「クーフーリン」
「此処に」

召喚に従い子供の前に現れる。そして今までがそうであったように彼の前に跪き、頭を垂れた。
幼く、けれど凛々しい、自分が契約に因るところだけでなく主と認めたレンという名の子供。
手招きに従い、彼の隣に腰を下ろす。相変わらず昼間の彼とは違い、迷子の子供のような瞳でレンはクーフーリンを見ていた。

「いつもごめんね」
「構わない」
「今日はお願いがあるんだ」
「…願い、とは」

小さく消え入りそうなレンの呟きに問い返すと、一瞬強い風が吹いて髪を揺らした。
長く伸ばした自分の髪を押さえ彼の表情を窺おうとしたけれど、彼の長く伸びた前髪が邪魔をしてそれは叶わなかった。
ただ、俯いた彼のその肩が、普段見るよりずっと、か細く華奢に見えた。
従者としてあるまじき衝動のまま、そっと手を伸ばす。その衝動を抑える術をクーフーリンは持たなかった。
レンの頬を両手で包み込むようにして顔を上げさせる。迷子の瞳がゆらゆらと不安げに揺れていた。

「大丈夫って、言って」
「主？」
「大丈夫って言って。…オレは、間違ってないって言って」

揺れる瞳から水分が滲み、目の淵で溜まっていく。
無理をしていたのだろう。きっと、ずっと、一人で無理をしていた。
自分を呼ぶのは、誰かに縋りたかったから。たった一人で夜に呼ぶのは、共に戦う人の仲間に動揺を与えたくなかったから。
もう限界だ、とクーフーリンは思う。封鎖が始まって六日が過ぎた。夜の闇が次第に明けていき、もう今は七日目の朝。最終決断の時は迫っている。悪くすれば彼らに七日目の夜は来ないかもしれないのだ。
自分は所詮悪魔だ。もしこの封鎖が解かれず政府の行う超電磁結界が発動されても、その場に出ていなければ助かるし、レンが死んでしまったとしても別の主に呼び出されるまで眠りに付くだけだ。
けれど、彼らは違う。
人間とは、いずれ滅び行く魂でしかない。脆弱で、儚い命しか持たず、我々のような種族からすれば瞬きするほどの短い時間しか生きられない生命体だ。
儚く散る花の名前を持つ彼を、けれど亡くしたくなくて、クーフーリンは今まで尽力してきた。
頬に触れていた手を離し、そっと細い身体を抱きしめる。彼の望みならば、すべて叶えてあげたかった。
自分などの言葉で彼が少しでも救われるのなら、嘘でも真でも口にしよう。嘘でも真実にしてやろう。
自分に出来る最大限に優しく甘い声音でクーフーリンは囁いた。

「大丈夫だ、主」
「…うん」
「大丈夫だ。主は何も間違ってなどいない」
「うん……」
「主の選択は、何も間違っていない」

うまい言葉を知らない自分は、ただ彼の言った言葉を繰り返すだけしか出来ない。
けれどそれだけでも充分なのか、彼は頷き、クーフーリンの腕の中で泣いた。
小さく震えるレンを強く抱きしめ、祈るように言う。

「絶対に大丈夫だ。あなたは、私が死なせはしない」

祈る先などないくせに、誓いを立てるようにクーフーリンは言った。
自分などの言霊では力などないかもしれない。自分は魔力の強い悪魔ではない。けれど彼ら人間が必死で生きようともがくように、自分だって必死で彼の命を守ろう。
祈りだけでは何もならないと知っているクーフーリンはか弱い命を抱きしめながら呟いた。

「あなたの祈りは私が必ず叶えてみせる」

ゆらゆら揺れる迷子の瞳をした彼の涙を指で拭い、そこかしこに唇を落す。
くすぐったいと言って笑った彼を、ただ愛しく思っていた。

七日目、魔王になると決断したものの、時間的に間に合うのか、それで人を救えるのかとか、ちょっと迷ってるレンと、相変わらずレンに呼び出されて必死でフォローしてるクフ。
六日目の夜から七日目の朝にかけては魔王ルートメンバーとか仲魔との素敵妄想ポイントですよね！（笑）

2010/10/26　改訂