『 独り言 』





俺がサイファーと公然的な名目を置いた同棲を始めてからもうすぐ1週間が経とうとしていた。
確かに俺達は所謂 “恋人同士” と言う分類に分けられる交流を続けている。
最初こそは 『同性同士でその分類に分けられるのはどうなのか』 を散々考えた事も有るのだが、幾ら考えてみてもそれ以上の最適な分類は思い当たらなく。
ましてや新しいカテゴリを作り出そうと言う気分には勿論ならなかった。
いや、今はそういう事を言いたいわけじゃない。

…確かに俺達は所謂 “恋人同士” と言う分類に分けられる交流を続けている。
しかしこんな風に公私共に、ほぼ1日中顔を突き合わせる生活を任務以外でした事がなかったんだ。
サイファーは仕事や任務に関してはほぼ完璧を突き通す奴で、それは俺よりも用意周到に事を進めていく男だと思っていたし、事実そうだった。
だがそれはあくまでも仕事や任務に関して、だけだった。
私生活に関してはあの仕事ぶりを見ていただけに…正直失望するレベル。

具体的な例を挙げるならば、例えば着替え。
当たり前だと思うが人は毎日着替えをする。
そのタイミングが人それぞれだと言う事は重々承知の上なのだが、サイファーは違う。
あの男は平気で2、3日同じ服を着用するんだ。
まぁコートは解らなくもない。
流石に下着はちゃんと取り替えているようだから、インナーとパンツも着替えるべきだと俺は思う。
しかし任務に当たっている最中のような非常事態ではない、平穏な日常生活を送っている時でもあの男は昨日のそれのまま。
臭いを嗅いで “まだ大丈夫” と呟いてる後姿は幻滅する。

俺の不服はそれだけじゃない。

ゴミをゴミ箱にすぐ入れる習慣が無く、すぐ近場に置いて溜める。
紙屑に限っては手でゴミ箱に入れるという事をせず、ゴミ箱目掛けて投げる。
そうして入れば良いのだが、外して床に転がってもそのまま。
食後のコーヒーを飲んだカップが翌朝にあるのは目を瞑るとしても、それが1日の仕事が終了して帰宅した俺を待っていた日にはもう言葉にならない。
更には自分にやる事が無いと、俺が仕事を部屋に持ち帰っていてもお構いなしにやたらと絡んでくる。
そうして散々人の邪魔をしておきながら、やっとの思いで終わらせた仕事に一息吐いて。
邪険にしてしまった事を少し後悔しながらサイファーの姿を探しても見当たらなくて。
まさか…と覗いた寝室のベッドの上で大の字に寝ている姿を見た日には思わず枕で叩き起こしたくらいだ。

とにかく挙げれば本当にキリ無く挙がってくる事だらけで、考えるだけで頭が痛くなる。
そんな我慢は3日目までが限界で、同棲開始4日目にして俺達は喧々轟々の大喧嘩が勃発。
散々言い争ってもお互いの意見は合間見える事なく、ついにはサイファーが部屋を出て行く事で小休止を迎えた始末だ。

その夜、俺は久々の一人部屋を満喫した。
しかし夜中にふと目が覚めた時、隣にある筈の温もりを無意識に探していた自分に気付いて。
何だか酷くだるい気がする体を無理矢理起こして迎えた朝。
まるでそれがずっと続いていたかのような気がする目覚めのコーヒーも。
身支度を終えた俺を待ち構えるようにダイニングに並んだ朝食も。
“おはよう” “いただきます” “ご馳走様” “いってきます”
そんな風に声を揃えた僅かな言葉もない。
たった3日間一緒に暮らしただけなのに、その3日間の内に馴染んでしまっていた。

傍に居ればその行動や態度や言動にイライラしていたのに。
傍に居なくなればその姿も動作も声も恋しい。

こうして一度離れてみて、冷静になった頭で考えてみれば色々なものが見えてくる。
思えばサイファーは俺にアレコレ気を使ってくれていたのだろう。
言い合いの最中も着替えとゴミの件は渋々と言った感じで “気を付ける” と了承していた。
…にも拘らず、持ち帰った仕事の邪魔に関しては謝る事も受諾する事もしなかったのは。
それが俺にとって良かれと思ってやった事だと自負していたからじゃないだろうか?
対して俺はどうなのかと省みてみれば、この3日間の同棲生活だけじゃなくそれ以前でもサイファーに気を使ってみた事すらない気がする。
そもそも気を使おうなんて事を考えた事すらなかった。
サイファーにばかり要望を押し付けて自分は何もしないなんて。
まるで任務と変わらない、依頼人とSeeDの関係だ。

