兄の特権
風に髪をなびかせてレンが笑う。
風のよく通る場所でお茶をしようとレンが言うので、たまには付き合うのも良いだろうとナオヤもついてきたのだが、なんだか妙な違和感を感じる。
そのレンの変化は決して悪いものではないのだが、何がどう違うのかがわからず、ナオヤは首を捻った。

「今日はストロベリーティーとフルーツタルトだよ」

そう言って紅茶を注ぎ、タルトの皿を置くレンは普段どおりだ。では何が違うのだろう。
紅茶を口に運びながら、感じた違和感の原因を見つける為にレン見つめていると、レンが髪を耳にかける。何度かその動作を繰り返していたものの、その度するりと髪は耳から落ちた。

「?」
「どうしたの?」
「髪、どうした?」
「え?」

ナオヤが問うと、ああ、と納得したようにまた髪に触る。
先ほどと同じように髪を耳にかけようとして、やはり同じように無駄に終わった。

「んー…昨日の夜さ、ロキが突然バスルームにやってきて、」

ぶっ!

「え、え、どうしたの!?ナオヤ!」
「いや、何でもない。続けろ」

ナオヤは予測可能な物事には万全の体制で対処出来る。
けれど、予測出来る物事が他の人間より多い分、予想外の事態に弱い。
ナオヤにとって予想外もいいところなレンの言葉は、少なからずナオヤを動揺させ、カップの中に紅茶を噴き出す失態まで演じさせた。カップの外に噴出しなかったおかげか、音の割に被害は少ないが、噴き出したことに変わりはない。
タルトにフォークを入れて口に運ぶことにだけ夢中になっていたレンはどうやら音が聞こえていただけで何が起こったのかわかっていないようだった。
テーブルクロスに僅かに飛んだ紅茶の染みを見つけ、レンの目から隠すようにソーサーを移動させる。無様な姿をレンに見せるのには抵抗があった。
どうにか表面上は普段どおりに、何でもない、とレンに言ったものの、ナオヤの心中は未だ動揺したままだった。自分が噴き出した紅茶をもう一度口に含んでしまうほどに。
ナオヤの言葉をそのまま素直に受け取ったレンは、のんきにフルーツタルトを口に運びながら話を続ける。

「えっと、バスルームにやってきて、何を思ったのか髪を洗ってあげるとか言い出して」
「……」
「髪洗ってもらって、乾かしてもらったんだけど」
「………」
「ナオヤ?」

話をするにつれてナオヤの表情が冷えていくのを敏感に感じ取ったレンは不思議そうにナオヤを呼ぶ。
一方ナオヤは最愛の弟の呼びかけにすら気づかないほどのダメージを負っていた。
ナオヤが水城家に引き取られてから一人暮らしを始めるまで、レンの髪を洗うのも乾かすのもナオヤの役目だったのだ。
ナオヤくん偉いわねー、レンの専属美容師さんね!なんてレンの母親に言われた言葉が懐かしい、なんてナオヤは思ったりしないけれど!
ほんの少し切なくなったのは感情のある人間として当然だと思って欲しい。

「ロキってさ、意外と器用なんだよね。すごい気持ちよかった。ロキでも役に立つんだね」

レンの言葉は悪気がないのだとわかっている。レンの中でのロキの扱いはいつも通りひどいものだし、それはそれでナオヤにとっては良い傾向だと思うし、正直どうだっていい。けれどその言葉の中にあるロキへの賛辞は確実にナオヤへのダメージとして蓄積されていった。
イチゴの風味のする紅茶の味すらまともにわからない。レンお気に入りのストロベリーフレーバーは、ナオヤからすればむせ返るほどイチゴの香りがしているはずなのに。仕方なく口につけたままだったカップを離し、ソーサーに置く。
レンはと言えば幸せそうにタルトを頬張っていた。

「レン、いいか、」
「んー!!このタルトすごいおいしい!これもロキが持ってきたんだよー…ってあれ、ナオヤ食べないの?」
「……あいつ、殺そう」
「え?」

物騒なナオヤの台詞も聞いていなかったのか気にしていないのか、レンはフォークを口に咥えたまま可愛らしく小首をかしげている。
けれどその可愛らしさを引き出しているのは自分ではなくロキなのだ。
いつも以上にさらさらと風になびく髪を作り出したのはロキだし、色とりどりのフルーツの乗ったタルトも、ナオヤが用意した物ではない。
決して心が広いとは言えないナオヤは、自分の堪忍袋の緒がぷつりと切れる音を聞いた気がした。

「レン、風呂へ入るぞ」
「へ?」
「髪は俺が洗う。ケーキも俺が買ってくる」
「ナオヤ?」
「いいから来い」

半ば無理やりレンを立ち上がらせて手を引いていく。
目的地はバスルームだ。この際レンの部屋だろうが自分の部屋だろうがどうでもいい。寧ろ近ければアツロウの部屋だっていい。
ここに至ってようやくナオヤが怒っているらしいことに気づいたレンは、

「ナオヤやきもち妬いてるの?」

と身も蓋もないことを言ってのけた。
図星を指されたナオヤは、ち、と舌打ちを一つするだけでレンには何の言葉も返さなかったけれど、耳だけは素直に赤く染まっていた。
ナオヤは頬を赤らめることがない。感情が素直に出るのは耳ばかりだ。けれどレンは当然のごとくそれを知っていて、目ざとく赤く染まった耳を見て小さく笑った。

「ナオヤ、バブルバスがいい」
「蜂蜜でもミルクでもお前が好きなバスエッセンスにしてやる」
「あとね、お風呂上りにラッシー飲みたい」
「ラッシーだろうがフルーツジュースだろうが作ってやる」
「じゃあ髪も乾かしてくれる?」
「身体もちゃんと拭いてやる」

この自称兄(レンにとっては兄だろうが従兄だろうがどっちだっていいのだけれど)は、ひょっとしたら物凄く馬鹿なのではないか、とレンは思う。呆れるくらい頭がいいはずなのに、こんなところはひどく子供染みている。
けれどそんなナオヤをレンだって好きなので。

「ナオヤ、ナオヤ」
「なんだ」
「大好き!」

              


60000ヒットフリーリクエストにご参加いただいたきら様からのリクエスト「甘いナオ主で嫉妬」

…甘くなりすぎた!(がーん)
主人公の前ではナオヤだって可愛いもんです。

2010/10/26 改訂

              

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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