『夏休み』




「夏休み…ですか?」
「ええ。さすがに君達全員を同時にというのは厳しいのですが…7月の第3週から8月末にかけて、2名毎に2週間ずつの連休を取って貰おうかと思ってるんですよ」





6月の或る日。
連日続く雨と仕事に少なからずウンザリしていた俺を含む、いつもの面々が戦場のような食堂にてどうにか無事昼食を取り終えた直後…校内放送でいきなり学園長室に呼び出された。
そうしてほぼ強制的に取らされる事になった夏休み。
俺が指揮官になって取る初めての夏休みをどうにか平穏無事に過そうなんて事は…後で考えてみると最初から有得なかったんだ───















─── 8月の第3週。
俺はガーデン遠くを離れたエスタに向かうラグナロクの中に居た。
誰にいつ聞いたのか、俺が夏休みだと言う事を知ったラグナが “エスタに来ないか?” と招き、俺はどういう風の吹き回しかそれに了承して。
…多分俺も覚えてる限りでは初めての夏休みに少なからず浮かれていたのかも知れなかった。



そんな経過を間に挟んだが故に俺は今、ラグナロクに乗ってエスタに向かっている訳だが。

「何渋い顔してんだ。眉間の皺がまた増えるぜ?」

コックピットのドアが開いて重い靴音が近づいて来たと思ったら、顔を覗き込むようにしてそんな風にからかわれた。
指揮官である俺には貴重で初体験に等しい “夏休み” だったとしても、風紀委員長と言う席は有るものの…結局の所は 『一般生徒』 のサイファーには極々普通に訪れるものであって。
更に言うならばサイファーは飽きていたのだ。
何も起きない平和かつ平凡な夏休みと言うものに。



『珍しいな、テメェが大荷物持って出かけるってのはよ?』



まるでそこで俺を待っていたんじゃないかと思うほど、俺が部屋を出た途端にそう声を掛けられて。
平穏な夏休みの為にも無視しようと決めた俺は黙ってサイファーの前を通り過ぎようとしたのだが。

『無視するな。お前も今日から夏休みなんだってな?それもテメェには珍しく荷物持ってこんな時間からどこかに出かけようとしてる。更にデッキにはラグナロク、か』
(だから何だって言うんだ)
『よし、俺も連れて行け。ガーデンで腐ってるよりはよっぽど面白い事が有りそうだ』
『断る』
『チッ…そう言うと思ったぜ。だがな、テメェだけ楽しい夏休みを過ごさせてたまるか』
『煩いな…あんたはあんたで好きにすればいいだろ。俺には関係ない』
『へぇ、なるほど。じゃあお言葉に甘えて好きにさせて貰うとするか。良いか、後であれこれ文句言うんじゃねぇぞ?』
(誰が文句なんか言うか…勝手にしてろ)





そんなやり取りと自分勝手な解釈を以って何故か同行してきたサイファー。
更にサイファーからは先に “後で文句を言うな” とまで釘を刺されたせいで…この現状についての苦情をいう事すら儘ならないまま、男二人でぼんやりとエスタまでの空の旅をする羽目になったのだった。










そんな事が有りながらもどうにか無事に昼下がりのエスタに着いた時 “ラグナは今手が離せない” と言う伝言を持った警備兵に案内されて今回の休暇の間の拠点として使用する予定のホテルに案内された。
ここで最初の問題が発生する。
ごく当たり前の事の様に俺の後をついてきたサイファーは何故か俺と同じ部屋に通されたんだ。
それもごく当たり前の事のように。
抗議した俺に警備兵は “大統領から指示された通りです” とだけ答えてさっさと通常の任務へと戻って行ってしまったのだ。
その後、あれこれと対策を採ってみたものの…見事に玉砕。
更にその後の擦った揉んだの口論のせいで、俺の本来の予定としてはホテルのディナーをゆっくりと取る予定だった筈が…二人とも空腹のまま寝入ってしまうなんて失態をやらかした。