そんな関係を俺は “俺の恋人” と言う肩書きを持つサイファーに強いようとしていた。

その事実に漸く気付いて、一人で青褪めて。
ハッと我に返ってみた時計がもうじき始業時間を迎える事を示していた事実にも併せて青褪めて。
…結局取る物も取らず、何も考えないままにサイファーが居る指揮官室に辿り着いてしまった。
慣れた体が勝手にカードキーを通して、ロックNo.を押してしまって。
当たり前に開いた扉の向こう側で、既に事情を知っているのか知らないのか… “今日は遅いのね” と呆れるように笑ったキスティスと。
その向こうで黙ったまま視線だけで俺を一瞥したサイファーがまた何も無かったかのように画面を見るのを目撃してしまった。
体が凍りついたように上手く動かないのを無理に動かし、ギクシャクと二人の前を通過して。
二人の横顔が見れる自分の席に辿り着いた時にはもう消えてしまいたい気分に陥っていた。

静まり返った指揮官室には黙々と作業を続ける二人が起こす音だけが響いてる。

普段と何ら変わりのないそれが、今日に限ってはまるで俺を責めているかのようにすら思えた。
私情に何があろうとも、仕事は仕事としてやらなければならないのは俺も解っている。
溜息で冷え切ってしまった胸の内を一先ずデスクの上に転がして、落ち込んでいる暇はないと言わんばかりに積まれた書類に手を伸ばして目を通す作業を始めてみる。
だがそれも落ち込んでしまった気分を持ち上げてくれる事は無く。
ましてや件のサイファーが一言も言葉を発する事無く、ひたすらに黙々と作業を続けている事が逆に気になってしょうがない。
いや、それが普段の光景と何ら変わりがないものなのだが…昨日の今日なのに何も無いような態度で当たり前に作業しているのが俺には気になってしょうがないのだ。
いっそこの場でまた昨日のように怒鳴り散らし始めてくれたらどんなに良いか解らない。
…そんな針の筵の上にいるかのような時間は、だがしかし黙っていても刻々と過ぎていたらしい。

「スコール?」

唐突に耳に飛び込んできたキスティスの声に思わず声を上げてしまいそうになった。
どうにか声は噛み殺す事が出来たものの、表情に出てしまうのは抑えられなかったらしい。

「声かけただけなのに失礼ねぇ。私達は昼食済ませてきたから貴方もいい加減いってらっしゃい」

怪訝な表情に僅かな笑みを浮かべて、急き立てられるように追い出されてしまったらもう戻る訳にも行かず。
結局そのまま味気の無い昼食を取る事になり。
またあの場所に帰らなければならない事実に深い溜息が零れた。
トボトボと辿り着いた食堂で、取り合えず頼んだ食事はなかなか喉を通らない。
それでもほぼ無理矢理な感じでどうにか胃の中に収めてしまって、来る時よりも重い足取りで指揮官室に戻る為の道程を人とぶつからない程度の前方の床を眺めながら歩く。
その間に考えていたのは “サイファーにどう謝るか” だ。
“昨日は悪かった” “今まで済まない” “ごめんなさい”
そんな言葉をぐるぐると心の中で巡らせてはみるものの、果たしてそれが当人を目の前にした時に素直に喉の奥から出てきてくれるかが最大の問題だ。

サイファーからも事ある毎に言われてるように、とにかく俺は素直になれない。

頭では自分が悪かったとか解っていても謝罪の言葉がすんなりと口から出て来た事がないんだ。
これは相当な悪癖だと思う。
しかし長年コレで突き通してきてしまったが故に、今更どうやって直すのかすら解らないのも事実。
だが今回の件はとにかく俺も悪い。
共同生活を営む上での暗黙のルールを無視していたのだから。
まずその旨を説明して謝罪して…互いに譲れない話はそこからが正しいに決まっている。
だからと言って指揮官室に戻るなり、仕事もせずに経緯を説明して謝罪するのも何か違う気がする。
でも仕事の後…となれば勿論サイファーはまた昨日の夜のようにどこかへ行ってしまうのだろうし、サイファーがすぐ仕事を終えて出て行かないように無駄に仕事を押し付けるのも気が引ける。
更にその時に俺が訳もなく指揮官室に残るのも可笑しい話だ。

