果実より甘い
彼が選んだ道ならば、たとえ修羅の道であろうと共に生く。

「レン、ほんとに魔王になっちまったんだな…」

戦いを終えた虚脱感と疲労、目的を成し遂げた達成感。終わった、と思うと同時に口から零れた言葉は、悲しみにも似た感情の混じったものだった。
見た目は何一つ変わらない。ルシファーに対して感じたような圧力のようなものも感じない。つい先ほどまで一緒に戦っていたレンのまま、彼はそこにいた。
一見しただけではレンは何も変わらないように見える。
けれど、彼は魔王になったのだ。万魔を統べる、悪魔の王になってしまった。

「アツロウ…?」
「あ、いやごめん、とにかくおめでとう!やったな!」
「ありがとう」

祝いの言葉を口にしながらも、アツロウの胸中は複雑だった。
もちろんその為にここまできたのだから喜びもある。けれど、それとは別に胸で燻る感情があるのも事実だ。
魔王とは人ならざるもの。魔王でない自分は共に来たとしても人でしかない。
永遠に近い命を持ち、魔の頂点に立つことになった彼との、絶対的な差異。自分は、いつか彼と別れることになるということ。
悪魔と人間とでは寿命も生命力も違う。彼と共にこれからも在り続けるには、人の身はあまりに脆弱に過ぎる。
人であることが嫌だと思ったのは初めてだった。いや、人であることの利益不利益など考えたこともなかったと言うのが正しい。

「なあ、レン」

呼びかけると、なあに?と常と変わらない微笑みを浮かべて彼は訊ねてくる。
何一つ変わらない、アツロウの大好きなレンのまま。
もしも自分が人のまま生きて、人の生を終えた時、彼は淋しがったりはしないだろうか。
近所に住んでいた一匹の野良猫が老衰で死んだ時ですら数日寝込むほど哀しんだレンが、たった一人でいることを何よりも嫌がるレンが、別れに耐え、心を揺るがさず、ただ神と戦い、悪魔を統べ生きる。
(ダメだ。そんなのは…ダメだ)
ユズと別れ、ミドリやケイスケとも別れ、自分との別れも含め、たった一人で魔王になると覚悟したレンだったとしても、これ以上の別れはアツロウが許せなかった。

「…アツロウ?どうしたの?」
「レン、頼みがあるんだ」
「うん?なに?オレに出来ることなら、何でもするよ」
「お前にしか、出来ないことだ」

レンは不思議そうに首を傾げアツロウを見つめている。
アツロウはと言えば眉間に皺を寄せて、祈るような気持ちでレンの手を握った。

「オレを、人でなくしてほしい」

「……え?」

呆然としたレンの声から察するに、相当驚いているのだろう。
意味を図りかねているらしいレンを見かねて、アツロウは言葉を付け足した。

「魔王の力を、少しだけ分けてほしいんだ」
「え、でも…」
「あ、もちろん悪用する訳じゃないぜ?」
「そんなことわかってるよ!」

珍しく声を荒げたレンにアツロウは笑う。
なぜか胸の奥が痛くて、その笑みはうまく形になっていなかったけれど。
ここまで一緒に来たとわかっているくせに、引き返せないところまでアツロウが来ていることをわかっているくせに、まだ一人で行ってしまおうとするのか。
苛立ちより悲しみが先に立ち、変に歪んだ表情のまま、アツロウは呟いた。

「オレは、オマエと一緒に行くって決めたんだ。生半可な覚悟じゃない。オマエが魔王になるって決めたのと同じくらい、ちゃんと覚悟決めてんだ」
「アツロウ…」
「オマエの傍にいるには、今のままじゃダメなんだ。オレはもう、オマエに置いていかれたくないんだ。…頼むよ」

レンと共に生きられるだけの力がほしい。
願いはそれだけだ。
何もいらない。
平穏も、安寧も、何もいらない。
だからこれ以上、一人で生きようとしないでほしい。

「頼む…っ」

懇願を受けたレンは僅かの逡巡の後、きっと睨むようにアツロウを見、繋いだ手を強く握った。
そしてもう片方の手の指を歯で噛み切り、ぷくりと珠になった血液を一瞥した後、アツロウの口元に差し出した。

「悪魔の血だよ。怖くないの?」
「……」
「なんとか言ってよ…」

言葉を発する代わりに、そっと突きつけられた指を口に含んだ。
瞬間、身体を何かが這い回るような感触がして、自分と言う皮を破り、何かが出てきそうな気配がした。
どうにか踏ん張ってそれに耐える。
繋いだままだったレンの手を強く掴んでしまい、慌てて力を抜いたけれど、それを見た瞬間、思わず一歩後退った。

「…だから言ったのに」

長く尖った爪。節張った指。レンの手を掴むアツロウの手は、獣のそれをしていた。
哀しそうに言うレンが嫌で、どうにかそれを押し込めようとアツロウは精神を集中させた。力を得ても、自分の中に取り込めなければ意味がない。
どれだけの時間が経っただろう。無我夢中で押し込んで、気付けば獣の手は普段の自分の手に戻っていた。
ようやく息を吐いて、そこで気付く。レンの手が、傷だらけになっていることに。
尖った爪で掴んでいた所為でついた傷だということは明白で、アツロウは慌てて謝った。

「ごめんっ」
「へ?」
「オレ、おもっきし掴んじゃったよな?!…うわ、すげえ切れてるし…!」

何本か赤い線が走るレンの手を怖々と確認するアツロウがおかしかったのか、レンはくすくすと笑い出した。
忍び漏れるような笑いから次第に増長していき、しばらく経つと、レンは涙目で爆笑していた。

「れ、レン?」
「あー、も、無理!おっかしいの!そんな傷、すぐ治っちゃうのに、自分のこと放ってオレの心配とか、ほんと、アツロウってば…!」

レンの言う通り、軽い傷ならすぐに塞がるのだろう。涙を拭おうとしたらしいレンのもう片方の指は、先ほど歯で噛み切ったはずなのに、そんな痕すら残っていなかった。
アツロウが傷つけた手だって、もう傷が塞がりかけている。ほんの少し、流れ出た血液が肌に残っている程度だ。
思わずまじまじと見つめていると、レンは少しいたずらっこのような笑みを浮かべて言った。

「こっちも舐めてみる?」

この身もこの命もすべて捧げると決めた。
彼と共に在る為ならば、人であることなど捨ててしまって構わないと思った。
彼を守れないのなら人であることに意味などない。
レンが選んだ道ならば、それがたとえ修羅の道でも自分は彼と共に歩み生きることを望む。

誘いに乗って這わせた舌に感じた彼の血は、今まで口にしたどんな果実よりも甘かった。

              


いろいろな意味で原点に戻ってこんなアツ主。
戻りすぎて通り過ぎた感じがしなくもない。
とにかくアツロウはレンのことが好きなんだぜ!ってわかってもらえたら満足です☆

2010/10/26 改訂

           

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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