─── 結局、俺はサイファーが居るだろう地域をこっそりと抜けて、トラビアガーデンに居た。
ここまで来てしまった事実を手ぶらで帰るには、仕事を押し付けてきたキスティスに申し訳ない。
…トラビアガーデンの修復作業はかなり進んでいた。
瓦礫の山は全て取り除かれ、今は丁度休憩時間なのだろうか…校庭には年少生徒のはしゃぐ声が響いてる。
なだらかな曲線はバラムのそれとはまた違った姿で、青く澄み渡った空の下に雄雄しく立っている
ように見えた。

「班ちょ?!」
「セルフィ…」
「何?視察なん?」
「ああ、サイファーの報告ではガーデンの修復には今暫くかかりそうだと聞いたからな…派遣期間を延期すべきかどうか見に来た。どうなんだ?」
「せやね〜確かにここ暫く雪が多くて上手い事作業進んでへんのやけど、トラビアの皆はそのくらいじゃへこたれへんで!」
「そうみたいだな。思ってたよりも修復が進んでるみたいだ」
「へへへ〜F.Hとエスタから手伝いに来てくれてる人達のお陰やの〜」
「そうか…もう少し見てから帰還する。その間に何か有ったらいつもの回線で呼び出してくれ」
「了解〜」

突然背後からかけられた見知った声に振り返ると、作業服姿でビックリしているセルフィに出会った。
セルフィは母校の修復作業にガーデンが介入すると聞くや否や、真っ先に派遣部隊へと志願して…2ヶ月ほど前からここに居る。
元気そうな変わらない笑顔。

「…セルフィ!」
「何〜?」
「サイファーは…防衛部隊の様子は聞くか?!」
「あ〜向こうも元気みたいやで〜?元班ちょもいつもと変わらへんし!」

堪らず聞いてしまった事に、その変わらない笑顔が語るサイファーは俺が知ってる自信に満ちた姿で立っているあのサイファーの姿。

「そうか…解った、呼び止めて悪い」
「ええよ〜」
(そうか…変わらないか…)

胸の奥が少しだけ痛んだ。










…偵察も恙無く済み、報告も終えて…後はガーデンに帰還するだけ。
しかしラグナロクはガーデンの遥か遠くに置き去りにしたままで…だからと言って今更呼び寄せる気にもなれなくて…一人、トラビアガーデンのエントランスを抜けた時だった。

「っ!?」

瞳に飛び込んできたのは正門の近くに置かれたベンチに腰掛けて、ハイペリオンを抱えるようにして腕を組み、静かに眠っているようなサイファーの姿。



会いたくて、会いたくて。
ただそれだけの気持ちで飛び出してきてしまったガーデン。
会わずに帰ろうと決めた今、その気持ちを揺るがせるように…アンタはそこに居る。
思わず名前を呼びたくなる。
アンタの声で、名前を呼んで欲しくなる。



(サイファー…)

普段のサイファーなら人が行き交うこんな場所で居眠りなどしない。
だったらアレはただ単に目を閉じて、暫しの休息を貪っている時だ。
そんな暫しの休息を…俺は俺の身勝手で壊して良いのだろうか…。
声をかける事も出来ず、だからと言ってその場から立ち去る事も出来ずに…冷えた風が吹きぬけていくエントランスの片隅に立ち尽くしている俺。
何と惨めで、滑稽なんだろうか。

(…疲れてるのか?アンタでも疲れるのか…)

暖かな陽だまりの中で、穏やかな表情のまま動かないサイファーを見ていた。
この穏やかな時が出来るだけ長く続いてくれ、と願いながら。
…しかしその願いは遠くからかけてきた防衛隊のメンバーに破られ、かけられた声に対してすぐに反応したサイファーは短く言葉を返して…白いコートを風に翻しながら遠ざかっていった。

(相変わらず、俺の願い事は叶わないもんだな)

その背中が正門の向こうに続く白い平原の向こうに消えていったのを見送って…叶わなかった願いに対して苦い笑いが零れた───










─── セルフィに帰還する胸を告げて後にしたトラビアガーデン。
白い大地の上を防衛隊に見つからないように気を配りながら駆け抜け、来た時と同じように点々と
点在する低木の間を縫うように走って…地図上の位置を確認しながら、そこに置き去りにしていた
ラグナロクの元へと辿り着いた。

「ハッチを開けてくれ」
『音声、スコール・レオンハート確認。ハッチヲ開ケマス』

頭上で静かに口を開き始めたハッチを見詰めていると目の前にタラップが伸びてくる。
その見慣れた光景の向こうに見える白い大地。
ふと…懐の中にしまったままだったあの写真を思い出した。
白銀の大地の上で笑っていたサイファー。

「2ヵ月半後に、な」

胸の中で渦巻く苦しさ毎その場に置いてくるつもりでそう呟いて、振り返らない勢いで機内に体を
押し上げた…。



本当は帰りたくなんてない。
アンタに会いたい。
アンタに触れたい。



一歩進む毎に “未練” という名の感情が物質になったかのように足に纏わり付いて離れない。
それでもどうにか登りきったタラップの先…薄暗い昇降口の中で俺は…叫びたくなる気持ちが冷静なそれに変わるまで動けずにいた。

(どうしてこんなに苦しいんだ…?誰か答えてくれ。どうしてなんだ?)

