彼がすべてを望むが故に
六回目の夜が迎え、選択の時が迫っていた。
これ以上は引き伸ばせないとわかっていた。
明日になれば政府は最終決断を実行してしまうし、そうなれば封鎖内にいるすべての人の命はない。天使はどうだか知らないが、悪魔もただでは済まないだろう。
だから決して最終決断、超電磁結界を発動させる訳にはいかないのだ。

COMPに着信されたメールは六通だ。六つの可能性を、多いと取るか、少ないと取るか。けれど何かしらの可能性があるだけまだマシだと腰をかけた階段の手すりに額を当てて溜息を吐いた。

逃げ出そうと言ったユズ。元の東京に戻す手伝いをしてくれと言ったジン。魔王になれとナオヤは言い、アツロウは悪魔の力を利用しようと言った。アマネは救世主になってくれと言うし、カイドーは悪魔の力を使って封鎖を突破してやろうと言った。
どれもこれも一筋縄ではいかない選択肢だ。
けれど、それらの選択肢を与えられたということは、むざむざ殺されずに済むかもしれないという希望も生んだ。
自分が本当に生きたいと望んでいるか、と問えば、それに即座に答える術をレンは持たなかったけれど、自分と関わった者が死んでいくことは出来るだけ避けたいと願っていたから。
出来るだけ、みんなを日常に帰してあげたいと思う。悪魔も天使も傷つかずに、仲間も傷つかずに、出来るだけ被害を最小限にするにはどうしたらいいか。
自分はいい。どうなろうと。自分がどれだけ苦しもうと構わない。生きるべくして生き、死ぬるべくして死ぬ。意味のない死は遠慮したいが、意味ある死になるのなら、別に自分の命くらい投げ出したって構わない。

(そうなると、魔王になる、のかな)

魔王になると仮定して考えてみる。前髪を耳にかけ、COMPの液晶をじ、と睨み付けた。
魔王になると言えば、おそらくナオヤはレンの選択を歓迎するだろう。今まで一緒に戦ってきた仲間は自分と距離を置くだろうから、きっと彼らに及ぶ危険は少なくなる。封鎖内の悪魔使いや悪魔だけなら仲間だけでも対応出来るはずだ。
きっとベルの王位争いにも関わらずに済む。あれはレンの中にある力だけが問題なのだから、共に行動しない限りベルの名がつく悪魔に狙われることもないだろう。
ベルの王位争いに勝ち残ればベルの王となる。悪魔が蔑まれ、迫害されるばかりの世界ではなくなるかもしれない。少なくとも悪魔とカテゴライズされる仲魔はレンと共にいてくれるだろう。
けれど神に牙を剥くというのは穏やかではないし、共に戦ってくれてきた天使たちは傷つくかもしれない。それに見も知らぬ神ならともかく今まで仲魔としてみてきた天使と戦うということにレン自身が耐えられるかどうか。

(天使。悪魔。…あとは、ともだち)

数少ない友人の、レンの大好きな笑顔を思い浮かべてみる。彼らを失うのは怖ろしいが、軽蔑されても厭われても彼らに危険が及ばずに済むのならそうするべきだ。
けれど、さすがにたった一人で魔王となるのは無理だろう。魔王になると言えばナオヤは共に来てしまう。そうなればナオヤを道連れにすることになるというのに、彼に関してそういった危惧は一切浮かばなかった。寧ろ、選ばなかった時の彼の方がずっと怖ろしい。
封鎖中、彼はどこかおかしかった。彼らしく合理性を説きながら、その実縋るようにこちらに来いと必死にレンを呼んでいた。彼は何に怯え、何に抗おうとしているのか。その答えをレンは知っているような気がした。神の試練などというものではない、何か、別の何かに彼は怯え、レンを手元に置くことに躍起になっていた。
魔王にはならないとレンが言ったら、彼はどうするのだろう。

(でも天使と戦うって…)

戦闘で負った怪我を優しく手当てし、魔法で敵を打ち払ってくれた天使に、今度は刃を向けるのか。
出来る訳がない、と首を振り、溜息を吐く。共にいられなくてもせめて誰も泣かずに済むようにしなければいけない。
今度は魔王以外の道で仮定してみよう、と息を吸い込んだ時、レンの手の中にあったCOMPが急に熱を持ち、それからすぐに一人の悪魔が現れた。

