誰も知らない君の顔
甘いお菓子にふかふかのクッション。歌が好きなレンの為に最新のオーディオ機器。暇な時間を持て余さないように、大きなテレビさえある。肌触りのいい洋服に、きらきら輝く装飾品。バスルームには色とりどりのバスジュエル。
悪魔から贈り物をもらうことは珍しくはなかったが、ロキの場合は異常だ。
けれどそれは、彼なりの愛情表現だとわかっていたので、日々増えていくそれらをレンはぼうっと見つめていた。
嘘くさい愛を語る口を持つ彼は、変なところで不器用で、変なところでレンの心をかき乱す。

猫足のバスタブにお湯を張り、その名の通り宝石みたいにきれいなバスジュエルを落す。
手でお湯をかき混ぜると、ふんわりと優しいローズの香りがした。男性向けではないだろうが、香りとしては嫌いじゃない。そしてこの魔界には、男らしくないと言って顔を顰めるような者は誰一人としていなかった。
服を脱いで籠に放り投げる。さっとシャワーを浴びて湯に浸かると、香りのおかげもあってか、ゆったりとした気持ちになった。

「ロキぃー」

間延びした声で呼ぶ。締め切ったバスルームには吹くはずのない風が吹いてロキは現れた。

「お呼びかい?魔王様」
「髪、洗って」

こうして彼を呼ぶのは初めてではない。気が向けばロキを呼びつけ、髪を洗って、と頼んだ。彼の見かけによらない優しい指使いは心地よいバスタイムには必須だ、とレンは思っている。
何より、こうやってレンが甘えるように言うと、ロキが本当にうれしそうに笑うのがいい。いつもの、レンの嫌いな人の神経を逆なでするような笑顔ではないから。
レンが言うと、心得たとばかりにシャツの腕まくりをして髪に触れる。幼い頃はナオヤに洗ってもらっていたが、ロキの指使いの比ではなかった。
お湯の温度もシャンプーの泡立て具合もレンを心地よくさせる。鼻腔をくすぐる香りもロキが用意したバスジュエルのものだ。
ひょっとしたら、自分は誰よりロキに甘えていて、誰よりロキに甘やかされているのかもしれない。

「うん?」

そんなことをつらつらと考えてると、シャンプーの泡を髪に馴染ませていたロキの手が止まった。
不思議に思って、仰向けになったまま視線だけで問うと、そっと唇が降りてきた。
(ああ、キスしたかったのか)
軽く触れ合わせるだけのキスでも満足だったのか、ロキは姿勢を元に戻し、指を動かし始めた。
レンだって今更キス程度で驚いたりはしない。その程度で驚いていては、ロキとなんか一緒にいられないのだ。
彼曰く、彼は自分を愛していると言う。
軽く言うだけなら流していたが、稀に真剣な顔で告げる時があった。冗談めかして言いながら、目だけが真実だと訴えていることもあった。
ベルの王を敬うというような生易しいものではない。あれは欲を孕んだ恋情だった。

「すすぐよ」
「ん。」

レンはそれを知っている。恋愛ごとに疎いと自他共に認めるレンでさえ気づくほど、彼の言動はあからさまだった。
知っていてそばにあることを許しているのは、レンだって彼を憎からず思っていることに他ならない。
熱過ぎずぬる過ぎないお湯が泡を洗い流していく。うっとりと目を閉じて息を吐くと一瞬息を飲んだような気配がした。

「どうしたの?」
「あんまり君が気持ちよさそうな顔してるから」
「ふぅん」
「ほんとに気持ちいいことしたらどんな顔するんだろうね?君」

セクハラ発言だ、とは今更言わない。いい加減セクハラセクハラと口にするのにも飽きていた。だから最近は、はいはい、と適当に流すだけだ。
普段と同じようにそう返そうとして、目を開く。
かち合った視線の先にあったロキの瞳は人ならざる者故に人を魅了する魔の瞳だ。獲物を見るような、慈愛を注ぐような不可解な色をしている。
気づけば言おうと思っていた言葉とは違う台詞を口走っていた。