こんな始まり方をした俺の夏休み。
ろくな事が起こる訳が無かった───















翌日、どうにか時間が取れたと言うラグナからの連絡を受けて大統領官邸に向かった俺達は約束の時間までに簡単な昼食を取り、一路大統領官邸を目指してエアリフターを乗り継ぐ。

「所でお前、大統領に会ってどうするんだ?」

もうじき大統領官邸前に着く…という時。
不意にそんな風に尋ねられ、エスタ現大統領のラグナが…未だに納得できない部分も有ったりはするが一応、俺の父親だと言う事をサイファーは知らないのだと言う事実を思い出した。

「話すだけだ」
「へぇ、大統領とねぇ…。俺、パス。テメェらは勝手に小難しい話してろ」
「何言ってるんだ、アンタも連れて行くともう先方には伝えてある。それに仕事の話は一切しない。 そういう約束だ」
「は?マジでお前、大統領と雑談しに行くのか?」
「そうだ。…大統領と言っても結局は俺の親らしいからな」
「ああ、お前の親な。だから雑談な訳か…親?!」

その時のサイファーの表情は後にも先にもそうそう見れるものじゃないだろう。
…そんな風にあれこれと会話しながら着いた大統領官邸の大統領との謁見に使われる部屋の横。
普段はラグナとの謁見に来るVIP達が順番を待つ為に有るのだろう…広い室内に通されて二人何気なく並んで座って、出されたコーヒーに口を付けていた時に室内に入ってきたラグナは相変わらずの軽い口調で…驚くほどに変わらない。

「お、こっちが朝言ってた “お友達” のサイファー君か。俺、ラグナ・レウァールな。ちーっと訳有って大統領なんかやっちまってっけど一応スコールの父さんなんだぞー?宜しくな!」

本来ならこっちから紹介しなければならなかったのだが、サイファーと俺との関係をどう表現すればいいか悩んでる間にラグナの方からそう切り出されて。
しかしサイファーは握手する為にラグナが差し出した手をすっかり無視して、ラグナの顔を凝視したまま動かない。

「サイファー、挨拶くらいしろよ」
「あ…おぅ、宜しく」
「うし、宜しくな!」

俺が促して漸く…それでもぼんやりしたようならしくない声で差し出された手を握り、ラグナはそれを子供かと突っ込みたくなるほどにブンブン振って…取り合えずの挨拶はどうにか平穏に終了したのだが。
…ラグナが矢継ぎ早に色々言い始める間もサイファーの様子が可笑しいのが気にかかって、どうも耳に入ってこない。

(どうかしたのか…?)
「アレだな、サイファー君はスコール並みに無口なんだなー?やっぱり類は友によるってやつか?」
「…友を呼ぶ、だ。いい加減間違った諺を使うの止めてくれ…」
「いいじゃんかよー、なー?サイファー君」
「!アンタ…もしかして “魔女の騎士” に出てねぇ…か?」

そんな風にラグナがサイファーに話を振った時。
唐突に合点がいったとばかりの表情をしたサイファーが驚きと興奮を抑えられないという声でそう切り替えしたのだ。
その言葉を聴いた瞬間、ソレまで忘れていた事実を一気に思い出した俺は思わず溜息を零した。

「お、結構古いのに知ってるのか?」
「知ってるも何も俺は魔女の騎士の大ファンだ」
(頼む…ラグナ、誤魔化してくれ…)
「俺のファンかー!照れるぜー」

俺の祈りなど通じる訳がなかった。
その後の二人の盛り上がりようと言ったら思い出すのも嫌になるほどで…サイファーは延々と魔女の騎士についてのウンチクを語り続け、ラグナは嬉しそうに撮影現場での秘話を語り続ける。

(拷問だ…)

サイファーのウンチクははっきり言って興味のない俺には全く意味がない。
ラグナの撮影現場の秘話なんてエルおねぇちゃんに強制的にジャンクションされていた俺にすれば秘話でも何でもない話で。
むしろラグナが言い出した “親子水入らずでゆっくり話したい” と言う提案でここに来た割には俺など居ても居なくても良い様な状況へと話は流れていく。
ついでに言うなら最早二人とも俺の存在など忘れてるんじゃないだろうか…。





