「おい、出かけるぞ」 久々の休日を正に “休日” にしようと久しぶりに寮のベッドの上で…いつもなら完全に遅刻に値する時刻までまどろんでいた時。 何の前振りも無く部屋に入ってきたサイファーは入ってくるなりそう言った。 未だ良く働いて無い頭でどうにか現状を理解しようとしつつも休日モードに入っていた身体は動く気配を見せず、毛布に包まったままただぼんやりとサイファーを見ている俺。 そんな俺の反応をベッドサイドに立って待っているらしいサイファーは…最初こそは何だかニヤニヤ笑いながら見下ろしているだけだったのだが。 イマイチ焦点の合わない視界の中のサイファーの眉間に少しずつ皺が寄り始めて。 下の方から聞えてくるリズミカルな靴音が少しずつ強くなる。 腕を組み替える度にする衣擦れの音。 時々紛れる舌打ちや溜息を溢す音。 そんな音と共に窓から差し込む光を反射した白いコートがゆらゆら揺れてる。 (…何か懐かしいな…) どこかで見たような光景だと思った。 だがそれはどこで見た光景なのかを思い出せない。 また無理に思い出そうとも思わなかった。 ただまどろみの中で感覚として伝わる音や光景をぼんやりと眺めているのが不思議と楽しかった。 だが。 「出かけるって言ってるだろうが!」 そんな俺の様子に焦れたらしい。 突然俺が肩まですっぽりと包まっていた毛布を剥ぎ取り、取り返そうと伸ばした手も掴まれて無理矢理に引き起こされて…─── ───…その後はそのままいつもの口論になり、その内睨みあいになり。 「あぁ、クソッ!俺はテメェと口論する為に来たんじゃねぇ!」 「じゃあ何しに来たって言うんだ」 「一番最初に言っただろうが、 “出かける” んだよ!」 「アンタだけ出かければ良いだろ…何で俺まで…」 全くコイツの自分勝手にはいつも呆れる。 折角の休みをしっかりと “休もう” と思っていた俺の計画なんて最初から無視して、自分の計画を押し付けてきた上に俺が逆らうと大体この後の行動は必ずと言って実力行使に出る。 …今回もそうなるんだろうな、と俯いた床の上に溜息を転がした目の前。 突然、視界の端に侵入してきた物が手だと言うのを理解するよりも先に下を向いていた顔を掴まれて、無理矢理上を向かされて。 「俺と一緒に出かけるんだ。いいな?」 可も不可も…それ所か返答する余地さえ与えずに無理矢理俺の首を縦に振らせておいて、それを俺の了承の返事だとするなんて横暴すぎる。 (SeeDの任務だって拒否する権利は最初に与えられるんだぞ?なのにどうして私事の方には最初から拒否権が存在しないんだ…) 横暴極まりない上にこっちの気分は最悪だ。 そんな風に無理矢理連れ出されたバラムの街中。 一体何の用が有るのかと思っていたら…行き先も告げずに今度は大陸横断鉄道に乗り込もうとしている背中。 時々横目でこっちを見るのは俺がしっかり付いて来てるかどうかの確認だと言うのは改めて言われなくても解っている事で。 こうなったら例えくだらない用件だったとしても最後まで付き合わないとならない。 付き合わなかった日には暫く色々と因縁を付けられる材料になってしまうのは最早経験済みだ。 (今日は厄日か…?) 目的も解らない。 目的地も勿論解らない。 ただ黙ってサイファーの後を追う様に乗り込んだ列車がゆっくりと動き始める。 サイファーは黙ったまま腕を組んで壁に寄りかかり…少しの間乗車口の小窓から見える風景を追っていたかと思えば、すぐに目を閉じて何かを考えているようだった。 客室に向かう気配が無い事から多分サイファーの目的地はディリングシティではない。 以前、無理矢理ディリングシティまで連れ出された時には乗り込むなりさっさと…任務でも無いのにSeeD用にキープされてる客室へ移動したからだ。 (あの後、すぐに事が発覚して二人してシュウ先輩に怒られたんだよな…) “どうして俺を巻き込むんだ!” と突っかかった俺にサイファーは笑って “楽しかっただろ?” とだけ言って…先に教室へ戻っていった。 