エデンの蛇
シイナは歌が上手い。まるで強い酒のように我ら悪魔を酔わす旋律は、まるで彼の中にローレライの魔力が存在するのでは、とも思わせる。
以前、その歌の所為で酔っ払った悪魔に危うく手を出されそうになったシイナはアツロウたちに厳重に注意され、それ以降無闇に歌うことを禁じられた。
最初は不服を訴えたシイナだったが、誰よりも愛するナオヤにまで言われては大人しく引き下がるしかなかった。
その為、シイナの紡ぐ美しい旋律を知っている者は数少ない。
そう、たとえば、自分とか。

「久しぶりに君の歌を聞いた気がするよ」

シイナの背後に立ち、そっと囁くと、明らかに嫌そうな顔をしてシイナは歌をやめた。
アルコールに強いロキは酒に酔っても気分が良くなるだけで理性を飛ばすことは無い。同じような成分、と言っては何だが、シイナの歌を聴いても我を忘れて彼に襲い掛かるような下種な真似をしようとは思わなかった。
それでも悪魔のいるところでは歌うなと言うナオヤの言葉を忠実に守る、本来なら魔界の頂点に立つ魔王はそれきり旋律を紡ぐことをやめてロキを睨む。
おそらく、お前さえ来なければ歌を歌っても咎められなかったのに、と思っているのだろう。

「歌えばいいじゃない。僕はそこらの悪魔と違ってローレライの歌声にも君の歌声にも耐性があるんだ」
「ナオ兄を裏切りたくない」
「君たちの愛情はとても狂気染みていて僕は好きだよ」

病んでいると言っていいほど、ナオヤに侵食されたシイナの世界はナオヤを中心に回っている。あれほど賢く、知識と経験を持っているはずのナオヤもシイナにだけは執着し、偏執的なほどの愛情を抱いている。そしてそれをお互いが望んでいるものだから、彼ら二人の愛情は本当にロキには理解しがたかった。
人に対しても悪魔に対しても、物に対しても、一度としてそんな感情を抱いたことのないロキにはそれが理解しがたい反面興味深くもあった。
彼らの愚かさを好ましく感じるのは自分が悪魔だからか、それともロキが捻くれているからか。
わかっているのは、お互いを必要以上に求め望んでいる彼らだからこそ、ロキがこの場に留まっているということだ。

「いつまでいるの。お前といるとナオ兄が嫌な顔をする」
「君の歌をもう少し聴けたら消えるよ」
「お前がいる限り歌わないよ。ナオ兄とアツロウと約束したもの」

ナオヤとの約束は、シイナにとって約束、というような軽いものではないのだろう。誓いと言っていいほど、それには力がある。
いやはや、まるで箱庭に住むアダムとイヴだ。彼らにはお互い以外重要なものは無い。ではシイナの友人のアツロウはそこに住まう鳩か何かだろうか。決して二人の間に割ってはいることは無いけれど、そこに存在することを許されているのだから。
その誓いを、箱庭を崩してやりたいと思った。明らかに間違った、歪んだ、この美しい箱庭の住人たちを。
眺めて楽しむだけで飽き足らなくなったのはやはりロキが悪魔だからか。
知恵の林檎を食べろと唆し、結果箱庭を破壊した蛇になりたいと思った。

「さっさとどっか行け」
「じゃあキスしてくれたらどっか行ってあげてもいいよ」

軽口を叩いたロキを突然に痛みが襲う。
攻撃されたのだと認識した途端、自分でも制御できないほどの笑いが込み上げてきた。

「ははは!そんなに嫌かい?愛するナオヤ君以外にそんなことを言われるのは」
「本当に俺に触れたら命はないよ。ナオ兄がお前は利用価値があるって言うから生かしてやってるんだ。俺に触れることはナオ兄への冒涜だよ」
「それはそれは」

やはり狂っている。
そのなのに蔑む気持ちが生まれないのは何故か。いや、狂っているからこそこの兄弟は美しく、シイナはこれほどまでにロキを捕らえるのだ。
ふと思いついて、ロキは口を開いた。魔力を込めて。

「君はいつか、神に打ち勝つだろう。けれどその時、君は一番大切な者を失うだろう。そして君の兄が味わった以上の孤独を味わうことになるだろう」

呪詛を吐いたのは久しぶりだった。
箱庭はいずれ壊されるからこそ意味があるのだとロキは思う。シイナも、きっと同じだ。壊れてこそ彼は本当に美しくなるだろう。
消滅するナオヤの絶望と残されたシイナの絶望は、想像するだけでロキを歓喜させた。
不穏な言葉にもシイナは嘲笑を返すのみで何の反応もない。
愚かしいほどまっすぐに、彼は信じていた。神も誰も、自分たちを別つことは出来ないのだと。
まったく笑いが止まらない。
今はロキに対する嘲笑を浮かべている彼が、泣き叫びナオヤを請う姿、そして本当の孤独に弱っていく姿は相当に美しく、ロキを何より興奮させるだろう。

「今は精々哂っていなよ。僕の呪詛は解かれたことがないんだ」

どれだけ先の未来になるか、とりあえずその美しき破滅を見届けるまでは彼の傍にいよう、と風に紛れていきながらロキは哂った。

              


EISTの月代さまのお宅のシイナくんを書かせていただきました。
相互お礼なんですけど、お礼になっているのかどうか、甚だ疑問です…(びくびく)
人様のお宅の主人公くんを書いたのは初めてで、イメージと違ったらどうしようとびびりまくってます。いやほんと。
シイナくんのナオヤで構成された世界とそれに茶々を入れるロキ、というものを書いてみたかったのですが、ど、どうでしょう…!?

2010/10/26 改訂

              

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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