まだ知らない。
彼が喜ぶことはたくさん知っている。
甘いお菓子に優しい味の飲み物。暖かい日差しに吹き抜ける清涼な風。
彼の周りにいるすべての者の笑顔を見ること。
誰にでも与えられるそれは、誰から与えられても、彼は素直に笑顔を見せた。
それを見て微笑ましく思う以外の感情を抱くようになったのはいつからか。

人間の手で作られた機械によって呼び出されたクーフーリンが初めて目にしたのは自分と同じ青の髪を持つ、か弱い生き物だった。
自分のそれより淡い色合いの、自分よりずっと美しい髪に目を奪われ、次いで彼の強く美しい瞳に心を奪われた。
合体と言うより元の悪魔を生贄とし代わりにやってきたクーフーリンには、レンに対して何の愛着もなかったはずなのに、彼を主として仕えることが出来ることをその時幸福に思った。
そしてそれは間違っていなかったのだと今でも思える。
か弱いはずの生き物でしかなかった彼は次々とベルの悪魔を打ち倒し力を取り込んでいった。
彼はどうやら自分を気に入ってくれたらしく、戦闘にもよく連れ出してくれたおかげで彼が変わっていく様をクーフーリンはつぶさに見ることが出来た。
現実と真実を知るに連れて傷ついていく彼も、力を手に入れてそれに少しずつ歪められていく彼も、それに打ち勝った彼も、万魔の王となることを決めた彼も。
か弱い生き物は、クーフーリンが思うよりずっと、強く気高かったのだと知った。

いつだったか、彼は戦闘でもなくクーフーリンをCOMPから呼び出し、話をしよう、と言ったことがあった。
レンの前に跪き、頭を垂れたクーフーリンに、彼は顔を上げるように言い、それからクーフーリンの前にしゃがみこんで話し出した。

「ねえクーフーリンは自分が悪だと思う?」

答えかねてそのまま視線を返すと、彼は少し苦笑を漏らした。

「オレはね、悪魔が悪魔と名づけられていること自体がおかしいと思ってるんだ」
「それは何故だ?主」
「天使は善?神は善?ナオヤじゃないけど、オレは創世神が全知全能だなんて思えないし、人智を超えた力を持つだけなら天使だって悪魔だって神だって同じだと思ってる」

元々クーフーリンの生まれた土地では自分は半神半人とされていた。
悪魔だと蔑まれ始めたのはいつだったかも覚えていないクーフーリンには善と悪の違いはわかっても、天使と悪魔、そして神との違いなどわかるはずもなかった。

「確かにね、煩悩に近い本能に忠実な悪魔もいるよ。ふざけるな!って思うくらいひどいことする悪魔もいる。でも天使も同じ。対価を支払って人間と取引をする悪魔の方がオレにはよっぽど真っ当に思えるんだ」
「私は二体の悪魔という対価でもって主の前に現れた」
「そう。でも訳知り顔で創世神の言う善しか認めない天使はそういう取引を認めないし、それを悪魔の誘惑で、人間の愚かさだって言う」
「人は、…主は、愚かではない」

どこか必死な気持ちでクーフーリンが言うと、レンは少し笑って、クーフーリンの手を取った。
槍を扱うクーフーリンの手は骨ばっていて硬い。それに触れるレンの手のひらの、なんと柔らかく細いことか。
レンの言葉を待ちながらクーフーリンはただじっと触れられる手を見ていた。

「…こんなにあったかくて、こんなにやさしいのに」

ふと、クーフーリンは彼がとても哀しんでいるのではないかと思った。
まるで涙声に近い声音で彼は笑ったから。

「オレはね、悪魔が好きだよ。天使だって好きなこはいる。でも、悪魔を悪と言い切る神を、君たちを悪魔と名づけた者を、許せないんだ」

それは彼がベルの力を取り込んだからだろうか。
それだけではないのだろう。神魔の声を双方平等に聞き、そこから彼なりに答えを出したのだ。
慈しむように撫でられる手にはただただ深い優しさがあった。
悪魔、魔物、クーフーリンたちを指す言葉は良いものではない。それは人間が、元を正せば聖者と呼ばれる神の、天使の代理人が付けたもの。それをレンは哀しんでくれる。
初めて会った時に心奪われた強い瞳は、こんなにも自分たちに優しかったのだと今更ながらに思った。

