『vision』






いつもの様に部屋を出て、学園長室に足を向ける。
いつもの様に新な任務の命令書を受取り、それらに目を通して派遣メンバーを選出して書面にサインを入れる。



いつもと同じ光景。
いつもと同じ行動。



まるで今が延々と続いてしまうかの様な錯覚さえ覚える時間。
一句切付いた時、いつの間にか詰めてしまって居たらしい呼吸を解放するかの様にゆるゆると吐き出す。
それさえもいつもと同じ。
その事実に気付いて…何故か眉間が痛くなった。

(何なんだ…一体…)

背もたれに身体を預けてぐっと目を閉じるとそのまま天上を仰ぐ。

(俺は何をしてるんだ…?)

こんな筈じゃ無かった。
別に予定を立てていた訳では無い。
何か未来を夢見ていた訳でも無い。
なのに意味の無い焦燥感ばかりが後から後から湧き出して来ている。

(何を焦っているんだ俺は…)

焦る事など何も無い。
殊更ココ最近は凄く平和で…毎日舞い込んで来る依頼の数々も、それに派遣したメンバーも多少の傷は負っても誰一人として欠ける事なく無事に戻って来る。
平和だとしか言いようの無い毎日。
繰り返し淡々と続ける作業。
何一つ変わらない平和な日常。

(別に良い事じゃ無いか…)

解っては居る。
この平和は永遠に続くべきで、波風を立てたい訳でも無く…毎日この淡々とした作業が続くべきなのだ。
なのにこの意味の無い焦燥感は一体何なのか…?
ゆっくりと開いた視界に何度も見上げた…見慣れた天井が映る。
ここ最近、毎日見上げるようになった天井は…微妙に焼けて色が変わっている部分や付けてある照明の形さえもしっかりと目に焼き付いて瞼を閉じてもありありと思い浮かぶほど。

(何なんだ…一体…)

己に問い掛けるようにもう一度心で呟いて、溜息を吐き出した時。
不意にぶぶぶ…と鈍い音を立ててにデスクに置きっぱなしになっていた携帯端末が震えた。
ビクッと小さく体を震わせて、視線を向ける。
折り畳まれた本体の小さな窓から見える『メッセージ受信』の文字。
暫くその震えながら少しずつ移動していく様をぼんやりと見つめていたが…やがてその振動も納まり…受信を知らせる小さなランプが一定のリズムを刻むように光っている。
力無く両脇に下げていた腕をのろのろと上げてそれを手にする。
“これを開けるのは何日振りなんだろう…”そんな事が頭を過ぎった。
片手で小さなボタンを操作する。

『未読:3件』

最初のは長期派遣に出ているゼルからの中間報告的なものだった。
もう一件は随分と前に登録したような気がする店からの新アイテム販売開始の知らせだった。
黙って小さな画面を見つめたまま不要なデータを消す作業をして…最後のメッセージを開く。



『退屈なんだろ?』



…それしか書いて無いメッセージ。
アドレスも見覚えの無いもので。

(間違いか…)

溜息をついて消去のボタンを押そうとして…何故か躊躇う俺が居る。
何の変哲も無い…唯の間違いのメッセージ。
表示の一行にも満たないそれが何故か消せない。

(どうしたんだ…何故消さない?)

自分自身に問い掛けても結局は解る訳も無く…唯ぼんやりと視線だけで何度もその短いメッセージを見ている。

『退屈なんだろ?』

何度見てもその6文字とクエスチョンマークは変わる事なく表示されている。

(退屈…)

言われてみれば確かに退屈な毎日の様な気がした。
しかし別に抗う気も無く…この作業を放り出す理由もない。

「退屈…か?」

何となく口にだして呟いてみた瞬間。
脳の奥と胸がちりっと焼けるような感覚が微かに走った。

(…今のは何だ…?)

それと同時に脳裏に過ぎった炎のイメージ。
真っ赤な炎とその中に燃え立つ白銀の炎。

『退屈なんだろ?』

薄ぼんやりと靄が掛かった様な遠さで、誰かの声でその言葉を聞いた気がした。

(何なんだ…?)

その言葉をいつ聞いたのか…その声が誰のものだったのか…思い出せ無い。
途切れそうな記憶の糸をどうにか繋ぎ止めようともう一度端末に映し出されたメッセージを目で追った。

『退屈なんだろ?』
(どこで聞いた?…誰なんだ、あんた!)

