可哀想なひと。
取り留めのない映画のワンシーンのように何度となく見る夢。
客観的視点で見ることもあれば、登場人物の視点で見ることもある夢。
自分とよく似た顔の誰かが殺される夢。

今になってはそれがカインとア・ベルで、ナオヤと自分なのだとわかる。

彼が自分に魔王になるよう導いたのも、彼が神をあれほどまでに憎んだのも、あれが原因であれがすべての始まりだった。
何冊かの聖書を読み、辿りついた結論。天使やロキ、ナオヤが言っていた言葉の意味。夢の意味。
はるかな昔の哀しい出来事。地を耕す兄と羊を飼う弟。神への供物。捧げられた穀物と羊の初子。原罪を贖う為に血を求めた神。二人の育てているものを知っていた神。選ばれなかった兄と選ばれた弟。殺した兄と殺された弟。
ああ、だから彼は時々、あんなにも哀しい眼をするのだ。

ナオヤの部屋のベッドに寝転びながらぼんやりと見る。
無機質な赤い眼。赤は炎の色でもあるというのにとても冷たい印象の眼。
珈琲を片手に持って息を吐く、この上もなく可哀想な人。
たくさんのア・ベルの因子を持つ人のなかから、レンを選んだ、カインでしか有り得ない人。

可哀想だと思った。
魔王になると言ってから、彼はレンのことを従弟ではなく、弟と呼び始めた。魔王になってから、彼はレンの中のア・ベルを探るように、蓮、と呼びながら、ア・ベル、と呼んでいた。
彼の中で永劫続くカインの記憶。因子しか持っていないレンにはア・ベルの記憶と呼べるものがない。唯一あるとすれば、殺されるシーンのみだ。
だから彼の本当の痛みはわからない。カインとア・ベルが何を本当は思っていたのかもレンにはわからない。
ただ、ナオヤを不快に思ったり憎いと思ったりすることがないから、ア・ベルはカインを恨んでいる訳ではないのだろうと感じるだけだ。
大体、殺されたから憎むというのは安直に過ぎると思う。たった二人の兄弟だ。愛し、愛されていた神の子たち。ただ、絶対者がいた。それがカインにとって、ア・ベルにとって、悲劇だった。
ただ穏やかに、羊を育て、穀物を育て、生きているだけでよかったなら、幸せだったのだと思う。
供物を求められ、血を求められた。
絶対者の望むものを知りながら、血の通わない穀物しか持っていなかったカイン。それでもカインは必死で考えて、最高の出来の穀物を捧げた。けれど思いは通じなかった。
可哀想なカイン。可哀想なナオヤ。
ただ持っていたから羊を捧げ、供物だから初子を選んだ弟。血が通う羊を神は選び、弟を愛した。
絶対者からの愛は、兄と弟で差別されていた。
神からの愛は弟のもの。半身でもある弟はいつか神のものとなり、カインから離れていく。
殺すことが罪だと裁くなら、血など求めなければよかったのだ。どうして羊を殺すことがよくて、人は駄目なのだ。神の考えることも言動も、レンには理解のしようがないほど矛盾点が多すぎる。
血を求められたがばかりに亀裂が入り、最初の殺人が起きたのだ。
神は万能でも平等でもない。常々ナオヤが吐き捨てるように言っていた言葉の意味が、今ならわかる。

嘘くさい偽善者。

創世の神なんてくそくらえだ。
言われたからではなく、自分の意思で、けれどナオヤの望む通りレンは魔王になったし、神を憎んでもいる。
たった二人の兄弟にすら哀しみを纏わせる神なんかに人を慈しむ心があるだなんて滑稽過ぎていっそ笑えるほどだ。

「ねえナオヤ」
「どうした、蓮」
「愛されたかった訳じゃないと思うよ」

息を詰めたのがわかった。
誰が、誰に、とは言わずとも伝わったようだ。ごろりと寝返りを打って背を向ける。揺れ動く赤い眼なんて見たくない。
いつだって無機質で、冷たいばかりの赤い眼をしていればいい。
レンが本当にア・ベルで、カインの記憶を失くせないまま転生を繰り返したナオヤと同じように、始まりの記憶があったなら、もっと優しく、彼の眼を見て語り掛けることが出来たのかも知れない。
けれど、ア・ベルの因子であってそのものではないレンにはそんな気は起こらない。