その頃はサイファーが俺に突っかかってくる様になってまだ1年経つか経たないかくらいだった。 漸く馴染んできたガーデンの中で厄介事と言えば必ずコイツが連れて来るんだ、と半分毛嫌いしていた俺。 そんな俺のあからさまな行動も気にせず、いつもサイファーは得意そうに笑いながら俺に話しかけてきた。 (あの時は解らなかったけど…確かに楽しかったな…) まだSeeDではなかった俺達がその専用客室に踏み込んで列車の旅をする。 普通に過ごしていたらあんな風に二人だけで貸切なんて有得ない。 SeeDになってから使うようになっても…あんな風にどこに連れて行かれるのか解らないまま、初めて踏み込んだ豪華な客室に心躍らせるような事など無い。 今の俺にはあの客室は任務遂行時における段取りを確認するだけの部屋だ。 不機嫌そうな態度を取っていたけれど 程よく柔らかく、大人でも横になれるほどのソファーや その脇に据え付けられてるテーブル 仮眠用に区切られた別室にあるベッド 窓辺で揺れてるカーテンと その窓の向こうを走り抜けていく風景にさえ 本当はドキドキしていた。 (あんな高揚感は今じゃバトルの時くらいだな) 「降りるぞ」 回想に浸っていた俺を現実に引き戻す声。 そして目の前を通過して先に駅に降り立つ背中。 思い返してみればあの時よりも大きくなっては居たが…その雰囲気は変わってなどいなかった。 先に行こうとする背中を追って降り立った場所はティンバー。 もう見慣れたものになった街並。 その角を曲がった先に何が有るのかという事も、もう誰かに聞かなくても解るほどに歩き尽くした街中を目的が有るスピードで歩いていくサイファー。 だがその足の向かう先はこれといって何かがある訳でもない…寧ろその先は…。 (もしかしなくてもココから歩いてまた別の所に行くのか…) もう条件反射になってしまっている溜息を溢しながらも決して振り返る事の無い白いコートの背中を追って、そのまま平原へと向かう道を歩く。 「一応聞いとくが、それの中身は空じゃねぇよな?」 こちらを振り向く事無く聞いてきた “それ” は出かける前にサイファーが持っていたハイペリオンのケースを見た時から、何となくこうなるような気がして持ち出したライオンハートを収めてあるガンブレードのケース。 「大丈夫だ」 いつバトルになるか解らない草原を丸腰で歩くほど馬鹿じゃ無い。 少し足を止めてハイペリオンを取り出している背中を横目に取り出したガンブレードを片手に。 ケースはそのままホテルのフロントに預かってもらう事にして、街中から草原へと走り抜ける。 時々上空から1〜2体で襲ってくるスラストエイビスは正直言ってバトル相手にしては物足りないものだったが。 (そう言えばこうしてサイファーと手を組むのはドールでの試験以来か) 言葉や合図を出さなくてもサイファーの次の手は気配で解る。 それはサイファーも同じ様で。 互いに手の内が解ると言うのは、対峙する時にはただ小賢しいとしか思えなかったのに…こうして手を組む時には有効だなんて今まで気付かなかった。 互いを気にする事無く進められるバトル。 (気持ち良いものなんだな…) 「テメェにしてはまぁまぁだな」 いつもだったら腹が立つか、呆れて溜息が出るだろう事を言われても何故だか気にならない。 そんな俺をこれと言って何かするでも、言うでもなく先に走り出す背中。 干渉されてる筈なのに嫌悪感を覚えないのは自分でも不思議な感覚だった。 草原を走り続けるうちに強くなる風に乗って潮の匂いがきつくなる。 時刻と太陽の方向からして海に向かっているらしい背中は振り返らない。 そのうち遠くに並行して走るように見えていた古びた線路が次第に近くなり。 もうすぐ海に辿り着くと言う頃には枕木の上を走る様になり。 次第に線路の位置が地面より高くなるのを横目で確認しながら、それでもそこから外れようとはしない背中はもうじき陸地が途切れて、海の上を線路だけがただ延びている方へと向かっていく。 (FHに行くつもりか…) ギラギラした太陽から身を隠す場所も無く、横から吹き付ける強い潮風を浴びながら、ただ海の上を延々と伸びていくような線路の上をひた走る。 「相変わらず出かけちまうと行き先は聞かねぇんだな」 「無駄は省くだけだ」 「無駄…か。テメェらしい答えだ」 振り返る事無く、叫ぶような強さで問いかけてきた事に同じ様に叫ぶ強さで返す。 …結局FHに辿り着くまでに交わした会話はたったコレだけ。 後はただ無言のまま休む事無く走り続けて。 FHに辿り着いたのは昼下がりの頃。 見慣れた街並は相変わらずよそ者を寄せ付けない頑なな表情で聳え立っていた。 「さて、テメェの出番だ。どんなのでもいい、船を一艘借りてこい」 「あんたが行けばいいだろ」 「…お前、俺が行って借りれると思うか?」 「…」 「そういう事だ」 そうしてもう話は済んだとばかりにハイペリオンを抱えたまま、日陰にドカリと腰を下ろし…早く行けと手を振る。 溜息しか出ない。 抗議のつもりで立ち尽くして居たが目を閉じて頑として動かない態度のサイファーには伝わりそうになかった。 それからあちこちを走り回ってどうにか借りた船と予備の燃料をサイファーの居る場所の近くまで回そうとエンジンをかけた時。 町の人が数人固まって俺がこれから向かう方向へ走っていく。 何だか嫌な予感がして手早くルートを選んで船を走らせて。 海の上から見える先に数人の人だかりが出来ているのが見える。 その場所はサイファーが待っている筈の場所。 嫌な予感が胸に走った。 「どいてくれ」 桟橋に横付けした船から飛び降りて、更に人が増えていた人垣に近付くと一番後ろに居た人物にそう声をかける。 俺が誰かというのを知っている町の人達が慌てて道を空けたその先。 人垣の中心に居たのはやはりサイファーだった。 「よぉ、遅かったな」 戦う事を拒絶する町の人は決して手を出す事は無かったが、俺が声をかけるまで浴びせられていた罵声の内容は明らかにサイファーの存在さえも拒むもので。 なのにこの男は意に介す事など何も無いとでも言うようにそう俺に声をかけて立ち上がった。 サイファーがハイペリオンを手に1歩こちらに踏み出すと人垣が避けるように離れていく。 「何が有ったんだ」 「ただ座って休んでただけだ、“お前の言う通りに” な。…で、どの船だ?」 「…ああ、アレだ」 俺達の会話を聞いた町の人達の顔が安堵に緩むのを見て溜息がでた。 サイファーが未だ 『魔女の騎士』 として忌み嫌われている現実と。 その当人のサイファーが誰よりもそれを理解していて、周りが手っ取り早く納得する方法を選んでいる事や、無駄な争いを避けていると言う事に気付くのは俺だけ。 後は誰も気付かない。 「行くか」 そういって先に船に乗り込み、どっかりと腰を下ろした背中を見詰めて…振り返ると俺を見ていた町の人達にSeeD式の敬礼を残して俺も船へと乗り込んだ。 どこに行くのかも解らぬまま岸から見えなくなるまで船をまっすぐ走らせる。 「代われ」 それまでは座り込んだまま黙って動こうともしなかったサイファーが不意に声をかけてきた。 ただ黙って席を譲るとそのまま横に立っているつもりだったが。 「テメェは少し休んでろ。着いたら知らせるから寝てもいいぞ?」 そんな風に気使われて “さっさと後ろに行け” とばかりに追い払うような手振り。 後はただ無言のままずっと前だけを見ている横顔。 黙って従うと近くに有った毛布に包まり、そのまま目を閉じた─── 潮騒が静かに寄せては返す。 温かいベッドから身体を起こすとそこは見慣れない光景。 大きな窓から差し込む光。 強い潮の香りと甘い花の香り。 潮騒の音と隣の部屋から聞こえる子供の声。 (…ココはどこだ…?) 辺りを見回してもそこに覚えは無いような気がした。 不思議なほどただ懐かしい。 