花の冠
色とりどりの花を摘み、茎を重ねて編んでいく。可愛らしい花冠を、誰の為でもなく編んでいく。
遠い遠い昔、幼馴染の女の子がこの花冠を好んでいた。
女の子が作ると自分が作ってあげるよりも幾分不恰好で、いつも代わりに作ってあげては柔らかい茶色の髪の上に乗せてあげていた。
どうぞ、と微笑んで花冠を被せると、はにかんだ笑みを返してくれた。それもずっと遠い昔の思い出だ。
女の子がいなくなって久しいのに、花冠の作り方だけはなぜかずっと忘れずに覚えている。

白、ピンク、黄色、オレンジ。レンが魔王になったあの日作った城の周りには、魔界と言う名を持つ世界には不似合いなほど可愛らしい花が咲き乱れている。
これは花が好きな悪魔たちが毎日せっせと育てたものだ。ガレキだらけだった城の周りに小さな悪魔たちが長い年月をかけて作っていったもの。
好きな時に好きなだけ持っていって。王の為に育てたのよ、とピクシーたちが笑う。力弱き悪魔は戦闘で役に立てない分、せめて心安らかにあれるようにと気を配ってくれていた。
お言葉に甘えて、何本か花を摘み、冠を作っていると、物珍しげにピクシーたちが集まってきた。

「王、それは何?」
「花の冠。こうやってね、茎を絡ませて編んでくと出来るの」

一番近くにいたピクシーの頭にちょこんと乗せる。適当なサイズで作ったからか、少し花冠は大きくて不恰好だったけれど、花冠を乗せたピクシーはうれしそうにレンの周りを飛び回った。

「ありがとう!ねぇ王、可愛い?可愛い?」
「うん、とっても」
「王、あたしにも作って!」
「ちょっと待ってね」

言われるまま花冠を作る。たくさんの色の花を合わせて作る。
集まったピクシーに次々と冠を乗せていきながら、ふと思い出す、幼馴染の少女の顔。冠を作ってあげたのは、もっとずっと、忘れてしまうくらい遠い昔のことなのに、ありがとうと笑いながら飛び回るピクシーの姿に、彼女を思い出した。
寂しがってはならない。懐かしむことくらいは許されるかもしれないが、余り、過去に囚われてはならない。レンはもう万魔を従える魔王であり、一介の高校生でもないし、少女の幼馴染としてもいられない場所にいる。
それを選んだのは自分なのだから、今更彼女とアツロウの三人で、ただ毎日を怠惰に過ごしていた頃に戻りたいなんて思ってはならないのだ。
最後のピクシーに花冠を渡し、一息つく。
花の冠にご満悦なピクシーたちは大事そうに花冠を被ったまま、花壇の世話をしに飛んでいってしまった。
去り際、また作ってね、とねだるピクシーたちは在りし日の幼馴染を彷彿とさせた。
一人きりで花冠を編むのはきっと良くない。何かがレンの中で渦巻き、這い出ようとしてしまう。

「…クーフーリン」

思わずその名を呼ぶと、少しして、ひゅん、という風を切るような音と共に彼は現れた。
呼べば彼はすぐに来てくれる。
いつだったか、茶化して、地球の裏側にいても気づいて来てくれるかと訊ねた時も、彼は表情一つ変えずに、無論、と返した。無理だと思う反面、クーフーリンならばやりかねないとも思う。それくらいに、彼は呼べばすぐにレンの元へ現れ、レンの名を呼んでくれた。

「…此処に」

そう言って、跪き、頭を垂れたまま挨拶をする。
手を取られ、その甲に口付けられるのも今に始まったことではないが、レンが座り込んでいる分距離が近く、なんとなく気恥ずかしい。
膝の上の作りかけの花冠に視線を落していると、クーフーリンもそれを見て、僅かに首を捻った。

「主は何をなさっておいでか」
「えっと、…見たことない?花の冠を作ってたの」
「存じぬ」
「そっか、ちょっと待ってて」

自分の隣に座らせ、作りかけだった冠を手早く編んで完成させる。
先ほどピクシーたちに作ったよりも少しいびつな形になってしまって、急ぎすぎたかな、と少し後悔をした。けれど花冠には変わりないのだと自身に言い聞かせて、レンはその冠をクーフーリンの頭に乗せる。