「主」

クーフーリンだった。
階段の手前で跪いて頭を垂れている彼の姿に、何故、と首を傾げる。自分はCOMPを開いてはいたが、召還プログラムを起動した覚えはない。
きょとんとした顔で見つめるレンにクーフーリンは少し戸惑ったようにして口を開いた。

「主が呼んだのではないのか?」
「えっと、よくわかんない。操作したつもりはなかったんだけど」

ある程度の仕組みは理解しているものの、プログラムを組んだ張本人でないレンにはこの現象がどうやって成り立ったかなどわからない。もしかしたら考えることに集中する余り、ボタンを無意識に触ってしまっていたのかも知れなかった。
困ったようにして眉を下げ、曖昧な笑みを浮かべると、彼は、ならば私は戻ろう、と言ってさっさと消えてしまおうとする。
待って、と思わずクーフーリンを引き留めると、彼は少し不思議そうに目を瞬かせてレンを見た。その視線を受け止めたレンは、何故今自分は引き留めたのだろうか、と自問したが、答えは見つけられなかった。仕方なく、一人で考えているより、誰かがいてくれた方がいいんだ、と適当に理由付けて彼を引き留めてしまったことを正当化した。

「ねえ、せっかくだから、一緒にいて?」
「近くに危険な敵は見当たらないが」
「戦闘じゃなきゃ、オレは君たちと一緒にいちゃいけないの?」
「そうではない。ただ、私には主の力となれることがそれくらいしかないからだ」

やや生真面目すぎる帰来のあるクーフーリンはやはり至極真面目に言って、レンに束の間笑みをもたらした。

「いてくれるだけでいいんだ。ちょっとね、迷子みたい、オレ」

努めて明るく言ったつもりだったが、彼はその言葉の中にある感情を正しく悟ったらしく、僅かに眉を顰めた。
それでもそんな表情もすぐに消して、主の望むままに、と彼は言う。そうすることが当然とでも言うように、跪いたままの体勢でレンの言葉を待つクーフーリンに、騎士らしくて立派だ、と思う反面、疲れないのかな、と心配もしてしまう。
戦闘でもないのに、故意ではないが呼び出して、戻ろうとしたクーフーリン引き留めた挙句そんな体勢でいさせるのはなんとなくひどい気がする、とレンは息を吐いた。
ふと思いついてクーフーリンを呼ぶ。

「ねえクーフーリン、こっち、一緒に座ろ」

ぽんぽん、と自分の隣を軽く叩き呼び寄せる。
レンが座っているのは傾斜の少ない階段を三段ばかり上ったところだ。ベンチよりは座り心地が悪いが跪いている体勢よりは遥かにマシだろうと思う。
けれどクーフーリンはレンの手の動きを見ているだけで一向に動く気配がない。

「どうしたの?おいでよ」
「しかし」
「だってずっとそうしてたら疲れちゃうでしょ?」
「私はあなたに仕える身分だ、そんな恐れ多いことは出来ない」

クーフーリンの言葉は彼らしいけれど、少し悲しくもある。あくまで主従であり、それ以上でも以下でもないと思い知らされるようで。
悲しく思う理由はわかっても、何故悲しいのかまでレンは理解していなかったが、彼がどうすれば納得してくれるのかくらいはここ数日の間に知っていた。

「ちょっとだけ、肌寒いんだ。汗かいてそのままにしてたから風邪引いたのかもしれない。風も出てきたし、でもオレ、もう少しここで考えたいことがあるから、隣で風除けになってほしいな、なんて。…だめ?」

レンの為に、という大義名分があれば彼は大抵のことは納得してくれる。
自分が気遣われることには遠慮するくせに、主であるレンの為であれば、たとえそれが無茶な理屈の上に成り立った言葉でも受け止めてくれた。
気遣われることが苦手なのかもしれない。或いは立場をどうしても考えてしまうのかもしれない。けれどそれはレンも同じだ。気遣われても申し訳なさが先に立ってしまうし、自身では誇り高き騎士に主と呼ばれるほどの器を持っているとも思えなかった。こんな時、契約とは怖ろしいと思う。
どうにか隣にクーフーリンを座らせることに成功して、それが少しうれしくて、レンは目を細めた。
生暖かいくせに強い風が吹いてクーフーリンの髪を浚う。レンの髪も同じように揺れた。
こんな風に、戦うこと以外で何かを共有出来るというのはとても貴重な気がした。

