契約の口付け
愚かな神の下僕共が神の寵愛を受けんが為かつての愛されし神の子に牙を剥く。

けど、ちょっと相手が悪かったんじゃない?

レンの周りには数多の悪魔が跪き、多くの魔王が控えている。
叡智と剣と盾からなる魔王軍を、彼ら天使は甘く見すぎていた。おそらくは、神も。
偵察に来たのか、滅ぼしに来たのか、どちらにしても数少ない手勢で彼らは城に足を踏み入れた。
魔界に入り込んだ時点でそれはわかっていたのだけれど、レンが暇だしいいんじゃない?と言った為に放置することになった。
争いを好まなかった少年は、戦うべき相手と戦うことを躊躇しなくなった。
自分の出番はなさそうだとロキは風に紛れて傍観することにした。

本来の意味で使用されることの少ない玉座に、仰々しいまでのマント姿でレンが座る。
その一歩後ろに叡智が立ち、剣と盾がレンを挟むように手前で待機。側近とされる悪魔はひっそりと傍近くで控えた。

「ようこそ!魔王城へ!」

どこかでイッツショータイム!と言う掛け声が聞こえてきそうなほどに、舞台は美しく整えられていた。
出迎える魔王の表情はどこか楽しそうにも見える。
控えている叡智たちも結果が見えている為かじんわりと笑みが浮かんでいる。
手薄な警備にのこのことやってきた天使たちは愚かにも武器を手にし、魔王軍に挑もうとしている。

(ああ、馬鹿みたい。大人しく報告に帰っていれば痛い目みなくても済んだのにねぇ)

傍観を決め込んだロキはただ見ているだけ。
こんな少数の天使如きに傷つけられるほどレンは弱くないし、側近も弱くない。
案の定なんの面白みもなく、天使たちは次々に膝を付いていった。
謁見の間が天使たちの血とレンたちの攻撃で汚れていく、壊れていく。
弱いものいじめみたい、とあまりに一方的な様を見て思うけれど、我等が魔王に手を出そうとしたのだ、当然の結果だ。

「もう終わり?」

静かな、けれどよく通る美しい声でレンが訊ねる。
彼は玉座から一歩たりとも動いていない。すべては剣と盾でことが済んだ。叡智がシールドを張っていたのか、服にも埃のひとかけらでさえ見受けられなかった。
出迎えた時と変わりない状態の魔王に、天使たちが怯む。

「もう一度聞くね。終わり?今ならまだ許してあげられるかもしれないよ。帰る?それとも…消滅する?」

ぞっとするほどの冷たさを含んだ声音に、ロキの鼓動は跳ねた。
いつから彼はこんな声を発することが出来るようになったのだろう。こんな、ロキたち悪魔好みの声を発すなんて普段の彼からでは想像がつかない。

「…く…っ!」
「どうするの?」
「…黙れ!汚らわしい忌み子め!」
「……」

ぴくり、と叡智の眉が動く。盾が動こうとしたのを、レンが制す。剣の眼光が鋭くなった。
流れるような動作でレンが立ち上がり、消滅しかかった天使の前に立って蔑むように見下ろした。

「我等が消滅しても代わりはいる。貴様らが辿る破滅の運命は創世神の決めた定め。いずれ貴様らは滅ぶのだ!」
「そして君はここで滅ぶのが定めなの?」
「我らの代わりはいくらでもいると言っただろう。己が身の心配をしたらどうだ」

そう言った天使は馬鹿にしたように笑い、ぺ、とレンの靴に唾を吐きかけた。
一瞬にしてその場の空気が凍る。
この時、叡智はため息を吐いた。盾と剣が立ち上がり、レンが手を振りかざす。
けれど、それより先にロキは動いた。

「馬鹿だね」

レンを侮辱した天使の四肢を吹き飛ばし、ついでに他の天使の残骸も消滅させて、ロキは笑った。
首から下がほとんど消えた生き物は、それでも天使だからか、完全に消滅するには至らず(わざと加減をしたのだけれど)、怯えきった目でロキを見た。
あれだけの言葉を、他でもない我等が魔王に臆することなく利いておいて、今更何を怯えるのだろう。

「自分のしたことわかってる?」
「ゆるして…っ!頼む、助けてくれ!」

(悪いけど、ちょっと無理みたい。)
以前ならともかく、今はレンに対してすっかり傾倒しているロキにとって、許されざる言葉と態度だった。
剣や盾ならもう少しまっとうな死に様を与えてもらえたかもしれないけれど、ロキはそんなに優しくはない。
なんだかんだと言ってもレンの言葉に従う叡智たちは手加減をして相手をする。だから天使が図に乗ったのだ。けれどロキは手加減などしない。悪魔らしいやり方で、それこそ目を覆いたくなるようなやり方で後悔させる。だから天使は本能的に怯えるのだ。
靴で天使の頭を踏みつけ、本格的に消滅させようとした時、レンの声が響いた。

「ロキ」
「…なんだい?魔王様」
「もういいよ」
「そう?」
「みんなの餌にする。消滅が御所望みたいだから」

餌にする、と言ったレンの言葉に天使が悲鳴を上げた。いや、その言葉と同時に放たれた悪魔に齧りつかれて、が正しい。
もちろん、ぱっとその場から離れて、ロキには返り血一つついていない。
やりすぎたとは思わないが、レンの機嫌を損ねたかもしれないと思い、とりあえずレンの前に立って微笑みかける。

「お褒めの言葉をいただけることをしたと僕は思ってるけど?」
「そうだね」
「君の騎士たちもそうしたがってたみたいだしね」

重ねて言えば、レンはまた同じように、そうだね、と返し、ロキを手招きした。
言われるまま近寄り腰を屈めれば。

「ありがとう」

小さな感謝の言葉と共に額へ口付け一つ。
体内の力が膨れ上がる感覚がしたから、魔王の力の僅かを分け与えられたのかもしれない。
触れられた箇所が熱を持ち、くらりと眩暈がした。

「馴染むまでは辛いかもね」

そう言ってすぐ、ロキを押しのけてレンは立ち上がった。
マントを脱ぎ、シャツの前あわせをくつろげて伸びをする。せーの、とやけに幼い口調で声を発すると、辺りが光に包まれた。
ほんの一瞬で天使の残骸も汚れたはずの絨毯もすべてが元通りになる。
そしてロキには視線一つ寄越さず、彼は歩いていった。その後を、盾と剣が追う。
その後姿をぼんやりと見ていると、叡智がロキを睨んでいることに気づいた。

「…何?」
「せいぜいレンの為に動け」

それだけ口にして叡智も消えた。
まったくあの兄弟は言うだけ言って、いつだってロキの返答も何も聞きやしない。

「まあでも、トリックスターの異名はしばらく返上しようかな」

未だ熱い額にそっと手を触れて、ロキは言った。

              


お出迎えして叩き潰すのが好きなようです。うちの魔王軍。そしてロキは基本的に傍観。
でも今回は珍しく出てきちゃった、みたいな。
力を分け与えるキスはある種の契約なので、今後ロキさんは多少前より真面目に主人公の味方をするはず。

2010/10/26 改訂

              

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!