『あんたの声が聞きたい』 不意に訪れたその感情は突然沸き出して…一度意識すると意外としつこく胸に残って。 (俺…どうしたって言うんだ…) 考えてみても理由はない。 ただ声が聞きたい。 胸の鼓動に急かされる様に受話器を持ち上げてルームNoをコールしてみる。 (アイツが部屋に大人しく居る訳がないよな…) それでも声を聞くまでは収まらないだろう。 3回…4回…5回。 溜息。 (やっぱり居ない、か…) 判ってた事なのに苦しい。 耳に当てていた受話器を下ろして溜息を闇の中に溢した。 『誰だ?』 離れてても判る通りの良い低音が手の中からいきなり問いかけて。 体が思わずビクリと跳ねる。 戻しかけた受話器を耳に押し当て、そっと呼吸を整えて目を閉じる。 「あんた、居たのか」 『お前か…俺の部屋に俺が居るのは当たり前だろ。妙な事言うんじゃねぇ』 喉の奥で噛み殺す様な笑い。 耳元で囁く様な声。 傍に居る様に息遣いさえ伝わる。 『何の用だ?』 「…別に」 そう問われて漸く今、自分のしてる事に気付いてしまった。 正直に答えるのも恥ずかしい。 “ただ声が聞きたかった”だなんて子供みたいな事…言える訳がない。 『眠れねぇから子守歌でも歌えって言うんじゃねぇだろうな?』 からかう様にそう尋ねて来た声。 耳に伝わるその思うよりも案外優しい響きが好きだ。 「まさか」 『…声が上擦ってるぜ?図星だろ』 自分でも気付かない些細な変化に気付かれて、鼓動が跳ねる。 俺は何も言えずに黙ったまま次の言葉を待った。 (何か言っててくれ、サイファー…) 『解った』 俺の願いと静かな時間を切り裂いた声は次の瞬間 プーップーッ と言う無機質な響きに変わって。 途切れた電話に溜息を吐いて受話器を戻し、ベットに横になって…体を抱えた。 「どうしてこんなに苦しいんだ?」 自分に尋ねる様に小さく声に出してみる。 繋がりが途切れてしまったようなそんな空しさと苦しさ。 (息が、出来ない…) 暗闇に飲まれそうになりながらベッドの上で蹲る。 不意に ゴッ と扉を叩く鈍い音が1回。 『開けろ』 扉の向こう側からの声にまた鼓動が騒ぎ出す。 逸る気持ちを押さえて、扉の前に立った。 「何の用だ?」 一呼吸置いてさっき言われたセリフを真似て、動揺を押し隠す。 『子守歌は歌わねぇが話ぐらいは付き合ってやるぜ?』 冗談の様な声。 でもそれが冗談じゃないのは解ってる。 『わざわざ来てやったのに電話は良くて中には入れねぇのか?』 優しい響きが低く扉越しに囁かれた。 (可笑しくなりそうだ…) 手が震えてる。 それでもどうにかキーを打つと ピッ とロックが外れる音がして扉が開いた。 「よぉ」 待ち侘びる様に腰に手を当てて立っていた姿がオレを見付けて軽く手を上げて笑顔になる。 「ああ」 照れ臭くて堪らないのを隠す為に少し俯き、わざとぶっきらぼうに返すと笑う息遣い。 「つれねぇ奴だな…逢いたくて電話して来たクセに」 「……」 固まったままの俺の横を擦り抜けてベットに腰を下ろす音。 少しだけ残った残り香が焦っているらしい胸の奥を揺さぶっていく。 全身が熱くて、麻痺してるみたいな。 走って逃げ出したいのか、それとも蹲ってしまいたいのか。 自分でも一体何がしたいのか良く解らないまま立ち尽くし…背後に居る気配の動きに捕らわれている。 代わりの様に今まで抱えていた苦しさはいつの間にか全て吹き飛んでいた。 ギッとベットが鳴った事で少しだけ顔を傾けて横目で様子を伺おうとした俺の脇から伸びてきた腕。 コートの腕が俺を包み込む。 背中が熱いくらいに温かい。 それがどちらの熱なのかもう分からないまま、髪にかかる息遣いを感じて尚更に動けなくなる。 「逢いたかったか?」 後ろから囁かれる穏やかな声。 そっと目を伏せると震える唇を舐めて“ああ”と返した。 好きだとか、愛してるとか…。 容易く言葉に出来ない俺はそのもどかしい気持ちをどうにか伝えたくて。 回された腕に少しだけ手を重ねる。 伝わってくれ、と願いながら。 胸に縫い付ける様に抱き締めていた腕がより強く、深く俺を抱き込む。 無言のままで二人動かずにそうして居るだけで、言葉よりも直接的に伝わってくる想い。 「好きだ」 不意に言われて泣きそうな気分になった。 (どうしてあんたはそうやっていつも…俺が望むものをくれるんだ?) 嬉しくて、壊れそうになる。 苦しくて、潰れそうになる。 震えて止まらない唇を宥める様にもう一度舐めて、浅くなっている呼吸を整える為に深く息を吸う。 いつも真っ直ぐに伝えてくれる思いに答える為に。 「好きだ」 闇に紛れる様に絞り出して小さく答える。 受け取った腕が俺を苦しくなるくらいに抱き締める。 †END† 携帯サイトの方にUPしていたものを部分的に改稿してUPしてみました。 つーかこの甘ったるさは何なんでしょ…?(聞くな 夏の熱さで腐るだけじゃ足りず、一部発酵していた模様(縛 かぐわしい芳香をお楽しみ下さい(←何かイヤだ。滅) Manuscript change:H15.08.15 |