お城をつくろう。
ベルの力を手にし、真に魔王となった時、世界は違って見えた。
どこも変わっていないはずのそれらがまったく違うものに感じ、レンは戻れないのだと悟った。
戻る気もなかったけれど、どこか寂しいような気持ちになった。
力が満ち溢れていた。COMPを通して仲魔になった悪魔が歓喜の声を上げるのも、力に導かれて集まってきている悪魔のざわめきも、とても身近に感じた。
袂を分かった神の眷属の仲魔は名残惜しそうに消えていったけれど、中には残ることを選んだものもいた。
その瞬間から、日常はもう遠い場所にあった。封鎖中よりもずっと、遠いところにあった。

「なんか、力がうるさい」

脈動するベルの力。始原のベルの力。うざったくて腕を振ると、振った腕の先にあった壁がきれいに消えて、驚いたと同時に怯えた。
一緒にいたアツロウやカイドー、マリも驚いたようで、一瞬固まっていた。
ただ一人ナオヤだけはおかしそうに笑って、力の使い方を学ばねばならんな、と言ったけれど、高層ビルの壁がただ腕を振るだけでなくなった状況を少しは驚くべきだと思う。従兄にとっては予想の範疇だったのかもしれないけれど。

「…さて、俺は政府と交渉してこよう。蓮、ここは任せるぞ」

(いや、待て、任せるってなに)
薄ら笑顔でそう言って出て行こうとするナオヤを止められなかった一番力を持つはずの魔王は、結局ヒルズの修復にあたることになった。

           

「んー…力はあるんだけどなあ」

使い方がわからない。
元々魔法攻撃の方が得意だったレンは、回復するといってもサマリカームくらいしか使ったことがない。サマリカームは治すのではなく、呼び戻すと言った方がいい力だ。常世の祈り辺りもよく使ってはいたから、まったく扱えない訳ではないけれど、人体の回復に使う力を建造物を直すことに応用なんて出来るのだろうか。
それこそやり方がまったくわからなくてレンは大きく溜息を吐いた。
魔王にまで仕立て上げたんだからナオヤが責任を持って力の使い方を教えるべきだ、こんなのわかんないよ、とどこか投げやりに思いながら自身の力と相談する。
力だけならある。やり方さえわかれば出来るのだろうけれど。
アツロウにどうしよう?と視線で問うたけれど、同じようにどうしよう、と首を傾げられては途方にくれるばかりだ。

「マリ先生」
「うん?なあに?」

一番頼りになりそうな年長者に尋ねてみることにした。
攻撃だけでなく回復にも長けた彼女なら、あるいは直すということに関しても力の使い方がわかるのではと思ったのだけれど。

「マリ先生直し方わかる?」
「ごめんなさい、わからないわ…」
「…だよね…。これどうやって直せばいいんだろ」

そもそも人の力ではない力で消滅した壁を材料もなしに直そうとしているのだ、直すことに特化していたからといって、これではどうしようもない。

「んなモン壊しちまえよ。全部」
「どういうこと?」
「壊れたヒルズじゃ魔王が住むにはちっとしょぼすぎんだろ」
「うん?」

(あれ、住むんだ、ここ?)

「もっとこうよ、魔王の城っぽくドガーンて」
「あら、いいわねえ、私お城に住んでみたかったの」
「えっと、マリ先生?」
「ねえ、アツロウ、お城ってどんなの?」
「いや、住んだことないからわかんねえし!」
「そうだよねぇ」

どこかの胡散臭い男のように語尾を延ばして考える。
お城、お城、と記憶を辿るけれど、そこまで中世の建造物に詳しくないレンにはドイツだかどこだったかのお城が有名だよなあ、くらいで想像力というものが働かない。
というか、壁一枚直すのに困っている状況で、さらに壊して作り上げるってどうやるんだ、と更なる問題が出てきた。
言いだしっぺのカイドーは何やら楽しそうに笑っているし、マリだって同様だ。アツロウだけは少し困ったように笑ってレンと一緒に考えてくれているけれど、魔王ご一行がこの空気ってどうなんだろうか。

「…とりあえずやってみたらいいんじゃないか?」
「うーん…さっきみたくならないといいけど…」
「はは、まあ、なったらなったでそのとき考えようぜ」

アツロウに言われて、貧困な想像力でも外観だけならなんとかなるだろうか、ととりあえず床に手を付いて神経を集中させる。
血が巡り、力が巡るのがわかった。おそらく力を集めることは出来る。発動が問題なだけで。
失敗してここにいるアツロウたちに怪我を負わせるのも嫌だし、交渉を終えたナオヤが帰ってきたときに馬鹿にされるのも嫌だ。ならばここは是が非でも成功するしかない。
一応魔王なんだし、と自分に言い聞かせて、カイドーの言う魔王の城っぽいもの、を思い浮かべた。

「うお、」
「きゃ」
「うわっ」

発光する。床が揺れる。魔の力のくせに白い光が辺りを包んで、まぶしさに眼を瞑り、次に開くとそこにはさっきあった光景はなくなっていた。

「あれ、失敗?」
「いや、多分成功…じゃないか?」

お城かどうかまではわからなかったけれど、随分と大仰な玉座らしきものやそこに続くカーペットがそこにはあって驚く。内装まで想像して力を使った訳ではなかったから、思わず、ラスボスの魔王がふんぞり返ってる場所みたい、と呟いてしまったくらいだ。
聞きとがめたカイドーに、魔王だからいいんだよ、と笑われたけれど、それ以外に感想を持てと言われてもレンには浮かばない。充分非現実的な名称を冠しているくせに、始原のベルの力の非現実さに、ゲームみたい、と呆れるしかなかった。