脳の奥がちりちりする。
眉間が痛い。
思い出そうと躍起になって睨み付けるように端末の文字を見つめていた。

『退屈なんだろ?』
「退屈なんだろ…?」

確認するようにその言葉を口にした時。
何かが弾けるようにそのイメージは一気に脳裏に広がり、やがて一人男の姿になる。

「サイファー…?」

以前呼んだのはもう何年も前のような気のするその名前。
あいつが居なくなったのはたった1ヶ月前なのに。
…なのに俺は今の今までその存在すら忘れていた。



俺を見つけては何かと付けて絡んで来た。

『退屈そうだな?』

そう言って何度も俺と剣を交えた。

(G.Fのせいなのか…?)

忘れる筈など無い位に俺の記憶にはあいつの影が…声が…サイファーの気配が有った筈なのに。
そうして漸く自分の中に有った焦燥感の原因を知った。





今の俺の周りにはサイファー・アルマシーという名の男が居ないという事。
その事実が俺をこんなに揺るがしている。
その現状が俺をこんなに焦らせている。
それがあいつからだと言う確信は無い。
なのに俺は見覚えの無いそのアドレスに『あんたには関係無い』と言ういつもサイファーに向けて返していた言葉を送り返していた。
どくどくと鼓動がうるさいくらいに大きく聞こえる。
こんなに鼓動が高鳴るのはどのくらいぶりなんだろうか…。





最初の内はただ自分の鼓動がうるさくてしかた無かっただけなのにそれが1分、2分と時を刻む毎に不安に変わる。
やっぱり唯の間違いであのアドレスの先にサイファーは居なくて。
俺からのメッセージはあいつに届いて無いんじゃないかと…。
不安で苦しくて。
端末を見つめては壁の時計に視線を投げて溜息を落とす。
間違いなら間違いだと返してくれたなら…それで俺は諦められる。
なのに返事は来ない。
溜息を漏らして惨めに待ち侘びる気持ちを振りほどくように小さく首を振り、デスクの上に乗せてある依頼の山を引き寄せた。
いつもの様に依頼書に目を通して、メンバーを選出して、サインを入れる。
毎日繰り返した作業。
慣れている筈の作業は段々とスローペースになり、やがてまとまらない考えに溜息を零した。

(駄目だ…)

ぴくりとも動かす気になれなくなったペンをデスクに転がして…頭を抱える様に俯いてじっと自分の足を見つめている。
どのくらいの間そうしていただろうか…。
不意にまたぶぶぶ…と鈍い音を立てて端末が震える。
反射的に顔を上げて、奪い取るように掴んで開いた。
『メッセージ受信』の文字。
治まった筈の鼓動がまた跳ね上がる。
小さく呼吸を整えて…小さなボタンをカチッと押した。

「?」

何も表示されない。
キーを操作して少し下まで見たがやっぱり何も表示はされない。
宛先はさっきのアドレス。

(…やっぱり違うのか…)

溜息を漏らしてメッセージを閉じた時。

「退屈そうだな?」

室内に響いた声。
それはいつも俺の周りに存在した声。
端末の画面を見つめたままゆっくりと瞬きをする。
近づいて来る足音もその気配も…たった1ヶ月見聞きしないだけでこんなにも懐かしく感じるものなのだろうか。
デスクを挟んだ向こう側で俺を見下ろしているらしい気配に…ゆっくりと顔を上げる。 皮の手袋に包まれた大きな手。
白のコートの二の腕の辺りにはっきりと浮き立つように刻まれたクロスソードの紋章。
もう一度瞬きをして…ゆっくり開いた視界に立つ不敵な笑みを刻んだ顔と目が合った。

「退屈なんだろ?」

そのいつもと変わらない口調に色々と頭を駆け巡った聞きたい事は全て吹き飛んだ。

「あんたに付き合ってる程暇じゃ無い…」

言いながら目を伏せて溜息をわざとらしく零し。

「…でも少し体を動かしたかった所だ…付き合うよな?」

いつもはサイファーが切り出す言葉をそのまま返すと返事の代わりに鼻先で笑った顔がくるりと背中を向けて扉へと歩き出す。

「俺に向かって来たんだ…容赦しねぇからな」

扉を押した背中が少し横を向いて呟き、扉の外に消えていく。
1ヶ月間一度も取り出す事の無かったライオンハートを手早くチェックすると…白い背中が導くままに、振り返る事無く部屋を後にした。



今、あの部屋には誰が座っているのか…俺は知らない。





†END†





---あとがき---


はい、纏まった文章が書けない状態…いわばスランプ真っ只中にどうにかそれなりに見れるだろうものになったので携帯サイトにUPしたという代物です。
言わば穴埋め!(縛
もしくは繋ぎ!!(ドドーン←威張れない

このスランプはどうやら現在進行形の模様なので…やっぱり全然手を入れる事無くUP事になりました。
もしかしたら再々改稿が有るかも…でも無いかも…(どっちだ



First writing:H15.06.25
Manuscript change:H15.08.17




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