「おい、何そんな所で動かなくなってるんだ」

様々な思考が入り乱れている頭の上から不意に耳慣れた声に、しかし今一番耳にすると辛い声に呼びかけられて我に返ると…思慮しながら歩いているつもりだった足は指揮官室の前に辿り着いた所で停止していて。
そんな風に俺が扉の前で立ち尽くしている様は、どうやら監視カメラの映像を通して中に居る二人に見られていたらしい。
まだ上手く手順が決まっていない所への奇襲攻撃のようなそれは、勿論予期していなかっただけにサイファーの顔も見れないし、どう返答して良いかすら解らない。
ひたすら床を見ながら白飛びしかけた思考を必死で巡らせ始めた頭の上。

「後で話がある。とにかく今は中に入れ」

ぽとりと落とされるようにそう告げたサイファーは、そのまま踵を返して先に部屋の中に入っていき。
どういう事かを咄嗟に理解出来なかった俺は、とにかくその言葉に従って室内へと立ち戻る。
そうしてまた午前と同じ、どこか重さのある空気の中で仕事をするという状況になり。
俺もまた午前と同じく、しかし先程聞かされたサイファーの話の内容をアレコレ想像して更に仕事が進まない。
やがて空高く昇っていた日が少しずつ傾くに連れ、次第に辺りが薄暗くなっていくのに併せるかのように俺の思考もまたどんどんと薄暗いものへと移行していくのを止められない。
そうして判決を言い渡される直前の死刑囚のような気分を抱えたまま、終了のチャイムが鳴り響いた。

「んー…疲れた。それじゃあお先に、また明日ね」

それを合図にしたキスティスがずっと掛けていた眼鏡を外して大きく伸びをして。
これから起こるだろう修羅場を察知したかのような勢いで荷物をまとめ、いそいそと部屋を出て行ってしまった。
後に残された俺達は依然、無言のまま。
階下から上がってくるのだろうか、生徒達の明るい声が静かな室内にも入り込んでくる。
無言の俺達と、騒がしいガーデンの中。
そのギャップがまた俺を静かに追い詰めているようで息苦しさすら覚えていた。
サイファーが別れを切り出す前に言わなければ本当にこのまま終わりになるという焦りだけが募って…。

「スコール」
「別れてなんかやらないからなっ!!」

いよいよ呼びかけられた時、咄嗟に出た言葉がそれだった。
俺にすれば散々考えて、考えて、考え抜いた結果がそれで。
とにかく何が何でもサイファーを引き止めてから、話をしようという結論に至ったのだが。
言われた当のサイファーは面食らった顔のままでまじまじと俺を見つめ。
目を逸らしたら負けてしまう気がした俺はサイファーを睨み付けたままでいた。
じりじりと焦げる様な緊張感が俺を支配していたのだが…それはどうやら俺だけの話だったらしい。

一瞬だけ泣き出してしまいそうな表情を浮かべたサイファーが、次には声を上げて笑った。

さも可笑しい、と言いたげなその笑い声が何を示しているのかが理解出来ず…今度はこっちが面食らわせられる番になり。
余りにも笑われ続けるものだから、段々気分が悪くなる。
そうして散々笑われてた俺が不機嫌になっているのを漸く察したのか “悪ィ悪ィ” と涙目で謝られる。
思い描いていた修羅場は何だかあべこべの状況で。
訳が解らないが何だか肩の力が抜けてしまった。

「…昨日は一方的に責めて悪かった」
「漸く解ったのかよ…まぁいい。俺も悪かったし、これであいこだ」

そのお陰でどうにか一番言わなければならなかった言葉を口にする事が出来。
殊更柔らかい笑顔を浮かべたサイファーがそんな風に返してしまえばもう解決したも同然だ。
後に残る互いの要望は部屋に戻ってからゆっくり話し合う事を約束して、二人で指揮官室を後にして。
道中 “お前は強情で困る” だの “考え過ぎる” だの…色々と耳の痛い言葉を笑いを滲ませた声で言われるのを聞きながら部屋まで辿り着いて。
馴染んだ感じでカードキーを通したサイファーの手付きを眺め、すぐに開いた扉の中に促されて暗い室内に足を踏み入れて。
もう一つだけどうしても言いたくなった言葉でこの事の顛末が、後は反省会をするだけで良いのかを確認する。

「おかえり、サイファー」

答えは少しだけの驚きを浮かべた嬉しそうな声での “ただいま” が物語っていた。





† Fin †




---あとがき---

02/11〜03/31にかけて行われたWebイベント『CeremoniA』のお題企画に投稿させて頂いた作品でした。
まぁ簡単に言うなら 痴話喧嘩 DE サイスコ。
ひたすらぐだぐだとスコールの脳内を並べた、結構うっとおしい感じに仕上げてみました。
台詞が挟まらないと色々と大変だなぁ、と思った次第です。



writing:09'.Mar.19



topnovel topnovel menu

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル