こんなものいらない。
「オレ、鳥になりたいな」

遠い昔、空を眺めて翼を欲しがった少年は、今まさにその願い通り白い羽を手にしていたにも関わらず浮かない顔をしていた。
少年は地上でただ一人白い羽を持つ救世主。人であり、人ではない。天使とは違う神の御使い。地上の代行者。
せめて収納式ならよかった、と翼を見て思う。羽などなくても飛べる力を手にしたレンにとって、それはただ邪魔なだけだった。
けれどこれは自分が選んだ道だ。神に文句を言ったって聞く耳も持たないことはわかっているし、その神に傅く道を選んだのはレン自身だ。どうしようもない。

「でも、どうせなら」

悪魔のような翼がよかった。ロキ辺りについているようなものでよかった。
神の許で救世主、なんて笑ってしまうような職業についてたって、どうせ自分は万魔を統べるベルの王に変わりはない。そちらの方がよほど似合いの翼ではないか。
(や、無理か。だって救世主だし)
取り留めなくそんなことを思っては溜息を吐く。
翼があったって自由に空を飛び回ってのんびり出来る訳ではない。遠い昔それを欲しがった頃、翼を持つ鳥はやけに自由に見えたのに。
吐き出した溜息が重苦しく感じてレンは頭を振った。

僕たちの頂点に立っておきながら、神の飼い犬になるのかい?

救世主になると決めたレンの元へやってきたロキは言った。
君がいいならいいけどね、とレンがその決断を下す起因となった青い騎士をちらりと見やり、意地悪く笑って見せた。
そんなつもりではない、そう返したかったけれど、神の許で神による救済の為に奔走するということは、いくらレン自身に信念があったところで違いはないと気付いてしまった。

主を愚弄するな。

ゲイボルグの切っ先が人を象った悪魔に向けられる。
思わずクーフーリンの名を呼ぶと、しぶしぶながらも彼は槍を下ろした。

よく躾けられた番犬だねぇ

彼の名を揶揄するようにロキは笑い、それで?と今度はレンを見る。
万魔の頂点に立ったレンは二つの選択肢があった。一つはそのまま魔王となること。もう一つはその力を唯一神の許で奮うこと。
薦められたのも選んだのも後者だ。
けれどそれでよかったのか。君の好きにしなよと世界の崩壊を望むようにロキは言って、あれから姿を現さなくなった。
愛想を尽かされたのかもしれない。こんな王にはついていけないと。けれど時々風に紛れてロキの気配があるからそれについてはなんとも言えなかった。

「…オレは悪魔になりたかったのかもしれない」

あの時の決断は間違いだったのではないか、今からでも遅くはないのではないか。
そんな気持ちで白い羽を一本引っこ抜いてみる。髪の毛を一本抜いた時のような痛みがした。
今度は肩甲骨の辺りにある翼の根っこを掴む。引き千切るように、か弱い動物から皮を剥ぐように、レンは後付けの天使の羽を引っこ抜いた。
(あ、痛い)
引き千切った翼をどうしたものかと持て余しながら宙を浮いていると、片方の羽だけで浮かんでいるレンを背後から耳に馴染んだ優しい低音が、今はひどく切羽詰ったような声音で抱きしめた。

「何をなさっておられる!」
「クーフーリン…?」
「正気か!羽を毟るなど…!」

番犬は騎士となりレンの従者となり、レンを恋い慕った。
溢れ出る赤い血潮をどうにか塞ごうと四苦八苦する様が、そんな場合ではないのにおかしくて、レンは思わず笑ってしまった。

「主!」
「あ…ごめん、…ごめんなさい」
「主…」

ぽたりぽたり血が落ちる。行き場を失った千切れた羽はその力を失ったのか消滅して消えた。
白い羽なんて欲しくなかった。
羽なんてなくても飛べるし、自分は天使ではない。万魔の王だ。あれほど訴えた。自分は人も悪魔も天使も等しく幸せになる権利の在る世界が欲しいのだと。それの実現に天使の羽など必要ないと。
レンの言葉は届かず、ただそれらしく在る為に取り付けられた翼。
空を飛ぶ鳥の羽を見て欲しがった昔の自分がいたら蹴り飛ばしてやりたかった。望んで手に入れたものではないのだ、と。
或いは望んで鳥に生まれたものも在ったかもしれない。けれど、レンが人として生まれる際、望んでそう生まれたのではないように、鳥だって望んで鳥として生まれた訳ではないだろう。

「白い羽なんかいらないんだ。天使の羽なんかいらない。君との約束には、こんなもの必要じゃない」

そう言ってもう片方の羽に手を伸ばそうとしたレンを止めたのは、他でもないクーフーリンだった。
御身を傷つけられるな、と。ぐ、と抱きしめながらそう言ったクーフーリンは苦く何かを押し殺したような声音をしていた。

「神の飼い犬じゃない。オレは天使じゃない…、オレの意思で、オレは君との約束を…ッ」

不意に傷口から何かが這い出てくるような感触がした。
びくりと震えて恐る恐る背を覗き込むと、レン自身の血がまばらについた白い翼が引き千切る前と寸分違わずそこにあった。
これにはクーフーリンも驚いたようで、珍しく瞠目している。
自分は救世主ではあっても天使ではないのに、どうしてこんなものが必要なのだろう。
奇妙な羽は、唯一神の御力に因るものだからか、何度でも再生を繰り返すらしい。
ではもし、この世界がレンの望む形になった時。その時にもこれは永遠にレンを縛るのだろうか。
その時クーフーリンの隣に立って、自分は笑えるのだろうか。

「オレもいつか、君との約束を忘れてただの天使になるのかな」
「私がさせぬ」
「そっか、頼もしいね」
「私は本気だ」

そんな会話を交わしながら、心の中で、やはりあの時、魔王になる道を選べばよかったのかもしれない、とレンにしては珍しく弱音を吐いた。

   

「ハハハッ!相変わらず面白いことするよね、あのこ!可愛いったらないなあ」

僅かに気配を察知出来る程度の遠く離れた場所でロキは思わず腹を抱えて笑ってしまった。
背中の羽は従属の証。飼い犬の首輪。何度引き千切ったって生えてくる。唯一神がレンに翼を与えた本当の意味を彼も彼の従者も何も知らない。
それが本当に愉快でならなかった。
永遠の輪廻をすべての記憶と共に巡ったナオヤを知る者なら、簡単に答えは出ただろうに、と。

             


救世主ルート書きたいなーと思ってたらなんとなく勝手にダークになってしまったというがっかりなお話。
このサイトにしては珍しく自分の選んだ道を後悔しているレンですね。ほんと珍しい。リアルがそうだったからか、お話に結構影響が出ます。

2010/10/26 改訂

           

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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