そっと物音を立てないように気を払いながら石造りの床に足を下ろして、窓辺に近付いた。 見渡す限り一面に咲き誇る色とりどりの花々。 違う方角の窓からはどこまでも続いているようなコバルトブルーの水面。 (どこなんだ?) 「スコール」 不意に脇から呼ばれて反射的に振り返った先に居たのは、どこかで見た気がする少年だった。 「起こされる前に自分で起きてるなんて珍しいな?今日は雨か?」 からかう口調でそう言いながら笑う少年の顔を食い入るように見詰めてみるが…どこで会ったのか思い出せない。 なのに…酷く懐かしい。 「何ボケーッとしてるんだよ。朝ご飯、食べないのか?」 どうあっても俺に向かって言ってるらしい言葉にどう答えるべきか…と言いあぐねている内に待ちきれなくなったらしいその少年に手を掴まれ。 戸惑ってる間にそのまま手を引かれてドアを、潜る。 途端に溢れた目の奥を射る様な強烈な光に目をきつく閉じて…再びゆっくりと目を開けるとそこは船の上だった。 (夢…?) 「起きたか。上陸するぞ」 「…ああ」 天高くに有った筈の太陽はだいぶ西に傾き、幾分か和らいだ日差しを大地の上に落としている。 まだ行き先も告げずに先を急ぐような背中を追いながら、俺はこの先に何が有るかを考えていた。 (地形からして多分ここはセントラ大陸だな…) 右手側に微かに見えるのは同じセントラ大陸の一部らしき姿。 左手側に聳える山脈は遥か後方まで途切れる事無く続いてる事からココはセントラ大陸の南端に当たる…イデアの家がある場所だろうか。 しかし…もしサイファーがイデアの家に用が有るとしても、何故こんなにも離れた場所に船を着けたのかが理解出来ない。 それからも俺達は無言のまま草原を渡り、森を走り抜け。 時々出くわすブリッツやワイルドフックの相手をしながらひた走り…丁度、前方にチョコボの森が見えてきた頃。 「アレだ」 不意に足を止めたサイファーが呟くような声でそう言った。 視線の先に有るのは草原ばかりで他に何か有る訳でもなく。 何かの目印らしいものも何一つ無い…ただの草原。 (何を見てるんだ?) 横に並び立ち…俯き加減で覗う横顔は微かに綻び、視線は真っ直ぐに何かを見詰めている。 顔を上げて視線だけで辺りを見回しても…やはり何も無いように思えた。 「あの木、覚えてるか?」 そう言って真っ直ぐに腕を伸ばし、指差す方向には確かに木が1本だけ森から外れた場所にポツリと立っていた。 不思議な形に捻じ曲がった幹はまるで腰を痛めた老人のよう。 それは近寄るにつれて姿だけではない他の木との違いを露わにしていく。 …生い茂っているように見えた葉は針のように細く、ゴツゴツと鱗のように張り付いている表皮も何もかも…まるで他人を寄せ付けまいとしているようだ。 「ホラ、あそこだ」 先に行き、その木の根元で俺を待っていたらしいサイファーは俺が辿り着くや否や再び何かを見つけて指で示す。 捻じ曲がった幹の中腹にそれは有った。 目を凝らして、気を付けて見ない限りは決して発見出来ないだろう…何か意図的に付けられた傷のようなもの。 良く見ればどうやら文字のようにも見えたが…長い年月を重ね、この木が自らの傷を癒す為に盛り上げた表皮のせいでそれが何と刻まれているのかは判別出来ない。 「…アレが何だって言うんだ」 「チッ…やっぱり忘れてやがる…」 (忘れてる…?) 「ガキの頃に二人で施設抜け出して、ココまで来た事が有っただろ。テメェの大好きな “おねぇちゃん” がどこかに貰われて行ってから暫くして、だ」 …からかう口調でサイファーが話すソレはもう随分と昔の話だった。 俺達がまだ 『イデアの家』 で暮らしていた頃。 毎日雨が続いていて、外で遊べない鬱憤を室内で晴らす皆の輪から離れて一人テラスに佇み…雨に煙る石造りの歩道が涙で更に滲む様をただぼんやりと眺めていた。 知らない大人と一緒に。 俺を置いてどこかに行ってしまったエルおねぇちゃんが戻ってこないかと願いながら。 