぶ屋台の明かりが眩しいほどに溢れ出す。 「あ〜わたあめや!なぁなぁ買うていこ?」 楽しそうな君のいつもとは違う笑顔にドキドキしてる僕。 わたあめ、ヨーヨー釣り、イカ焼き、金魚掬い。 射的で苦戦してる君が狙っていたぬいぐるみを取って上げたら子供みたいに喜んだ。 前からやってきた神事の行列に見惚れて…手からすり抜けて飛んでいった風船。 夜空へ吸い込まれるように消えていったそれが合図になったように撃ち上がった花火にはしゃいだ君を連れて、途中でラムネを買って。 よく見える場所で腰を下ろして二人で見上げた花火。 するすると昇っては夜空に大輪の花を咲かせるそれを見て、手を叩いて喜んでる君の横顔。 花火が撃ち上がる度に一瞬だけ浮かび上がるその横顔が…とても綺麗で。 「セルフィ…」 君の名を呼ぶ声が不自然に震える。 笑顔のままでこっちを見た君の表情が ふっ…と笑顔を消した。 ドンッ!と一際大きな花火が上がったような音と共に鮮やかな閃光が僕らを照らす。 少しだけ俯いた君がゆっくりと顔を上げて…目を閉じる。 鼓動が有り得ないほどに高鳴って体が震えていた。 知らずと力の篭っていた手をゆっくりと離して、君の小さな肩をそっと抱いて…。 …そして僕達は初めてのキスをした。 それから僕達は互いに照れたように笑い合って、暫くはそのまま綺麗な花火を見ていたんだけど。 「あ…ちょい動かんといて」 不意に言われて、それが何を意味するのかと頭が理解する前に君の細い指が僕の唇に触れて…何かを拭っていく。 「何?」 「うちの口紅移ってもうたんや…せやから」 それは僕らがした事を改めて実感させるような痕。 恥ずかしそうに俯いた君の横顔がまた花火に浮かび上がった。 「別にいいのに」 「…この位なら慣れてるんや?」 「違うよ〜…セフィのだからね。いいんだ」 また恥ずかしそうに俯いた君。 小さな声で “そないな事よう言えんわ” と呟く声がまた愛しく思えた。 帰り道は二人で1つだけ買ったかき氷を分け合いながらすっかり暗くなった事も気にせずに歩いた。 君の手には小さな赤い金魚が2匹。 僕は “皆へのお土産” と言って君が買い込んだ幾つもの袋を提げて。 後ろへと遠ざかる祭囃子。 繋いだ手がいつまでも離せなかった事を覚えてる─── 「───おまたせ〜!」 今年もまた祭りの季節がやってきて。 そして僕らはまた手を繋いで、祭囃子と提灯に誘われるように。 思い出の上にまた新たな思い出を重ねていく。 …脳ミソが茹で上がっております。 茹で上がった脳ミソでどうにか涼しげな作品を…とこね回してる内にこんな事に…(泳目 結局、気温上昇に一役買ってしまった模様orz |