…隣室ではサイファーとラグナが大盛り上がりしている声が響いていた。
調子に乗ると話が暴走したり、脱線したりするラグナと考え方と生き方そのものが暴走気味のサイファーはどうやら話が合うようだ。
更に言うなら気も合うらしく、いつまで経っても話が尽きない。
そんな二人に付き合わされて連日、大統領官邸を訪れている訳だが…はっきり言って一体コレが誰の夏休みなのかと言う疑問が湧いてしょうがない。

「相変わらず話が尽きないようだな」
「ああ…」
「ラグナおじさん、凄く楽しそうね」
「…そうだな」

そうしていつしか隣室でキロス達と過す事が多くなった俺はエルおねぇちゃんが差し入れとして持ってきてくれるものを食べながら、ラグナの休憩時間が終わるまで雑談をする毎日になっていた。





そんな風に無駄に費やされていく毎日の中。

『明後日から2日間、私とウォードは休暇でね。エルオーネの提案で海へキャンプに行くんだが…
君もどうだろうか?』

そんな風に誘われて、断る理由が見つからない。
第一、ラグナとサイファーに付き合わされて無駄に休暇を費やすのは癪に障る。
…そうして俺は休暇らしい休暇を求めてキロス達と共に海へと繰り出した───















───本来なら私用では使えない筈のラグナロクも大統領直属の補佐官2人と地位は無くとも大統領官邸内をフリーで歩き回れるエルおねぇちゃんと。
そして曲りなりともSeeDの指揮官の地位を持つ俺が使うとなれば話は別だ。
ラグナロクを駆ってエスタを離れ、誰も居ないセントラの海岸へ乗り込んだ俺達は手早く荷物を下ろして準備して。

「スコール、海入ろう!」

既に水着姿になっていたエルおねぇちゃんは孤児院に居た時のようにはしゃいで俺を海へと誘う。
漸く味わう夏休みらしい夏休みに思わず羽目を外した俺はやけにビーチバレーに強いキロスを相手にムキになってボールを追いかけて。
散々泳いで遊んで。
疲れて砂浜に上がればウォードが首尾よくバーベキューの用意をしていて。
キロスが勧めるままにビールまで飲み、ほろ酔い気分の時に何故か始まった怪談話に悪乗りしたウォードに脅かされて思わず倒しそうになって。
夜が深まるとエルおねぇちゃんはラグナロクの中。
男達はテントで雑魚寝。
散々騒いだ上に飲酒したせいでその日はぐっすりと熟睡した。



翌日、遅く起きてきた俺をエルおねぇちゃんとキロスが用意してくれていた朝食が待っていた。
その後、ウォードと共に海に潜って魚や貝を捕って、それを昼食にした後はのんびりと昼寝。
午後はその場の後始末をして近くの森へと場所を移す。
森の中は信じられないほどひんやりとした空気が漂っていて、涼を楽しむ。
開けた場所を見つけた俺達は前以て用意していたお茶と菓子を広げて残り少ない休暇を惜しむように楽しんだのだった───















───そんな風に過した2日だけの夏休みらしい夏休みを満喫した俺は、既に馴染んだホテルの部屋に戻ってきたのだが。

「やっと帰ってきやがったか…」

何故かベッドに腰掛けた体勢で不貞腐れたような表情をしたサイファーが待っていた。

「珍しいな?ラグナと居ると思ってたんだが」
「行く訳ねぇだろ…昨日から俺はずっとココに居たんだ」

どうやらキロス達が居ないとラグナの休憩時間は無くなってしまうらしい。
よほどそれが不満だったらしいサイファーは全くこっちを見ようともしない。

「また明日から行けばいいだろ…」
「っ…何か勘違いしてねぇか?俺はラグナと話せなかった事に苛立ってるんじゃねぇ。テメェに、だ」
(俺…?)

