万魔の花嫁
大切な人の安寧の代わりに自らを差し出そうとする愚か者よ。
魔という闇に身を捧げる、哀しみの花嫁よ。
賛美歌も祝福の言葉も跳ね除けて、ただ静かに深い闇へと進んでいく。
ああ、なればこそ。せめてヴェールを持つ役目を与えてはくれまいか。

        

「ねえ君は、魔王になるつもりなんだね」

ベル・イアルを倒して、いよいよ最後の日が迫ってきていた。
よほどのことがない限り、彼は自分とアツロウ以外の人間に戦いに参加させようとはしなかった。
こちらが出してくれと言えば、気をつけて、と返されるだけで出るなと拒否された訳でもない。けれどそれでなんとなく気付いてしまった。いや、何度となくそうではないか、と思いはしたけれど、結局今の今まで聞くことが出来なかったのだ。
だから今、ケイスケはレンに向かってそんな質問を投げかけていた。
幾ばくかの間が流れて、それからくしゃりと彼は顔を歪めた。
今にも泣き出しそうな、それを必死で留めているかのような、そんな顔で。

「そうだよ」

やっぱり、と思った。
神や天使に対して、彼は何故か時々、ひどく不快感を露にすることがある。
悪と言うものに潔癖に過ぎるとケイスケは彼やアツロウに言われたけれど、それは彼らだって同じだ。潔癖なのだ、彼は。
試練という言葉で人間を縛りつけ、あまつさえ頭を垂れろと言う。一度理解出来ないと感じたものは、どんなになったって理解出来ないままだ。
自分がそうであったように。
やり方はともかくとして、と前置きはあったけれど、彼らはケイスケの行いを責めなかった。気持ちはわかるよと優しく笑んでさえくれたのだ。
だからきっと、根底は同じなのだ。各々の性格によってその表現方法が違うだけで。
そう。根底が同じだからこそわかる。

彼は神に跪いたりしない。神に怯えて生きたりもしない。

アツロウやジンが示した道。アマネが示した道。彼の前にはきっと色んな道がある。そして彼はきっともっとも自分自身を傷つけるだろう選択肢を選ぶのだと思う。
それはもう、予感ではなく、予知。

「誰も、つれてかない。みんな、もう少ししたらさよならするんだ」
「水城くん…」

あまりにも哀しそうな顔で、言葉だけが割り切った風に綴られる。
彼はおそらく彼の従兄の元へ行くのだろう。そこにケイスケたちは必要ないのか。
そう問うて、自答する。
封鎖から出たい、家に帰りたいとそればかり口にしていたユズ。ヒーローになりたいと、正義をわかってもらいたいのだと悪魔使いとなったミドリ。悪を許せないと言って仲魔を使い、あまつさえ人を殺めた自分。魔王なんて悪の象徴のようなものではないか。その先に待っている戦いの日々を思えばユズは袂を別つだろうし、ミドリだってそうだろう。自分だって行けはしない。
ではアツロウならどうだろうか。
人間の発展の為に悪魔を制御する道もあると言っていたアツロウ。けれどアツロウはレンがたとえ魔王になると言ってもおそらく付いていくだろうと思う。
なんとなくそんな気がして、実際そう口にしてみると、レンは小さく、けれど哀しみの影のない笑顔で笑った。

「アツロウはね、人が良すぎるから」
「うん」
「ひょっとしたらついてきてれるかもしれない。でも、ほんとはついてきてほしくない」

それは、ともすればお前は不必要だと言われているような台詞だった。
けれどケイスケはそこにある心情を正しく読み取って、言葉を返す。

「一緒にいると、危ないから?」
「……うん」
「僕も、ミドリちゃんも、谷川さんも、危ないから連れていかないの?」
「ベル・イアルだけでもあんなに大変だったんだよ。どんどん強くなる敵にどうしてついてきてよって言えるの?」

彼の顔にはもう笑顔はなかった。
人が傷つくことに怯えているのだ。だからラプラスメールの内容を必死に変えて、自分たちが生きる為というのも含まれていたけれど、数々の危険を冒しても他の人々の運命さえも書き換えてきた。
彼の心は揺らがないのだろう。たとえケイスケが何を言ったとしても。アツロウであれば多少耳を貸すだろうが、結局彼は意思を曲げることはないのだと思う。

「みんなを守りたいの?」
「うん、知ってる人、みんな、みんな笑っててほしい」

ああ。大切なひとの安寧の代わりに自らを差し出そうとする愚か者よ。
魔という闇に身を捧げる、哀しみの花嫁よ。
祝福の言葉は聞こえない。
呪いの言葉をその身に受ける覚悟さえ決めてその道を進むと微笑むのなら。
ああ、ならばせめて。

せめてヴェールを持つ役目を与えてはくれまいか。

「…じゃあせめて。水城くんが、魔王への道を進むまで一緒に戦わせてね」

哀しき花嫁が、身を捧げるその時まで。

              


実際トレーンベアラーをするのは小さな女の子ですが。エスコートとかいう柄じゃない(ひど!)のでまあいっかと。
ほんとは絶望の花嫁とかって使いたかったんだけど、主人公は絶望しねえ!と思ったので傍から見て悲しみを背負った人という意味にすり替えて書き換えてみました。

2010/10/26 改訂

              

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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