「そんなに気になるなら見てみる?」

そう言った瞬間、ロキの手が止まる。コンディショナーを手にとろうとしていたのか、つるり、とボトルが落ちる音がした。
(あ、言うんじゃなかった)
わたわたと彼らしくなく慌ててボトルを持ち直し、それから呆然とした目でレンを見ている。
なんとなく居た堪れなくなって唇を尖らせた。

「見たくないなら帰れば?続きはナオヤにでもやってもらう」
「つ、続きってシャンプーのだよね!?」
「何想像してんの、ちょっとキモい」
「いや、ていうか、君、ほんと心臓に悪いよね!」

心臓に悪い発言だと問いただすのならロキの言動だって負けてないだろうに、と思いながら、冷めた目でロキを見る。
少し困ったように眉根を寄せて、それから妙に真剣な表情でロキは言った。

「からかってる訳じゃないよね?魔王様」
「冗談ってことにしたいならそうするけど」
「どっちかっていうと、僕の台詞だと思うんだよね、それ」
「どうだろう?とりあえず、オレの気が変わらないうちにどっちか決めたら?」

バスタブに乗せていた頭を起こして、濡れた髪の隙間からロキを見る。見下すような表情を作って笑うと、考えるまでもないよ、と言ってロキはレンの唇を塞いだ。
遠慮がちな軽いキスではない、深く貪るようなキス。味わいつくすようにロキの舌が口内を這い回る。時折吸い上げられて、時折甘く噛まれた。
頭の芯が痺れていくような感覚がする。やがて息が苦しくなり、いつまで経っても離す様子のないロキの背を叩いて、開放を要求する。
唇が離れていく瞬間、銀の糸がつぅ、と伸びて切れた。

「…痛くしたら、殺すから」

上気した頬を隠さずに睨むと、ロキはそっと微笑んだ。

   

   

バスルームには柔らかいマットが引いてある。籠もタオルもボディバターもそう言えばロキが用意してくれたものだ、とマットの上に座ってバスタブに背を預けながらバスルームを見渡した。
首元に埋められた顔がくすぐったい。髪も顎鬚も感覚が鋭敏になっているのか触れる度にくすぐったくてそれを堪えるのに必死だった。
ちゅ、ちゅ、と軽い音を立てて首筋を辿る。先ほど髪を優しく洗ってくれていたロキの指が脇腹をなぞると、レンは肩をびくりと揺らした。
(やばい、どうしよう、なんか、変)
ふ、と抜ける吐息がやけに甘ったるい気がする。
何かしゃべればいいのに、こんな時に限ってロキは黙ったままレンの身体に触れるものだから、自分の声ばかりが耳について鬱陶しい。
力の抜けた体とは反対に、妙に頭の奥は冷静だった。だからこそ、恥ずかしい。いろいろなものが並んでいる棚にばかり視線を送るのは、視線を落して自分の状態を確かめるのが怖いからだ。確かめなくてもさすがに自分の身体のことくらいはわかってしまうのだけれど。
視覚的に事実を突きつけられるのはどうにか避けたいと思って、バスルームに鏡がなくてよかった、とどこか見当違いなことを考えた。

「ちょっと、ロキ…」
「何?」
「いつまで、こうしてるの…?」
「痛くしたら殺されちゃうんでしょ?丁寧にやってるつもりだけど、不満かい?」
「なんていうか、…居た堪れないんだけど」
「…あんまり可愛いこと言わないでくれるかい?僕の理性がもたなくなっちゃうよ」

はあ、と妙に大きな溜息を吐かれて、レンとしてはさらに居た堪れなくなる。
大体自分のどこを取って可愛いと思えて、どこをどう見てこんなことをしたがるのだろう。元々悪魔や天使は人間とは違う次元で物事を考えていることが多々あったのでレンの理解の範疇を超えることも珍しくはない。この場に置いては悪魔が理解不能なのかロキが理解不能なのか悩むところではあったけれど。
ちょっと待ってて、と言ってロキは立ち上がり、棚から一つケースを持ってすぐに戻ってきた。
不思議に思って見ると、それはボディバターを入れているケースだった。お風呂上りに身体に塗ってマッサージをすると甘いお菓子のような香りに身体が包まれて幸せな気分になる。けれど、一体それをどうするのだろう。
ロキがケースの蓋を開けるとバスルームいっぱいに甘い香りが広がった。換気されているはずなのに、篭るような甘い香りは、相当に香りが強い為だ。
うっかりお菓子が食べたくなって、後で何か食べようと気をそらしていると、手の温度でボディバターを温めていたロキの指がレンの肌をなぞった。

