神様はいない。
さらさらと風に髪を弄ばれながら、彼は見る。
赤暗い空の向こうにある瑠璃色の空を。赤の混じらない本来の色をした空を。
彼は選んだ道を後悔していない。ただ、突き放し、遠ざけた人をその空の先に見る。

それを見つけたのは偶然だった。
空調の効いた部屋は快適なはずなのに、何故かひどく寝苦しくて目を覚ました。外の空気でも吸おう、そう考えてアツロウはそこに立った。
お城というだけあって広いバルコニーに出て、なんとはなしに見つめた空。我らが王の住まう部屋のバルコニーに、人影が見えた。
(レン?)
目を凝らして見ると、予想通り親友の姿があった。
何をしているんだと疑問に思い、そのまま見ていた。力を使えば彼の元に飛ぶことは可能だったけれど、踏み入るべき時ではないと直感的に感じ、そのまま何をするでもなく見ていた。
ただ、目を離せば彼は消えてしまう、何故かそんな予感がした。

髪をなびかせながら、彼はどこかを一心不乱に見つめていた。
身動き一つしない。それを見つめるアツロウも動かなかった。風だけが存在を主張するように音を立てて吹く。それ以外は何もない。
やがて彼は何度か瞬きをして、祈るように瞳を閉じた。
痛いほど背筋を伸ばし、前を向いたまま、ゆっくりと瞳を閉じた。
魔王である彼は神を憎んでもいる。だから祈りを捧げるという表現は当てはまらないかも知れないのだけれど、そのように見えた。
或いは、何かを誓うかのようにも。
言葉もなく、立ち尽くす。アツロウはただ、瞬きすらせずに彼を見つめ続けていた。
音もなく彼の姿が消える。何故だ、どこに、と思う暇もなく、声がかけられた。

「アツロウ」

バルコニーの柵の上に座り、よく浮かべる曖昧な笑みを浮かべて彼はいた。
気付かれていたのだ。
短い時間ならともかく、あれだけの間見ていたのだから、気付かれない方がおかしいと言えば確かにそうだ。
なんとなく気まずく思って、頬をかく。少なくとも彼は怒っている訳ではない。彼は怒る時でさえ口元に笑みを浮かべることが出来るけれど、目だけは冷たく冷え切るから、細めた瞳にはしっかりと温度があることに安堵して、ごめん、と謝った。

「ううん。心配してくれたんでしょ?」
「……」
「なんでもないんだよ。遠くに見えるあの空の下には、みんながいるのかなって思っただけなんだ」

だから心配かけてごめんね。彼は言う。透き通るような声で彼は言う。そこに哀しみや後悔の色はなかった。
そっと近寄り、腰に抱きつく。彼も自分も外にいた所為であまり暖かくはなかったけれど、それでも確かめるようにぎゅっと抱きしめて呟いた。

「オレひとりじゃ、駄目なのか?」

離れていった人たち。それを彼が大切に思っていたことは知っている。自分が大切に思われていることだって知っている。彼が、本当はアツロウこそあちら側にいるべきだと思っていたことも。
けれどアツロウは彼を選んだし、彼以外のものから離れた。アツロウにとって彼はとても大切な親友で、それ以上に好いていて、彼の傍にいたかったから、それでいいと思った。彼さえいるならいいと思ってついてきた。けれど彼はそうではないのだろうか。
(オレはここにいるのに、そんなにも?)
まっすぐな眼で前を向き、背筋を正し、祈るように眼を伏せた彼。
折れそうなほど細い腰を掴んでも、彼は今にも消えてしまいそうな雰囲気のままでアツロウは焦燥を募らせる。

「アツロウ。」

唐突に、彼の手がアツロウの髪を撫ぜた。
いいこ、いいこ、と宥めるように撫ぜる動きに眼を閉じる。

「アツロウがいてくれるだけで、オレには充分すぎるよ」
「でも、あいつらを思ってた」
「もう会えないからね。笑っていてくれたらいいと思ったんだ」

そうして捧げる先すらないのに祈るのか。

「思うことしか出来ないからね」

祈り、と彼は言わなかった。願うとも言わなかった。それを滲ませてはいたけれど、彼はその言葉を口にしなかった。
ただ、何度も何度もアツロウの髪を撫でて頭を抱え込むように抱き返した。
そしてとても小さな声でアツロウの名前を呼んだ。

「大切なものに順番をつけるのは嫌いなんだ」
「うん」
「でもいちばん最初に浮かぶのはアツロウの名前だよ」
「…ああ」

とんでもない殺し文句だった。
たった一人で遠くを見つめさせてしまうような非力な自分には、もう二度と交差することのないほどに運命を違えた人たちにさえ嫉妬してしまうような自分には、勿体なさ過ぎるほどの。

「オレは、」

嬉しいのに、何故か泣きそうになって、それ以上は言葉に出来なかった。
だからその代わりに力いっぱい彼を抱きしめた。

「苦しいよ、アツロウ」

笑いながら言う彼に、ずっと笑顔であれと祈った。
彼が離れた人の笑顔を願うのなら、自分は彼の笑顔を願おう。

(祈る先なんて、ないけれど。)

              


嫉妬させたかっただけなんだけどな…。
とりあえずタイトル的には自分たちには祈りを捧げるような神はいないという意味。(不親切!)

2010/10/26 改訂

              

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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