僕を縛る君の言葉
春は好きだ。本来の魔界にはなかったけれど、現在の魔界には元が人間が住んでいた場所だからか、薄紅色の美しい花が咲く。

「あれは桜っていうんだよ」

長いこと人間界にいたロキは何度となくその花を見たことがあったけれど、花の名前までは知らなかった。名前など知らなくても愛でることは出来る。ただ春にしか咲かないその花のことをロキは好きだった。
余りにしみじみとレンがその花を見つめているので、思い立ってロキが花の名前を訊ねると、レンは得意そうな顔で花の名前を口にする。
その姿がやけに子供染みていて、思わず笑ってしまいそうになったけれど、珍しく自分の前でもご機嫌がいいらしい彼の機嫌を損ねたくなくて、必死に押さえ込んだ。

「へぇ、桜、か…」
「そう。人の世では春の代名詞的な花。きれいでしょう?」
「そうだね。僕も花の中では割と好きな方かな」

ロキから視線を外し、桜を見上げるレンに倣ってロキも桜を見る。
風が吹くたび、小さな可愛らしい花が舞い落ちていく。日本人が好みそうな花だ、と思った。自分は日本人どころか、まして人でもないのだけれど、舞い落ちる花びらの下で、じっと桜を見つめるレンは好ましく思う。特にロマンチストなつもりはないが、まるで花の精のようだ、と。
そんなことを思いながら、レンの背中を見つめていると急に彼は表情の読み取れない笑みを浮かべて振り返った。

「昔から桜の下には屍が埋まってるってよく言うんだよ」
「そうなの?」
「そう。だからきれいに咲くんだって。…迷信だけど」

そして貼り付けたような笑みのままレンは続ける。

「ねえ、オレがもしオレっていう形を保てなくなったら、目一杯がんばって、オレを封印して、あの桜の下に埋めて」
「…は?」
「ベルの王は力の集合体。前にも暴走したでしょう?戻れなくなったら、オマエがどうにかして」
「…冗談?にしては性質が悪いけど」
「本気」

そう言って、咲き誇る桜に負けないほどの笑みをレンは浮かべた。
確かに以前、彼はベルの力を暴走させたことがある。けれどそれを自分たちは大した意味をもって記憶してはいなかった。だからレンにとっても、さほど大きな事件ではないのだと思っていた。
彼にとって、あれは、もっとずっと、自分たちなんかでは到底考えも及ばない大きさで傷を残していたのかもしれない。
一部の隙もないほど完璧に作られた笑みをこれ以上見ていたくなくて、ロキにしては珍しく気まずい気持ちで視線を外した。

「……なんで僕なの」

どうにかそれだけ訊ねると、幸せそうにレンは笑って言った。

「オレが守りたいって思ったものを傷つけるのは、オレであっても許せないし、それに」
「…?」
「オマエなら本気を出せばそれが出来るでしょ?オレが泣かない為に、似合わない必死な姿だって晒してくれるでしょ?」

力に飲まれるような王は要らない。次なるア・ベルも要らない。そして、自分の愛する者の平穏を奪うものは、たとえ自分であっても要らないと言い切ってしまう強さを哀しく思う。
(どうしてこの子はこう…)
なんでもないことのようにさらりと殺し文句を織り交ぜるものだから始末に終えない。
わかっていて言っているのだろう。そうでなければ、性質が悪いにも程がある。
他の者では駄目だ。あのナオヤでさえ、レンを傷つけるくらいなら世界が滅んだって構わないと思っている。もちろん自分だって世界や何かと彼を秤にかけたって彼に傾くのだけれど。
彼が泣いてしまわない為に、そうしてくれと他でもない彼が言うのなら、ロキは彼の望むまま命令を遂行するしかないのだ。
知らず眉間に皺を寄せてしまっていたのか、レンが少しだけ心配そうな顔をしてロキの顔を覗き込んだ。

「ロキ?ね、そんな顔しないでよ。もしもの話なんだから」
「君にそんなもしもは有り得ないよ」
「そうかなあ」
「そうだよ」

ロキがきっぱりとそう口にすると、レンはくすくすと小さく笑みを零して、降り注ぐ花びらに手を伸ばした。それが当然のように花びらはレンの小さな手のひらの中にふわりと落ちる。
なんだか幻想的な一枚の絵のようで、ロキは一瞬、呼吸をするのも忘れて魅入っていた。

「…そんなもしもは、きっと絶望でしかないだろうけど、オマエの金糸の檻で封じ込められて、オマエの好きな花の下で永遠に眠れたら、それはそれで幸せかもしれないね」

花びらを見つめたままレンが呟いた言葉は、まるで呪いだった。
思わず駆け寄って抱きしめて、何度も名前を呼んでみる。いつもなら振り払われる腕にそっとレンの手が重なった。
重ねられたその小さな手のひらが、僅かに震えて、それと同じように震えたレンの声が小さく弱音を吐き出した。

「大きな力って、怖い…」

大丈夫だよ、と普段なら軽い気休めの一つや二つ出るはずなのに、ロキの唇は何も象らなかった。
ただ彼がいつものようにロキの腕を振り払うまで、ずっと抱きしめていた。

             


当サイト比で甘め…のつもり。
せっかく記念なので甘めで!と意気込んだものの、狙った甘めは難しいとわかりました…!
ある種の愛の形だと思っていただければ。
honey×honey7万HIT記念のお話なので一応フリーです。

2010/10/26 改訂

           

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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