何も無い空間を睨むように見詰めたまま、冷たい鉄の壁に背中を預けて…胸に溢れる苦しさが零れださないように、ただそうしながら…胸に渦巻く感情を尽く否定して…。
“はぁ…” と漏れた溜息で漸く決心が付いた。
それでもまだ重いような気持ちを引きずりながら、扉を潜り抜け、コクピットへの昇降機に身体を
乗せる。

(キスティス、怒るかもな…)

そんな事を考えている間にも昇降機は普段どおり、俺をコクピットへと押し上げる。
その上から降りる事さえも溜息の力を借りて、重い身体を引きずるように進めて…。



「おい」
(…サイファーの事ばかり考えてるから幻聴まで…)

背後でしたような気がする…有得ない声にまた溜息が零れた。

「無視するな」
「!」

俯いて、否定するように首を振って…足を踏み出した時、不意に背後から抱きしめられた。
そして、ずっと聞きたかった声。
予想してなかった事への戸惑いは声を詰まらせた。
不意を突かれた衝撃は体の自由を奪った。
背後で感じる温度。
きつく回された腕。
そのどれもが…会いたくて、触れたくて、聞きたくて、焦がれて、求めて…仕方なかったもの。

「…会いに来てた、なんて聞いてねぇぞ」

からかうような口調の音は耳から流れ込んできて、胸に有った苦しさの色を変えた。

「スコール」

少しだけ硬さを帯びた俺の名前を聴いた瞬間、その苦しさが一気に膨れ上がった。

「…会いたかった」

振り絞るような切ない声が背中に伝わる温もりと合わさって、俺を震え上がらせて…耐え切れなかった涙を零させた。



「スコール」
「会い、たかった…」
「俺もだ」
「声が、聞きたかった」
「ああ」
「アンタに、触れたかった」
「…」
「サイファー…寂しかったんだ、俺…」
「スコール」



涙は体の震えを呼び起こし。
体の震えは声を詰まらせ。
詰まった声は不自然に響き。
響いた声は涙を溢れさせた。



寂しかったのだ、と。
苦しかったのだ、と。
…全て伝えるには想いが溢れすぎて…言葉になりきれない。
そんな俺にサイファーは言葉を遮るように名前を呼び、一言だけぽつりと

“帰るな”

そう零した後は…ただ俺を背後から強く抱きしめたまま、動かなかった。










…そんな不自然な時間が過ぎて、顔を合わせたらもう止まらない。
後はただ冷たい鋼の上に倒れこんで身体を重ね、焼けるような想いをぶつけ合わせるように。
離れていた距離を埋めるようにただ求めて、抱きしめて、口付けた。
うわ言のように繰り返し名前を呼んで、掌で確かめて。
見詰め合って、抱き寄せて、絡み合うように、何度も何度も。
切ない茜が藍になり、やがて訪れる闇に包まれるまで…。





「サンタに感謝しねぇとな」

床に広げたコートや非常用の毛布の上で身体を寄せ合いながら…いつものように横でタバコを吸っているサイファーがポツリとそんな事を呟いた。
意味が解らずに次の言葉を待ってる俺に気付いた視線が緩む。

「今年はどうやら “屋内” でクリスマスがやれそうだ、とか抜かしてたかと思ったら…あいつら俺に
サンタをやれと来た」

コクピットのフロントガラス越しに差し込む淡い月明かりだけの闇の中。
サイファーが吸ってるタバコの火が ジジジ…と音を立てて、吐き出された紫煙が空中に漂うのを
見ている。
こんな脈略の解らない…普段だったら “ウルサイ” の一言で片付けてしまっていた事でも…久し
ぶりに聞けるというのは嬉しいものだと思いながら、温もりに頬を寄せた。

「最初は断ったぜ?だがしつこいんだよな…特にあの伝令…外ハネの?」
「セルフィ」
「そいつだ。俺が休んでると見れば人の足元を小せぇ体でちょこまかちょこまかと…」

肌を通して耳に伝わる鼓動と少し笑ってるような声を聞きながら…冷たくなってきたような気がする足先を温もりを求めるように絡ませる。
サイファーは、温かい。

「っ…冷てぇなこの野郎…ホラ、もっとくっつけ」
「ん」
「でだ。アイツがそんな調子で耳にタコが出来るくらい言ってくるから渋々引き受けたんだが…俺はああいうの似合わねぇのな」

