ユズがそれに気づいたのは、レンが魔王となって随分経った頃だった。
徐々に広がっていく赤い空から逃れるように引越しの荷造りをしていた時、ユズはアルバムを見つけた。
小さな頃からことあるごとにカメラを向けていた父の所為でユズのアルバムは十冊を超える。
なんとなくアルバムを開くと赤ん坊の頃の写真。いくつかのページを捲って、幼稚園の入園式。そこでユズの手が止まった。

「…レン」

最後に会ったレンよりずっと幼くてぽやぽやとした男の子がユズと一緒にピースを作っていた。懐かしくて思わず笑う。
またひとつページを捲るとユズとレンが昼寝をしている写真があった。
（こんな時もあったんだね）
そのページを境に、ユズのアルバムの中には当たり前のようにレンの写真が散りばめられていた。
ビニールプールで遊ぶ写真。アイスを食べている写真に、泣いているユズを心配そうにみているレンの写真。入学式はユズ一人の写真とレンと二人で映っている写真があった。
（ああ、こんなに一緒だったんだね）
荷造りをするのも忘れて、ただアルバムのページを捲る。
小学校、中学校。ユズのアルバムの中には様々なレンがいた。今はもうユズの隣には彼はいないのだけれど。
高校のページに入ると父が撮ったものではない写真が増えた。アツロウのデジカメで撮った写真だ。その頃からユズとレンの写真よりも、三人で映った写真と、ユズが撮ったアツロウとレンの写真が増えていった。
自分のアルバムのはずなのに、友人二人の方が出張っている気がする。
誰のアルバムだかわからないほどだ、と少し呆れながら、またページを捲った。

ふと、一枚の写真で視線が止まる。
不意打ちで撮ったもの。アツロウに笑いかけるレンだった。確かこれを撮った日の夜、すごい可愛い顔したレンが撮れた、と家で騒いだ記憶がある。
アツロウといる時に、時折レンが見せるその表情を撮影することばかりに気が行っていて、気づかなかった。
けれど一気にアルバムを見て、今初めてユズは気づいた。

自分と一緒に映っているレンは、決してそんな表情をしていなかったことに。

写真だけではない。記憶にある限り、ユズはレンにそんな表情をされた記憶がない。
愕然としながら記憶を辿ると、ナオヤの前、アツロウの前でしかその表情を見たことはなかった。
もしかしたら、彼はユズがレンに対して抱いている好意と正反対のものを自分に抱いていたのではないか。いや、そこまでいかずとも、ただの、そう、ただの知り合いとか。

「…違う」

抱いた疑問に首を振って否定した。
それはユズの希望的観測かもしれないけれど、違うのだと思う。
アルバムの中のレンは、確かにユズが一番向けて欲しかった笑顔も感情も向けてはくれていなかったけれど、優しく笑ってくれている。
わがままばかりだった封鎖中のユズにさえ、優しく微笑んで、大丈夫だよと言ってくれた。
きっと対象が違うのだ。

「…甘えたかったんだね、レン」

写真に指を滑らせながらユズはアツロウに笑いかけるレンに語りかけた。
ナオヤもアツロウも、レンには甘い。もちろんユズだって出来る限り優しくしていた。けれどやり方が違う。それはユズが女の子だからだ。
好意を持っていても、それを表に出すのは恥ずかしかったから、甘やかすとは少し違った。
そしてユズはレンが甘えたがっていたことにも気づかなかった。
寂しがりやで、そのくせそれを口にすることのなかったレンを、ユズはあれほど一緒にいたくせに理解していなかった。
きっとそれをアツロウは理解していたから、レンと一緒に行ったのだ。
（ああ、あたしも行けばよかった）
（あんなに一緒だったのに）
（ちっともわかってなかったね）
随分長い間レンと一緒に過ごしてきたくせに、優しくて強くて自分を守ってくれるレンばかりが彼だと思い込んでいた。
レンについていかなかったことを今までも何度となく悔やんだけれど、この時ほど後悔したことはなかった。

あんなに一緒にいたはずなのに、ちっとも本当のレンを見ていなかった。
あんなに一緒にいたくせに、自分の理想を追い求めて我侭を言うばかりで、彼の弱さに気付いてあげられなかった。
（ほんとのレンとは、ちっとも一緒にいなかったんだね、あたし）
自分の馬鹿さ加減に絶望し、けれどそれを知っていてついていったであろうアツロウに一縷の希望を見出し、ユズは大きく息を吸った。

今ではもう後の祭りだ。ここで何を言っても思っても仕方がない。
ただ、だからこそせめて。
アツロウだけはずっとほんとのレンと一緒にいてほしいと願って、ユズはアルバムを閉じた。

思春期の少年の甘えたい気持ちなんか、同世代の女の子が気づくはずないよね。
でもまあ気づいてたら、ユズは来てくれたかなと思って。

2010/10/26　改訂