溜息混じりにそう呟くと苛立ったままの声でこっちも見ずにそう返されて。
…思い付くのはラグナとの会話の間中、隣室に逃げ込んで二人の会話には全く参加してないと言う事ぐらいだ。

「…どちみち俺が居なくても一緒だろ」
「テメェが居なくてどうしろって言うんだ。一人で祝えってか?!」
「…は?」
「折角俺がラグナにも了承貰った事だし、二人っきりのロマンティックな1日を演出してやろうとあれこれ準備までしたってのに…肝心のテメェはあの黒い奴とデカイ奴とエルねぇちゃんに誘われてのこのこ付いて行きやがって!」

怒濤の如く続くサイファーの不満は…どうも俺が思っているものとはまるきり論点が違っているように思えて、段々と混乱してきた。

「ちょっと待て。…それは、何の話だ…?」
「チッ…忘れてやがるのかよ…昨日は何日で、何の日だ?テメェの誕生日だろうが!」
「あ…」

綺麗さっぱりと失念していた…と言うよりも元からさほど気にもかけてなかった自分の誕生日と言うものを指摘されて、忘れていたと言う事実よりもサイファーが覚えていたと言う事実の方に驚いた。

「アンタ、覚えてたのか」
「当たり前だろ…その為に付いて来たんだ。忘れる訳がねぇだろ!」

それからもブツブツ文句を言いながら、未だこっちを見ようとしないサイファー。
その横顔が微かに照れてるように見えて何故か笑えてきた。
俺が笑い始めた事に更に気を悪くしたらしいサイファーはすっかり背中を向けてしまって…枕を相手に俺へを罵倒を繰り返している。



環境が違うせいか、それともやっと訪れた夏休みを満喫したせいか。
その背中を見詰めてるだけで胸に暖かいものが満ちてくる。

「有難う」



素直に言葉に出せたのはサイファーが背中を向けてくれていたからだったのかも知れない。
俺の呟きに驚いたサイファーが振り返って。
その瞳を見た途端に恥ずかしさが湧いてきて。

「…今日は疲れたからシャワー浴びて寝る」

そんな風に残してその場から逃げ出そうとした俺を追いかけるようにベッドが軋む音がして…シャワールームへと続くドアの前で長い腕の中に捕まった。

「これからやり直さねぇか?」
「…疲れたって言ってるだろ?」
「夏休みはまだ続くんだ…1日くらい何も出来ない日が出来たって問題ねぇだろ」

耳元に後ろから囁かれる形になったせいか、それとも俺もどうかしてたのか。
不満そうに呟く筈だった俺の声は不思議と嬉しそうに響いて。
首筋に鼻を埋めながら笑い声でそう囁いたサイファーの手が無防備な体への悪戯を始める───















───それから残りの日々を埋め合わせるように…時々些細な事で喧嘩しながら夏休みを過した俺達は来た時と同じようにラグナロクでガーデンに帰還した。

「班ちょ、おっかえり〜!」
「あら、サイファーも一緒だったの?…ご愁傷様」
「そりゃどういう意味だ、センセェ?」
「うふふ、そのままよ?」
「チッ…食えねぇ奴だぜ」

指揮官室に入るなり出迎えてくれたセルフィとキスティスに簡単な土産を手渡して。
それから俺の椅子に座って書類を整理していた学園長に敬礼と帰還した旨の報告をして、ラグナから渡されていた土産を手渡して。

「スコール君、夏休みは楽しみましたか?」

ぞろぞろと室内を後にするサイファー達を追うように立ち上がり、俺に席を譲った学園長がふとそんな事を尋ねてきた。



「色々有りましたが、楽しみました」



俺の返答に満足そうな笑顔で頷いた学園長も出て行った静かな指揮官室。
長くも短い特別な日々は終わりを告げ。
またいつもの毎日が始まる。





† Fin †





---あとがき---

2004年度暑中&残暑見舞いNovelとしてフリーで出していたものでした。

というかこれには裏ver.というものが有りまして。
そちらはフリーではないのですが、実は完全版はそちら…という事になる訳で。
やけに場面の切り替えが激しいのはそのせいです(真顔
しかしフリーとして出すためにはこうするしかなかったというオチ付き。
駄目生物全開ですlllorz



writing:H16.08.01




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