ヒタ…とくっつけた足に対して、一瞬眉を顰めたサイファーは自分が着ていた毛布の端を上げて、その中に俺を毛布毎抱き寄せた。
腕に伝わる声と温もりと。
サイファーがそこに居るという 、その存在感と。
…それだけで、俺は安心してしまえるらしい。

「白いひげ付けて、白いかつらも被って、白くてバカデカイ袋担いで…とんだ役をやらされるもんだと思ってたが…そのお陰で俺にもサンタが来てくれたのかもな」

サイファーの声が近くなったり、遠くで暈けて聞こえたりしながら…少しずつ遠くなる。

「まぁ俺とは違って、色違いのサンタはスケールも違うって話か…俺の為だけにこんな莫迦でかい
トナカイに乗って来るとは随分と粋な計らいだ。…1日早く来る辺り、意外と抜けてるがな」

不意に襲ってきた気がする疲労感と寄り添ってる温もりに包まれてると、瞼を上げ続ける気力が
湧かなくなって…溜息を漏らした。
髪を梳かれる感覚が気持ち良い。

「俺の誕生日…クリスマス…間…」

途切れる声が酷く遠くで掠れ、温もりが与えてくれる安堵感に包まれながら…俺はゆっくりと意識を放り出した…───










─── ふと目覚めるとそこには目を閉じる前と変わらない位置にあるサイファーの姿。
まだ明け切れていない空は垂れ込めた鈍色の雲のせいで薄暗かった。
いつ頃寝てしまったのかを思い出せないまま、横にある温もりに体を寄せて、その鼓動を聞いてる。

「今、何時くらいだ?」
「起きてたのか?」
「まぁな。で、時刻は?」
「…06:24」

静かな声の問いかけは少なからず俺を驚かせたが…その言葉は再び訪れる別れを告げるようで。
同じ事を考えてでも居たのか、チッ…と短い舌打ちと共にサイファーが体を起こす。
俺の横に出来た空白は機内の冷えた空気を毛布の中に呼び込んで、剥き出しの肌に痛く触れた。

「もう、行くのか?」
「ああ…そろそろ点呼と報告の時間だ」

薄暗い機内に素肌を晒したまま、忙しなく着衣を整える後姿に苦しさが込み上げてきて呟いた。
サイファーはコートに腕を通しながらそう返して。

「…そうか」

溜息のように返した言葉は冷えた空気の中で凍ったように重く沈黙の中を音もなく転がった。
後はただ重いだけの沈黙が延々と続くように横たわり、俺達は互いに顔も合わせずに黙ったまま、動けない。
その時、不意にサイファーが所持していた携帯端末から呼び出しのコールが鳴り響いた。
弾かれるように顔を上げると、サイファーが俺を見ていて…。



「今夜は写真、枕の下に置け。絶対夢に出てきてやるから」



そう言って晴れやかに笑った顔が近付いて、唇が一瞬重なり…次の瞬間には、まるで幻のだったかのように離れていく。
そうしてサイファーは “夢の中で” と残して、一陣の風のように俺の前から姿を消した───










─── 粉雪が舞い散る中を掻い潜るようにしてガーデンに帰還した俺。
キスティスは少し寂しそうな笑顔で迎え、俺はそれに頷いて。
誰も居なくなった部屋はやけに静かで…。





…その日、日付が変わるまで部屋に戻れなかった俺は…きっともう約束に効力はないだろうと思いながらも、ジャンバーのポケットにしまったままだった写真を取り出した。

俺がそれを持ってきていたという事をいつ知ったのか。

変わらない笑顔の横の空白にはあのクセのある字で書かれた走り書きが添えてあった。





 To my Santa Claus.

 Thank you for coming today for me.
 It loves, and Merry Christmas!






「誰がサンタだ…」

その文字を目で追って…思わず出た呟きには笑いが入り混じり、気持ちは穏やかに凪いでいた。
写真の中のサイファーは穏やかな瞳で、ただ笑っている。
見上げた窓の外は、雪。
深々と降り積もるそれに願いをかけながら。
枕の下にそっと写真を忍ばせた。





† Fin †





---あとがき---

12/22〜24日にかけて行われたWebイベント『サイスコ冬物語−2004冬のサイスコ祭−』に
出品させて頂いた代物だった訳ですが。
この時、プチスランプ様がおいでになっていたもので…“アガアガ” 言いながら書いておりました。
短編とも言えない、長編とも言えない仕様なのはそのせいです。
ついでに玉砂利をゴロゴロ吐き出せそうなものになったのもそのせいです(真顔/言い訳


writing:H14.10.26



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