おにいさんは心配性
「バイトしよっかなぁ」

学校帰りに寄ったナオヤの部屋で、のんびりとカフェオレを飲みながらアルバイト雑誌を広げて読んでいたレンがぽつりと言うと、パソコン画面を見つめていたはずのナオヤが勢いよく振り返った。

「え、何」
「バイトだと?」
「う、うん、もう高校生だし」

眉間に皺を寄せて訊ねるナオヤに、どうしたのだろうかと戸惑いながら答える。
レンだってもう高校生だ。入学当初の慌しさも一段落し、夏休み前にバイトでも始めて、夏休みになったら思い切り遊びまわろうと思っていたのだが、どうもナオヤは快く思っていないらしい。
確かに別段レンはお金に困っている訳ではない。服は月に一度ナオヤが一緒に行って買ってくれるし、月々親にもらう以外にお小遣いもくれる。どこからそんなお金が出てくるのかは知らないが、必要だと言えばそれ以上の金額をナオヤはレンに渡してくれていた。
だからこそバイトでもして自立…と言ってはなんだが、多少自分で稼ごうと思ったのだが。

「小遣いが足りないのか?」
「ううん」
「欲しいものがあるのか?」
「うーん…まあ、そんな感じ」
「いくら必要かは知らんが、そこにある引き出しから好きなだけ持っていけ」

そう言って部屋の隅にある棚に視線をやる。言われるまま引き出しを開けるとあまりにも無造作にお札が放り込まれていた。
その数に一瞬眩暈がする。束になっているものもあれば、バラけているお札もある。一体どれだけあるのだろう。ドラマとかでしか見たことがないくらいの量の福沢諭吉がこんな、鍵もついていない引き出しに放り込まれているなんて、とナオヤの神経をレンは疑った。
しかもそれを好きなだけ持っていけとは本当にどういう神経の持ち主だ。

「足りないか?」
「いやいやいや、足りるとか足りないじゃなくて」
「なんだ」

ナオヤは過保護だ。ちょっとありえないくらいに過保護だ。そして、レンに関してはネジが数本飛んでいるかのようにベタベタに甘い。
(てゆーか、アホだ)
バイトをしたいと言ったのは確かに初めてだが、普通はここまでして反対しないだろう。

「でも、オレアツロウと一緒にどこかでバイトしようねって言ったし」

呆然と引き出しの中身を見ながらレンが言うと、にゅっと青白い手が引き出しに伸びてきた。
ナオヤは一万円札の束を3つ取り、1つの束を右手、2つの束を左手に持つ。
何をするのだろうと思って見ていると、ナオヤはすこぶる真面目な顔で、レンには理解不能なことを言い放った。

「一束、アツロウにくれてやれ。こっちの二束はお前にやる。ならばバイトなどする必要はなくなるだろう」
「は?」
「足りなくなればまた渡してやる。アツロウにも言っておけ」

たっぷり数十秒固まった。
レンだけでなく、アツロウにまで金を渡してでもレンのバイトを止めたいのか。
たかだかバイトをするだけのことなのに、どこにそこまでの問題があるのだろう。
レンは成績だって常に上位だし、部活だってやっていない。身体が弱い訳でもない。学校だってバイトを禁止している訳でもない。ならば何も問題はないはずだ。
渡された札束を持て余しながら訊ねると、両肩に手を置かれ、真剣な顔をされる。

「いいか?まず、バイトなど始めてしまっては家に帰るのが遅くなるだろう」
「それはそうだけど、オレもう高校生だし…」
「それに最近は変な輩も多い。アツロウと一緒とはいえ何が起こるかわからん」
「変な輩って…」
「蓮、また誘拐でもされたらどうするんだ。金が欲しいならその分俺がどうにかしてやる。だからバイトなどしなくていい。アツロウがバイトするからお前もすると言うのなら、アツロウの分もどうにかしてやる」
「……ナオヤって…」

切々と語るナオヤは、まるでどこかの心配性のお父さんか何かのようだ。
箱入り娘に断じてバイトも夜遊びも許さん!と言うような頑固さが見えるけれど、レンは箱入り娘でもないし、そこまで心配されるほど隙が多いとも思えない。一応格闘技を習わされた経験もあり、急所を狙った一撃さえ入ればその程度の輩を撃退するくらいは出来るはずなのだ。
確かに中学生になったばかりの頃、実際に誘拐されかけたことがある。あの当時はまだ背も低く、今以上に力が弱かった所為で撃退するということが難かった。たまたま迎えに来たナオヤのおかげで本格的に連れ去られる事態にはならなかったが、しばらくの間、どこに行くにもナオヤが付いて回っていた。
それより以前から、ナオヤのことを過保護だ過保護だと思っていたものの、その事件があって以降、さらに過保護になった気がする。
心配してくれること自体はうれしい。けれど、ここまでされると、さすがにちょっと大丈夫かな、とも思ってしまう。
(そのうち、アツロウと遊びに行くのにも付いてきそう…)

「…わかった、とりあえず、アツロウに言っとく」
「そうしろ」
「お金は返すね。まだお小遣い残ってるし」
「持っていけ。何があるかわからん」

いや、一介の高校生に、こんな札束が必要になるような事態など、早々に起こるものではないだろう。
やはりどこか違う世界を生きているような従兄にレンは深く溜息を吐いて、仕方なく学校指定のカバンの中に札束を放り込んだ。

   

数日後。
授業を終え、帰り支度をしているアツロウに声をかける。

「アツロウ」
「ん?あ、どうした?」
「バイト、ナオヤがしちゃダメだって」
「あー…やっぱり」
「でね、これ」

ぽい、と手渡した紙の束に、アツロウが目を丸くする。
これが普通の反応だ、とどこかほっとしながら、先日のナオヤとの会話を説明すると、札束とレンを交互に見て、はあ、と深い溜息を吐いた。

「なんか、ナオヤさんて徹底してるよな、変なトコ」
「うんとね、多分バカなんだよ、あの人」
「変なトコ厳しいのにな」

あの後、ナオヤの家から帰る時も、タクシーを呼ばれ、絶対にバイトをするなと散々言い含められた。
バイトをしてみたいとは思ったけれど、さすがにそこまで言われて我を通すほど、レンにとってバイトをすることは重要ではない。いちいちナオヤに説明するほどの理由もないし、説得するのも面倒だ。
アツロウには悪いけれど、付き合ってもらうしかレンには方法がない。
これでレンがバイトをせずにアツロウだけバイトをし始めた、などと言ったら今度はナオヤがアツロウに切々と説教を始めるかもしれないのだ。

「まあ、いっか…。とりあえずさ、そのお金はレンが持っとけよ。オレそんなもらえないし」
「え、持ってってよ。オレだってこんなにいらないし、これ、アツロウの分だもん」
「……オマエって、やっぱりナオヤさんの従弟だな…」
「?」

札束をぽんと出して、従弟とその友人に渡すナオヤも相当常識はずれだが、言われた通りにアツロウに渡すレンもレンだ、とアツロウは思った。

              


なんとなく小難しいことばっか考えてたら、ふっとこんなどーでもよさげな軽い話を書きたくなった。
ナオヤさんはありえないくらい過保護でありえないくらいレンに関してはアホでいてほしい。
夏休みに色々(本編的な)あるからとかでなく本気でバイトさせては危ないと思ってる辺りがナオヤさんのアホポイントです。

2010/10/26 改訂

              

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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