「はー、でもすげえな、レン。謁見の間とかだろ、これ」
「そうなの?」
「え、考えずに作ったの?」
「うん」
「はは、マジかよ」

ぼんやり玉座を見ているレンにかけられたアツロウの声も、少し呆れたような笑い声だった。

「非現実的だよね、今更だけど」

変わった世界。変わった自分。今レンが目の前にしている現実はゲームよりずっと非現実的だ。
東京封鎖が行われてからこっち、現実的だと思えたことの方が少ない。
けれど、すごいすごいとはしゃいだようなカイドーとマリの声だとか、アツロウの笑い声だとかを聞いていて、なんだかいいな、と思った。
世界が違って見えたからか、当然周りも変わってしまったのだと思っていた。だからこそ今いる場所の空気が余りに普段通りで驚くと同時に嬉しくなる。

「オレァちょっと見て回ってくる。コイツが理解してねえんだ、何があるかわかんねえからよ」
「じゃあ私も行こうかしら。ナオヤさんが帰ってくるまで休憩ね」

手を振って見送って、それから、はあ、と溜息をついた。
昨日までは悪魔を仲魔として使役出来るだけの他は普通の少年で、七日前までは本当にどこにでもいるような少年だったレンにとって、今手にしている力はどこか人事のようにも思えるのだ。

「疲れたか?」

気遣い気味に訊ねるアツロウに首を振って返す。
訊ねられた事柄が肉体的なものであるなら疲れてはいない。ひどく満ち足りた感覚すらする。
精神的なものであれば、疲れてはいないが多少ついていけていない部分もあったけれど。

「なんかすごいよな、ちょっとこうしたいって思っただけでこんなもんが出来ちゃうなんてさ」
「すごいよね、魔王ってこんなんなんだ」

やっぱり人事のように言いながら、日常であれば眼にすることもなかったような空間を見る。
魔王としての初仕事がお城の建築(?)だとは思っていなかったけれど、失敗しなくてよかったと思う。
その気もないのに壁を破壊してしまったときには、本当にどうしたらいいのかわからなかったのだ。この力を、巧く使えるときはくるのかと。

「なあ、レン」

ふらふら見て回っていると、玉座の前にいたアツロウに呼び止められる。
何やら楽しそうに笑ってレンを呼ぶので、同じように笑って、何?と訊ねた。

「ちょっとここ座って」
「うん」

言われるまま玉座に座る。
硬すぎず柔らかすぎない、上質な座り心地がした。玉座から見える視界は先とは微妙に異なっていて、魔王ってこんなんなんだ、と先に言った台詞を心の中で繰り返していると、アツロウが片膝を立ててしゃがみこんだ。
まるで王に傅く騎士みたい、と客観的に見て、首を傾げる。
魔王になってはみたものの、力以外に特筆してレンは何も変わっていない。アツロウだって変わっていない。そうさっきは思ったはずなのに。
立ち位置の所為か、場所の所為か、王と騎士が相対しているように見えてレンは首をことりと傾げた。
結局何がしたかったんだろうと思って声をかけようとすると、顔を下に向けているアツロウが、真剣な表情をした。

「魔王の誕生に祝福を。そして永遠の忠誠を」

………。

「ええ?」
「いやー、一回やってみたかったんだよな、こーゆうの!」
「アツロウゲームのやりすぎじゃない?」
「オタクで悪いかっ!」

あの一瞬の真剣な表情はなんだったのだと言うくらいに一気に空気が和らぐ。
ひとしきりアツロウと一緒になって笑って、言った。

「ほんとにずっと一緒にいてくれるの?」

玉座を降り、アツロウの前にしゃがんで、笑みを乗せたままの表情で訊ねると、当たり前のように頷かれた。
それがおかしくてまた笑う。
(ああ、いいな。こういうの、いいな)

「なあ、レン。オレ、ほんとにずっといるから」
「うん」
「ナオヤさんみたく天才じゃないし、カイドーみたく強くないかもしれないけど、そばにいるから」
「うん」
「お前の盾にくらいはなれると思う。だから、」

帰ることを望んだ日常には程遠く、けれどとても優しい空気。
選んだ道は正解ではなかったかもしれない。他にもっといい方法があったかもしれない。けれど、決して間違ってはいなかった。
笑って、話せるから。

「ありがとうアツロウ」
「レン」
「だいすきだよ」

(捨ててきたものは、きれいな場所で笑ってくれてたらいい)
(きみたちが傷つかないように、守るから)
(オレはここで、笑えるから)

来るべき神との戦いに向けて、やることは山積みだ。初っ端で力の使い方を間違えてしまったけれど、慣れれば巧く使えるはずだ。
想像力の貧困な状態でさえヒルズを城に変えるだけの力は行使できた。だから大丈夫だ。
畏れることはない。天使や神にも、レンの中にある大きな力にも。

「オレもすきだー!」

あはは、と声をあげて笑いながら、レンとアツロウは子犬がじゃれあうように転げまわった。
魔王という名を考えれば、首を傾げるほど無邪気に。

            


お城製作。ヒルズやその周りにあった建物の部品(部品て)を変換して増幅して出来上がりました。(どんな)
主人公は猫っぽい(ヘッドフォン猫耳だし)しアツロウだって猫っぽいと思う。
ナオヤは蛇っぽい。
ナオヤはこの後上機嫌で帰ってきて、ヒルズがお城になってるのを見てさらに上機嫌になって、機嫌がよすぎて怖いとか思われればいい。

2010/10/26 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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