「このまま時間が止まればいいのに」
「明日が怖ろしいのか」
「ちょっと違うかな」
「では」
「誰かを傷つけてしまうことが怖い」

悪魔も天使も、等しく自分にとっての仲魔だ。人ならざる者だとしても大切な友人だと思っている。そして、これまで一緒にいた人間も大切な友人だ。
誰も傷つかない道を必死で探しているのに、誰かがどこかで傷ついてしまう。自分一人の犠牲だけでは追いつかない。どの道を選んでも、きっと、そこには誰かの悲しみが隠れている。
重苦しい溜息を吐いたレンに、クーフーリンは言った。

「私は主が傷つくことが怖い」

彼の表情を伺い見ると、何の感情も見受けられなかった。ただ、声にだけ、少しの悲しみが見えた。
レンが首を傾げると、クーフーリンも同じように首を傾げた。

「なんで?」
「あなたは自分を犠牲にすることを厭わなさ過ぎる」
「え」
「覚えているか。私と主が初めて会った日のことを」

言われて記憶の箱をひっくり返す。記憶力は悪い方ではないのですぐに思い出せた。

クーフーリンと初めて出会ったのは、ベルデルと戦う数時間前だ。人ならざる力を持つ前だったレンは、邪教の館のシステムも、合体も、あまりよくわかっていなかった。
戦いに明け暮れて、どうにか死の運命を打破することだけに躍起になっていた。
力がつき、その辺の悪魔になら特にてこずることもなくなって、合体出来る悪魔も結構な数になって、合体可能な悪魔の一覧を見ていた時、彼の名前を見た。
リミテッド、と表示された彼を呼び出すと、合体の瞬間は何度も見てきたはずなのに、今までとは違う光に包まれて素体となった悪魔は消えた。
そして代わりにやってきたクーフーリンは、レンを見つめると、一瞬驚いたように目を見開き、次いで目の前に跪き、レンの手を取った。

『私は幻魔クーフーリン。あなたを主と認め、雷の刃であなたの敵を貫いてみせよう』

言葉が終わってすぐ、彼はレンの手の甲に口付けた。その行為には驚いたものの、俯いたことによってさらりと流れ落ちた髪とその所作を見て、なんてきれいなんだろう、とまた別の意味で驚かされた。

『私のような悪魔を呼び出されるのは初めてか』
『クーフーリンみたいな、っていうのは?』
『主の持つその機械でリミテッドと表示される悪魔や天使のことだ』
『初めてじゃないけど、リミテッドの意味はあんまりわかってないかも』
『リミテッドとは個であり種族ではないものを言う』

ことりと首を傾げたレンに、クーフーリンは説明をした。リミテッドとつく悪魔や天使は合体ではなく生贄に因って契約を結ぶ悪魔だと。
それを教えられた時、彼の中に素体となった悪魔がいないことに驚き、生贄という響きに怯えた。
生贄とされた悪魔は、怖ろしかっただろうか、と。
顔を曇らせたレンに、クーフーリンは優しい声音で言う。贄の願いは主の道を切り開くこと。それを叶える為に私が遣わされたのだと。

『主が思うほど、生贄とそれを得るものの関係は悪しくはない』

じ、と真剣な瞳で見つめられ、彼の優しさを知った。
そう。それでレンは、それ以降の戦闘では必ずクーフーリンを連れて行くようになったのだ。 

「夕刻、ベルデルと戦った時、あなたは一人であれに立ち向かった。ヤドリギを持つ者でなければダメージを与えられないと知っていたから。怖ろしくはなかったか。主の手が震えていたのを私は知っている」
「そりゃあ…怖くなかったって言ったら嘘になるけど…。でもみんなの方がきっと怖かったよ。ダメージも与えられないし、ガードすることしか出来なくて、こちらにばかりダメージがくるんだから」
「だからといって、すべての痛みや恐怖を主だけが背負うことはなかった」

