道化の片恋 |
莞爾たる笑み。嫣然とした笑み。 どちらもにこりと笑んだ様子を表した言葉だけれど、これはこれで日本語の面白いところ、意味合いがそれぞれ少しばかり違う。 莞爾は男性の笑んだ様子、嫣然は女性や麗人―…美しい人が笑んだ様子を表している。 レンが笑む様子を見ていると、性別的には莞爾という言葉を使うべきなのだろうが、どちらかというと嫣然といった単語の方がしっくりくる。 彼の容姿が中性的なことや彼が悪魔たちに注ぐ慈愛が父性よりも母性に近いことも起因しているかもしれない。 (きれいだ―…) 思わず普段の軽口を忘れてぼんやり呟くと、怪訝そうな表情でこちらを見やるレンの姿。ああ、もう少し見ていたかったのに。自分に向けて先に述べたような笑みが作られることは少ない、悲しいけれど。 愛想笑いを浮かべて、ハァイと手を振って見せれば、形のいい眉を僅かに顰めてわざとらしく溜息を吐いた後すぐに背を向け、隣にいたクーフーリンを伴って歩いていってしまった。 それを別に追いかけようとは思わない。追いかけたところで余計につれなくされるのは目に見えているし、そんなことになるくらいならレンが好みそうな菓子の一つでも探しに行ってそれを手土産にご機嫌取りに勤しんだ方がよほど効率的だ。 けれど面白くないのも事実。 微笑みを向けられているあの悪魔が気に入らない。レンはどんな悪魔に対しても分け隔てなく接する。その中で、明らかにクーフーリンはそこから逸した、言うなれば特別な例外だった。 ロキに対する態度だって言葉にするならば特別な例外なのだろうけれど、ロキへの態度はクーフーリンへのものとは違い少しばかり冷たいものだ。それは自身の言動の所為であることは理解しているが、やはり気に入らない。 (半神半人の半端者の癖に) レンが聞いたら即刻ぶちぎれてしまいそうな侮蔑を心の中で吐く。 わかっている、これはただの嫉妬だ。自分だって太古、神の敵であった巨人の血を引き、オーディンと義兄弟の約を結んだお陰で神となった成り上がりの半端者だ。その上結局は自分の行いの所為で悪神となっている自分は彼の出自についてどうこう言える身分でもないし、言いたい訳でもない。 ただ、胸のうちがざわめいて暗い闇が広がり、何か、何でもいいのだけれど、何か貶してやりたいのだ。 美しい微笑みを向けられて、自分だって如何にも大事にしていますという顔で、けれど絶対に主従を崩さないクーフーリンが腹立たしいだけなのだ。崩さない癖に特別大切にされているあの悪魔が嫉ましいだけなのだ。 好きならば全てを奪い去るくらいの強さで彼を求めればいいのに、クーフーリンはレンを神聖視し過ぎて想いを遠ざけてしまう。 自分ならそんなことはしない。自分ならそんな遠慮なんかせずに、粉々に壊さんばかりの荒々しさでレンを抱きしめる。 もしもあの笑みを、自分に向けてくれたら、の話だけれど。 笑みを壊すのが怖いのは悪魔らしくはないかもしれないが、きれいに微笑んでいるレンこそを愛しているロキに、望まぬ愛を押し付けて、まして泣かせる覚悟でクーフーリンから引き離すなんて真似が出来るはずもない。 道化、道化と言われてきたけれど、正にその通り、とロキは自嘲的な笑みを零した。 いつかクーフーリンがレンを真正面から受け止められるまで。いつかレンがクーフーリンの腕に何の憂いもなく飛び込めるまで。きっと自分の虚しい片恋は続くのだろう。否、きっと彼らの想いが通じ合ったとしても。もしかしたら、なんて淡い期待を捨てられずに、いつまでも。 レンの為にケーキの特集記事を眺めたり、気に入った店の新作が出たら逸早く買いに行ったり、そんな地道な努力が、ロキの望む形で報われる可能性は極めて低いのだけれど。 クーフーリンが覚悟を決めるのにも、レンが後一歩を踏み出すのにも、まだまだ当分かかりそうだから、それまでは道化に見合いの見当違いの努力でもって精々全力で邪魔させてもらおうじゃないか。
辞書引いてて(佐倉さんの趣味は国語辞典を読むこと)ふと目に留まった言葉から。
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