「わ、ぁっ!」

バター特有のぬるっとした感触に驚いてロキにしがみつく。思わず目を閉じると、ロキが笑ったような気配がした。

「まあ一応殺される覚悟もあるし、痛くしないつもりだけど、痛かったら言ってね」

ボディバターを持ってきた理由を身をもって知る羽目になった。無防備だった場所に手を差し込まれて、ノックするように数回入り口をつつく。
むず痒いような感触にしがみついていた力を強くすると、大丈夫だから力抜いて、と額にキスをされた。やってみればと言ったのは自分なのだから、今更ここで嫌がっても仕方がないのだと言い聞かせて、どうにか力を抜くことに成功する。
見計らっていたかのように、円を描くようになぞっていた指が内側に進入してきた。

「ぅあ、い…っ」
「ごめんね、ちょっとだけ我慢してくれる?」

そう言って、今度はもう片方の手で、先ほどからレンが必死に見ないようにしていたものに触れ、ゆるく撫で擦った。自分でも滅多に触らない箇所に触れられて腰が引ける。直接的な快感に震えていると、ロキが息を飲んだ。密着している所為でダイレクトに感じたそれにレンは首を傾げる。

「な、なに、…?」
「うん?今の状態でこれなら、もっと先に進んだら魔王様はどんな顔するんだろうね?」
「は、意味わか、…っ」

入り込んでいた指が増える。先端から溢れた液体が伝っていっているのか、卑猥な水音が聞こえた。器用にキスの雨を降らせながら何かを探すように蠢く指。
(あ、やだ、やだ、変!)
ある一転を指が掠った瞬間、身体全体が跳ねた。

「え、ここ?」
「やっ…だ!やだぁっ」

知らない感覚に怯えるレンの心とは対照的に身体は熱を持って震える。ただ弱弱しい声だけが水音と混じってバスルームに響いた。
こういったことをしたことのないレンは、それが快感なのかどうかさえわからない。ぽろぽろと涙がこぼれて、薄く開けた視界の先にいるロキがぼやけて見えた。
縋るものを探してロキを引き寄せる。まさかこんな風にロキに縋る羽目になるとは思わなかった。

どれくらいそれを続けられていただろうか。
甘い香りに包まれながら、掠れかけた自分の声と水音ばかりを耳にして、頭がおかしくなりそうだった。
もやがかった視界でロキを見つめて訴える。こんなことを続けられたら、おかしくなってしまう。

「ろ、き」
「うん?」
「も、早く…」

早く何をしろと言っているのか、何を望んで言葉を発したのかすらレンはわかっていない。
ただ早くここから抜け出したかった。びくびく震えすぎて身体は疲労を訴えているし、声を上げてばかりで喉が痛い。

「も、…くるしぃ…っ」

何度絶頂に追いやられたかわからない。よく疲れないなと思うほど執拗にロキはレンに触れた。朦朧とする意識はただただ救いを求めてロキに縋る。
レンをこんな風にしているのはロキだというのに、その彼に縋るのはどこか滑稽な気もしたが、そこまでの思考は回らなかった。

「じゃあ、挿れてもいい?」
「…っ…っ!」
「仰せのままに。…僕の魔王様」

こくこくと頷いて了承すると、ロキはレンをマットの上に横たえて、足を抱え上げる。折り曲げられた体勢に不服を訴える余裕もないレンはされるがまま、ロキを待った。
やがてロキがのしかかり、何かが入り口に触れる。自分の体温とは明らかに違う、けれど同じように熱を持ったもの。
それがゆっくりと内側に入り込んでくる。指の比ではない異物が進入してくる感覚に、ひ、と喉を引きつらせた。