ベルデルと対峙したレンたちは、不死である悪魔に少なからず恐怖を抱いた。
頼りになるのはヤドリギを持つレンの通常攻撃のみ。けれどレンは魔法攻撃には特化していたものの、通常攻撃の要となる力がなかった。
与えられるダメージは少なく、壁役を買って出たアツロウも、回復に回っていたユズもどんどん傷ついていく。
クーフーリンの護りの盾でどうにかベルデルの攻撃をやり過ごし、レンは攻撃だけに集中した。
あと数発。エクストラターンが発動しさえすればあと一度の攻撃で片がつく。
その時だった。仲魔はMPを使い果たし、スキル発動が不可能になっていて、ユズを含めた回復の出来る者も回復魔法を使いすぎてふらふらになっていたその時、ヤドリギを持つレンを倒しさえすれば、とベルデルがレンに向かって手を伸ばした。
スキルは使えない。防御では防ぎきれない。思わず目をつぶったレンに、結局痛みは訪れなかった。

『主よ、無事か?』

身体を張って盾となったクーフーリン。尋常ではないダメージを負っているのがわかって、レンはぼろぼろと泣いた。
泣いているだけでは彼のダメージがひどくなるばかりだと言うことはわかっていたので、ベルデルに向かってレンは攻撃を繰り出し、どうにかして倒すことに成功した。
終わった瞬間、何かがレンの中に入り込んできたけれど、思えばそれはベルの力だったのだろうけれど、その時はそれどころではなくて、レンは慌ててクーフーリンの元に駆け寄った。

『クーフーリン!クーフーリン、大丈夫!?』

通常攻撃ばかりをしていたおかげで枯渇せずに済んでいたMPで必死に回復魔法を唱える。
慣れない回復系の詠唱は思ったよりも難しく、クーフーリンの傷が塞がるまでに短くはない時間を要した。
嗚咽をあげることを良しとせず、ただ涙を流しながら治療するレンを見て、クーフーリンは戸惑いのような表情を浮かべていた。

『ごめんね、痛いよね…』
『私はあなたの槍となり盾となる為にあなたの許にあるのだ。気に病むな』
『オレが、あの時目を瞑らずにちゃんとよけられればよかったんだ』
『怖れを抱くことは良いことだ。無謀とも言える戦いに身を投じて、怖れもせず向かう者は身を滅ぼす。怖れながらも毅然と立ち向かう主を私は誇らしく思った。そしてまた主の盾となれたことを誇らしく思う』
『オレは、誰かがオレの為に傷つくことが一番やだよ』
『主は皆の為に、あれに立ち向かった。自分の身を省みず。あなたは自分を犠牲にし過ぎる。私はあなたのその犠牲にする部分を少しでも減らしたいだけだ。だから』

あまり、そう泣かれるな。私は私のしたことが間違いだったのかと不安になってしまう。
そう言って、クーフーリンはレンの頭を撫でた。あの時の暖かさをレンは今も覚えている。

「私はあなたがあなた自身を犠牲にすることが少しでもなくなるようにと願ってきた。だがあなたは今、私を含めた悪魔と天使の為にまた自分を犠牲にしようとしている。それが私は怖ろしい」

言葉に詰まり、レンは代わりに息を吐いた。
そしてこてん、とクーフーリンの肩に頭を預ける。レンが寒さの為にそうしたと思ったのか、クーフーリンはゆったりとしたマントをレンにかけ、風から守るように包んだ。
優しい悪魔だ。彼を失いたくないが為我侭を言っているレンには勿体無い。けれどだからこそ、彼が共にあり傷つかずに済む選択肢を選びたいと思う。
そこまで考えて、どくん、と心臓が跳ね上がる。
今、自分は何を考えた。何故自分は今、彼らではなく、彼、と。
その先を考えることはとてもいけないことのように思って、レンは思考を一時中断した。
知られぬようにまた一つ息を吐き、代わりに問いを投げかける。

「ねえ、クーフーリンはこの世界がどうなったらいいと思う?」
「主はどんな世界を望む?」
「…オレはね、みんなが傷つかなくていい世界になればいいと思う。けど、そうするにはどうしたらいいのかわかんない」
「そうか」
「友達も、この封鎖の中の人も、天使の子たちも悪魔の子たちも、もちろんクーフーリンも、みんな同じだけ幸せで、傷つかない世界はどうやったら作れるのかな?」

肌触りの良いマントに包まれながら目を閉じる。
理想的な環境を考えてみた。けれど誰もが傷つかず幸せであれる世界など今までだってなかったし、これから作ろうとしたところで、それは不可能に近い楽園だろう。
それでもレンは望む。
すべてが等しく、すべてが幸せで、悲しみのない世界を。そうであれば、きっと、みんな笑っていられるだろうに。きっと彼も、笑ってくれるだろうに。