その日は朝から久しぶりに快晴で…窓から見える色とりどりの花々も、違う窓から見えるコバルトブルーの海も全てが輝いているようだった。 だからこそ横のベッドが空のままである事が殊更悲しくて…朝から泣いていた。 『スコール』 (…あ) 思い出の中で呼ばれて振り返った先に居たのは…さっきの夢の少年。 そして、それがサイファー。 朝食を取り…その後、久しぶりに表に出れる事を満喫する皆の姿をいつものテラスから眺めていた時だ。 『スコール、一緒に来い』 いつの間に傍にいたのか…サイファーは楽しそうに笑いながらそう言って俺の手を引いた。 どこに行くのかという問にも正確には答えず、ただ “特別な所” とだけ言って、俺の手を引いたままぐんぐん走っていく。 自分の足で走るよりも早く流れるいつもの景色がいつもとは違って見える。 頬に触れる風も踏みしめる草の感触も、何もかも。[View] 子供だけで出てはダメだと言われていた施設の門を潜り、その先に開けた草原を必死で走り抜け。 遠くにモンスターの姿が見えた時は気付かれないように通り抜けて…漸く辿り着いた、サイファーが言う “特別な場所” 。 捻じ曲がった幹。 針の様な葉。 ゴツゴツした皮。 …思い出してみれば何一つ変わりの無いその木はあの時のまま…まるでこの場所だけ、時間が止まっているかのようだった。 「特別な場所…」 「やっと思い出したか。相変わらず手間がかかる奴だな」 (悪かったな) あの日の俺達はこの木に登り、その細い葉の間からちらちらと零れる太陽に目を細め、やがて海に沈もうとする夕陽を惜しみ…そしてあの場所に刻んだのだ。 “大きくなったらまた二人でココに来るんだぞ?いいな?” “うん” 約束と共に。 「アンタ、覚えてたのか…」 「テメェが忘れっぽいだけだ。俺とお前がした約束はアレだけだろうが」 そう、あの約束の後…夏が終わらない内にサイファーは養子に引き取られ。 最初こそは何通かの手紙を受け取っていたもののそれは次第にまばらになり、やがて途絶えて来なくなった。 最後の手紙には何と書いていたのか…その内容は思い出せずとも確かに俺はその手紙を読み…そして、泣いた。 もう誰にも会えないと思った。 そして忘れた。 忘れなければ一人で生きていけなかったから…だから忘れた。 大切な思い出も、約束も何もかも…忘れていた。 「折角だ、登るか」 「は?」 「は?じゃねぇよ、折角ココまで来たんだ。あの時みたいに登るかって言ってんだ」 突拍子も無い発想と発言に思わず唖然と見てる内、サイファーは器用に捻じ曲がった幹に足と手を掛けて上へ、上へと登っていく。 あの日の俺もこんな風に見上げていたような気がする。 「何見てるんだ。テメェも来い」 あの日と同じ、子供みたいな笑顔と共に手招きされて。 あの日の俺も、今の俺も…その言葉に従うように慎重に登り始める。 先に腰を下ろしていたサイファーの隣に並んで腰を下ろすと、丁度正面に見える海へ夕陽が溶けていこうとしていた。 「あの時も一緒にこんな夕陽を見たな」 「そうだな」 もう言葉は要らない気がした。 ただ黙ったまま沈んでいく夕陽が起こす空や海の変化を見逃さないように見詰めて。 代わりに訪れる闇がゆっくりと辺りを包み…空に星が瞬き始めるまでそうして。 …やがて登ってきた月が静かな光を大地に落とし始めた頃。 「たまにはこんな休みもいいだろ」 酷く静かな声でサイファーがそう呟いた。 薄闇の中ではよく見えない表情だったが、笑ってるらしい気配が伝わってくる。 「毎日の机の前で書類に囲まれて、アレコレ考えながら飯食って。休みの日にはここぞとばかりに寝溜めて…そんな毎日は面白くねぇだろ」 「面白くなくてもやらないとならない」 「そういう意味じゃねぇ。…端から見てていつも切羽詰ってるのが見え見えなんだよ、お前は」 「…」 「全然何にも楽しんでねぇ。飯食う時も仕事の事。休みの日も次の日の仕事の為。