僕のカナリア
昔、カナリアが欲しかった。美しい声で囀る可愛らしい小鳥を、それに見合うだけの美しい装飾の施された鳥籠に閉じ込めて、自分だけの為に歌わせたかった。
けれどどんなカナリアもすぐに飽きてしまって、そのうちカナリアを欲しがることもしなくなった。
カナリアを欲しがっていたことなど忘れた頃になって、ようやく見つけた理想のカナリア。
きっとこのカナリアならばもう飽きることはない。だから今度こそ鳥籠に閉じ込めて、精一杯愛でてやろう。
そう思ったのだけれど。

「…あーあ、僕の為だけに歌ってくれないかなあ」

魔王城の周りを飛んでいると、時折風に乗って美しい歌声が聞こえてくる。
その度そっと近場の屋根に降りてロキはその旋律に耳を傾けた。
今も同じようにレンのいる場所に程近い屋根に腰を下ろして気配を殺しながら耳を澄ませている。

果てないほどに優しくて、ロキでさえ何もかもを投げ出して泣き出したくなるような気持ちにさせる切ない旋律。
性別的に言えば父性と言うべきなのだろうが、彼の歌声はどちらかと言うと母性に近い。
母親の顔さえも余りに長い年月を生きてきた所為ですっかり忘れてしまったけれど、それでも奥底に眠る本能に訴えかけるような母性を感じる。
赦し癒し愛する。何もかもを包み込んで、何もかもを慈しんで、全てをありのまま受け入れてくれる優しさ。
美しいだけの歌声ならローレライやセイレーンで事足りる。けれどあれはすぐに飽きてしまう。カナリアの代わりに何匹か手懐けたこともあったけれど、結局数ヶ月もしないうちに縊り殺してしまった。
そう、彼の歌は上辺だけ美しく取り繕って魔力で心を捉える悪魔の歌とは一線を画している。
偽善的で愚かしい無償の愛情が、真実そこにあるような気さえして、そんなものはロキからすればくだらないもののはずなのに、彼の歌はロキの心を捉えて離さなかった。

ささやかな風にさらりさらりと薄浅葱の髪が揺れる。そっと目を伏せて歌う姿は魔王と言う名には似つかわしくなく、まるで祈りを捧げる聖女のようだ。
けれど彼は教会で祈る聖女ではないし、彼には祈りを捧げる神もいない。イエス・キリストも大いなる唯一神も彼には必要がない。そんなものより確実に彼の祈りを叶える為に身命を賭す者がここにはいくらでもいるのだ。
彼がほんの少し願うだけで、まるで神託を受けた聖者のように身を捧げようとする愚か者たちがいくらでもいる。
彼が歌うのはその全ての愚か者の為。
時に優しく、時に哀しく、強くも弱弱しくもある儚い歌声。
美しくも可愛らしいこの小鳥は誰が為にでも歌い、ロキがどれほど請うてもロキだけの為には歌わない。

(僕だけの為に歌えばいいのに)

違う。自分だけの為に歌って欲しいなどという消極的なものではない。
もっと貪欲に欲する。悪魔らしい欲望に忠実な素顔がレンの為に在る自分を凌駕して今にも彼に襲い掛かりそうなほど。

(…そう、僕だけの為に歌え)

羽を切って、飛べないようにして、どこへも逃れられないように。
美しく頑丈な鳥籠に閉じ込めて、ただ自分の為に歌うカナリアにしてしまいたい。
彼の手足をもいで、鎖に繋いで、そうだ、魔力のこもった鳥籠を用意しよう。決してロキ以外の手では開けられないような強い魔力を込めた鳥籠を用意しよう。
その中からそっと目を伏せて歌を歌うレンを想像するだけで身震いしてしまうほど、ロキは彼を欲していた。

(でも…ちょっと遅かったかな)

閉じ込めるなら、彼が始原のベルの力を手にする前にやればよかった。今ではもうそんな願いは叶わない。けれどあの時の自分は今ほど彼を特別視していなかったから、それも仕方のないことだけれど。
今ではよしんば彼を捕まえられたとしてもレンの力は強過ぎて、同じ魔王と名を冠していても、もうロキの力では敵わないだろう。たとえ手足をもいで魔力の込められた鳥籠に閉じ込めてもきっとすぐに逃げてしまう。
それにそもそも今のロキに彼の手足をもぐような真似が出来るはずがなかった。

(痛いの、嫌いなんだよね、蓮君って)

痛みに顔を歪ませる彼は確かに嗜虐心を煽られるけれど、苦痛に喘ぐ姿を見ようものならどうしても頭を撫ぜてやりたくなってしまう。
そう。所詮自分だって愚か者のひとりだ。そして、所詮愚か者は悪魔だから、恭しく彼に頭を垂れながら身の内ではどす黒い感情の波が暴れている。
自分ひとりのものになってくれないだろうか。自分ひとりのものになればいいのに。自分ひとりだけのものになれ。
渦巻く感情をロキは自分が悪魔がゆえだと結論付けた。
それが恋い慕うがゆえの、誰にでもある一片の感情だとロキは知らなかった。

「あ、終わったみたい」

気まぐれなカナリアが歌を止めたを感じ、ロキもその場を去ろうとすると、不意に背後に何かの気配を感じた。
振り返れば大人しく鳥籠に入ってくれそうもない愛しのカナリアが意味ありげに微笑んでいる。
おや、と少しばかり瞠目するけれど、彼は誰かの気配に敏感だ。たとえ歌を歌っていて聴覚が他の音を拾わなくてもほんの少しの空気の揺れにすら気付く。気配をどれほど殺しても心が揺らめけばその動きを追うかのように気付くのだ。
すっかり失念していたけれど、と言うことは、彼はずっと気付いていたのだろうか。

「気付いてたの?僕が聴いてたこと」
「ロキの気配はわかりやすいから」
「一応気配殺してたんだけどな。…教えてくれたらいいのに」
「聴きたいのかと思って、ほっといてみた。いけなかった?」

ことりと首を傾げて言うレンに苦笑を禁じえない。こんなあどけない表情の下にどんな素顔を隠していればあの旋律が生まれるのだろう。
鳥籠の中に閉じ込めて狂わせて手を差し伸べて甘い言葉を囁いて、その仕草も声も旋律も自分だけのものにしてしまいたいのに。
空の下を自由に飛び回る鳥が一番美しく見えるように、彼もまた鳥籠の中で歌うだけではどれほど愛情を注いでも本来の美しさには遠く及ばないのだろう。
そう思ってしまって、けれどそれでも閉じ込めて自分だけのものにしてしまいたい自分もいて、ロキは肩を竦めた。

「ロキ?どうしたの?」

そう言って今度は先ほどとは逆側に首を傾げる。
目の前の愚か者がどれほど獰猛な生き物か、レンは知らない。
目の前の悪魔がカナリアを手に入れたいが為にどれほどの葛藤をしているかなんて知るはずがなかった。

             


ローレライやセイレーンを手懐けた挙句飽きたら縊り殺すって佐倉さんの中でレンに会う前のロキさんはどんだけあくどいことしてたイメージなんだろう…。
えと、あくどいロキが苦手な方がいたらごめんなさい…!

2010/10/26 改訂

           

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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