願わくば笑顔で
わたしのこの目をあげましょう
わたしの血も肉も涙もすべて
わたしのすべてを惜しみなく

魔王の名を冠するものが生まれてから何度目かの侵攻をしてきた天使をすべて消し去って城へ戻ると、哀しげなメロディに乗せた透き通るような歌声が遠くから聞こえた。
ローレライのように魔力のこもった歌ではなく、ただただ耳に優しい美しい歌声。低い訳でも高い訳でもないその声はこの城の主である魔王のものだ。
王と言うにはまだ幼く、力の強大さに比べ、ひどくか細い印象を受ける自分たち悪魔の主は、それこそ魔王だというのに悪魔たちの元へ来たがっては、戦いの傷を労わるように歌い、戦場での功に労いの言葉をかける。
城に居住を許されている悪魔は魔王らしからぬ彼が、魔王になる前から付き従っていたものが多い。その分、彼の為に戦ってきたものが多いとも言える。だから彼が自分たちの元へ訪れる時、どこか嬉しいような、申し訳ないような気持ちになった。

「主、またこちらに来られていたのか」
「クーフーリン」

呼びかけると歌を止めて彼は振り返る。浮かべていたのは笑顔だったけれど、メロディと同様、どこか哀しげな印象を受けた。
傍まで行って膝を付き、頭を垂れると、少し慌てたようにして彼が言う。顔をあげてよ、と。
いつまで経っても彼は慣れない。魔王という地位にも、その力で得たこの城にも、クーフーリンが主として扱うのにも。
クーフーリンとて威厳ある王を望んでいる訳ではない。ただの少年である彼の時から彼は自分の主で、魔王になった今も自分の主だ。だから戸惑う姿を見て、可愛らしい方だと思いこそしても、魔王としていかがなものかと首を傾げることはない。
膝を付いたまま顔だけをあげると彼はじっとクーフーリンを見つめていた。線の細い腕が伸びて、クーフーリンの頬に触れる。

「ねえ」
「はい」
「怪我はしなかった?」

天使と戦う上で怪我はないかと言えば、答えはノーだ。けれどこの心優しい主にそれを伝えるのは憚られて、

「命に係わるような傷は受けていない」

と、曖昧に濁した。
けれど、彼はおそらくクーフーリンの隠した真意に気付いていた。
そしてクーフーリンが自分の身を挺してでもレンを守ろうとするだろうことにも気付いていた。
彼の指がクーフーリンの頬を撫でる。瞳が揺らいでいるのは、泣きそうなのを堪えているからだ。

「…泣かれるな、主よ」
「泣いてないよ」
「だが泣きそうな顔をしている」
「…クーフーリンは半神半人だからかな。すぐ見抜かれるね」

やだやだ、と幼げな様子で口にする姿が微笑ましいと思う。守りたいと思う。名称よりずっと儚げな、その気になれば自分たち悪魔を一瞬で消すことさえ出来る力の持ち主を、けれどこの手で守りたいと思う。
そう思う悪魔が多いから、彼の元へは多くの悪魔が集うのだ。ベルの王だからではなく、彼だからという理由で。

「戦うと決めたのはオレだから、誰かが傷つくとすればそれはオレの所為なんだ」

胸が締め付けられるようだった。
彼が歌うあの歌も、伏せた瞳にも、哀しくなるばかりだ。
彼は彼の手が届く範囲すべてのものに慈愛を注ぐ。自らのすべてを使って。
自己犠牲の精神は美しいとは思うが、クーフーリンは彼にそんなものを望んでいる訳ではない。
けれど、そんな彼だからこそ愛されるのだろうとも思った。
自分の頬を撫でる手を取って、そっと口付ける。クーフーリンに出来ることはそれくらいだ。

「主よ」
「何?」
「あなたは優しすぎる」
「みんなを戦わせてるのに?」
「皆、あなたの元で戦うことを選んだのだ。あなたの所為ではない」

触れている手から緊張が伝わってくる。彼の表情が一瞬、激しく揺らいだのを見た。

「少なくとも私はそう考えている」
「……優しいのはみんなの方だよ」

そうして彼が浮かべた表情は笑顔だったけれど、泣き顔でもあった。
見ていられなくて眼をそらし、掴んだままの手のひらに視線をやった。細い指だ。少年のまま魔王になった彼はもうこれ以上年を重ねることはない。髪や爪くらいなら伸びるかも知れないけれど、成長することはない。ずっと、この小さな体のままだ。力との比率がアンバランスに過ぎるほど、子供のまま。か細い体は、優しすぎる心の所為で折れてしまうのではないかとも思わせた。

「アツロウもナオヤもみんなも、オレに甘いんだよ」

それきり彼は何も言わなかった。
小さな声で奏でる旋律は、ひどく優しく、それでいて物悲しい。一人にしてしまえばそのままどこかへ消えていってしまいそうで、思わず、しばらく傍にいてもいいか、と聞くと、ほらやっぱり甘い、と彼は笑った。
甘くされるべき人だ、とクーフーリンは思った。

わたしのこの目をあげましょう
わたしの血も肉も涙もすべて
わたしのすべてを惜しみなく

あなたが笑ってくれるなら

「それは私の台詞だ」

クーフーリンの言葉に彼は不思議そうに首を傾げたけれど、クーフーリンが答えずにいるとすぐに歌を再開した。
思いを乗せるように歌う彼の歌はクーフーリンの方が常に主に対して思っていることだ。
すべてを捧げられる主と出会えた至福。隣に立てなくていい、後ろに控え、彼が望んだ時、彼に危険が及ぶ時、彼の前に立ち自らの力を奮えればいい。
そしてそれが願わくば彼の笑顔に結びつかんことを。

「主の歌は、とても美しい」

感じたまま賛辞を送ると、はにかんだような笑顔が返ってきた。

            


クーフーリンが好きだ。きっと主人公は歌がうまいと思う。
ただそれだけが言いたかったお話(どんな)

2010/10/26 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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