今、この手にあるもの |
魔王という立場になって数ヶ月。レンはそれまでに手にしていたものの多くを失い、そして多くを手に入れた。 失ったものは戻らない。同じものを手に入れようとすることは許されない。 後ろを振り返るのは嫌いだった。今がすべてだ。今を大切に出来ない人間なんかに、厳密に言えばすでに人間ではないのだけれど、とにかく生きる価値などないように思う。 だから、精一杯、レンは今を大切に生きていた。失ったものの代わりに手に入れた多くのものを、とてもとても大切にしていた。 ある日、アツロウがデジカメを片手にやってきた。 「はい、チーズ!」 と、お決まりの文句を言い放ったので、二人共条件反射で笑顔を浮かべ、ピースサインを作る。 「…どうしたの?いきなり」 聞けばアルバムを作りたいのだと言う。それを聞いてレンもマリも少し眉根を寄せた。彼の実家にはあったはずのアルバム。今まで歩んできた証がそこにはあっただろうに。 「別にアルバムとか執着したことなかったんだけどさ、なんか残して置きたいんだ。ほら、たまには普通のことしとくのもアリだろ?」 ぴこぴことCOMPを操作し、しばらくの後。 「てめ、そんなことの為にレン使って呼び出したのかよ…!」 会話を聞くだに乗り気ではないらしい。まさか写真を撮られるのが嫌だという訳ではないだろうし、おそらくただ単にめんどくさいのだろう。 「思い出作り、楽しそうなのにね」 残念そうに同意するマリに他意はない。レンだって素直な言葉を口にしたに過ぎないのだが、それを聞いたナオヤとカイドーは一瞬沈黙し、それからやけに張り切った様子でアツロウを急かした。 「…蓮がそう言うなら付き合ってやろう」 レンでさえ先ほどの文句はなんだったのかと思ってしまうような手のひらを返したような態度になった。 最初は普通の写真だった。ポーズを取って、笑顔を撮って。それがだんだん砕けていき、レンを背負ったカイドーだとか、一向に表情の崩れないナオヤを羽交い絞めにし、くすぐり倒した写真だとか(意外にくすぐったがりなナオヤは目論見通り爆笑した)、普段からすれば首を傾げるほどはしゃいだ写真になっていった。 「ちょっとはしゃぎすぎた?」 普段写真を撮る機会というものは存外少ないようで、最初はつまらなそうな顔をしていたナオヤもカイドーも楽しんでいるようでアツロウは満足そうに笑っている。 「ねえ、もう一枚みんなで撮ろうよ」 丁度通りかかった悪魔に頼んでカメラを渡す。撮影してもらい、御礼を言ってカメラを受け取ると、集合写真にはそうするようにと言い含めた訳ではないのに笑顔を浮かべたみんながいた。 それは、失ったものの代わりに手に入れた、とても大切なもの。
日常のひとコマ。「アルバムの中に」と同時期に書いたものの、気に入らなくて書き直してたもの。 2010/10/26 改訂
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