「…今日は何」

レンは不機嫌も露に言葉を吐く。
金の猫足がついた白いバスタブに張ったバブルバス。ふわふわした泡を手に掬い、ふぅ、と意味もなく吹き飛ばそうとしたところで足元のバスタブの淵にそれがやってきた。

「今日のお風呂はバブルバスかい？ミルクの甘い香りがするね」

会話が成り立たないのも、ロキが神出鬼没なのも、気配が読めないのも、今に始まったことではない。
けれどせめて風呂くらいゆっくりと入らせて欲しい、と切実に思いながらレンはロキを睨む。
レンがどれだけ怖い顔を作って睨んでも、ロキは怖い怖い、と笑いながら肩をすくめるだけで何の効果もないのだけれど。

「何しに来たのって聞いてるんだけど？」
「暇つぶし？」
「暇つぶしに魔王のバスルームに入ってくる悪魔はロキくらいだよ」

目一杯足を伸ばしてもまだ少し余裕のあるバスタブから足の先を出してロキに向かって湯をかける。
素材の質はいいはずなのに趣味の悪い紫色のスーツが水分を含んで色を変えた。

「何するの、魔王様？」
「覗き趣味の変態悪魔への制裁にしては可愛いもんだと思うけど」
「そろそろ傷ついちゃうよ、僕」
「うわーそんなロキ見てみたーい」

一通り茶化して息を吐く。
ロキは濡れたジャケットを脱いで、シャツの袖を捲くった。
何をするのだろうと思って見ていると、髪を洗ってあげる、と胡散臭い微笑みを浮かべてレンの頭元へやってきた。

「は？いらないよ」
「いいじゃない、ヤらせてよ」
「何か違う意味が込められてる気がするんだけど、気のせい？」

気のせい気のせい、とロキは笑い、シャワーを引き寄せてレンに首を傾けるように言う。
ロキは慎重に温度を確かめて、ゆっくりとレンの髪を濡らしていく。
ぬるくもなく熱くもない湯温は心地よく、髪を撫でる指は壊れ物でも扱うかのような優しい動きをしていた。

「蓮君の髪は綺麗だねぇ。水分を含んでも引っかからない」

なんだかひどく楽しそうにロキが髪に触れるので、何も言う気にはなれなかった。
一通り濡らし終わると、今度は丹念にシャンプーを泡立て始める。ロキが泡立てたそれを見て、レンはホイップクリームみたいだ、と思った。
髪に負担をかけないように泡を馴染ませて指で梳く。爪を立てでもしたら今すぐナオヤでも呼んでやろうと思っていたのだけれど、下手な美容院やヘッドスパよりずっと丁寧で優しい洗い方だった。

「なんかさ、ロキ慣れてるね」
「うん？そうかな」
「どっかの女にやってあげてたの？」
「まさか！僕が労力を惜しまないのは君にだけだよ」
「はいはい」

会話をしている間もロキの手は休むことなく動く。シャンプーをすすぎ、今度はコンディショナー。頭皮の毛穴には入り込まないように髪だけにゆっくりと馴染ませて、少し時間を置いてからそれを洗い流す。
丁寧に洗い流したあと、ふわふわのタオルで髪を拭き、新しいタオルで髪を包んだ。

「はい、おしまい！」
「じゃあもう出てけ」
「あれ、つれないねぇ、魔王様」

そう言って笑ったロキの顔は胡散臭い笑顔だと思う。レンの機嫌を逆撫ですることばかりが得意ないつものロキだ。
しっしっと手で追い払うとロキは肩をすくめてバスルームのドアノブに手をかける。
いつもだったらそんなことはしないのだけれど。ロキの指はとても心地よかったので。

「ロキ」
「なんだい？」
「…髪、乾かすの、やってよ。バスルームの外で待機」

珍しいレンの言葉にロキは一瞬驚いたように目を見開いて、それからふ、と笑って、仰せのままに、といつものように芝居がかった礼をしてバスルームを出て行った。

60000ヒットフリーリクエストにご参加いただいたきら様からのリクエスト「甘いロキ主でお風呂・お風呂場」

…甘いんだろうか。うーん…（悩）
でも普段よりレンがロキに優しいです！多分！

2010/10/26　改訂