「ア・ベル」
「オレはア・ベルだけど、ア・ベルじゃないよ」
「お前は俺の弟だ」
「可哀想だね」
「…何を」

可哀想なナオヤ。
気まぐれに兄と呼べば、彼は彼らしくなく喜び、ア・ベルでないと言えば、彼はひたすらに訂正をする。
神に牙を剥くと決めた今でさえ、彼の中の時は止まったまま。
気の遠くなる年月、ただ差別やそこから生じた歪みに苦しめられてきたのだからそれも仕方のないことかもしれないけれど。
いつか止まっていた時が、正しく動き出せばいいのにと思わずにはいられない。

「ナオヤをオレはとても大切に思っているけど、ア・ベルそのものにはなれないんだよ」

打ちのめされたような顔をしているのかもしれない。
背を向けているからわからないけれど。
本当は弟だって言われても構わない。実の兄弟のように育てられたし、ナオヤが従兄であることも中学に上がるまでは知らなかったのだ。弟だから、従弟だから、なんて些細なことだ。
ただ、自分を自分以外のものとしてしか見ないのなら、それは嫌だと思う。
レンはカインが大切なのではなく、ナオヤが大切だし、自分を通してア・ベルしか見ないのなら、それではレンがレンである意味がない。

「ナオヤがね、オレをちゃんとオレだってわかってるなら、別に弟って言ったっていいんだ」

「一度でもオレとア・ベルを切り離して見たことがある?」

「オレはア・ベルの因子を持つたくさんの人間の中の一人であって、ア・ベルそのものじゃない」

「ア・ベルだから魔王になった訳でもない」

「ナオヤの愛した本当の意味でのア・ベルなんて、もういないんだよ」

言葉は、刃になったかも知れない。
思っていたよりも声が冷たい音になっていたから、彼を傷つけたかも知れない。
何かを言いたげに、ナオヤがレンの名前を呼んだけれど、返事をする気にはなれなかった。
眼から涙が零れてきたから。
ア・ベルそのものでない自分に。ア・ベルばかりを追うナオヤに。その原因となった、今はもう敵対する神という存在に。ただただ哀しくて、涙が出た。

「蓮」

ぎしり、とスプリングが軋む音がする。ナオヤの手が肩に触れ、仰向けにさせられた。

「お前は本当に優しすぎるんだ」

おそらくこの時、ア・ベルにではなく、レンに彼は言った。
抱き起こされ、どこか縋るようにして抱きしめられた。
そろそろと抱き返しながら、そっと思う。

(可哀想なナオヤ)
(もういいんだよ)
(哀しみの連鎖はオレが止めてあげる)

ベルの力を手にしたレンは老いることも滅多なことがない限り死することもない。
だからナオヤが一人で転生を繰り返して生きることはもうしなくていい。
神に一矢報いたいのなら、それを叶えることだって出来る。魔王になった時点で、レンは神に反旗を翻したのだ。彼の望んだシナリオ通り。
けれど、レンはア・ベルであっても本当の意味ではア・ベルではないから、すべての望みを叶えることは出来ない。

「蓮…」
「…ナオヤはね、もう少し今を生きるべきなんだよ」
「お前が望むなら善処しよう」
「それはオレがア・ベルだから?」
「…お前が、共にあるから」

本当に、可哀想なひと。

ねえ、オレが知る中で最も可哀想な人よ。
もう、いい加減鎖を断ち切りなよ。

ねえ、もう、ナオヤとして生きたって、いいと思うよ。

              


別に自分だけが愛されたかった訳じゃなかった。

どこまでも可哀想だよな、ナオヤって、とアマネルート後しみじみと思ったので書いてみた。
神に対して(というか聖書で語られているものすべてに対して)偽善で傲慢で不平等だと思ったのは主人公ではなく佐倉さんです。
ア・ベルとカインの話は多少捏造入ってるので鵜呑みにしないでね!(笑)

2010/10/26 改訂

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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