「オレはまだ子供だから、本当に正しいことが何か知らない。でも自分の好きなこたちを切り捨てることが正しくて、それが大人の選択ならオレは大人になりたくないし、正しいことなんて知りたくない」
「主は、…万魔の王となられるのか」

クーフーリンの問いにレンはゆっくり、けれどしっかりと頷いた。
それにほっと胸を撫で下ろす。クーフーリンは彼が神の元に傅くとしても彼の元で戦いたかったが、それは神が許しはしなかっただろうから。彼の元で最期まで戦いたいと、この時すでにクーフーリンは思っていた。

「もしオレとの間に契約がなくなったとしても、クーフーリンはオレと一緒に来てくれる?」
「私の主はあなたが死すまであなただけだ」
「対価は確かに支払ったよ。けど、そうじゃなくて、もし今ここで、契約を破棄するとオレが宣言したとして、クーフーリンは自由の身になれる訳じゃない。そうしたらクーフーリンはどうするのかなって。やっぱりどっか行っちゃう?」

自由の身。レンとの間の契約をレンが破棄すると言ってしまえば確かにクーフーリンに彼を守る義務はなくなる。
自由となって、どうするか。いや、それ以前にそれは自由と言えるのか。
数秒の逡巡の後、クーフーリンは彼にしては珍しくレンに対して強い声音で言った。

「主よ、私を見くびらないでもらいたい。私の主はあなただけだと言ったはずだ」
「…契約がないのに?誰も何も、クーフーリンを縛ったりしないのに?」
「私を縛っているのは契約ではない。私はあなたを主と認めた。あなたが死すまであなたは私の主だし、あなたが死す時は私の死すべき時だ」

一瞬、心底驚いた表情を見せたレンは、すぐに破顔して、笑い顔のまま泣いた。
彼が流す涙はまるで美しい宝石のようにきらきらと輝いていた。

それから月日が経ち、彼は本当に万魔の王となった。強く美しい輝きを持った瞳はますますその力を増し、彼は少し前の彼が宣言した通り、悪魔たちの頂点に君臨した。
多くの悪魔を引き連れ、けれど彼は悪魔を悪魔としては扱わない。まるで友人のように、彼がまだ人であった時から共に戦ってきた悪魔に対してはまるで親友のように接する。
人に悪意を持って接することはしてはならないと言い含められた悪魔はその信頼に応えた。
天使に迫害され、人々に蔑まれてきた悪魔は、彼を敬い、彼を慕った。

不意に、心地よい風が肌を撫でた。それでクーフーリンはレンが来たのだとすぐにわかった。
爽やかさだけを与える優しいそれは、風の力を持つ誰だかがレンの為に吹かせているものだろう。空調設備などないはずの広場は、清涼な空気で持って快適さを演出し、水の力を持つ悪魔はレンの為に虹を作って出迎える。
オルトロスとケルベロスが競い合うようにレンの元へ駆け寄っていくのが見えた。
口に咥えた可愛らしい花をレンに差し出し、身体を摺り寄せる。それに礼を言って微笑むレンは彼らが咥えて持ってきた花よりずっと可愛らしく見えた。
どこから現れたのか、オーディンがやってきてレンに話しかける。手元にはオーディンには似合わぬ可愛らしい包みが見えた。
おそらく魔王の側近と共に買出しに出かけた時にでも手に入れてきた菓子か何かだろう。笑いながらそれを受け取るレンの姿は微笑ましい以外何物でもないはずなのに、胸のどこかが痛みを訴える。
そのまま見ていると、次から次に誰かが現れてはレンは贈り物を渡されているようだった。
彼は本当に悪魔に慕われている。もちろん悪魔だけではないのだけれど。敵対する神側に入らざるを得なかったレンが人であった時の仲魔は今でもひっそりと魔界の入り口にやってきては彼の安否をそこらの悪魔に訊ねるし、魔王の側近などはそれはもう目に入れても痛くないと言うほどに彼を愛している。
それほどまでに愛される彼を、当然だと思う反面、苦くも思った。
誰にでも好かれる彼は、誰にでも微笑む。敵対する天使や神は除外して。当然だ、彼が好かれる相手は彼の愛する者たちなのだから。
自分もその中に入っていることに安堵し、それだけでは物足りないと思ってしまったクーフーリンは、分を弁えねば、と頭を振った。