「クーフーリンはどんな世界なら幸せ?」

思い立って訊ねてみると、答えはすぐに返ってきた。

「光ある世界で主が幸せであることを私は望む」
「…それは、オレに魔王にはなるなって忠告?」
「そうだとも言えるし、そうではないとも言える。あなたは愛されるべき神の子だ。決して、魔に身を堕として蔑まれてはならない」
「それをオレが望んでも?」
「あなたがあなたの為にそれを選ぶなら、私もそれを望む。けれど、あなたの為でない理由であなたが魔王になることを私は望まない。それだけだ」

アツロウたちがいて、ナオヤがいて、天使がいて、悪魔がいて、クーフーリンがいる世界をレンは望む。そうでなければ嫌だと頑ななまでに拒否をして、選択を遅らせていた。
魔王となればクーフーリンとは共にいられる。ナオヤとも、悪魔と呼ばれる者とも共にいられる。
けれど、天使と呼ばれる者とは敵対しなければならないし、元の東京を望んだ者とも、日常を望んだ者とも決別せねばならない。おそらくナオヤ以外は望まない選択肢だ。
救世主となれば、天使と呼ばれる者との関係は今よりも密接になるだろう。人も、神に背かなければ罰せられることはない。では悪魔はどうなるか。救世主となるにしても、ベルの王にはならなければならないのはなんとなく理解していた。確かにそうなれば彼ら悪魔と、…クーフーリンと決別することはないだろう。けれど、神の御許に跪くということは、悪魔を制御し必要があれば粛清し、それは人も含まれるだろうが、とにかく、規律を乱した者を罰する義務がある。
悪行をなした人をヤマで裁いたケイスケのやり方を見ていられずに止めた自分が、もっと大規模で、人だけでなく悪魔をも裁くのか。
本当の意味での善悪もわからない、大局を見据えることも出来ないこんな子供が救世主なんて、と笑ってしまいそうになる。けれど光ある世界とは、神の御許に傅くとは、そういうことだ。
消去という道も逃げ出す道も選べない。悪魔の力だけ利用すると言うのは彼らを生きるものとして見ないような気がして選びづらい。出来れば友人たちには辛い目に遭って欲しくないから、カイドーの選択肢もやはり選べないだろう。
自身の決断力のなさを嘆き、額を擦りつけるようにクーフーリンに抱きつくと、彼は優しく抱き返してくれた。

「やっぱり全部捨てられないよ。オレはきっと、すごく我侭で淋しがりなんだと思う。みんなを失くさないでいられる道じゃなきゃ行きたくないんだ」
「あなたは優しすぎるだけだ。本当の我侭というのは、他の者を省みないことを言う」
「…だとしたら、クーフーリンだって優しすぎるんだよ」

魔王になれと一言言えば、答えを決めかねているレンはその言葉に従うだろう。天使の悲しみに見ないふりをして。おそらく誰も望まない選択肢を、選んでしまう。
そして魔王になれば少なくとも悪魔が虐げられるだけの世界ではなくなるし、神に打ち勝てば悪魔を迫害する者もいなくなる。悪魔にとって、一番望ましい選択のはずだ。
けれど彼はそれを言わない。それは彼が優しすぎるが故だ。

どれほどの時間が経っただろうか。
ほの赤い闇の中で、抱き合ったまま、時は過ぎた。あまりに心地よい温度に、逆に不安になりながら。
いい加減決断をしなければならないとレンもわかっていた。今決断をしなければ、待ち構えているのは意味のない死だ。それだけは避けたい。

「主よ」
「…なに?」
「選び切れないと言うのなら、神の許へ行くと良い。あなたは、神に愛された子だ。神も、あなたを悪いようにはすまい」
「みんなを傷つけてきた神さまのところに行けっていうの?」
「あなたは優しすぎるが故に惑い、更なる悲しみに心を痛める。悪魔は、蔑まれるものだ。傷など、負いはしない」
「……うそつき」

悪魔と呼ばれて傷つかない者がいるだろうか。蔑まれて苦しまない者がいるだろうか。そんなはずがないと思う。
けれど次いで告げられた言葉は、ほのかな希望をレンに与えた。

