─── あの後、結局一度引く事にした俺は…それでも何故か諦めきれずにいた。 そうして連日、仕事の合間を縫って過去に有った事故や事件を洗いざらい調べている。 サイファーの抱えている傷が列車に纏わるとは限らない。 もしかすると事件にもならなかったような小さなものの可能性もあるし、逆に大きすぎてもみ消されてる場合だって有り得る。 だったらこんな事をしている事自体が無駄で、意味のないものなのかもしれない。 それでも…。 (それでもアンタの事くらいは知っていたいんだ…こんな気持ち、知らなかった) 例えそれが相手を傷つけると解っていても、知りたかった。 出来れば…彼がそうするように俺にもその重さを分けて欲しかった。 それがただのエゴだとしても、そうしたくて堪らないと言う気持ちが抑えきれなくて…俺はこうして 無駄かもしれないものに時間を割いている。 「スコール、今は良いですか?」 「はい。今、開けます」 そんな風にして今日もまた一人指揮官室に篭っては過去の資料を漁っていた時。 唐突に鳴らされたインターフォンからこの部屋には酷く珍しくイデアの声が響いた。 何の用かと思いながらも扉のロックを解除して、目の前の画面に映し出される資料を端から必死になって追っていた視線を上げれば、開かれた扉から入ってきた懐かしい記憶の頃から変わらない たおやかな笑顔で俺を見ているイデアがいる。 「スコール、少し話が有ります。長い話になりますので宜しければ向こうのテーブルで」 「はい」 そうして促してきたイデアに従い、向かいに腰を下ろせば…入ってきた時には笑顔だった筈の表情が曇っている事に気付いた。 「用件は」 「…サイファーの事です。貴方はもう知っているかも知れないけれど、最近のあの子はらしくも無く 精彩に欠けた顔で…その様はまるで宛てもなく彷徨う亡霊のように見えます。傍から見ているこちらの方が心苦しいのです」 「…」 「彼に何が有ったのか、教えてくださいますね?」 「…はい」 …そして俺は多分この人も聞いているだろう4ヶ月以上前の任務で起こった事件の詳細を話し。 その時の取り乱した彼の様子や、後日仮眠室で魘されていたと言う事実。 その後も魘されているらしい事を耳に挟んだ事…。 俺達の間で起こった揉め事以外はおよそ全て話しながら、ふっと自嘲の溜息を漏らす。 (そうだ。俺はこのくらいしか知らない) 俺はアイツに関して、誰でも知りうる事が出来るだろう範囲の事しか知らない。 むしろ風神や雷神の方がサイファーの事を知っているのではないだろうかとさえ思えるほどに。 「…他にサイファーから何か聞いてる事は有りませんか?彼が石の家に来た理由などは…何も?」 「何も…」 「そうですか…」 それまで黙って話を聞いていたイデアは、俺が溜息を零したのを合図にしたかのように切り出し、 それに対して俺が短く返答を返しながら首を振ると何かを思うような仕草と共に小さく溜息を零した。 「この話は他の人に話した事はないのですが…」 暫しの沈黙が俺達を包んで。 …もうじき夕暮れが訪れようとしている指揮官室にイデアの抑えた声が静かに響いた。 いつの間にか俯けてしまっていた顔を上げるとそこにはいつもの優しい笑顔を消して、真摯な眼差しを向けてくる双眸が俺を見詰めている。 「スコール、私は貴方をガーデンの指揮官として…いいえ。貴方を彼の友人だと見込んで、これから彼について私が知りうる限りの事をお話しようと思っています」 「…」 「ですが、話す前に私から一つだけお願いが有ります。貴方が今から知る事は決してサイファーに気付かれないように。苦しんでも尚、彼はそこから立ち上がる術を知っているのですから」 言われた言葉の意味も解らぬまま、SeeDの教訓に身体の芯まで慣らされた俺はただ頷いて。 頷き返してきたイデアは静かに口を開いた─── ─── それは俺とサイファーが石の家で出会う前。 シド学園長とイデアが二人揃ってあの家で子供達の世話を焼いていた頃の事。 まだ僅かながらセントラにも人々が暮らす小さな集落があり、そしてそこにはエスタの名もガルバ ディアの名も遠い国の事だった時の事。 その日は前日からこの暖かいセントラにも珍しく雪が舞い落ちていた。 深々と空から降り注ぐその小さな白に子供達ははしゃぎ、その姿にイデアもシドも笑顔を浮かべながら談笑をしていたのだと言う。 そんな1日がもうじき終わろうとしていた時刻。 唐突に起こった地震に慌て、取るものも取らずに子供達共々と二人は石の家を飛び出した。 