夕焼け色の空の下
「ねぇロキ」
「うん?」
「ここじゃない魔界も、空は赤かった?」

ティーセットの下にひかれた白いテーブルクロスが僅かに赤く染まっているのをぼんやりと見つめながらレンは呟いた。
昔の空は、昼は抜けるような青い色をしていて、夜は青みがかった闇色をしていた。
今は青に赤が交じり合った、奇妙な色をしている。夜になったって、赤黒い、どこか血が固まった時に出来るような色だ。
人の世界に魔界が現れて、魔界との境界を指し示すように空は赤く染まった。ならば元の魔界も赤かったのだろうか。
ぽつりと呟いた疑問にカットケーキを取り分けていたロキは手を止め、空を見上げた。

「そうだねぇ…昼も夜もなく、赤くて闇に近い色…、この魔界で夜見られるような、赤黒い血のような空だったと記憶しているけれど」
「そう」
「こちらの魔界で見る昼の空は夕焼けにも似た色で美しいと思うよ。僕は人間界で長いこと生活していたけれど、薄青い空に陽の赤が混じった夕焼けは好きだったな」
「うん、オレも好き」

青い色は記憶にある。遠くを見れば昔の空のままの色が見える。けれどやはり、忘れてしまった。
青空の下にいた記憶は遠い。
魔王になってからというもの、あの青い空の下にいた記憶はない。余程のことがない限り魔界から出られないのだから当然なのだけれど。

「見えてるのに、忘れちゃった」
「僕も本当の魔界の色はおぼろげだ。慣れって怖いね」
「…懐かしいな」
「へぇ?」
「澄み切った青い空に浮かぶ白い月が空の景色の中で一番好きだったんだ」
「そう」

色とりどりのカットケーキの乗ったお皿をレンの前に置かれる。
ありがと、と小さく呟いたら、ロキは妙に満足そうに笑って、それから椅子に腰掛けた。
なんとなくぼんやりと空に視線を送る。
いつだって夕焼けみたいな空。どこか物悲しくなるような色。あたたかい色なのに、淋しくなる色。
隣り合わせの空の青は冷たい色のはずなのに、思い出すのはあたたかい記憶ばかり。

「蓮君はあちらの空の方が好きかい?」

あちら、と言われ、思わず肩がびくりと跳ねた。
ちょうどレンの視線が魔界と人間界の境界線にあったからだ。
そんなことはないと首をゆるく振り、それから目を伏せた。

「…だった、だから」
「そっか」

ロキは何も聞かない。普段は余計なことばかり口にするけれど、こういう時、彼は決して踏み込まない。
踏み込んで欲しくないとレンが思っているのを、知っているから。

「僕は青い空より、赤い空の方が好きだな」
「…魔界らしくて?」
「そうだね。やっぱり魔物には居心地がいい。それにね、君の髪が赤い陽に照らされるととても不思議な色合いになるんだよ」

知ってた?とロキが笑う。こんな時ばかり、本当に優しい顔で。
なんとなく心がざわついて、それをごまかしたくて、レンは自分の髪を一房摘んで陽に透かしてみた。

「…変な色」
「僕は好きだけどねぇ」
「趣味悪いのはスーツだけじゃなかったんだね」
「相変わらず僕にはひどいよね」
「特別扱い」
「いい意味に捉えておくよ」

テーブルの上に乗ったティーカップも、中の紅茶も、星やハートの形の砂糖も、食べかけのイチゴの乗ったケーキも夕焼けに似た赤い陽の光に照らされて薄赤く染められている。
魔王になって、東京であった場所が魔界になって、美しい青い空の下の日常はどこかに置いてきてしまった。
その日常はもう取りに行くことが出来なくて、今は赤い空の下にレンの日常がある。
青い空とは趣が違うけれど、赤い空だってそれに負けないくらい美しい。
青い空に浮かぶ白い月は確かにあの時一番好きだったけれど、魔界の赤い空だって大好きだ。

「今は、青い空よりこっちの空のが好きだな」
「ふぅん?」
「だってイチゴがおいしそうに見えるもん」

茶化すようにそう言って、レンはフォークに刺したイチゴを齧った。

             


夕焼け空を見ると、なんだかちょっとセンチメンタルな気分になったりするので。
いや、ただロキとレンのお茶会が書きたかっただけかもしれない。

2010/10/26 改訂

           

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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