「神の言う秩序に因るものでも、主がそれを行うのであれば、我ら悪魔にもきっと優しい世界だ」

至近距離で見たクーフーリンの瞳は、とても優しかった。
それにゆっくり、けれどしっかりと頷いて、レンはもう一度瞳を閉じた。

「…わかった。もう少ししたら、アマネのとこにいくよ」
「そうか」
「だからもう少しこうしててね」
「御意」
「ねえ、クーフーリン。約束しよう?」
「約束?」
「うん」

悪魔が悪魔だからという理由で迫害されることのないように。
天使と悪魔が争い合うことのないように。
人が安らかにあり、悪魔も天使も等しく幸せになる権利がある世界をクーフーリンに約束する。
だから。

「オレを信じて」

何も失わずに、誰も傷つかずに、みんなが笑っていられる世界なんて夢物語かもしれない。
けれど、それを絶対に現実にするから。がんじがらめの楽園には絶対にしない。すべての者に安息が与えられる世界を求めてただひたすら歩くから。

「私が信じるものは、私の槍と、あなただけだ」

言葉を受けてレンが微笑むと、クーフーリンはいつかしたようにレンの頭を撫でた。

  

「レミエル」

呼びかけると、アマネの姿を借りた天使は少し驚いた様子でレンを見た。

「ここに訪れたと言うことは、救世主となってくれるのですね?」

その問いに頷き、けれど、とレミエルを見据える。
レミエルは言葉を待つようにしっかりとレンの瞳を見返した。

「条件がある。悪魔を迫害しないと、約束してほしい。どちらにしろオレはベルの王にならなきゃいけないんでしょ?だったらきっと、悪魔たちはオレの言うことを聞いてくれる。人にも天使にも危害を加えさせたりしない。だから、悪魔を、…悪魔と呼ばれる者たちを、」

なんと言ったらいいのかわからなかった。
助けてくれ。守ってくれ。どれとも違う気がする。
ああ、そうだ。一番願ったのは。

「もう、傷つけないで」

「オレはどうなったっていいから、オレ、ちゃんとがんばるから、みんなが傷ついたりしない世界を、誰もに幸せになる権利がある世界を、約束して。オレから大切なものを奪わないで。悪魔だからと言って彼らが虐げられるような世界なら、オレは救世主になんか絶対にならない。誰も、等しく幸せになる権利があるはずだ」

願いと言うより脅しに近かったかもしれない。
レンの願いが聞き届けられなければ、魔王になり神に牙を剥くと言っているも同然の強い瞳でレンはレミエルと対峙していた。
やがて、レミエルは言った。

「蓮よ。あなたはあなたに関わるすべてのものを愛しているのですね。人だけでなく、悪魔をも。それはあなたが選ばれし神の子だからでしょうか。それとも」
「…オレは、ただの子供だよ。それもすごく性質の悪い」
「…わかりました。約束しましょう。あなたの管理下にて悪魔が制御されるなら、私たちは決して悪魔に干渉しないと。けれど悪しき行いをした者の粛清はあなたが担うのですよ。人であろうとも、あなたが今願った、悪魔相手であろうとも。すべてに等しく、私情を挟まず。出来ますか?蓮」
「…出来ます」
「ならば何も言うことはありません。もう戻りなさい。明朝、またお会いしましょう」

道は選んだ。もう戻れない。すべてを捨てきれなかった弱さがレンにそれを選ばせた。
彼がまだ、子供であるが故に。
彼がすべてを、愛したが故に。
恋とも呼べない幼く淡い感情が悪魔を切り捨てることを拒み、悪魔と天使の存在を知ったが為に彼は泣いた。

彼がすべてを望むが故に、その決断は必然だった。

              


もしうちの主人公が救世主ルートに進むとしたら、みたいな。
ベルデル戦の時、すでに39以上になってたので書いてみたものの、それだとほんとはベルデル超弱いんですよね(笑)。まあその辺は適当に流してください。
うちは魔王ルートばかりなので、ちょっと書いてみたかったお話ではあるんですが、予想外に長くなってしまった…。
魔王ルートに進む主人公しか書いてなかったので、なんだか違和感アリアリな気がします。とりあえずこのルートだと、ナオヤさんは不貞腐れそう。
機会があれば救世主になった後のお話も書いてみたいなあ。

2010/10/26 改訂

              

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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