抜き打ちテスト
魔力を開放した時に現れる魔の眷属らしい獣の手にも、その爪で天使の肉を切り裂く感触にも、その所為で飛び散る血飛沫にも、いつのまにか慣れた。
人であった頃を思い出すのには時間がかかるようになってしまったが、その分だけ力にも魔界にも現状にも慣れて、戦場で指揮を取ることもそれなりに様になって、魔王の側近らしくなってきた。と、少なくとも自分では思っている。
その日、普段通りアツロウが訓練に精を出していると魔界の頂点に立つはずの魔王がやたらと気安い様子でその場にやってきて、言った。
アツロウ、手合わせをしようよ、と。
まるでお茶に誘うかのような軽さでレンがそう口にした瞬間、驚きのあまりアツロウは言葉を失った。
当然ながら、一応魔王軍も軍という形を取っている為、訓練も兼ねて悪魔同士手合わせをすることも少なくはない。その中にアツロウも入ることがあったが、レンがそういったことをすることはほとんどなかった。
いや、以前一度だけあったか。その時はまだ獣の手の力もうまく使えず、手加減をしてくれていたレンの攻撃にすら速攻で膝を付いた苦い記憶がアツロウの脳裏を過ぎる。

「え、抜き打ちテスト的な?」
「あ、持ち物検査とかちょっと懐かしいよね」
「いやいや、そうじゃなくて」
「うん、わかってる。えっとね、あれから大分経ったでしょ?ちょっと試してみたいなあ、なんて」
「別にいいけど…」

確かにあれから大分経った。獣の手の扱いにも慣れたし戦場に怯えることもなくなった。
それでもまだレンとの力の差は大人と赤子のようなものだろうが、少しくらいは自分だって成長しているはずだ。レンだってそう思ったからこそこの手合わせを持ちかけたのだろう。失望されたくはない。
アツロウが了承し、宙に浮かぶと、レンも同じように宙に浮かび、まるでそこに地面があるように、タン、と踏み込んでアツロウの眼前まで近づいた。

「手だけで防ぎきって見せてね」

どこか楽しそうにレンが言う。それから、今度もたったの一度の踏み込みで元の位置まで戻り、構えもせずに、行くよ、と笑った。
言葉の通り、すぐに攻撃が始められる。間断なく放たれる攻撃は火炎に氷結、電撃に疾風、と四大属性のダイン系魔法。
手のひらに同等の力を溜めて次々と弾いていくけれど、魔の力に慣れたとはいえ、魔の頂点に君臨する魔王の本気の攻撃になど到底敵うはずがないから、おそらく今回も彼はアツロウに合わせてくれているのだろう。
訓練の為に動きやすい服装をしていたアツロウとは違い、レンはロキ辺りに着飾られたのだろう、戦闘で動き回るのに適しているとは言い難い服装だった。
それなのに動きは素早く、まるで流れるようで、いっそ舞っているかのよう。
人であった頃だって、彼の動きは無駄がなく、捉えどころがなかった。思わず感嘆の息を漏らしてしまうほど。ベルの力を取り込んだレンの動きはその時以上に素早く、そしてやはり美しかった。
一瞬その動きに見惚れて動きが鈍ると、それを見咎めてレンが言う。

「アツロウ、気抜いてたらほんとに当たっちゃうよ」
「わ、わかってる!」

レンが腕を動かす度、どこからか力の塊が飛んでくる。手の動きは完全にフェイクのようで、どこからそれがやってくるのかはほとんど勘でしかわからない。
そのくせフェイクかと思えば真っ当にアツロウめがけて飛んでくるものだから性質が悪い。
彼が本気を出せば、いくらガード出来たとしてもその手ごと吹っ飛ばされて、アツロウはひとたまりもないだろう。
幾つもの攻撃を防ぎ続けながら、いつ終わるとも知れない抜き打ちの試験にアツロウは全力を注いだ。
慣れとは怖ろしい。レンの動きは確かに素早いけれども、戦場においてのレンの動きを何度となく間近で見せつけられてきた身としてはこんなものまだ優しい方だと思えてしまう。
それに、攻撃を放つ時間は不規則だけれども、演習らしく彼の動きはアツロウが見切れるギリギリを保って放たれているようだった。