「クーフーリン!」

突然名を呼ばれ、慌てて顔を上げると、すぐ傍にレンがやってきていた。
馬鹿の一つ覚えのようにレンの前に跪き頭を垂れ、彼の手の甲に口付ける。最初は戸惑っていたレンも、もう慣れたのか、ほんの少し恥ずかしそうに頬を染めるだけで驚いたりはしない。
他の者のように彼が喜ぶものを贈るにはクーフーリンは不器用過ぎた。彼に贈る花の一つも用意出来ない自分を苦く思いながらも、何か用事だったのかと問う。手にいっぱいの贈り物を抱えたレンは、少し遠慮がちに、手伝ってくれる?と可愛らしく微笑んだ。
笑み自体は他他の悪魔に見せるものと変わらないはずなのに、自分に向けられたそれは先ほどまで見ていた笑みよりずっと甘やかなものに感じられた。
荷物をすべて持とうとすると、それを制され、半分だけ渡される。
不思議に思ってレンを見ると、手を差し出された。

「手、つなご」

彼は主だ。主と手を繋いで歩く従者がどこにいる。数歩後ろで控え、差し出がましい真似は慎むべきだ。
そう思っていても、早く、と急かす彼の声には逆らえず、その手に自分の手を重ねた。

「オルトロスたちがね、花をくれたの。だから花瓶に挿して、それからオーディンがくれたクッキーでお茶にしようと思うんだ」
「では私が茶を入れよう」
「うん!あとね、マカロンとかフロランタンとかいっぱいもらったから今日のお茶会は豪華だよ」
「あなたは本当に皆に好かれているな」

城へ向かって歩きながらそう言うと、レンは何かお返ししなきゃね、と言った。
彼は王への貢物を当然視しない。送ってくれたプレゼントに感謝を示し、その気持ちに何かお礼を考える。すべての悪魔を従えるほどの力を持つ、元はか弱い人間でしかなかった彼は王という自覚がないのではと思わせるほど気安い。好意に対し素直に好意で返すことの出来る者は意外に少ないものだ。それが悪魔に対してならば尚更。彼が好かれるのも当然だった。
苦く思う反面、誇らしくもある。自分の主はこんなにも素晴らしいのだと声高に叫びたいほどに。
ただ、今はそれよりも繋いだ手の、あの日と同じ柔らかさと、心地よい体温にクーフーリンは目を細めた。
そして、きっと初めて会った時から、この主に懸想していたのかもしれない、と一人ごちた。

クーフーリンが、悪魔を特別視しないレンがする些細な特別扱いに気づくには少し時間がかかりそうだった。
レンがお茶に誘う悪魔が限られていることも、レンから手を繋ごうと言い出した相手がクーフーリンだけだということも、クーフーリンに向ける微笑みの中に慈しみとは違う愛情が含まれていることも、クーフーリン以外が彼の手の甲に口付けても恥らうことがないだろうことも、当人たち以外はとっくに気づいていたのだけれど。

              


クーフーリンと主人公はラブでも歯痒くてこっちがうがー!となるような関係でいてくれたらいいな、なんて思ってみる。
いつまでも初恋気分。初恋限定的な(マニアめ!)

2010/10/26 改訂

              

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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