その時イデアは見たのだという。 真っ暗な闇の中で聳えるように立つ異形のものの姿を。 そしてその足元が真っ赤な紅蓮の炎の渦に包まれていると言う事も。 脅える子供達を宥めて室内に戻ったイデアはシドと話し、そして翌日シドは火の手が上がっていた場所へと一人向かったそうだ。 …失意の内に帰ってきたシドを出迎えたイデアが見たのは、彼の傍らに立つ覇気の無い瞳で どこか遠くを見たままの金髪の少年。 年の頃、5つほどの少年はただ黙ったまま暗い眼差しで己の中に閉じ 篭っているかのよう。 『村は殆ど壊滅状態だったよ…生きていたのはごく僅か。彼もその一人なのだが…昨日のあの事で母親を亡くしたそうだ。父親も村を襲った者達に連れて行かれて、物陰に隠れていた彼だけが残されたのだと、村の人がね』 そんな風に説明するシドの声を聞きながらイデアは少年を見ていた。 そうして彼の視線に合わせるように腰を下ろすと静かに語りかけてみる。 『貴方の名前は?』 『ダメだよ。彼は口を利かないんだ』 そんなイデアの様子を見詰めながら口を挟んだシドが少年に聞かれないようにこっそりと打ち明けたのは、少年が味わうには余りにも残酷な運命。 『生き残った村人に聞いたのだが、騒ぎに両親が庇って彼を隠した所へ残虐者達がやってきてね…村の自警団長をしていた彼の父親は連れ去られ、 抵抗した母親は彼の目の前で…』 『そんな…!』 『…だから彼がこの先僕らと会話をしてくれるようになるかどうかは解らない。だが僕は彼を僕達の新しい息子として受け入れたいんだよ。悲しい思い出は包んでしまえるならその方がいい───』 ─── そうしてサイファーは俺達よりも一足早く石の家の住人となった。 (サイファー…) 「彼の心には未だに癒える事を知らない深い傷が有ります。それは今でも些細なきっかけで呼び 起こされてしまうほど鮮やかに焼きついたまま…。それでも彼が虚勢を張るのはそうしなければ 立っていられないから。そこまでして彼が立ち続けようとするのは…もうこれ以上大切な人を失い たくないからでしょうね」 辺りはすっかり闇に包まれ、オートセンサーで灯される人工の明かりの下。 俺はただ何も言えずに項垂れていた。 「スコール。何かの拍子に躓いて、立ち上がれずにいる者へ手を差し伸べるのは素晴らしい事では有りますが、それは優しさでは有りません。それは差し伸べられる側にとって時にただの偽善になってしまうのよ…解りますか?」 「…は、い…」 「彼は貴方に助けを求めたかしら?」 「…いえ」 俺が知らなかったサイファーの過去の記憶。 だがそれまではイデアが何故こんな事を俺に話すのか解らずに居た。 いや、頭のどこかでは感づいていたのかもしれない。 …イデアは知っていたのだ。 俺がサイファーの過去を調べていると言う事を。 風神と雷神は知っていて、俺は知らないサイファーの過去。 アイツの恋人の筈の俺は友人としての彼らにさえ負けているような気がして、ただそれだけの事で躍起に なっていた。 「だったら貴方はただ彼の力を信じて、いつか立ち上がってくるのを待つだけで良いのですよ。彼は私達の力も借りずに自分の力で立ち上がったのですから」 ハッとして顔を上げた視線の先でイデアは静かに、それでいて悲しそうに笑いながら頷いた。 信じ続ける事も一つの力だという事を静かに告げるように─── ─── そんな話をイデアから聞いて既に何年かの時が経ち。 その後、彼女が言っていたようにサイファーはいつの間にか一人で立ち上がっていた。 そうして今まで俺はこの秘密を誰にも言わずに過している。 いつの日かサイファー自身が昔話の一つとして、痛みを感じながらも話してくれる日を望みながら。 今日も朝から雪が舞い、大地を真白に染め上げて。 その光景がサイファーの忌まわしい思い出を無理矢理に引き出し。 そうして今夜も…彼は眠れぬ夜を紡ぎ上げる睦言の甘さに紛れさせて過そうとするだろう。 サイファーは今でも…雪が、嫌いだ。 思っていたよりも長くなりました; 本来なら去年有った某冬のイベントに出すつもりだったりするのですが。 余りにも “内容が重い・暗い・設定がオリジナル” と言う事から出品を断念して… その後のスランプの為、完成させる事叶わず今に至りました。 ちなみに現在もスランプ中です(真顔/オイ と言うかうちのサイファーは実は色んなトラウマを持っていて、一人の時はうじうじしてる事も有るんですよね…かっこ悪くてすみません;orz |