「大丈夫だから落ち着いてよ。爪、立てていいから…息、ちゃんとして…そう、ほら、ちゃんと入った」

痛みよりも異物感に眉を顰めたけれど、ロキの言葉通りそれは根元近くまでレンの中に納まっていた。
信じられない、と半ば呆然と繋がっている部分を見るレンにロキは笑う。

「君、ほんとわかりやすいよね。痛いのも、気持ちいいのも、驚いてるのも、すぐ顔に出る」
「…ばかに、してん、の?」
「全然!…可愛いとは思ってるけどね」

ゆっくりと中のものが動く。ずる、と肉の擦れる感触がして、思わず目を瞑る。縋る先がロキしかなかったので、少しだけ申し訳なく思いながら彼の肩に爪を立てた。
(こっちはこんなにいっぱいいっぱいだっていうのに)
なんとなく悔しく思いながら、揺さぶられるまま声を上げる。水に上げられた魚のように息が苦しい。
こんなに大変なものだなんて知らなかった。
口を開けっ放しで必死で呼吸をしていると、蓮君、とロキが呼ぶ。レンを呼ばわるロキの声は、常よりずっと低く、甘く掠れていた。

「な、に」
「僕が本当に君を愛してるって、信じてくれる?」
「…っ、ば、かじゃっな…!」

きちんと意味を成すものになっていたかもわからないレンの言葉を遮ったのはロキの唇だった。
ただでさえ呼吸が苦しいのに、酸欠で死んだらどうしてくれるんだ、と思う。けれどキスで塞がれていては文句も言えない。レンに出来るのは角度を変える為に時々唇が離れる隙に鼻にかかった吐息を吐き出すだけだ。
身体が柔らかくてよかった。こんなに無理な体勢で普通の人は平気なんだろうか。ベルの王は呼吸が出来なくても死んだりしないんだろうか。思考が取り留めのないことを拾い上げる。そうでもしなければ、気を失ってしまいそうだった。

「…君がずっと僕の檻の中にいてくれたいいのに」

耳元で囁かれた言葉は、言葉としてレンの耳には届かなかった。
ただ、耳をくすぐる吐息に苦しくなる。
(だめ、やばい、も、…っ)
行為に不慣れな身体は自制が効かない。強く瞑った目の端から涙が溢れる。

「ああっ…!」

熱を吐き出すのと同時にレンは意識を失った。
内部ではじけた熱い感触に気づかないまま。

   

   

気づいた時には寝室のベッドの上だった。
数日前ロキが持ってきたパジャマを着ていることと、ベッドの中にいることはすぐに理解出来たものの、頭の下のこの感触はなんだろうか。
不思議に思いながら寝返りを打って、その正体を知る。
腕枕だった。目の前にはロキの顔がある。シャツの袷を寛げて眠る彼というものは何だか物珍しくて、思わずレンはロキを見つめた。
(…変なの)
鬱陶しい奴なのに、嫌いじゃない。これがロキの言っていた人間の持つ矛盾というものだろうか。
なんとなく擦り寄ってロキの胸に顔を埋めるとバスルームを満たしていた甘い香りが鼻について、恥ずかしくて居た堪れなくなる。
(そのうち居る場所なくなっちゃいそう)
そっと目を閉じて現実逃避に走る。もう一度寝てしまおう、と思って実際眠りに附くと、夢の中ではホールケーキを抱えたロキが笑っていた。
(…これじゃあまるでオレがロキを好きみたいじゃない)

              


いや、なんていうか久しぶりに真面目にエロくさいもの書いたら物凄く長くなった…。
いろいろ突っ込みどころはあると思うんですが、ええ、寧ろ全力で自分が突っ込みたいんですが、とりあえず、このロキ主は両思いだと声高に宣言しときます。
てゆか、初めて報われたロキさんを書いた気がします。気のせいかしら。そしてちょっぴりロキさんが早い気がするのは気のせいかしら。

2010/10/26 改訂

              

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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