朝だというのに夕焼けに似た赤い色の空。けれどそれは太陽の所為で作られたものではなく、人間界でありながら、魔界であることを指し示すもの。
ずっと遠くに眼をやれば見慣れた薄青い空があるから、やはりこれは悪魔の居住する場所と人間の居住する場所の区切りなのだと思った。
魔界という響きだけならどんな恐ろしい場所だと思うのに、悪魔が生活していて魔王である自分と魔王になると言った自分についてきた人たちがいるだけで、他の地域と特に変わりはない。
つい最近まで自分が人間であったとき生活していた場所は封鎖されていた時に暴動や小競り合いによって破壊されていたので幾分様変わりしていたものの、変わらず同じままそこにあった。
封鎖中、避難所になっていた公園のベンチに座り、そんなこと思う。「レン、何やってんの」
呼びかけられて振り返ると、そこには人間や天使に魔王の盾と称される友人がいた。
そんな大仰な名前をつけられた彼は、けれど人でなくなっても人の時のままの彼だった。
変わったのは、帽子をかぶらなくなったことくらいだろうか。
吊り上がり気味の眼を細めて笑う彼は、力さえ行使しなければ、本当にとても優しい彼のままだ。
「うーん…散歩かな?」
「一人で歩かせるなってナオヤさんに言われてるんですけどー」
「ああ、ごめん」
「一応魔王さまなんだから」
ハクがつかないよ、とアツロウは笑う。
お人よしにも、魔王になると言ったレンに最後までついてきた友人。それまで共にいた人間は離れていったのに、彼だけはレンの元に残った。
いつか痛い目みるよ、と言い続けてきたのに、結局アツロウが痛い目をみることになったのはナオヤと自分の所為だ。
ごめんね、と何度も言った。何度となく懺悔した。自分で決めた道を自分が行き、生くのであればそれはいい。ナオヤはともかく、カイドーやマリたちに対して、アツロウに感じるような罪悪感が浮かばないのは、彼らがそれを望み、選び、生くと決めたからだ。
けれどアツロウの場合は違う。彼が望んだ道を自分は選ばなかったし、他の人間が望んだ道も選ばなかった。
それがそれまで共にいた人間との決別に繋がることもわかっていたから、アツロウとも離れるのだろうと思っていた。
それなのに、彼は少し困ったようにしながらも、お前がそうするならオレはついていくと言って、結局レンについてきてしまった。それが何を示すのかも、ナオヤほどではないとは言え聡明な彼が気付かないはずもないのに。
本当にお人よしだ。
「なんか言った?」
「ああ、うん、アツロウって人がいいよねって」
「はい?」
選んであげたかったとも思う。アツロウの望んだ道を選んでいたら、そうしたら彼はまだ人のままで、レンだって人のままで、多少世界は変わっていたかもしれないけれど、日常のままだったのに。
けれど、自分はナオヤの示した道を選んだ。選んだのは自分で、それについては今更どうこういうことはない。自分にとって、従兄の指し示した道が一番自分にあうと思ったし、これ以上誰かに傷ついてほしくないと思ったから。
遠い場所で、安全なところへ逃げて、きれいなまま生きて欲しいと思ったから。
だから、一等先にアツロウはその中に入るべきだと思っていた。
友達の少ない自分の中でも一等大切な心優しい親友にはこんな殺伐とした世界は似合わない、と。
「アツロウさ、後悔してない?」
「何を?」
「一緒にきたこと」
少し、驚いたような気配がした。
曖昧に笑んで、アツロウの言葉を待つ。
ここで後悔してると言われたら、おそらく自分はまた彼に謝るのだろう。今や敵対関係にある神にではなく、本来なら平和の似合う友人に懺悔し赦しを請うのだろう。
だけど本当はわかっていた。
「してる訳ないだろ」
彼がそう言って笑うのを。
優しくて聡いアツロウは、レンが思ってることも、言葉の裏側にある願いもわかっているはずだから。
ぽん、と頭を撫でて、アツロウは言う。安心させるように。
「お前のそばにいたいって思ったから、ここにいるんだ。選んだのはオレだよ」
選び、生くと決めたのは自分だと、なんでもないことのように笑う彼にどれだけ救われただろう。
泣きそうになって俯いて、泣くまいとして唇を噛んだ。
情けないとは思ったけれど、魔王だなんだと人間や天使に畏れられたとてレンだってまだ子供だ。威厳ある魔王を望まれても困る。
髪を梳くように撫でていた手が離れて、暖かい手が自分の手に添えられた。
「ごめんねアツロウ」
「オレが選んだんだ、レンが気にすることじゃないよ」
「…ありがとう」
ついていくと言ってくれて。
ついてきてくれて。
今もそばにいてくれて。
選んでくれて。
罪悪感と感謝とが渦巻いて巧く笑えない。
変に歪んだ笑顔になった自分に、アツロウはまた笑って、帰ろうと言った。
剣だの盾だの叡智だの仰々しい名前をつけられた、本当は優しい人たちのいる、魔王という名のただの少年が住む城に。
レンを選び、生くひとたちの住む城に。
「うん」
手を繋ぎ、夕焼けに似た、魔界であることを象徴する空の下、その気になれば飛ぶことも翔けることも出来るのに歩いた。
今この時だけは、ただの少年でいたかった。
デビサバは魔王様ご一行がすき。
ちなみにヒルズが変形したお城に住んでます。魔王って言ったら城だろう!(え
2010/10/26 改訂
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