「ラストだよ」
「え?」
「万魔の乱舞!」
「わっ!」

四発ほど続けて襲ってきた閃光をどうにか両手で受け止めて、けれど最後の一発だけは捉えきれずまともに食らった。
宙に浮く力をガードに回し、地面に落ちていく。地面に落ちる衝撃よりもレンの攻撃の方が重いことはわかっていたが、背中に走った痛みはけれどやはり相当なものだった。
地面で息を吐くアツロウを追ってレンが降りてくる。心配そうに眉を顰め、ことりと首を傾げる様は、先ほどの攻撃の主だとは思えないほどあどけない。

「アツロウ、アツロウ、大丈夫…?最後、力加減間違えちゃった…」
「いや、へーき、大丈夫」
「怪我してない?」

いいこいいこ、とでもするようにアツロウの髪を撫でるレンに笑ってみせながら問いで返す。

「どうだった?合格?」

アツロウの問いにレンはきょとんとして、ぱちぱちと数度瞬きを繰り返した後、ふわりと笑みを象ってみせた。

「うん、合格!アツロウすごいね!アツロウずっとがんばってたから、手だけでどこまでいけるのかなって思ってだんだん強くしてったんだけど、ほんとすごいね!」

言われてみれば、最初の攻撃からほんの僅かずつではあったが威力が増していっていたような気もする。
最後の一撃だけは妙に威力が跳ね上がった感じがしたが。

「あはは…あれはちょっと失敗しちゃった」
「ま、いーや。お褒めに預かり光栄ですよっと」
「でもほんとすごいよ?カイドーもマリ先生もガードは苦手みたいなんだよね。フェイク入れると防ぎきれなくなっちゃうんだ。でもアツロウはどんなにフェイク入れても反応できるんだもん、すごいよ!」

褒められて少しばかりいい気分になっていたアツロウに冷水が浴びせられた気がした。

「…それは…」
「うん?」
「……ナオヤさんだって、多分出来るよ」
「そうかなあ?」

カイドーやマリと自分の差を、その理由を、アツロウはわかってしまった。
レンの動きに多少なりともついていけたのは確かに成長の成果だろうが、フェイクを看破出来たのは、おそらくそんな理由ではない。彼らだって日々鍛錬を重ねてきたはずだ、アツロウと同じように。
ではそこに出てきた差はといえば、アツロウがずっとレンを見ていたからだ。
盾になる為に、レンの動きはずっと見ていた。彼が攻撃しやすいよう場所を作り、彼の邪魔になる敵を蹴散らし、彼を襲う攻撃から必死で守ってきた。彼の動きを知らなければ、盾などと名乗れはしない。
それに、彼を好いて、彼と友人になってからこっち、ずっと彼の傍に在り続けたのだ。それくらいわからない訳がない。
そして、幼い頃から傍にいたナオヤもまた、わからないはずがなかった。それではいけない。ナオヤ以上にならなければならないのだ。
レン相手であればその勘は働くだろうが、それが天使相手に使えるような反射でないことくらいアツロウにもわかっていたので、手放しで褒めてくれるレンに少し申し訳ない気持ちになる。
身のこなしだけでなく第六感でさえも盾になりきれるように、より一層の精進を胸に誓った。
またいつか、レンの気まぐれで抜き打ち試験が行われた時、今度はもっと彼に本気を出させられるようにしたい。
アツロウすごいね!と笑顔を向けてもらいたい。

「さすが"盾"だね!」

無邪気に最高の賛辞を贈ってくれる魔王にアツロウは苦笑を返した。

             


盾らしく在りたくて努力してるアツロウの更なる決意。
うちのレンは聡い割に変なとこだけ鈍いので、アツロウが言い淀んだ意味も苦笑した意味も多分わかってません。
単純にアツロウすごい!とか思ってる。葛藤をわかってやれ(笑)

2010/10/26 改訂

           

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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