「こういうの」

綺麗な顔立ちをしているクーフーリンには花は確かに似合うけれど、花冠となれば話は別なようで、白でまとめた冠は彼の深い青の髪には合っているけれど、彼自身に似合っているかと言えば、レンは曖昧に微笑むしか出来なかった。
けれど視線を頭上にやって、両手で花冠を確かめるクーフーリンが妙に可愛らしく見えて、曖昧な笑みは次第に穏やかな微笑へと変わっていった。

「この冠はね、オレが子供の頃によく作ってたんだ」
「主の幼い頃?」
「うん。ユズにせがまれて。…ユズはちょっと、…なんていうのかな、不器用で…」

遠い思い出を辿るように、クーフーリンの頭に乗せた冠に手を伸ばす。

「上手に作れないってよく泣いてたの。だからオレ、ユズが喜んでくれるようにいっぱい練習したんだ。男の子なのに変だって言う子もいたけど、ナオヤは怒らなかったし、ユズはすごく喜んでくれたから」
「……」
「ピクシーたちがね、どうぞって言って花をくれた時…なんとなく作ってみたら、…色々…思い出しちゃって」
「主は、淋しいのか?」
「え?」

花をなぞっていた指を止める。真正面から受け止めてしまったクーフーリンの瞳は、吸い込まれそうになるほど綺麗な色をしていた。
何も言えず、ただじっと見つめていると、クーフーリンはもう一度同じ質問をしてくる。
今度はレンも、どうにか言葉を返すことが出来た。

「淋しいのとは…多分違うと思う。オレにはみんながいるし、こうやって隣にいてくれるクーフーリンがいるから」
「しかし主の今の表情は、泣き出す寸前に見せるものと同じ表情だ」
「……っ…」

わからない。レンは今の自分がどんな表情をしているのかも、どんな気分でいるのかもわからなかった。
ただ、呼吸が詰まり、眉間に皺が寄る。
泣きそうになって、なぜ泣きそうになっているのかもわからないまま、ただ、泣きたい衝動に駆られていた。
俯いて膝を抱えると、ぱさりと何かが頭の上に乗せられる。そろりと手を伸ばせば、先ほどクーフーリンに渡した花冠が手に触れた。

「泣かれるといい。感情を溜め込む王よりも、感情に素直なあなたの方が私たちは好きだ」

クーフーリンの言葉が最後の枷を取り外す。鼻の奥がつんとして、頬を涙が伝っていった。
何も哀しくはない。淋しくはない。ただ思い出に浸っていた所為で感傷的になってしまっただけのこと。
レンが泣き止むまで、クーフーリンは何も言わずに隣にいてくれた。

「…へへ、なんかちょっと恥ずかしいね。なんでもないことなのに、こんな泣いちゃって」
「主にとっては大事な思い出なのだろう。恥ずべきものではない」

ずず、と鼻をすすりながら花冠に手をやり、どうにか形になった笑顔を向けると、クーフーリンは少し目を伏せて小さく呟いた。

「…少し、妬ける」

「……え?」
「いや、なんでもない」

彼の発した言葉は余りに小さく、レンには聞き取れなかった。
珍しく歯切れの悪いクーフーリンを不思議に思いながら、なんとなく照れくさい気持ちを隠すように冠を掴む。大急ぎで作った花冠はレンにはやっぱり大きくて、冠と言うより帽子のつばのようだったけれど、視界を遮るにはちょうどいい。泣いた所為で赤く染まった頬は隠しようがなかったけれど。

「…いつも、そばにいてくれてありがとね」

レンがぎこちなく言った感謝の言葉に、クーフーリンは吐息に乗せるように笑った。

              


花の冠作ってるレンと、花の冠かぶせられてるクフが書きたかっただけ。
夜中にそんなイメージがいきなりやってきて、こんなものが出来上がりました…。

時期的に言えば、10年前後経って、みんなもう大人になっちゃって、ウッカリ結婚でもしてるんじゃないかってくらいの時期。
ふとした時に懐かしくなって、懐かしくて、泣きそうになった、みたいな。

2010/10/26 改訂

              

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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