透明な雫
すべてのものに等しく愛を注ぐと言うのなら、何故神は彼を愛さない?
背いたなら、慈悲を持って諭すのではないのか。自分を崇めぬ者は愛さないのか。
何故悲劇があり、苦痛があり、こんなにも哀れな魂があるのだ。
神に愛され、神に牙を剥き、結果神に見捨てられた魂は、ただただ神が愛さなかったすべてのものを憂い、透明な雫を零すのだ。

     

種族として敵対するからという理由以外に、元々神に不満があった。
それが主を得て、確固たる理由が出来た。
クーフーリンが知りうる中で、最も愛されるべき者が悲しみに顔を曇らせ、神に背いたから。
悪魔とカテゴラズされる身分でよかったと思った。これで最期まで自分は彼と共に戦えるのだと安堵した。

マントを翻し、ゲイボルグを振る。それに合わせクーフーリンの長い髪が揺れた。
数本、髪が散ったかもしれない。けれどそれだけだ。身に受けるような怪我は一つとしてない。
怪我を負えば主は酷く悲しむから、悪魔たちは自分の身を守ることを最重要事項として戦っていた。
クーフーリンの主は今までのどんな魔王よりも悪魔に好かれている。そして今までに知る誰よりも悪魔を愛してくれた。
それに応えたいと思う。それはおそらくクーフーリンだけでなく、彼の元に集った悪魔すべて例外なく。

「沈め」

一息に天使の胸元にゲイボルグを突き刺せば、鏃が開き、内臓をぐちゃりと潰すような音が聞こえた気がした。
ゲイボルグを引き抜こうと力を込めた瞬間、背後から強く引っ張られる。視線だけを移せば下肢の無くなった天使が憎憎しげにクーフーリンの髪を掴んでいた。
呪文を唱えようとしているらしい天使に、自分の失態に舌を打つ。ゲイボルグを抜くには少し時間がかかる。抜いている間に攻撃されるだろうことは想像に難くない。
とすれば、やるべきことは決まっていた。
ほとんど使うことのない隠しナイフを取り出して腕を伸ばす。青い髪が、ざくり、と音を立てて切れた。
呆然としている天使の脳髄にそのままナイフを突き立て、押し込んだ。
天使はもう動かない。今度こそゲイボルグを引き抜き、改めて周囲を見渡す。周りに生きた天使の気配はもうなかった。
倒れた者の中に悪魔の姿がないことを確認し、クーフーリンは撤退命令を出した。

     

「おかえりなさい」

ほっとしたような顔で出迎える主にクーフーリンは相変わらず王らしくない、と苦笑した。
戦いに赴く悪魔に気をつけてと祈り、戦いから戻った悪魔を優しく出迎える魔界の王たるクーフーリンの主。そしてその場にいるすべての悪魔の主。
数多いる悪魔の中の一人でしかないクーフーリンは遠くから彼の姿を見ていた。
しばらくして、彼の視線がクーフーリンのところで止まる。不思議に思ってそのまま見ていると、レンはクーフーリンの元に駆け寄ってきた。

「クーフーリン!」

条件反射で跪き挨拶をすると、主は少し慌てたように言葉を発した。

「どうしたの、その髪っ」

ああ、先ほど切った髪のことか、と主に説明をする。自分の不覚を説明するのは不本意だが、主が訊ねた事柄に偽りを告げることは出来なかった。
一通り説明し終わる頃にはレンの顔が哀しみにだろうか、曇っていた。
呆れられたか、とどこか苦く思っていると、突然彼の表情が今にも泣き出しそうに歪んだ。

「きれいな髪だったのに」

「ごめんね。ごめんね」

ふわりと抱きしめながら、レンは言う。
戦わせてごめんね、と王にはとてもではないけれど見えない、子供のような泣き顔だった。

戦うことを決めた本来なら誰よりも愛されて祝福された生を送るはずだった彼。
数多の悪魔の一人でしかないクーフーリンにさえ涙を流してくれる優しい魔王。
しばらくしてそっとその体を離し、真剣な目でクーフーリンは彼を見た。

「髪を失うより、主の顔を曇らせる方が辛い」

クーフーリンとしては尤もなことを言ったつもりだ。
けれど彼は一瞬、驚いたように目を見開いて、潤んだ瞳もそのままに、

「君は優しいね」

と言った。

              


なんかもういっそクーフーリンと主人公はラブでもいい気がしてきた(待て)
うちの主人公は悪魔たちに異様に慕われてる設定です。

2010/10/26 改訂

              

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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