つまんねぇだろ」 折角忘れかけていた俺の毎日をそんな風に否定されて…気分が良い訳が無い。 第一、面白くなかろうが退屈だろうが…俺以外の誰にも代わる事が出来ない事を任されてるのだ。 (仕方ないだろ…) また明日から繰り返す事になる作業を思い出して…俯き、溜息を吐いて、首を振る。 「テメェはいつもいつも “仕方ない” “しょうがない” で片付けて、そうやって溜息吐いて終わらせようとしやがる…だから “つまらねぇヤツ” って言うんだ」 (五月蝿い) さっきまでの何とも言えないゆったりした気分も何もかも吹き飛んで…早く帰りたい気分だった。 もしくは今すぐココから逃げ出したいような。 「だから、たまにはテメェも破目外せよ」 だが…一呼吸置いて、そっと告げられたその言葉に思わずサイファーを見た。 サイファーは笑っていた。 あの日のサイファーと変わりない、笑顔。 あの夏の日の青空に良く似た、酷く晴れやかな笑顔だった。 「ま、テメェは昔から一人じゃ何も出来なかったヤツだからな… “宜しくお願いします” ってしおらしく頭下げるなら、俺が手伝ってやってもいいぜ?」 「…だ、誰がそんな事…」 訳もなく不意に涙が零れた。 胸の奥がぎゅっと締め付けられるようでいて、でも暖かかった。 何も言わずに肩を叩いたサイファーの手も温かかった。 声を殺して泣く俺をサイファーは笑わずに黙って、傍にいてくれた。 …何だがソレが訳もなく、嬉しかった─── ───散々泣いたらやけにすっきりして…いきなり “鬼ごっこでもするか…お前が鬼だ。決定。” と言われて、月明かりの下で馬鹿みたいに草原を走り回って。 見えない足元の岩に引っかかって転んだ俺を見て、大笑いしてるサイファーに不貞腐れたフリをして見せたが…俺の方も何だか可笑しくなってきて。 一度笑い始めると今度はいつまで経っても収まらなくなり…近くに腰を下ろしたサイファーと二人で不気味なほどに笑い続けた。 散々笑って疲れて…そのまま草の上で寝転ぶと月と星だけが俺達を見ている。 「…すっきりしただろ?」 同じ様に草の上に寝転んでるサイファーが空に向かったまま、声をかけてきた。 言われてみれば今朝まで胸の奥でもやもやしていたものが綺麗に全部吹き飛んでいる。 「ああ」 「たまにはこういう風に馬鹿やって日頃の鬱憤晴らさねぇと本当に馬鹿になるぞ?」 目を閉じると草原一杯に虫の声が響いているのが聞こえる。 火照った頬に当たる夜風が潮の匂いを吹くんで涼しい。 気持ちが凪いでいるのが良く、解る。 「アンタが教えたんだ。これからは責任取ってアンタも付き合え」 「…テメェ…」 「アンタのせいだ。ずっと忘れてたこんな気持ちを思い出させるから悪いんだ」 「スコール…」 「ずっと忘れてた。あんなに真剣に泣く事も、あんなに大声で笑う事も。ずっと」 遠くでさざめく森の木の葉。 潮騒の音。 サイファーの気配。 「世話の焼けるヤツだぜ、全く…しょうがねぇな。付き合ってやる」 「ああ」 「取り合えず手始めは帰ってからの先生の説教だな」 「…忘れてたのに…言うなよ…」 思い出した日常は確かに退屈そのものの形をしていたが…次の休日にはまた忘れてた何かを思い出すような。 …サイファーが思い出させてくれるような…そんな気がして。 「帰るか…ガーデンに」 「そうだな」 「ホラ」 先に身体を起こしたサイファーが伸ばした手を掴み、起き上がる。 そしてまた明日からはそれぞれの足で立って同じ形をした毎日を歩いていく。 だがこんな休日が待っているなら…それもまた楽しめるような気がした。 え〜またもやらかしております。 何をやらかしているか。 人様に頂いたイラストからリスペクトされたイメージで書いたものをイベントに出す。 これです(最悪 兎に角、イラストを頂いた方に頭が上がりません。 イベントマスター様にも頭が上がりません。 本当に申し訳無い…(土下座 つか私も休み欲しいなぁ…(哀愁/現実逃避 Special thenks:佐野 スズカ様 |